閑話:遭遇(前編)
「⋯⋯っ」
俺は確か、シルヴァと戦って⋯⋯それで。
ーー真壁銀譲、総合──一位
クソッ、結局ヤツには敵わなかったか。
抱えられた時の事を思い出す。
「ん?」
とハッとする。
俺は今いる場所が普通ではない事に。
「何処だ?ここは」
周りは、薬物中毒者が見るような⋯⋯虹色にグルグル回転しそうな光景。
そして、少し先には一枚の木の扉。
「なんだここは」
夢⋯⋯なのか?
そう。
あの時俺の拳は粉砕したはずだ。
あの技は一発で終わる程の威力を持っていたのだから。
でも今俺は立てている。
しかも両手をこうして見ていることも。
「扉⋯⋯か」
出来れば開けたくはないんだが。
「イテッ」
つねって痛いのだがら、現実⋯⋯なはずなんだがな。
どうにもそうとは思えん。
後ろ、横を見ても、ゲームの最初のコの字部屋みたいな形。
どの道あの扉をくぐるほか、選択肢がないようなものだ。
「はぁ、行くか」
俺は進み扉に手をかける。
ガチャンと、普通の扉が奥へ開いていくと。
「また道か」
しかし今度は一本道が続いている。
ここまで来たんだ。
進んでみよう。
景色は変わらず、俺は進んでいく。
大体体感五分。
異様な気配を感じる。
「⋯⋯っ!」
震える。
なんだ?
視線は自分の足だった。
小鹿みたいにブルブル痙攣している。
調子が悪いわけでも、身体が変でもない。
──この感覚を、これを⋯⋯知っている。
"草薙だ"
少しずつ前へ、前へ進んでいく。
すると、ぽつんと豆ほどの人影らしきものが入ってくる。
だが先。
「ねぇお兄さん、大丈夫?」
豆ほどの人影だったものが、いつの間にか隣にいたのだ。
「っ、」
「あら、驚いた。
知ってる感覚よ。日本人?」
女だ。声も高いし、動きも女性的な動き。
ただ違うのは、俺がこの女を見上げていることくらいだ。
「お、大きいな」
女で見上げるほどとは。
「これでも小さい方よ?」
「なっ、そうなのか?」
「えぇ。
もう2mなんてまだまだひよっこレベルですもの」
ひよっこ⋯⋯?
では俺は?
「一つ訊ねたい」
「あぁそうね」
「ここは何処だ?
それに、俺の体が回復しているのもおかしい。
恐らくは夢か何かだろうと予想はしているのだが、あまりにも夢と現実の境界線が薄いと感じる」
「まぁここ、そういうものだからね」
「そういうものとは?」
「まぁいいわ。
ここに"来れた"ということは、血が混じったって証拠ね」
血が⋯⋯混じる?
「来てちょうだい。
多分そういう事だから」
付いていくのだが。
この女⋯⋯。
"間違いなく強い"。
分からない。
だが──
スタイルの良さで誤魔化されているが、拳にある無数の乱雑な切り傷。
肩幅、密度の高い脚。
俺がタイマンで勝てるかどうか。
「っ? 久江?誰だソイツ」
「別にいいでしょ?紫龍。
お客さんよ、お客さん」
鳥肌が止まらない。
目の前の男。
身長がバグっている。
3mはあるんじゃないか?
しかも、薙刀を支えにこっちを見下ろしている。
「客ぅー?
にしては弱いじゃん」
「良いのよ。
ここに紛れ込めるというのが既に答えではあるから」
会話の流れが読めない。
しかし、俺は何かとんでもない所に来ているということが分かるのだけは理解できる。
「一応⋯⋯言っておくけど」
足を止め、扉を開ける前に久江という女が至って真顔で告げてくる。
「気は──確かにね」
「⋯⋯?」
何を言ってるのか分からないが、俺は扉を通り抜ける。
中は広い。
だが、何か重要な空気感が感じるガランとした部屋だ。
「凄いな」
「綺麗でしょ」
空は神話のような星空。
そして、つまみにでもなりそうなオーケストラの演奏が始まる。
だが──
「っ!!」
「⋯⋯⋯⋯」
耳が爆発しそうだ。
⋯⋯それは。
「っっ!!!」
爆撃が近くで起こったような爆風が耳に入り込んでくるような感覚だ。
だが、実際は何も起きていない。
幻覚なのか?それとも。
頭の中に流れるノイズ音。
そして爆風のゴォォという音。
俺の頭は色々おかしくなりそうだった。
気付けば⋯⋯久江という女は止まっていた。
コツン。
「⋯⋯?」
コツン、コツン。
硬い音がこの空間で異質なくらい響く。
そしてソレは──俺の前に初めて現れた。
全身に電流が走る。
叫ばずにはいられない。
なんだ?なんだ?
頭の中の音がどんどん激しくなっていって。
なんだ?
なんだなんだなんだなんだ
なんだなんだなんだなんだ?
全身が固くなる。
それに、気持ち悪い。
細胞が拒絶している。
蟻が全身かけ巡っているような感覚。
一匹一匹を感じ取れるような気持ち悪さ。
感覚が鋭くなったみたいな。
心臓の周りに蟻がウジャウジャいる感覚。
水の音、巡る音。
全ての感覚が細かいところまで分かるようになった気持ち悪さに、俺は発狂していた。
「う゛゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「だから言いましたのに」
あれ?体の何かが弾けた音ともに、俺の視界には──久江と知らない男が見下ろしていた。
「卿の客か?」
「違いますよ。
あなた様の関係者と思われる血が混ざったお方です。
常人があなた様の前にいれば、身体が持たないはずですから」
*
「⋯⋯っ」
あれ?何が起こっている?
目の前には青空が広がっている中、いっぱいの稲穂が垂れている光景が映る。
黄金という言葉が似合う。
畑⋯⋯?
そしてそれを俺は、田舎の家のような場所からそれを眺めていた。
近くには縁側があって、その先には石造りの豪華な池と色々ななんだあれ?
とにかく色々置いてある。
ただ、凄く匂いが甘いポップコーンのようで、変な混じりっ気のないような天然な香ばしい香り。
あの稲穂だろうか?
居間のような場所からその、縁側の方へ歩き出すと。
「あら、お客さん。
そこに座ってなさいな」
「⋯⋯おばあちゃん?」
普通のお婆ちゃんだ。
本当に普通の。
「みかんと⋯⋯おいしょ」
握り飯とうまそうなみかん。
「食べて待っといて。
今来るから」
「ちなみに誰が来る?
俺はここに迷い込む形で来たのだが」
「あら。そうなのかい?
ここは普段使われない場所でねぇ⋯⋯お客様専用の縁側なんだよ」
だが、この景色。
どっかで見たことがあるような。
「とにかく、今美味しい鍋と兄ちゃんが満足しそうなご飯を追加で作ってくるよ」
「いや、俺のことは気になさらず」
立ち上がろうとする俺を、おばあちゃんは止める。
「いいのいいの!
若いのは大きくなっていけばいいさね!」
なんだか申し訳ない。
見た目は本当に普通のおばあちゃんだからだ。
「す、すまない。
何かあったら遠慮なく呼んでくれ」
「若いのに気を遣うんじゃないよ!」
笑顔で俺の背中を叩くとおばあちゃんは去っていく。
思わず縁側に座っていた俺は、日本でも見ることのできない絶景と匂い、そして綺麗なこの青い空を無意識に眺めたくなった。
「あぁー⋯⋯すっげぇな」
思わず後ろに倒れ込む。
きっと田舎なら当たり前の光景なのかもしれない。
だが、俺は。
今見える青空が人生で最も美しい空に見える。
雲一つない青空。
そして、香ばしくも甘い匂い。
空気が澄んでいて、鼻から入り込む感覚が清らかにすら感じるほどだ。
こんな経験は初めてだ。
確かにこれでは、都会の空気が汚いなんていうのは至極真っ当だと感じてしまう。
「⋯⋯⋯⋯」
本来、人間はこうして自然を感じながら生きるのが普通だったはずだったのだろうなぁ。
俺はそう思えてならない。
「⋯⋯よっ」
「っ!!!」
見上げる俺の視界を隠す白いナニカ。
「びっくりしたか?"ガキンチョ"」
なんだ。⋯⋯この美しい人は。




