鏡
俺の人生は闘ってばかりだ。
「アイツ!俺達の食料を奪いやがった!!」
「追え!!」
ハッ、ハッ⋯⋯ハッ⋯⋯!
ガキの時の記憶はあまりない。
が、気が付いたら毎日腹が減ってて道を歩く人間に狙われないように⋯⋯必死に身を潜めながら生きてた。
親は居ない。
居たのは姉だけだった。
「姉貴!今日のご飯とってきた!」
カッチカチのパンだ。
「誰かから貰ったの?」
「え?いや、盗ってきたけど」
「返してきなさい」
「⋯⋯え?」
「悪党は嫌いよ、私は」
姉貴は産まれてからずっと、正義の味方に憧れていた。
正確には、曲がったことが嫌いだった。
俺がやってきたのは、どんな理由であろうとも人の物をパクっている時点で悪党だということだ。
ただ、俺は根本的に理解できなかった。
「なんで?」
そう。
理解できなかった。
腹が減ってる。
俺達を見つければ殺されたり、売られる可能性だってあるのに、姉貴はそれを頑として譲らなかった。
自分は身体を売って日銭を稼いでるのに。
「誰かが見てくれるから」
「誰も見てないよ」
「いいの。見てくれてるの」
変に大人びていた姉貴だった。
今思えば精神性が高かったというべきか。
「いい?シル。
悪党になっちゃ駄目。
悪党は嫌い。
私はシルが悪党にならないようにお金を稼いでるの。
正直、私はわからないけど、シルは要領も良いし、学校に行けば優秀なはずよ。
だけど今は無理。
けど──頑張ってそうならない方法を考えて」
この時の俺は10歳前後。
そんな子供に問うには少し早いと思うのだろうが、10歳であれば働けるし、自分の身は自分で守れなくちゃいけないのがこのスラムだ。
「分かった!」
「シルは良い弟。
私は身体を売ることくらいしか出来ないから」
「頑張る!」
とは言ってみたものの。
ある日俺は悩む。
「どうすればいいんだろう?」
この場所は国の人間は近寄らない。
ほとんどが移民や無登録の人間だ。
捕まえたところで面倒が増えるだけだし、縄張りもある。
誰もどうもしようとは思わないのだ。
むしろ、良い人材を確実に連れていけるという面も考えればメリットばかりだろう。
10歳前後の頭など大した事はない。
だから難航した。
「ノワール、今日も良かったぜ?」
「また来てください」
⋯⋯正直、当たり前の光景。
だが、たまに見に来る人間が見世物でも見るかのように姉貴を見下す姿は、精神的には耐え難いものがあった。
姉貴が困らないようにするには、強くなるしかない。
でも。
『悪党は嫌い』
そう言った。
難しい。
どうすればいいのだろう?
その結果、思いついたのは。
「シルヴァかよ。
俺達に食料でもタカリに来たのか?」
「違う。
俺達で縄張りを作ろう」
「何言ってんだ?お前」
そう。
悪党にならないように強くなって、みんなで協力しながらこの場所を変えよう。
中々いいアイデアだとは思わないか?
当時の俺はそう思った。
姉貴のせいか、俺も善性がここの人間よりは高く、浸透しきっていた。
未来の話など誰もせず、今どうすべきが優先されるこの地獄で。
だが、それでも進まなければ話は変わらない。
まずは子供たちだけでも強くなっていかなければならないのだ。
「てめぇ!!シルヴァのガキがァ!」
"世の中は力だ"
──そう思うまで、時間は掛からなかった。
逆手に持ったナイフで主要人物の首元を切り裂く。
「て、テメェッ⋯⋯ぐッ!」
何人もの人間が喧嘩してるのをこの目で見た。
「強い者が全てを手に入れ、弱い者から奪うのであれば、俺は強くなって弱い奴らに分け与える」
どんな戦い方をしているのか、逆に駄目なやつはどんな行動パターンをしていたのか、俺の目は⋯⋯常にアンテナが張り巡らせていたから。
「ボスが殺られた!!
て、てめぇシル──」
そう。
正義とやらの為に、俺が強くなって。
「こ、このガキ普通じゃない!!」
血飛沫が舞う。
一人。また一人。
「わ、笑ってやがる」
舞う。舞う。舞う──
「し、信じらんねぇ」
振り返ると、一緒に居た仲間たちが怯えた様子で俺を見ていた。
怯えたっていい。
俺がこの地獄を変えてやる。
そう誓ったあの日。
手始めにナイフと自前の斧で当時の一角を討ち取った。
やり方は色々あったが、なるべく正々堂々。
「シルヴァ⋯⋯お前」
「⋯⋯大人だろうとコレの前では子供になる」
大人だろうと子供だろうと、結局武器を持たせたら年齢というハンデはなくなる。
素手?
相手は180を超える大柄なやつがそこら中に湧いてんだ。
そんな場合じゃない。
「おいシルヴァ!
そんなジャシュジャシュ切り刻むなよ」
見せてやる。
今まで──お前らが行ってきた搾取の結果を。
「何やってるの!」
ある日。
見せしめの為に斧でひたすら殴っていたら、姉貴が怒った。
しかし関係ない。
というより、言い返してやった。
「みんなが暮らせるようになる方法を作るんだ」
「何よそれ」
「俺たちが縄張りを作って、今いる大人を追い出しちゃえばいいんだ」
「でもその前にやりすぎ!」
「でも、俺たちじゃ銃を出されたら敵わない。
だから、ある程度は必要だと思う」
「⋯⋯約束して」
姉貴との約束。
「これは悪党の行いよ。
だけど、あなたは私の為にやってくれていることも理解してる。
だから、悪党は悪党らしく、稼いだものは相応しい使い方にしてちょうだい?」
「うん」
そう。
正義の悪党。
姉貴と俺の意見の食い違い。
それをどうにか複合させようとするならば、それしかなかった。
*
それから3年もすれば、俺達の勢力圏が増えた。
今では立派な一角として機能している。
名前はホワイトファング。
まぁちとダサいネーミングセンスではあるが、白い牙。
悪を滅ぼす為の組織って事で。
組織は上手く行っていた。
上にいる奴らは俺が直接決め、家族と言える関係になった。
実力はあったし、全員が気持ちの方向性を合わせて一致団結していたのだ。
どうやったら自分たちのような子供を作らせないようにすればいいか。
どうやって、大人達を追いやるか。
この数年で痛感したのだ。
大人たちは何も変わらない。
自分達の時はこうだったんだとか、お前らもどうせ地獄を見るさとか。
行動しない奴は惨めなことはない。
やれる事をやるんだと。
進み続けようと。
そんな気持ちを原動力に、俺たちホワイトファングは5人の幹部体制で勢力圏を伸ばしていった。
「シル!!
俺たちの勢力圏で飯が食えない奴は半減したぞ!!」
「ホントか?」
15,6歳の俺は大いに喜んだ。
みんなで必死に集めたお金で分配しながら過ごす日々。
姉貴に身売りなどやらなくても過ごせるように。
気付けばみんながご飯を食べられるように──掲げた目標に、辿り着いたのだ。
勢力圏6位。
構成員はほとんどが青少年だというのに。
その全員が、まるで家族のように笑いあっていた。
──だがある日。
そんな日常は秒で消え去ってしまう。
「⋯⋯⋯⋯は?」
ボロボロ。
そんな家だ。
ダンボールで作られたきったない家。
姉貴がいつも言っていた。
"悪党は悪党よ。
最低限は見逃すけど、悪党は悪党らしく相応の過ごし方をしなさい"
だから、最低限で過ごした。
別に豪遊などせず、ただ普通に過ごしたのだ。
そんな何気ない日常を手に入れて、たった半年。
たった半年だぞ?
家は姉貴の見てられない死体と血飛沫、そして男がいたような痕跡が明らかに残っていたのだ。
自分の目は明らかに見開いて、次の瞬間に拳から握り締めた血で染まっていた。
誰が!
誰がこんな事をしやがったのかと。
1人ずつ問いただした。
「ちっ、違う!!俺じゃない!」
「誰だ?
俺の家は限られた人間しか知らないはずだ」
明らかに動揺してる。
犯人は絶対に上の人間だ。
「誰だ?」
「ルイスだよ!」
人物を聞いてその地を後にしようとしたが。
一歩足を掛けたところで踏み留まる。
「いや?
なんでそれを知っていて止めなかった?」
俺たちは家族だろう?
一緒にこの地獄を変えようと奮起したホワイトファングだろう?
仲間がそんな状態なら、放ってはおけないはずだ。
「や、やめ────」
その場は静まり、俺の手にあった斧には綺麗にスプレーでも当てたように飛沫が染み付いていた。
「なぁ、姉貴」
は、ハハハハハハハハハ!!!!
ーー悪党は嫌いよ
「全員殺してやる」
すべて幻想。
すべて無に帰った。
もう、俺には何も残されていない。
そして組織の総本山。
どよめきが起こる。
全員、俺の手によって死んだからだ。
「今から方針を変える」
そう。
あれだけ欲しかったモノは数年掛かって手に入れたのに、半年で消え去った。
あれだけ信頼していた仲間も、結局問いただせば全員が裏切り者だった。
外部勢力から甘い話に乗せられ、やすやす売ったのだと。
「黙って俺に従え。
そうすれば普通の暮らしをさせてやる」
なんだよ。
家族なんて幻想じゃないか。
*
「ノットエネミー」
誰に向かって言ってるんだ?
このクソガキが。
「死ねよ」
「グフッ⋯⋯」
こんなのも避けれねぇのか?
だったら⋯⋯蹴って、蹴り上げて、何度も──何度も!!!
「ガハッ!!」
「よくそんなことが言えるよなァ?」
アジアの島国育ちが可愛いこと言うじゃねぇか。
「家族なんて幻想!!」
「ァッ!」
あのジジイ。
イイもんくれるじゃねぇか。
ただ殴ってるだけなのに豆腐みたいに中に入っていくゥ!
「周りの人間はどいつもこいつもクソだぞ!!」
宙にはコイツの血が舞う。
コイツもタフだなぁ。
さっさと──
「なんだ?」
落ちてくると思いきや、突然人間の速度を超えた一撃が俺の身体を貫通する。
「ァアアアアア!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!
なんだ?⋯⋯なんだ!?
あのジジイ、こんな化物みたいな力を寄越してくれたのに──貫通したぞ!?
目と鼻の先は床のカーペット。
俺が⋯⋯負ける?
天下のホワイトファングが?
最強と言われた悪党が?
「ハハハハ⋯⋯ヘッ、クソが、んなわけねぇんだよ」
なんだこれ⋯⋯滅茶苦茶すげぇじゃねぇか!
爺からもらった変な瓶。
飲むと怪我した部位が治ってく。
これがあればもっと勢力は拡大できる!
「シルヴァ・フロスト」
そう。
アイツさえ──来なければ。
どういう事だ?
「そう。まずは戦いにおいての基本」
コイツ、武器すら持たねぇだと?
「煙草に火をつけてどうしたんだよ?
──アジア人!」
ライターの閉まる音。
「っ、うっ」
そこには、部下の一人が全力で叩き込んだはずの拳を、避ける事も、掴むこともない。
ただ普通に煙草を吸いながら部下を見下ろしている光景だった。
「⋯⋯?」
「え、⋯⋯え?」
ジュウッと焼ける音。
──圧倒的。
ただ奴のサングラス越しに映る眼光に、部下のやつが怯えている。
拳が震えているのがその証拠だ。
「どうした?
パンチの撃ち方を習った事はないか?」
独特な構え。
見たこともない。
片方の肘を曲げ、掌を上に向けて地面に足を叩きつける。
しかも、俺の飲んだ馬鹿力まで発動してやがる⋯⋯!
「どうなってんだ!?
おい!早く行け!!」
ゆっくりと一瞥する奴は、溜息混じりにニヤリと笑った。
「これが伝説のシルヴァか」
「⋯⋯っ」
五人だ。
全員それ相応に強い者が行ってる。
問題ないは──っ!?
「だが、所詮そんなものか」
「馬鹿なっ!?」
口に煙草をくわえたまま、両手をヒラリ回しただけで、五人共宙を舞って地面に落ちる。
「「「「「グアッ!?」」」」」
「合気道──日本の武道だ。
覚えておくといい」
⋯⋯クソが。
「シルヴァ⋯⋯楽しませてくれよ」
猛獣の如く笑いながらにじり寄ってくる奴に、向かう俺の部下たち。
だが、悉く地面に落ち、砲弾が鳴ったかのような一撃が顔面を飛ばす。
人間じゃない。
殺戮兵器だ。
「ばっ⋯⋯」
今までの人生。
自分が散々言われてきた言葉だ。
「化物」
あぁ、ダッセェな。
「ハァァァアア!!!」
「空振ってるじゃねぇか。
あの伝説とも言われた男がこんなザマじゃあな」
クッソ。
なんで?どこで?
俺はどこで、何を間違えたってんだよ。
俺の人生⋯⋯コイツらみたいに。
コイツらみたいに普通の国で生まれたら⋯⋯!!!
*
「「⋯⋯⋯⋯?」」
「お兄ちゃん、誰ぇ?」
「イケメンお兄ちゃん!」
な、なんだ?
このガキは。
「意味は通じてるな?」
「⋯⋯は?───ゴフッ」
ヤバイ。
鳩尾はマジで、マジで死ぬ。
「子供の前でなんて言い草だ」
「あぁ?俺が子供の面倒なんて見れる質⋯⋯」
映るのは、キラキラした純粋なガキ共の瞳。
「修行だ」
「っェェェ⋯⋯⋯⋯は?」
「お前にも、きっと人生があったのだろう。
だが、もう忘れろ」
「湊翔お兄ちゃん、この人誰?」
「お外に出る時に案内してくれる素晴らしい能力を持ったお兄ちゃんだ。
何でもやってくれる」
「「え!?なんでも!?」」
おいおいおいおい。
「待て待て!俺に何をさせるつもり⋯⋯!」
なす術無しに、俺はガキ共に乗られ。
「汽車ぽっぽー!」
「行けー!飛行船ジオライド!
遥か向こうの大陸に行くんだ!」
「終わった。マジで終わった」
「ぷっ⋯⋯おい石田、あれ見ろよ」
「アニキを追い詰めたんですからあれくらい当然⋯⋯ぷぷ」
ビキッと今にも怒り狂いそうだ。
「ジオライド、電磁光線だ!!」
クソが!!
俺はホワイトファングのシルヴァ・フロストだぞ!!
「ビィィー!!!」




