二拠点生活の開始
「朝か」
見慣れない天井だ。
というのは嘘。
あの出来事からもう一週間程。
取引で貰ったこの場所をメインに、金を稼いで、出来れば女を連れ込んでキャッキャウフフするのだ。
いや、別にここでなくてもいいのか?
「防音があるのにな」
そうじゃない。
ーー※※※※※
「ん? 着信?」
折りたたみのガラケーを開くと、
"お母様"と表示されたディスプレイ。
「はぁ⋯⋯心配し過ぎだよ」
ピッ。
「もしもし?」
『おはようそーちゃん!』
「母さん、仕事は?」
『そーちゃんのおかげで、お仕事辞めて家事に専念してもいいってパパがね』
通帳に入っていたのは、総額大体十億前後。
父に借金の正体を聞きたくはあったのだが、聞かないことにした。
ただ、その金額で返せるのか?という問いだけを投げると、八億程だという。
一体何をしたんだ?
などというのはやめておこう。
八億は返した所でなくなってしまう。
だから残り一億程家に入れて、残りの一億は俺の物という風に内訳をした。
もちろん父と母、南なんかは反対したが、俺としてはこれから金なんぞ幾らでも稼げるのは分かりきってるんだから関係ない。
「そっか。良かったよ」
『それでね?』
「うん?」
『そーちゃんの住んでる寮?だっけ? 何処にあるのか教えてもらえない?』
「どうしたの?」
『いや、お母さん心配で⋯⋯』
「いや大丈夫だよ。白波が押さえたしっかりした場所だし」
そんで秘密基地だし。
『そう? お母さん心配よ。南もお兄ちゃん心配だけど⋯⋯って』
そう。あの一件の直後、すぐ次の日から俺はここにやってきた。
俺としては言い方はアレだが、一般市民のように普通に過ごすつもりは毛頭ない。
と言ってもだ。
勿論、普通という解釈の部分がそんな極論を指しているわけではない。
ただ、俺という存在はあまりにも危険で、諸刃の剣と言える。
これから何かあった場合。
いくら俺でも色々無理ゲーイベントは避けられない事だろう。
──数と力の前では。
少なくとも、今の"俺"では、な。
だから少なくとも今くらいは離れていた方がいいだろうという側面がある。
口が悪いが、魔力制御の鍛錬においては邪魔にしかならない。
それに精神もうん百歳だからな。
悪い訳ではないが、普通に過去に帰った場合とはもう大きく話は別物だ。
多分俺でも、能力がなく、普通であったらここまでやるつもりはなかった。
しかし。
今の俺には力があるのだ。
現存しているのかはわからんが、
"魔導師"、加えて"錬金術師"なんて言う定義が既にここにいる事が世界のプログラムとしては破綻しているのだから、他にもいる事は当然ありえるだろう。
『そーちゃん?』
「あ、ごめん」
やはりあの一件以降、俺は少し家族に会いづらくなっている。
別に会いたくないってことではない。
ただ、俺としてはケルビンの名前がもう当たり前で、ケルビンという人格形成が済んでいる。
むしろ伊崎湊翔という過去の人間の人格でいる事に違和感しかないし、むず痒い。
多分正直、名前を呼ばれても多々反応できないことだってあるくらいだ。
人を殺し、人を愛し、人を壊す。
女女言ったり、人を笑顔で侮辱したり、偉そうにしたり。
ーーも、申し訳ありません!!どうか!どうか!!
『ふん。お前──代償はその目だ』
ーーぎゃぁぁぁあ!!
そうだ。それが俺だ。
泣き叫ぶジジイ共を喰らって。
喰らって喰らう。
だからやっぱりケルビンとしての人格が99.9だ。
まぁウチやこの日本では全く褒められた行為ではないことを平気で実行するであろう姿をあまり見られたくないというのが本音だ。
だから見られたくはない。
なんか色々痒い。
気持ち悪いとも感じる。
『やっぱり帰ってきたら?』
「いや、大丈夫だよ。それに出る前も言ったでしょ?週の半分は帰るって」
『そうだけど⋯⋯』
「それに、白波から結構話も貰えるし、お金ももらえるよ!」
『⋯⋯そうなのね。そーちゃんも大人ね』
「だから、安心してよ。ちゃんと帰るし、母さんの好きな近所のカステラ買って帰るから」
『な、なんで知ってるの!?』
「いや⋯⋯っ。あんなに涎垂らしそうな顔しててよく言うよ」
本当は笑うところではないのだが、あまりにもこの間一緒に商店街へ買い物に行った時に見かけたカステラを子供みたいに見てりゃ誰でも分かる。
「あ、あれは結構値が張るのよ⋯⋯?」
「自慢ではないけど、一億もあったら好き放題できるでしょ?」
2022年ではない。
一億の価値がかなり違うだろう。
近い内に会長と木村さんへプレゼントしに行かなきゃだし。
『さすがに使えないわよ?』
「使ってよ。その為のお金なんだから。この間引っ越しの物件を回ったでしょ?」
『そ、そうなんだけど⋯⋯』
「大丈夫。ここの寮の維持費は掛からないし、入ってきたのは全部家に入れる予定だから」
俺だからまぁ問題はないだろうが、一億という大金の扱いはまだ難しいか。
『そ、そうね』
「大丈夫。そういえば──」
*
「ふぅ。心配性な家族が多すぎる」
まぁ。嫌ではないのが、身体が伊崎だからか。
それとも。
朝風呂直後だったからリビングを通ってソファにガラケーを投げ捨て、だらりと酷い体勢でテーブルに肩肘をついて近くにあるNacBookを開く。
「んー。遅い」
まぁ、未来はこれの10倍くらいの性能だもんな。
人類様々だわな。
だってあの天下のNacさんが十万しないんだぜ?
笑っちまうだろ。
Wi-Fiもまだまだだし、色々言いたいことが山盛りだ。
「っと、とりあえずっと」
複数のサイトから手に入れた情報を並べる。
現在は2012年8月上旬から中旬。
「うん。俺は能力なんて無くても多分金持ちになってたな」
そのサイトたちに映る名前を見つめ、小さく破った紙の切れ端に名前をメモる。
「よし、ちょっと体を動かさないとな」
この一週間。
俺は正直ほぼ動かなかった。
いや、動けなかったという方が正しい。
アレを飲んだせいだ。
というのは、考え方として大事なのは、魔力=血液という公式で考えたら分かりやすい。
アレを飲んだ後というのは、無理やりありえないところまで本来なら必要のない所まで血液を行き渡らせないといけない。
──となれば?
体の機能上血液を急速で作って行き渡らせる必要がある。
死にそうになっているような感覚に近い。
そこの部分が魔力みたいなものだ。
負荷が段違い。
だから諦めて家から出ずに一人でベッドの上で死にそうになっていたというわけだ。
「そろそろ問題なさそうかな」
ちょっと運動がてら、行くとするか。




