雨宿りの休息
ある王国の女王の執務室。
ここにいるのは女王と、女王付きのメイドだけ。
「女王様、最後に魔国との国境付近の通行統計です」
「ありがとう。人間、魔族、どっちの数も増えていってる、いい傾向ね」
「はい。これも二年前女王が結んだ不戦協定の賜物かと」
「効果は上々、あとは魔王との『婚約』だけ」
「女王様は魔王様との婚約、どう思っているのですか?」
「それは・・・・・・」
―――とそこで。
外が少し暗くなり、ポツリポツリと窓に水が打ち付けた。雫の数は次第に増えていき、勢いも強まっていく。
「雨が降って来ましたね」
「丁度いいわ。溜まってた仕事は片付いたし、今日はこれで終わりにしましょう」
「承知しました。女王様」
メイドが執務室から出ていき、女王は椅子から立ち上がった。
クローゼットから服を取り出し、堅苦しいドレスから着替える。そして魔法瓶の蓋を開けて髪を金から茶に染める。こうすれば誰が見ても私が女王だとは分からないだろう。
「よし。今日も行きましょう。―――あっと、これも忘れずに」
レインコート。外が雨なのにそのままで行ったらひとたまりもない。
女王は裏側から城を出て城下街におりる。雨に濡れないようしっかりとコートで身を包み、ある場所へ向かった。
城下街を二つに割るように通り、城に真っ直ぐと繋がる中央通り。その太い通りから枝分かれした内の、最も細い路地。そこに入る。
さらに一分もかからずに歩くと、三方を家に囲まれた秘密の場所に着く。そこには小ぢんまりとした、けれど中々お洒落なカフェがあった。
雨雲が天井を取り囲み、街全体が薄暗くなる雨の日。女王はその日に決まってこのカフェに行く。
レインコートを脱ぎ、オープンの看板も何も無いドアを勢いよく開けた。
チリンチリン
かわいい鐘の音が鳴り止むのを待って、私は言った。
「こんにちは。また、来ちゃいました」
真昼時、薄暗い外に対して、店内はほのかにオレンジ色の光で満ちていた。
お客はいない。しかし健気にテーブルを拭いていた店主はこちらを向く。水色がかった白髪の青年。銀色の瞳で私を見据え、言った。
「いらっしゃいませ。雨、降ってきてたんですか」
「気づいてませんでした?」
「えぇ。あなたを迎える準備をしていて、ね」
「準備をしていて、って、じゃあ気づいてるじゃないですか」
「ははっ、まぁまぁ。とりあえず今日もゆっくりと雨宿りしていってください。色々用意してありますから」
―――これはある王国の女王と、魔族の青年のちょっと楽しい雨宿りの話。