表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

動物園の出来事

作者: 九文里

 平日でも、家族連れで賑わう様な動物園である。

 今日は昼近くだというのに、子供も、大人の姿もない。ただ、遠くから動物の鳴き声、鳥の(さえず)りが園内に響いていた。

 外木場陽一の担当は豹である。豹の名前は、アオと言う。

 外木場は、アオを獣舎から外に出して獸舎の中を掃除していた。

 アオは、時たま欠伸(あくび)をしては、そぞろに歩いていた。

 外木場は掃除を終えると、飼料の用意をするため調理場に入ってきた。

 

 「よお、陽ちゃん。掃除終ったか」

先に中に入っていた内田が声を掛けてきた。

 「ああ」とだけ言って外木場は、冷蔵庫を開けた。中から一抱えある袋を取り出すと、調理台の下に置いた。

 外木場は、袋から肉の固まりを取り出すと、包丁で切り出した。


 「凄いな陽ちゃん。馬の肉か」

内田が肉を見て言った。

 「ああ、阪神の知り合いの(つて)で、厩舎に頼み込んで分けてもらった」

 外木場は、肉をトレイに入れながら応えた。

 

 アオは、生まれた時は体が弱く、直ぐに人工保育に切り替えて、外木場が育てた。

 赤ちゃんの頃は、外木場の膝の上で

哺乳瓶でミルクをあげた。小さいアオは、猫の様で鳴き声は猫よりも太い声でないていた。

 甘えてきては、座っている外木場の頭を(かじ)った。

 アオの食事を用意しながら、外木場は、アオの小さい頃のことを思い出していた。


 肉をトレイに入れ終わると、外木場は、鍵の懸かった戸棚の方に行った。

 鍵を開けて、中から黒いガラスの瓶を取り出すと、それをじっと見た。

 調理台の上にそれを置くとしばらく動かなかった。

 顔が強張っていた。

 瓶のふたをあけると中の粉を肉に振り掛けて、手をつっこんで混ぜ込んだ。


 粉は、硝酸ストリキニーネ、猛毒である。食べると、体が硬直し手足が伸びきって爪がとび出る。そして、苦しんで死ぬ。


 内田は、背後から見てて、外木場が感情を押し殺し、作業をこなしているのがわかった。


 「じゃあ、行ってくる」

そう言葉を残すと外木場は、トレイを持って調理場を出ていった。



 アオは、獸舎の外で寝そべっていた。ふと、頭をもたげて獸舎との出入り口の方に顔を向けた。

 獸舎の中では、外木場が先ほど洗浄した床にアオの食事のトレイを置いていた。

 外木場は、獸舎から出ると、外との出入口を上げるハンドルに手を掛けた。そして、両手でハンドルを握り締めると力を入れて回した。

 アオはそれに気付くと戸の前に駆け寄った。

 外木場は、アオが戸の前に立っている事は分かっていた。

 出入口が少しずつ上がっていくと、やがてアオの足が見えてきた。

 外木場は、何も考えない様にして淡々とハンドルを回していたが、アオの足が見えると、一気に現実に引き戻された。堪えきれずに涙が溢れた。

 これから、アオに起こることは容易に想像できた。手を止めたいが止める事が出来ない。

 

 先日、東京に空襲があった。もう、待った無しの状況なのだ。


 外木場は、何とか手を動かし続けた。その背中は、震えていた。

 戸が全部上がりきる前に、アオは身を(かが)めて中に入って来た。

 外木場を見て、小さく吠えると食事の入ったトレイに近づいて、中を覗き込んだ。


 外木場は、心の中で叫んでいた。

「食べるな」

「アオ、食べるな」

 

 

 1944年第二次世界大戦の末期、空襲で猛獣が動物園から逃げ出した場合を考えて、各地の動物園、遊園地に猛獣を殺す様に要請が出された。

 それを受けて各地の自治体は、動物を処分する事を決定し、余多の動物が日本全国で殺された。



 

 

 話しは、フィクションですが、モデルにした豹は、実在して、その豹は匂いを嗅いで、毒入りの餌を食べませんでした。

 しかし、ロープで首を締め殺す事になったのですが、飼育員の方は出来ずに他の人が締め殺しました。

 その豹の剥製は、今も残っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ