02 店長の佐藤さん
これは、貯金ゼロの独身アラフィフおじさんが異世界ファミレスで働くお話。
「うへぇ……リストラかぁ。やっぱ中東の魔石戦争? あぁー、外資系だったのね……。うちも材料費上がっちゃって」
さっきまでブチ切れていた青年ことヴァンパイアの佐藤は、おじさんの話を親身に聞いてくれた。
おじさんが皿洗いをしながらかくかくしかじか説明をすると、佐藤はコーヒーゼリーをパクパク食べながらうーんと唸っている。
「ま、まあ、結局は自分が不出来だったせいでクビですから……。会社に文句も言えませんよ」
「でもそういうときこそ社員を守るのがギルドの役目じゃねーのかな」
憤慨してくれるのはおじさん的に嬉しかった。お金がないところを、皿洗いで見逃してくれるというのにも、恩を感じている。
ところで、とおじさんは疑問をぶつける。
「……そういえば、ヴァンパイアなのに日勤なんですか?」
「あ、夜はまた別の現場でね」
おじさんは困惑した。
「昼はここで働いて、夕方から深夜が工事現場、んで朝からまたここで仕込み」
──ワーカホリックなのだろうか……。
そのスケジュールでいつ寝ているのかを気にするおじさん。佐藤は確かに目の下のクマがすごい。
話を聞くおじさん。このヴァンパイアの佐藤はファミリーレストラン「フェリシア」の店長なのだと知る。
ヴァンパイアと言ってもまだ20数年くらいしか生きていないので、体力も有り余っていて、よって日勤でも大丈夫。
「あ、おじさんそろそろ帰ってもいいよ。もうアホ猫が代わるから」
アホ猫ことナコはホールに出ている。少女はああ見えて、店のメンバーでは古株である。皿はよく割るが。
おじさんは貰ったタオルで手を拭きながらキッチンから見えるホールを見渡す。
「しかし、このお店は異種族の隔たりがないんですね」
普通の飲食店では異種族間でのトラブルを避けるためゾーニングが行われる。例えばサラマンダーと樹木系は隣に座ると延焼するので仕切りで分けられる。
「そうだな。せめて『フェリシア』の中では、多種族が仲良くなったらいいなと思うんだよ」
さわやかな笑顔でそう言う佐藤。おじさんはしみじみ思う。
──僕みたいな大人世代が出来なかったことを彼はしようとしているんだ。……格好いいな。
「まあ、回転率悪くなるのが嫌なだけなんだけどね」
たぶんそっちが本音である。
それでも彼が言ったような空間がつくれるのなら、どんなにいいだろうかとおじさんは思った。
おじさんが社会に出た頃は、まだ異種族相互差別があった。おじさんは輸送ギルドの営業として異種族の摩擦を無くせるようにできることをやったが──。
「(形に残ったのは、どれだけだろう)」
佐藤店長は回転率や効率を建前に、きっと本気でそういう場所を作ろうとしている。それは、素敵なことだとおじさんは思った。
「代わるよおじさん! お疲れ様!」
ヴァンパイアと猫獣人が一緒に働く世界。
──なんか、そういうのが良いな。
次働くのならと、ふと思った。でも、おじさんに次はあるのだろうか。
「(代金分働いたから、僕はもう──)」
おじさんがため息をついた時、佐藤店長がふと皿を持った。
「おい、猫」
「ひゃい」
「てめー、昨日皿舐めて洗っただろ、おいてめー」
「……だってそっちのが速いもん」
「ぶち転がすぞ!!!!」
おじさんは息を殺して黙った。
吸血鬼と猫は相容れないようである……。
──もしも。
──もしもの話だ。
──僕がこの店で、そんな空間を作る手伝いができるのなら。
「あ、あの、落ち着いて……。自分がまた洗いますよ」
「いや、このアホ猫に洗わせるから」
「い、いえ、その、僕が! あ、洗いたいんです……!」
おや、とそこから何かを汲み取ったヴァンパイア店長佐藤は、何も言わず静かにエプロンを渡してくれた。
「んじゃ、閉店までお願いするよ。ナコの分も」
「はい!」
久しぶりに元気な声が出たおじさんは、厨房の洗い場に立って洗い物を続けた。暗い気持ちが、晴れていくようだった。
ちなみにナコは引きずられていった。
フェリシアの店の裏に……。
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