タナベ・バトラーズ レフィエリ編 (完成版はタナベ・バトラーズシリーズへ移動)
【タナベ・バトラーズ】一歩ずつ進んでゆく、未来へ。
明日、フィオーネは、正式にこの国の女王となる。
レフィエリの主。
その座に就くのだ。
「フィオーネ、いよいよ明日ね」
「は、はい!」
レフィエリシナは今日がレフィエリの主として生きる最後の日、しかしそれでも仕事は欠かさない。机周りの色々な物の整理をしている。必要な物と不必要な物を分けている。
そして、今日まではレフィエリシナの護衛であるフィオーネもまた、これまでと同じように彼女の傍に待機している。
「不安があるかしら」
「……そ、そうですね、私に務まるかという不安は少しはあります」
「大丈夫。フィオーネならやれるわ。それに、わたしも協力するから。フィオーネは一人ではないわ」
フィオーネの心には当然不安もある。
まだ見ぬ未来へ行くという暗雲。
けれども彼女はいつまでもそれに怯えていてはならないのだと知っている。
その時、ばぁん、と扉が開く大きな音が響いた。
驚きに顔を染めながら扉の方へ目をやるレフィエリシナとフィオーネ――二人の目に映ったのは緋色の布を腕にかけた笑顔の青年。
よく見慣れた顔、リベルである。
「師匠!?」
フィオーネはほぼ反射的に大きな声を発してしまった。
レフィエリシナは「いきなり開けないでと言っているのに……」とこぼし手のひらを額に当てて呆れていた。
「急ですみませんー、レフィエリシナ様。実は彼女に贈り物があってー」
「贈り物? フィオーネにですか?」
「そうなんですよー。渡すなら今日かなーって」
レフィエリシナとフィオーネは同時にお互いの顔を見合わせる。
それから視線を目の前のリベルへと戻す。
フィオーネと視線が重なると、彼は首を微かに傾けて頬を緩めた。
「これね、特別に注文して作ってもらったんだー」
そう言ってリベルは腕にかけていた緋色の布をフィオーネへ差し出す。
白に近い灰色ばかりの室内ではその布の色はより一層目立つ。まるで空間すべてが布の存在感を高めているかのよう。色のない空間だからこそ、唯一の華やかな色が映える。
「布、ですか? マント?」
「僕と色違いでお揃い!」
「ええ……」
「ごめん嘘、僕のと同じ布はさすがになかったんだー。でも、フィオーネにもってこいな改良、しておいたからねー」
フィオーネは恐る恐る布を受け取る。
手にした瞬間想定外の重みを感じ一瞬言葉を失った。
「裏、刺繍あるでしょー」
言われて布の一部分をめくってみるフィオーネ、その視界に飛び込んできたのは彼女が食べ物の中で一番というくらい愛している丸い野菜であった。
「刺繍……って、あ! これって! と、トマト!?」
フィオーネの面に花が咲く。
目の開きまでもかなり大きくなっている。
「気に入ってもらえるといいなー」
「す、凄いです! これがあれば四六時中トマトと一緒にいられますね! 嬉しいです!」
感情の波の大きなうねりに乗せられたフィオーネはほぼ無意識で目の前の師に抱きついた。が、少ししてレフィエリシナに何とも言えない視線を向けられていることに気づき、気まずそうに身を離した。
「すみませんお母様……」
「トマトが嬉しかったのね」
「はい……」
気まずさに縮こまってしまうフィオーネに、薄くとも黒くはない笑みを浮かべたレフィエリシナは言葉をかける。
「一度着けてみれば良いのではない?」
その言葉によって、フィオーネはリベルに貰った布をまとってみることにした。
とはいえフィオーネはどうすれば良いか分からない。布をまとったことなどないから。試し程度でもそのようなことをしたことはない、そのため、布を持って困り顔になることしかできない。
フィオーネは助けを求めるような目でレフィエリシナを見る。
「リベル、貴方はできるのですか?」
「まぁちょっとはー」
「はぁ……できそうにありませんね、では貴方のそれはアウピロスさんが?」
「大体そうでーす」
心の底から、役に立たなそう、と思ったレフィエリシナ。
彼女はリベルに頼ることは諦めた。
ただ、フィオーネに「やはりやめよう」とは言えないので、胸もとから肩にかけて巻かれているリベルの濃い青の布を観察しつつ何とか着せてみようと頭を切り替えた。
レフィエリシナは他者の身体に布を巻いたことはないが、それでも、愛するフィオーネのためなので自力で何とかしようと考えたのだ。
「リベル、手伝ってくれますか?」
「はーい」
彼の軽い返事に少し呆れながらも、レフィエリシナは緋色の布を手にする。
リベルの贈り物によって余計な作業が増えてしまったことにどこかもやもや感を覚えながらも、彼女は、愛するフィオーネの肩まわりに布を巻きつけていく。
可動域が狭まらないよう気をつけつつまとわせる。
――そしてやがて。
「フィオーネ、これでどう?」
「完璧! です!」
レフィエリシナの努力とリベルの少しだけの協力によって、フィオーネは燃ゆるようなそれをまとうことができた。
「ありがとうございます! お母様!」
フィオーネはご機嫌そのものだ。
スキップでも始めそうな顔つきになっている。
「ふう、我ながら上手く巻けたわ」
「レフィエリシナ様自画自賛ー」
「そういうことは言わなくてよいのです!」
「……ごめんなさーい」
フィオーネはまた一つ大切な物を得た。
同時に心も前を向く。
この国を護る道を行く――その決意を胸に、彼女は一歩ずつ未来へと進んでゆくのだ。
◆終わり◆




