婚約破棄ですか?ありがとうございます
「アメーディア・マルコウ嬢、君との婚約を破棄させてもらう」
卒業式後のパーティーで、第一王子である、クーズディス・コオノ・オーゾックは高らかに宣言した。
その左手にはピンクの髪の小柄な男爵令嬢、アリサ・シッタコーコロが張り付いている。
アメーディアは貼り付けたような微笑を浮かべて、クーズディスに問いかける。
「理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「私が君の事を嫌いだからだ。
いつもその取ってつけたような薄笑いを浮かべてばかりで、会話も少なく、お茶に誘っても遊びに誘っても断ってばかりで私の事を二の次にするではないか。
そんなつまらない婚約者と比べてこのアリサは、表情豊かでいつも私を優先してくれる。
会話は弾むし、表情を見ると何を考えてるのかよくわかって可愛い」
《いや、感情が表に出るって貴族としてどうよ、ましてや王子妃が内心ダダ漏れって問題アリだろ?
それにこの王子かまってちゃんか?》
周りで聞いていた人々の心のツッコミが一致しているのに、気付かぬクーズディスは続ける。
「それに私がアリサと仲睦まじい事に嫉妬して、君は彼女に嫌がらせをしているそうだな!
彼女に暴言を吐いたり、お茶会に参加させなかったり、嫌がらせの手紙を送ったりしたそうだな!
全てアリサから聞いているぞ!」
正義の断罪だと言わんばかりの、得意満面顔で告げるクーズディス。
「そんな心の冷たい君との婚約は、今を以て破棄させてもらう!
自分の心は誤魔化せないからな。
私はアリサを…真実の愛の相手を新たな婚約者とする!」
「クーちゃん!私嬉しい!」
左手に取り憑いて……張り付いていたアリサは、感激したとばかりに抱きついた。
それを抱き返すクーズディス。
その二人の前でアメーディアは俯き、小さく震えている。
そんなアメーディアの姿を見て、満足げに鼻で笑うクーズディス達。
「ふふん、お前と顔を合わせるのも最後かもしれないからな。
何か言いたい事があるのなら聞いてやらんでも無い」
「キャッ!さすがクーちゃん、心が広いのね!」
「あっはっはー、私は次期国王だからな、寛大な心を持っているのだよ」
《何だこの茶番、自分達は何を見せられているんだ、このハレの日に》
再び皆の心の声が一致する。
そんな中で小さく震えていたアメーディアが…
「………ふっ……ふふふ………………おーほほほほほほほほ」
突然笑い出した。
「な…なんだ?
私に振られておかしくなったのか?」
「いや〜ん、クーちゃん、この人怖いよ〜」
「婚約破棄?
大いに結構ですわ、お受け致しましょう。
これで王子妃教育から解放されるのね!
やったーーーー!!!」
「「え?」」
両手を上にあげて大喜びしているアメーディアに、王子達が固まる。
「あー、ほんっと何なのでしょう、あの王子妃教育は。
『微笑み以外の表情はいけません』『笑ってはいけません』『顰めっ面なんて以ての外です』とは。
今までも表情を表に出さないよう教育を受けましたけど、完全に表情を消すなんて、結構無茶だと思いません?」
たまたま近くに居た侯爵令嬢は、問いかけられて
「そうですね、嬉しい時や辛い時は多少表情に出てしまいますわ」
と同意する。
「それに『人目があろうとなかろうと、必要最低限以外喋ってはいけません』と言うのもひどいと思いますわ。
薄く笑って黙っているだけなら、人形でも置いておけばいいのですよ。
会話もなくてどうやって交流をしろと言うのでしょう」
ね?と視線を向けられた令息は
「会話が無ければ仲を深められませんね」
と頷く。
「学園が終わったら王宮から馬車が迎えに来ていて、日が暮れるまで王子妃教育、学園がお休みの日には、夜明けから日暮れまでスケジュールビッシリなんですよ。
他国の言葉も、今10カ国目の勉強中ですの。
東の果ての国交の無い小国の原住民の言葉なんて、覚える必要性を感じませんわ」
「私、3カ国語でも優秀だと褒められていますのに」
成績優秀だと言われている伯爵令嬢が、驚きのため息を吐いている。
「それなのに王妃様からは、『もっと息子をかまいなさい』と叱られますの。
それなら教育の時間を減らしてくださいと言ったら、逆に増やされてしまいましたわ。
ですから、殿下が先程仰っていた、能面も誘いを断るのも、王子妃教育のせいなんです」
呆気に取られていたクーズディスは
「能面とは言ってはいない」
と呟く。
「殿下との時間も取れないのに、そちらの方に暴言や嫌がらせの手紙を送る暇など無いのですけど、何か証拠でもありますの?」
「しょ…証拠はアリサの告発だ。
君は仲睦まじい私たちに嫉妬して嫌がらせをしていたのだろう」
クーズディスに先程までの勢いは無い。
「嫉妬ですか?
いえ、寧ろ願ったりです。
最近は趣味の読書や刺繍をする暇もなく、自宅へ戻ると食事をする気力も無いほど疲れ切っていましたから、王子妃教育から抜け出せるのなら、喜びしかありません。
アリサさん、殿下を引き取ってくださりありがとうございました。
これから王子妃教育頑張ってくださいね」
晴々とした笑顔で、男爵令嬢であるアリサに頭を下げるアメーディア。
「因みに微笑み以外の表情を出さないようにする為に、多少………。
よく効く傷薬を差し入れさせて頂きますわね。
貴女には本当に感謝しかございません。
あー……本当に嬉しいわ」
感無量と言わんばかりのアメーディアに、アリサの顔が青くなる。
「え…っと……その……………、たかだか男爵家の私に王子妃なんて無理かな?
クーちゃん…いえ、クーズディス殿下、良い思い出をありがとうございました!」
「さよ〜なら〜〜」と叫びながら、アリサはドレスの裾を持ち上げ、小走りで会場から出て行った。
「あ……?…え?」と戸惑っていたクーズディスは、出入り口の扉の閉まる音に正気を取り戻し、アメーディアに歩み寄る。
「あら、殿下、追わなくてよろしいのですか?
真実の愛の相手でしょう?」
「いや…逃げた者を追うなど、王子のする事では無いから」
小さな声でボソボソと呟いていたクーズディスは、アメーディアの顔を見ながら気まずそうに言葉を発する。
「君がそんなに頑張っているなんて知らなかった。
表情が無かったのも、会話が無かったのも、デートを断られたのも、全て僕のためだったん「違います」」
クーズディスの言葉に被せるように否定するアメーディア。
「勿論、王子妃教育も理由ですけど、わたくし元々貴方に興味が無いのです」
《それ言っちゃうんだ!!》
アメーディアと親しい令嬢達が心の中で叫ぶ。
「不敬を承知で言わせていただきます。
わたくし貴方にこれっぽっちの興味もございませんの。
それでも貴族の婚約とは個人の意思ではなく、政略ですから、王子妃として貴方を支えていく覚悟をしていました。
王子妃教育も、好ましい相手の為ならここまで苦にならなかったのかも知れませんね。
もう本当に辛くて辛くて」
《そこまで言っちゃうんだ》
周りの者達の表情が固まる。
「いや……あの…………ほら、この婚約は君も言うように政略的なものもあるのだから、陛下に…」
「殿下、一度発した言葉を覆すのはいかがかと思います。
それに自分の心は誤魔化せないのでしたよね」
「うぐっ……」
ニッコリ微笑むアメーディアに、クーズディスは言葉を詰まらせる。
そんなクーズディスに、
「この度の婚約破棄は喜んでお受けいたしますわ」
優雅にカーテシーで挨拶をして、アメーディアは会場を後にした。
後にクーズディスは婚約者も見つからず、第一王子でありながら、他国の貴族の入婿となった。
アメーディアは侯爵令息と新たに婚約し、2年後に結婚、子供も3人授かり、幸せに暮らすこととなる。
アリサは大商会の主の後添えとなり、金銭に苦労する事は無く、そこそこ幸せになったようだ。