朝食は何を作りましょうか?
朝になりました。
いえ、正確には朝が来る前の早朝です。
召使いの朝は、朝が来る前に始まるのです。
私は自分に与えられた広くて白くて清潔な部屋の、大きくてふかふかのベッドの上で目覚めました。
天蓋が付いた、お姫様のようなベッドです。
起き上がってベッドから降りると、フワフワな絨毯が素足を包みました。
なんて優しい肌触りでしょう。
貧乏男爵家は野ざらしの木のような床でしたので、毎朝冷たさにヒヤリとしたものです。
私は幸福な気持ちで伸びをしました。
早速仕事を始める準備をします。
冷たい水で顔を洗い、お気に入りの白のリボンで髪を結い、持参したうちで最もしっかりした服を身に付けます。
掃除道具を腰に巻き、裁縫セットをポケットに忍ばせます。
そして黒の革靴を履いたらいざ出陣です。
部屋を出て長い廊下を歩き、まずは食堂に向かいます。
きっと、朝食の準備をしている使用人の方がいる筈です。
……と思ったのですが、中には誰もいませんでした。
「誰もいらっしゃらない」
先輩召使いがいるならば、この城での働き方を教えてもらおうと思ったのですが、どうやら早朝の厨房にはいないようです。
私は時計をちらりと確認しました。
今からお湯を沸かして食堂の掃除をして料理を作らないと、起きてきた伯爵さまの朝食に間に合わないかもしれません。
私は、厨房を使って朝食を準備することにしました。
本来ならば先輩召使いに厨房の使い方やルールを教えてもらってから料理を始めるべきなのですが、今日はまあ、良いでしょう。
私は早速、食料庫の中にある材料を確認することにしました。
雪の多い地域ですから緑の野菜の姿は見当たりませんでしたが、思ったよりお肉がたくさん保存されています。
小麦の貯えもたくさんあるようです。
私は何を作るか念入りに決めた後、目についた大鍋を取り出し、お湯を沸かし始めました。
グツグツグツ。
お湯を沸かしている間に、伯爵さまが食事をされる食堂の掃除をします。
床を掃き、それから磨き、テーブルを念入りに拭いていきます。
食堂を新品同様ピカピカに磨き上げ、仕上げにテーブルにランチマットを敷きました。
木目が美しい大きなテーブルなのですが、テーブルクロスなどはかかっていなかったので、戸棚に見つけたランチマットを敷いたのです。
私は一旦厨房に戻って、沸いた湯の中に肉や骨、香味野菜を入れていきました。
ここから一時間ほど煮込んで料理に使います。
では肉や香味野菜を煮込んでいる間に、他の料理も進めてしまいましょう。
私は食料庫から、大きな小麦の袋を「よいしょよいしょ」と運んできました。
丸々とおいしそうなお芋も、まな板の上に並べます。
豆類も豊富にあったので、それも使わせていただきます。
それから見つけ出してきたバターとミルクも用意します。
それでは、いざ料理開始です。
……
「なんだ、この匂いは」
ぎいっと食堂の扉が開いて、伯爵さまが訝しげな顔を覗かせました。
「しかも、食堂がやけに眩しいんだが……」
それは、私が朝一番に誠心誠意食堂を磨き尽くしたからです。
全ての汚れを除去し念入りに研磨したので、床からテーブルまでピカピカです。
そして伯爵さまは食堂がピカピカなことに驚いて有られる様子ですが、そんなさなかでも恐ろしい覇気を放っておられます。
やっぱり魔王と噂されるだけはあるお方です。
食堂が一気に魔王城に代わってしまったのではないかという錯覚を受けました。
私は恐ろしさのあまり、満面の笑顔になってしまいました。
「お、おはようございます」
「あ、ああ、おはよう……」
ぺこりと頭を下げて挨拶をすると、顔を手で覆ってしまった伯爵さまから返事をいただけました。
「あの、昨晩はよく眠れましたか?」
「いや……」
「眠れなかったのですか?」
「まあ……」
「それは大変!では今晩はよく眠れるお茶を調合いたします」
私は脳内のやる事リストにお茶の調合を記しました。
私は召使いですから、伯爵さまの体調管理を第一に考えて動かなくてはなりません。
「ところで、この料理だが……」
伯爵さまは、そう切り出しました。
テーブルに並んだ料理を見て、何やら言いたそうです。
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