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ここが私の部屋ですか?



私は雪の積もった暗い森の中を、前を歩く伯爵さまの背中を目印に歩いて行きます。

決して歩きやすいとは言えない森の道を歩く私と伯爵さまの周りには、少し離れて狼たちがついてきます。


伯爵さまは私の荷物を奪うように持ってくださって、長い足による大きな歩幅を私に合わせて縮めて歩いてくださっているようでした。

そんなふうに主人に気を遣わせては召使いの名折れですので、私は懸命に足を動かします。


伯爵さまは、途中で何度もこちらを振り返られました。

おぼつかない足取りの私を見て、不安に思ったのでしょうか。


「その、君が歩きづらいなら俺が手を引いてやらんこともないが」


何かおっしゃったようですが、私たち2人と多くの狼がザクザクガサガサと音を立てて進むので、私は伯爵さまの言葉を上手く聞き取ることが出来ませんでした。


「あ、あの。ごめんなさい、上手く聞き取れませんでした。もう一度お願いします」


「……二度は言わん。もういい、忘れろ」


主人の命令も聞き取れないとは、本当に私は召使い失格です。

でもせめて、この高価そうな外套を小枝に引っ掛けて傷付けることが無いよう、この上質そうな外套を泥雪で汚すことの無いように、と私は細心の注意を払ったのでした。




暫く歩いていると、大きな砦と、その砦の真ん中に要塞のような城が見えてきました。

雪景色に溶け込むような白く強固な城壁、一部の隙もない頑丈なデザイン。

これが噂に聞く辺境伯の城、フローズンエーレです。一部の人たちから、白の魔王城と呼ばれている城です。

今は北の国境を魔物から守る役割を担っていますが、その昔の北東大戦では重要拠点として機能したそうです。

今日から、この壮大な歴史を持つお城が私の職場になる訳です。

精一杯務めを果たさせていただきます。

何卒、よろしくお願いいたします。


私は目の前の城に小さく一礼し、ジークフロスト伯爵さまのお城であるフローズンエーレの門をくぐったのでした。


銀色景色の広がる城の庭を抜ける伯爵さまの背中を追いかける私は、途中で何人かの夜勤を頑張る衛兵さんたちを見かけました。

彼らは、我が物顔で敷地内に入ってくる狼たちとは顔見知りのようで、時々頭を撫でたりしながら通り過ぎていきます。

そして衛兵さんたちの中には、私に気が付いて会釈をしてくださった方もいました。

私は一介の召使いなのでそんなに気を使っていただかなくてもよいのですけれど、それでもやっぱり挨拶していただけるのは嬉しいものです。


しばらく歩いて、今度はお城の中に入りました。

お城は大きいですが、元々軍事拠点として作られたものなので、威厳と力強さはあっても華やかさは皆無です。

私は貧乏を極めていますので、お金持ちの方々のお家がどのようなものになっているのかは想像するしかないのですが、それでもやはりこのお城からは、贅沢とはかけ離れた、凛々しく武骨で実用的な印象を受けました。

例えば、廊下にいつでも使えるように武器が収納してあったり、ふと上を見れば緊急時に発動しそうな罠が設置してあったり、階段を上っていると唐突に鎧が現れたりなどするのです。




「君の部屋は用意してある。こちらだ」


「はい」


伯爵さまに軽く食堂とリネン室を見せていただいてから、部屋に案内してもらえることになりました。

私は頷いて、伯爵さまの後に続きます。

伯爵さまは長い階段をタンタンタンと昇って行きます。


わざわざ私の部屋を用意してくださったとのことですが、どのような場所なのでしょうか。

勿論、召使いの私は素晴らしいお部屋など望みません。

たとえ倉庫に案内されても、武器庫の床で寝ろと言われても、私は受け入れる覚悟です。

召使いなのですもの、それくらいの人権が保障されていないのは、むしろ当たり前なのです。



「ここだ」


「ありがとうございます」


案内されたのは、磨かれた窓のついた5階の、角の部屋の扉の前でした。

私はそっと取っ手に手をやり、その扉を開けました。



「え……!?」


私が召使いに与えられる部屋として想像していたのは、薄暗い食料庫とか、掃除道具入れの中とかはたまた危険を顧みない火薬庫とか、そんなところだと思っていました。

ですが、この目の前に広がる広いお部屋は何でしょう。

この武骨なお城の内装とは明らかに異なる空間が広がっています。


床は冷たい石畳ではなく、上質なムックの木です。

可愛らしい白のテーブルや、それに合わせてデザインされた白い椅子、それから天蓋付きのベッド。舞台女優が好みそうなピカピカの白のヘアドレッサーに、お金持ちの貴族令嬢達にも負けないほど大きなクローゼット。

そして純白のカーテンに縁どられた窓は大きく、朝になればさんさんと日差しが降り注ぐ事でしょう。

更に足を踏み入れて見れば、部屋の奥に猫足のバスタブが付いているのも見えます。


「このお部屋が私のお部屋なのですか?」


「そうだが?」


「え、えっと、本当ですか?」


「俺が嘘を吐くとでも?」


「いえ、そういう訳ではないのですが……」


伯爵さまにぎらりと睨まれて、私は身を縮めます。


このお部屋は、私が住んだことのあるどんなお部屋よりも、私が想像したことのあるどんなお部屋よりも素敵です。

でも、私はこき使ってもらうための召使い。

この素敵なお部屋で暮らす権利など、果たしてあるのでしょうか。


「こんな素敵なお部屋……」


「気に入ったか」


「私には勿体ないです!」


私は伯爵さまに会ってから、首を振ってばかりです。

そろそろもげてくるのではないかと心配になってしまうほどです。


「まさか勿体ないからと使わない気か?それとも、君は白が好きなのではと思って白を基調にしたのだが、それが気に食わなかったか?」


「いいえ!確かに白は好きですけれど」


「やはりな。そうだろうとは思っていたんだ」


「でも、どうしてそれを……?」


「君はいつも髪に白のリボンを付けていたからな」


「それも、どうしてご存じなのですか?」


「え……?あ、いや!それは、多分、パーティで給仕をしている君がやたら頻繁に俺の視界に勝手に入ってきた所為だ」


お顔を見上げると、あの恐ろしいと噂の伯爵さまの頬が真っ赤になりました。

もしかして、私に外套を貸してしまったことが原因で、急に熱が上がってしまったのでしょうか。


「そうですよね。確かに私は、伯爵さまに給仕させていただくことが多かったかもしれません」


私は、ジークフロスト伯爵さまが出席したパーティでは、伯爵さまと関わることが多かったように思います。

なぜなら、他の給仕仲間の貧乏令嬢たちは恐ろしいと噂の伯爵さまを避け、最も貧乏で立場の弱い私に伯爵さまへの給仕を押し付けることばかりだったからです。

だから伯爵さまが私のことを白いリボンの女とたまたま覚えていたとしても、不思議ではありません。




「そういえば、君はここに来るまで随分な長旅をしただろう。もし腹が減っているということであれば、荷物を置いて軽く支度をしてくると良い。夜食でも作ってやる」


「え?」


伯爵さまは話題を替えたかったようですが、私は失礼にも聞き返してしまいました。

私の耳が正常に働いていたとすれば、伯爵さまは今、私に夜食を作ってやると仰いました。

召使いに食事を作って振舞う主人など、この世に存在するのでしょうか。

そんな話、作り話の中でも聞いたことは有りません。


「えっと、何と仰いましたか?」


「だから、腹が減っているなら何か食べるかと聞いたんだ」


「え、えっと、伯爵さまが料理をなさるのですか?」


「そうだ。ここに住み込んでいる兵士は多いが、住み込みの使用人はいない。だから俺も自分と君が食べる夜食くらいは作れる」


伯爵さまは結局私の返事を待たず、「それでは準備が出来たら食堂まで降りてくるがいい。食堂は一階だ」と言い残して、私に貸してくれていた外套と共に長い廊下の先の階段を下りていきました。



伯爵さまの広い背中が、階段の先に消えて完全に見えなくなりました。


「はわ……」

随分な声が出てしまいます。

私は今までの緊張と恐怖と、疲れと興奮とその他いろいろな感情の渦に押しつぶされるようにして、へたへたと座り込んでしまいました。

ずぶとい事で有名な私も、流石に限界だったのでしょう。



そして先ほどの伯爵さまとの怒涛の出会いを思い返して一息ついたところで、私のお腹はくう~と鳴ったのでした。








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