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隠れ里  第三部  作者: 葦原観月
3/10

御館様の思惑

今回は御館様の策略についてのお話です。

         (九)

「つまりは、その子らを船に乗せればいいわけね」


 お館家の一室で、綺麗な色をした、船の形の置物を手にした石坊が呟く。


「そうじゃ。おまんは、お館家嫡男の伊王丸様にお仕えすることに決まった、本土の医学館の塾生。お館様の知人の子息ということになっとる。まだ赤子であられる伊王丸様に、付き人は要らん。が、いずれは、お世話をする者が必要となる。せっかくの機会であるから、島の様子を知るために呼ばれたのだと、子らには答えよ。いずれ島を継いでいく島人たちとも親しくなっておくように、お館様に言われとる、とな。島人は余所者を嫌うが、ま、おまんなら、大丈夫じゃろう。上手くやれ」

 言いながら、那医は石坊の手から置物を掠め取る。

「これは、伊王丸様の玩具じゃ。汚い手で触るな」ついでに、こつん、と頭を叩き、石坊の口が尖った。

「ふんっ。同じ子でありながら。片や高そうな玩具をたくさん与えられ、片や親元から引き離されて島送りか。神も仏も、あったものじゃないわい」


 石坊の言うことも、もっともだ。那医だってできれば〝二度〟も神隠しに手を貸したくはない。しかも今回は、その親の目前で神隠しが行われるのだ。


平佐田は、まさか、言徳が実の子だとは知らぬであろうが、今回は滋子の妹の子である二人を、引き取りに来るのだ。

子を攫われた二人は、大層、安仁、言徳を望んでいるらしい。滋子にしてみれば、妹の子を引き取るのは当然であり、また、平佐田にとっては、可愛がっていた智次の子と聞けば、異存はないだろう。


「だけどさ、お館様は何で、言徳が〝生まれ変わり〟だとわかる? 赤子なぞ全部、同じじゃ。赤子は言徳だけじゃなかろう。人の多い本土では、毎日どこかで、子が生まれる。〝守女〟の子が気になるなら、何でお館様は〝守女〟を手放した。目も当てられん不細工ならいざしらず、滋子は大層な別嬪じゃ。儂なら妾でも傍に置くなぁ、〝薬園師見習い〟にくれてやる代物じゃないなぁ。〝へなちょこ本土の密偵〟じゃろうが。愚の骨頂じゃ」

 は……言いたいことを言う。

 所詮は餓鬼の強がりではあろうが、情報力には、ぞっとするものがある。石坊の役目は、神隠しの子を二人、神隠しと見せかけて琉球国の船に乗せるだけだ。


 今回の相方となる那医は、詳しい事情は石坊に告げてはいない。密偵の世界は余計なことを語らず。「仕切り者」だけが全てを知っていればいい。助っ人はただ、言われた仕事をこなせばいいだけだ。


「赤子には、目印がある。確認は、してある。言徳は〝お宝〟じゃ。琉球王が待ち望んだ大切な。ほとぼりが冷めるまで、御子様には琉球国でお過ごしいただく。平佐田は永久追放じゃ、島に三度もの神隠しを導いては、二度と島には上がれまい。御子様は島に戻り、戦への心構えをなさる。琉球王は近隣の島々と連絡を取り、大陸からも応援が駆けつけよう。大きな戦が起きる。その第一段階じゃ、心して懸かれ」

「那医さん……それでいいんか?」

 覗き込んだ石坊の目が、一瞬だけ眩しく見える。那医は荷を片付けるふりをして目を逸らせた。


(わかっている……)

 確かに〝徳川の世〟は終わりに近づいている。安穏な世に甘んじているのは将軍家ばかり。薩摩だけでなく、各地の勢力は、それぞれに水面下で動き出し、異国はそんな動きを感じ取っている。

 いつひっくり返るかわからない現政権を、〝正当な御子様〟を立てて、立て直しを図る王の気持ちも良くわかるが……


(琉球国は、ちぃと、信心に傾きすぎじゃ)

 散々の侵略を受けながらも、外部に対しての侵略に力を注がなかった理由は、「神のおわす国」だからだ。自らを神の子孫とする王は、神のご加護を信じ、近隣の境界線を巡る争いくらいしか戦の経験はなく、資盛の擁する、戦を生き延びた日の皇子の末裔である御子様に、大いに心頭したものと思われる。

 日の元の神の子と共に、神の統べる国を――

信心深い琉球国王らしい考えだ。

 神を信じこそすれ、全てを神に託す考えは、理解できない。〝神話〟など人の作った語りに過ぎない。〝生まれ変わり〟と立てられた命こそ、犠牲者であると、那医は思っている。


 大きく動く〝人の世〟に、偽りの神がいかほどの力を持とう。王よりもずっと、世を知っている〝密偵〟は懸念する。


多くの命が散ることとなる――


〝失われた御子様〟に力を貸す馬鹿など、本土にはおらぬだろう。天皇家は今や、徳川の秘蔵品に過ぎない。


「余計なことを言うな。儂らは何者かわかっておろうな、石坊……」

 全てが無駄だとわかっていても、恩義は忘れていない。元々がなかったはずの命だ。王が出征すると言えば、否とは言えない。たとえ負け戦とわかりきっていても。

 ただ……あてどもない〝神話〟に散る命を、神はお救いになるか。唯一の気がかりは、確かめる術もない。


「ふぅん。ま、いいけど。那医さんがいいって言うなら。今回の〝仕切り〟は那医さんだ。うちなんちゅの密偵の仕来り、「仕切りの言に従うべし。余計な口は挟むべからず」。上手くやるよ。二人の子を手懐ければいいんだろう? 安仁は、どうするの? どこのもんか、わかってるの?」

 やはり、石坊は油断ならん。出自の知れない安仁については、智次と時子の子と伝えてあるはずだが。


「聞いておらんか。安仁は智次と時子の子だ。若い二人は恋に落ち、欠落ちした。島の事情で二人の縁は忌み嫌われるからじゃ。おそらくは島のどこかで、ひっそりと暮らしておったんじゃろう。三人の内の誰かが、小さな赤子を見つけ、放ってはおけないから、一緒に暮らし始めた。だが、智次がいなくなり、時子の容態が悪くなり、赤子の世話もできん。唯一人、動ける童が助けを求めて、里に下りるは自然の成り行きじゃ」

「ふぅん。欠落ちは……ありそうな話だね。知ってるよ。〝守女〟だろ? 滋子も〝守女〟だったよね。〝武者の生まれ変わり〟と、〝守女〟じゃあ……間違いない。島人は嫌うだろうね。欠落ちもしたくなる」

 さらり、と言う石坊には、ひやり、とする。何故に、そのような話を知っている。

 探るように石坊を窺えば、石坊もまた、じっと那医の目を見据えてくる。ぞわりと頭の中を撫でるような目……


 にやっ、と笑った石坊は、

「那医さんも、しくじることがあるんだね。せっかく攫ってきた子を横取りされるなんてさ」

 石坊の言葉に、大きく漏れそうな息をぐっと堪え、

「まぁな。日が高い時刻じゃったから、赤子が寝ているを幸いに、まずは報せに走ったんじゃよ。聖域に人がいるとは思わなかったんでな。例の洞窟はお館家の裏手の道からしか行けん。儂一人であれば、すぐじゃ」

できる限りさりげなく返せば、

「お館様に叱られたろ。怖い人だよね。知り合いの人の子を平気で攫ってくるような人だもんね」

石坊は肩を竦める。


(まったく……)

石坊には、お館様の良く聞こえる耳については話しておかねばと、那医は内心大きく息をついた。ついでにお館様の不在を、心から感謝する。

「まぁね。那医さんが安仁は二人の子だと言うなら、それでもいい。〝守女〟と〝武者の生まれ変わり〟の子であれば、京訛りも説明できる」

 またまた那医の背が、ひやり、とする。これは、いったいどこまで知っているのか。

「安仁には何かありそうだよ。儂の知っている話によれば……演じているのか、事実なのか。安仁は御子様のたった一人のお友だちなんだ」


      (十)

 人の気配には敏感なほうだが、声を掛けられるまで気が付かなかった。琉球国の密偵が味方であって良かったと、つくづくと資盛は思う。


「連れてきました。石坊です」

 白い目を向ければ、ぺこり、と頭を下げる少年の姿が朧げに脳裏に広がる。少々不機嫌そうな様子は何かあったか。

(わんは、ちょぎりーさー〝坊〟あんに)

琉球語は良くわからんが、〝坊〟が気に入らないようだ。資盛の口元が緩む。

 石坊の気配が変わる。ぱっ、と明るくなった訳は、笑ったのだろうか。資盛の反応を受けてのことだ。なかなか愛想のいい〝密偵〟だ。

 手を伸ばして、石坊の頬に触れる。一瞬びくっと顔が強張った訳は、慣れていないからだろう。移動する資盛の指先に、くくく……と、くすぐったそうに笑う。


 手を離した資盛が、大きく頷けば「はーっ」と石坊は息をつき、資盛の脳裏には、引き締まった顔に、均衡良く並んだ目鼻が浮かぶ。爽やかな印象を受ける顔立ちだ。

 ただ、薄い唇が、見ようによっては酷薄に見える。爽やかな印象は作りものか。まぁ、しかし、悪くない。子供たちには、あまりずけずけした感じより、爽快な印象のほうが受け入れやすい。警戒心は持ちながらも、子供は結構これで余所者に興味があるのだ。


「我がお館家十代の当主である。遠路はるばる、ご苦労。石……〝坊〟は気に入らんようだが、しばし〝坊〟で我慢して欲しい。坊であるほうが、子らにも気楽であろう。上手くやってくれ。期待している」

 矢立を取り出して綴れば、石坊が、にかっ、と笑う。なかなか人の気を引く笑顔だ。

「お館様……。素晴らしい耳をお持ちなんですね。こう言っちゃあ失礼ですが、白い目も綺麗だ。儂はこんなに綺麗な人を初めて見ました。女子だったら良かったのに……」

 資盛が苦笑するようなことを平然と言い、「こらっ!」那医が慌てて石坊の口を塞ぐ。

「失礼じゃろっ。おまん、身分をわきまえんかっ。餓鬼のくせに生意気じゃ。お館様、こやつには、よう言って聞かせます。田舎もんですから、許してやってください」

「なんでじゃっ。儂は正直に褒めただけじゃっ! どうせ〝筒抜け〟なら、口に出しても構うまい、うぐぐ……」

 二人は仲良しらしい。


「構わぬ。那医、子らに会わせてやれ。畠山がおる。あれは我のことを忘れているらしい。子らは一休みだ。畠山が上手くやるだろう」

「はい……」

 石坊を引っ立てるような、気配が感じられる。那医は何故か、心が乱れている。珍しいことだ。何かあったは、那医のほうか。子供は、いつだって大人の心を弄ぶ。


(お館様は本当に戦をお望みか?)


 遠ざかる気配の一つが問いかける。問いには答えず目を伏せた。見えぬ目を開けていると、余計なものを見る。

 さて、準備は整った。偽りの神隠しは終わり。〝本物の神隠し〟は、大いに御子様の神秘性を語る。初回の祭りにこそ、島人の心に植え付けなければならない。


御子様は本物の神である――


 祭りの最中に、〝神隠しの子〟が二人も忽然と姿を消せば、島人は騒ぎ出すだろう。

 御子様こそ、島の神様だ――

 兵児の育成に励み、多くの兵が育つ頃には、御子様も落ち着かれよう。琉球国王と共に一族の積年の願いを。

 本土には、いくらかの伝もある。僅かな蜂起ではあっても、皆が不満だらけの本土では、動く者もあるはずだ。

 薩摩もまた〝大殿〟の時代とは違い、覇気も勢いもないお飾りが、〝節約〟の真っ最中。現国主の島津斉興公は、保守に必死の肝の小さい男だ。無高となった郷士は血気盛んで、戦と聞けば喜んで参加する者が多いはずだ。こちらには情報通の密偵がついている。


 実際、戦たるものに遠ざかって久しいお館家ではあるが、やはり血は争えないようだ。御子様を擁し、琉球王と共に都を目指す夢には、心、沸き立つものがある。大切な妻も子も、白くけぶる硫黄の向こうだ。

神隠しか――

 否、御子様を擁しているからには、隠されているは、我のほうであろう。目指すは〝隠れ里〟。恋い焦がれる里は、遠い彼方にある。

「ほう……おはん、本土から来たか。本土の道場は、いけなもんか?」

「さぁ……儂も、島の道場を知らんから。けど、男は、島のほうがよさそうじゃな。本土の男は、へなちょこばかりじゃ。儂は喧嘩で負けたこつはない。重国、儂と相撲とらんか、見た目より強いぞ」

『はははは……』


 早速にも、石坊は上手くやっているようだ。実際、石坊は十五と聞くが、見た目は小ぶりで、重国よりも一回り小さい。屈託のない表情が幼く見え、重国と同年と言っても通るだろう。

 だが〝密偵〟は油断ならない。小さな体には、大人顔負けの知識も、知恵も目一杯に詰まっているのだ。

「うちなんちゅ、期待の密偵」と呼ばれる石坊は、おそらくは、那医をも凌ぐ敏腕だろう。良い戦力となる。


「お館様、ちぃとお耳に入れたい話が」

 那医の言葉に従って、学舎の外に出れば、かさかさと音を立てて孔雀が遠ざかる。

 島神様の御使いである孔雀は、島のあちこちに生息する。静止して、大きな目で見つめられると、落ち着かない気分になる理由は、凛とした姿がどこか、神の御使いにふさわしい威厳を持っているからだろう。

「石坊の情報ですが……」

 那医が声を潜めて伝える内容に、資盛は思わず那医の頭に問い返した。

「嘘ではなかろうな」

「はい。うちなんちゅは、すぐにばれる嘘などは言いません。現に、島にいる同輩に嘘をつけば、すぐにばれる。儂は今回、石坊の仕切り役。仕事を混乱させるような嘘をばら撒いた者には、制裁が待っています。王は、厳しいお方です。石坊も身に染みて知っているはず。嘘を言うとは思えません」

 うちなんちゅの掟は厳しいようだ。


「裏を取れるか?」

「仰せのままに」

「余所者がいかように?」

「島には今、本土からの客人として招かれているお方が大勢おられます。使用人を伴った商人や、小者を伴った隠居、的屋や大道芸の類……我が手の者を数名、潜り込ませております。いずれも〝密偵の教育〟を受けておりますゆえ、〝神話〟の聞き込みくらいは、お手の物。真にある話なのかどうかは、すぐにわかります」

 うちなんちゅは侮れんな。資盛は微かに眉を顰める。

「石坊はどこで、かような話を?」

「別件で本土にいる間に、聞いたようです。どうやら島の者から直に聞いたようですから、間違いはないものと」

「島の者? それは……」

「たとえ同輩であっても、うちなんちゅの密偵は、仕事の秘密は漏らしません。掟ですから」

〝侮れんうちなんちゅ〟の中でも、石坊は特別ということか。


「ふ~む。安仁は〝神話〟を知っているのであろうか。智次か時子に聞かされていたか」

「考えられますが、真似ているというよりは……」

「そのもの……かな」

 資盛は、思案気に顎を撫でる。

「お館様もそう感じられますか。儂も何故か、かように……」

 那医もまた腕を組んだ。


「石坊の言うとおりであるな、演じているのか、事実なのか。確かに何かありそうだ」

「事実? まさか、そのような。〝神話〟ですよ。遠い昔の話……」

「わかっておる。我とて、かようなものを信じるわけではない。安仁の出自は未だ不明だが……智次は見つからんのか。琉球国にも?」

「はい。手を尽くしておりますが、一向に」

 那医は申し訳なさそうに、俯いた。


「智次が見つかれば、真相が掴めそうだが。ともかく、まずは〝神話〟を当たれ。我が家の古書にはなかった話だが、今一度、畠山に調べさせよう」

「畠山様に? よろしいのですか?」

「祭りのために御子様の神話が、いずこかに隠れていないか確認させる。もしも見つかれば、『安仁に良く似た子供の話がある』と騒ぎ立てよう。我はそれを聞いて驚けばいい。神隠しの子は、御子様とお友達だったと。いい謳いになりそうだ」


「お館様、稽古が再開されます。儂も一緒に舞ってもよか?」

 学舎から顔を覗かせた石坊に大きく頷き、

「必ずや。決行は、祭りの最終日。無礼講となれば、島人の目も誤魔化しやすい。方法は石坊に任せる。夕刻までには琉球国へと発つように。頃を見計らって〝神隠し〟と騒ぎ立てよ。平佐田せんせがまたまた、〝神隠し〟を誘ったと」

 微かにぴくり、と眉を動かす那医に背を向けて、「始めるよ」静香の声に導かれるように、資盛は子供たちのいる学舎へと足を向けた。

         


お話はいよいよ、御館様対、平佐田の対決に向いますが……人には複雑な思いがあります。それを見ているの神様です。ここは神のいる島。神様は人の勝手をお許しにはなりません。

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