表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
橋の下のギター少女  作者: 梅★male♂
1/1

橋の下のギター少女

 6月16日水曜日、午後8時すぎ。丁度今塾が終わったばっかで、半袖が心地いいくらいの風の中、僕は夜道を歩いていた。


 さっきまで室内にいたから、急な車道の煩さが耳に障る。塾が大通り沿いにあるのもあり、夜のくせに人が多い。その間に、立ち漕ぎをした自転車がビューン、と空を切って走っていった。歩道に出ようとしたところで僕は思わず後ろに退いた。大通りというものは昼も夜も治安が悪い。


 僕は三分ほど歩き、近くのコンビニに寄ってお茶とランチパック(たまご)を買った。そして食べ歩きをしながら帰路を辿る。


 帰路といっても最近は直行で家に向かうことはほぼない。ワルなことだが、塾の後は道草を食うくせがついてきてるのだ。別に家に帰りたくない、というわけではないのだが。


 夜の街を歩くことほど憧れないことはないと思う。夜になると、街の全てが一変して、汚れのない素敵なものに見えてくるのだ。大通りから少し外れた小道、駅前、橋の近く、森の中、月に照らされる一つ一つが綺麗なところが僕は好きだ。だから夜の色々な場所を歩く。あと理由があるとしたら、かっこいいから…だろう。


 そんな赴くがままに夜を歩いていった。そして歩いて歩いて……橋の近く、ふと音楽が聴こえてきた。

 もう20歩くらい歩くと、その音楽が明確になってきた。女の声と、ギター。落ち着いたメロディに、囁き、澄んだような歌声だ。なんというか、耳に馴染む感じがした。飽きない、透き通る声が、街と同化していた。

 そして僕は声の居場所も特定した。おそらくこの橋の下の川沿いだ。いざ橋の上に立つと、下の方から音楽がより聴こえてきて、自然になっていった。

 僕は声の主を確かめたいと思った。しかしこのコミュニケーション力のない僕に、初対面の人に話しかける能力はない。しかも声の質からして確実に女なのだ。異性はよりレベルが上がる。

 僕はそれを今は断念した。家に帰ろうと踵を返して、さっきと逆方向ヘ歩く。ただその歌声がまだ心の中に響いていた。 6月18日金曜日、午後8時すぎ。飽き飽きとした塾が終わり、僕は階段を降りて近くのコンビニの方へと歩を進める。

 僕にとって夜食は習慣の1つだ。世間的には夜食は良くないことのようだが、そんなもの聞く耳を持たせない。夜食を食べることで、今日一日の実りと喜びが羽を広げる孔雀のようにパァーッと広がる。夜食こそ一日の源なのだ。

 ちなみに今日買ったのはお茶とランチパック(4種アソート)。僕は基本夜食はパンしか食べない。特にランチパックは群を抜いて美味しい上手頃に食べられるので、ついつい買ってしまう。今日買った4種アソートは具の違うランチパックが小さいサイズで4種類入っているものだ。

 その4種アソートのうちの1つを食べ歩きしながら、僕は道草を食う。そこでふと、一昨日の橋での情景が思い浮かんだ。ギターの音色と、持ち主不明の女性の歌声。その時には、思わぬうちに足が橋の方向へと向かっていた。あの日以来、学校でも頭の中に残っていたあの声の正体が知りたかった。今日こそは、という思いで足早に僕は歩を進めた。

 そして……橋に着いた。結論を述べると、今日は歌が聴こえなかった。橋の下にも誰もいなかった。


 6月20日日曜日、午後9時30分。いつもと同じように僕は帰路を辿る。僕は、今日もあの橋まで行こうと決めていた。今日こそはいるんじゃないかと、妙な期待をしていたからだ。また、橋から家までもそこまで遠くないから、最悪いなくても普通に帰れば言いだけの話だ。ランチパックを一口かじり、橋の方へと向かう。

 5分後、橋の目前まで来た。数歩歩くと、ギターの音と微かな歌声が耳に届いた。歩く度にその音は耳の中を反響して、橋に引き込まれていく感覚に陥る。

橋の下からの彼女の歌声を認識したとき、僕は胸の高鳴りを全身で感じると同時に、久々の気持ちがした。この歌声を聴いたのはたかが4日ぶりだというのに、1ヶ月待っていたかのような感覚がした。時の流れの麻痺と包み込むような音色が、全身を酔わせていく。

僕は胸の高鳴りを抑えながら橋の下まで降りた。川の自然的な音と風の音と車が2〜3台走る音とギターの音が相まって、まるで作業用にぴったりなBGMになっている。降りてすぐ、橋の下の存在に目が移った。橋の影で暗くてあまり見えないが、人がギターを弾きながら歌っていることは確かに目に見えた。

 そこで僕は彼女に近づくのを躊躇った。なぜなら彼女が夢中になって弾き語りをしているのが感じ取れたからだ。顔の表情や服装さえもよく見えないが、声だけはすごく楽しげに歌っているのが聴き取れた。この間に失礼するのは気が引ける。僕はいつの間に一歩後ろへ退いていた。

 しかし今話しかけないとその後いつ見かけられるのかがわからない。僕は曖昧な勇気を胸に、一歩前へ進んだ。

 彼女の方へと歩み寄る。胸がばくばくして、高所にいるような感覚に襲われる。それでも一歩進み、更に一歩進み…

「あ、あの…」

 ザ、陰キャみたいな緊した声を出す。最早彼女に声が届いていたかさえ心配になった。しかしその不安も束の間、彼女はこちらの方に目元だけで振り向いてから、「はぁ……」と大きなため息をついた。そして次の瞬間、僕の方に対面してこう言葉を紡ぐ。

「あーあ、君のせいで全部台無しだよ」

 橋の下、呆れたかのような声が反響した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ