4話
クロエ、イーライ、アンドリューの3人が商店の立ち並ぶ大通りに着いた。アンドリューは送りたいものの目星は付けており、クロエにはソフィアの好みや、すでに持っていそうかどうかなどのアドバイスが欲しかったらしい。
話を聞いたフランソワーズは、憧れの混じった目をキラキラと輝かせている。ハルが「フランソワも何か欲しいものがあるのか?」と聞くと、「うーん、そうじゃないのよねー」と答えた。ニコラスが「あとで正解を教えてやるか…」つぶやき、エレノアは小さく「がんばれ!」と言った。
いくつかの店をまわり、無事買い物が終わった。何事もなく終わった。
「よかった、何事もなく終わった…」
3人、いや7人の気持ちが一つになった。
馬車の事故のとき、うまく回避できたあとは別の事故が起こることはなかった。
未来は変えられると実感した大きな出来事だった。
だから今回も大丈夫。何事もなく、買い物は終わった。
さぁ、みんな解散だ!と思ったところに、声がかけられた。
「アンドリュー様? と…クロエ?」
侍女を連れた貴族の令嬢が立っていた。
無事に終わったと思っていた7人の気持ちが再び一つになった。
『終わったんじゃなかったのかー』
「ソフィア、ごきげんよう」
「あの、どうして一緒に?」
「イーライを買い物に誘ったら、クロエも買い物があるっていうから一緒に来たんだ」
少し離れた位置から、3人プラス1人の様子を見ながら、行くべきか、行かざるべきかと伺う4 人。
『さっきの説明で信じてくれるかしら?』
『どうだろう…』
さらに説明を追加したほうがいいのか? 3人もソフィアの反応をうかがっている。
行った方がいいのか? 4人はソフィアの反応を待っている。
「そうだったのー」
ほにゃりとソフィアは笑った。7人は知らず、同時に大きく息を吐いた。
「買い物は終わったから、これからお茶でもと思っていたんだけど、君もどうかな」
「よろしいの?」
「ええ、もちろん」
「最近、クレールというお店によく行くの」
クロエがちらりとこちらを見ながらクレールの名前を出した。おそらくエレノアたち4人にも来るように、ということだろう。
エレノアたちがクレールに着くと、すでにクロエたちは席についていた。ソフィアの侍女は帰らせたようだ。
エレノアたちがクロエたちの近くの席に陣取り、注文をしていると
「あら? フランソワーズ?」
「クロエさま?」
「奇遇ねー」
「ハイ、偶然デスネ」
うふふと口元だけが微笑んでいるクロエ。一体何を企んでいるのか。エレノアたちは警戒をし始めた。
「クロエ、知り合いかい?」
「ええ、学校のお友達です。先日、とてもお世話になったんです」
「もしかして、あの?」
「はい!そうです、あの!」
クロエとイーライだけで話が進んでいく。
「よかったら一緒にどう?」
イーライは4人の返事を待たずに、店員に指示をしていく。広い個室に席が用意され、総勢8人で移動した。
「それで『あの』ってなんの話なのかしら」
興味津々な表情でソフィアが尋ねる。
「いや、まずは紹介してほしいな。」
冷静にアンドリューが言う。
「ハル・シアーズと、ニコラス・ベインは私と同じ学年なの。エレノア・ジョーンズとフランソワーズ・クインは一つ下の学年で、フランソワーズとハルが幼馴染なのよ」
「ニコラス・ベイン…ベイン男爵家の?」
「はい、3男です」
「フランソワーズのご実家は、クイン商会よ」
「俺とハル、エリーとフランソワが寮で同室なんです」
エレノアたち4人の紹介がおわり、イーライたちが自己紹介する。
「私はクロエの婚約者のイーライ・ウィザースプーン。」
「私はアンドリュー・ホークス。こちらは婚約者のソフィア・クラーク。よろしく」
「ソフィア・クラークです。」
お互いの紹介が終わったところで、注文したメニューが届いた。
「さて、一息ついたところで、さっきの話を聞きたいな」
アンドリューが口火をきった。
クロエから、先日、馬車の事故を起こすところだったのをエレノアからの警告で回避できたという話をした。そこにハルが肉付けをしていく。
最初は、エレノアが夢で馬車の事故を見たということ。その馬車にはモルガン家の紋章がついており、モルガン家の娘が同じ学校に通っていること、ハルと同じ学年であることがわかったということ。ハルの寮の同室のニコラスの伝手でクロエの婚約者であるイーライに伝えると、事故が起こるだろう日に実際にその場所に出かける予定があったということが分かった。また、馬車を調べると、夢の中の事故の原因であった車軸に亀裂があることがわかった。
クロエとハルが話し終えると、イーライたちはエレノアを見た。ここまで、一言も言葉を発していなかったエレノアがこの4人の関係の中心人物だったのだ。
急に注目されてエレノアは戸惑った。
「夢で見た?」
小さく聞いたソフィアのこの表情は知っている。「本当に?」「信じられない」という表情だ。
まぁ、自分でも人から聞けばそういう顔をするだろうとも思うので、今更気にはしない。ただ、私の夢を信じてくれているフランソワーズやハルが変な目で見られるのは嫌だな、と思うだけだ。
「ええ、夢で見て、気になったんで… いろいろ調べて… それで…」
だんだんとエレノアの声が小さくなる。
「すごいわ!」
立ち上がらんばかりの勢いで、ソフィアが言った。
「夢で予言をするのね!? 他に、予言したことは?」
興奮気味にソフィアが聞く。フンスフンスと鼻息が聞こえるようだ。
清楚な印象のソフィアの変わりように、エレノアたちは苦笑いをしながら今までの夢の話をした。
「最近近くで起こったものでは、馬車の事故くらい? あと、少し遠いところの出来事では、一番最近では、昨年カルカロフ山で起こった土砂崩れ?」
「夢の中では亡くなった方はいなかったけど、何人か怪我をされてました」
それを聞いたイーライが手で口を覆い、つぶやいた。
「あぁ、なんてことだ…」
見ると、クロエも青い顔をしている。
「カルカロフ山の土砂崩れは、ウィザースプーン男爵家の領地で起こったの」
「前もってわかっていれば…」
小さくつぶやくイーライに、エレノアは肩をこわばらせ俯いた。
「…ごめんなさい」
「なんで君が謝るんだ? 君の責任じゃない」
「でも、夢で見たのに、警告しなかったから」
「今聞けば『前もってわかっていれば』と思うけど、おそらく土砂崩れの前に警告してもらっていても、きっと信じられなかったと思う。そしてあの事故は起こっていたはずだ。だから君は悪くない」
「はい…、ありがとうございます」
幼いころから感じていた、夢で見たものが現実になるのがわかっていながら防げなかったという無力感や罪悪感が、事故の当事者に近い人から「悪くない」と言ってもらえたことで柔らかく溶けていくように感じた。
フランソワーズがエレノアの肩をそっとさすると、こわばりがゆるんだ。
初めははしゃいで話を聞いていたソフィアは、楽しい話ばかりではないことがわかり、エレノアを気遣う表情になっている。ニコラスもここまでいろいろなものを見ていたとは思ってもみなかったのか、なんと声をかけていいのかとためらっている様子だった。
「いろいろなものを見てますけど、フランソワーズに会ってからは、警告するようにがんばってます」
雰囲気が沈んでしまったので、少し明るい声でエレノアは言った。
「今までは友達がいなくて相談できなかったんですが、フランソワーズとハルが私の夢を信じてくれたので」
「友達がいないのは今まで、じゃなくて、今でも、だろ?」
「ニコ、ひどい」
ニコラスとエレノアの会話を聞いて、イーライが笑いながら言った。
「エレノア、これからは私も友人の一人に入れてくれないか。そして何か見たら、私にも教えてほしい。手助けができるかもしれない」
「イーライ様は王城にお勤めなの」
「内容によっては、私からしかるべきところに警告ができると思う」
「信じてもらえるでしょうか」
イーライは「ふむ」と顎に手をあて、少し考えるとエレノアに言った。
「少し時間はかかるが、信じてもらえるように働きかけてみる」
エレノアはこの半月余りの出来事が信じられなかった。今まで家族以外で信じてくれたのはフランソワーズとハルだけだった。それが馬車の一件以来、5人も増えた。そのうえ、イーライには役所に働きかけてくれるという言葉をもらえたのだ。
そう簡単に信じてもらえるとは思っていない。今までそうだったから。だけど、信じてくれる心強い友人ができたことが嬉しく、イーライの言葉に「うんうん」とただうなづいた。
そのあとも8人、時を忘れていろいろな話をした。
ハルとニコラスは、卒業後の進路についてイーライとアンドリューを質問攻めにし、フランソワーズはクロエとソフィアに結婚についての話を聞いた。
イーライは上級学校卒業後、すぐに王宮官吏の試験に受かり、働きだしたとのこと。アンドリューは21歳で上級学校を卒業後、父と同じ道を進むために医術学校に通っているそうだ。再来年卒業予定で、卒業後は学校が運営する病院にしばらく務めるのが決まりになっているらしい。アンドリューのような特殊な教育を受けなければならない職種以外は、イーライのように就職するか、もしくは実家の事業を手伝うことになるのが一般的で、ハルとニコラスはイーライ同様、後者を選ぶことになるだろう。
16歳のクロエは卒業を待ってイーライと結婚。今年18歳になるソフィアはアンドリューの医術学校卒業を待って結婚する予定だ。
「婚約者」という単語にあこがれを隠せないフランソワーズは、クロエとイーライ、ソフィアとアンドリューの初めて会ったときの話を聞いて、大興奮していた。フランソワーズにとっては、家同士の決めた結婚も「運命!素敵!」なものらしい。この二組がたまたま仲がいいからそう思えるのだろう、というのがエレノアの感想だが、そこは言わないのが正解なのがわかっている。仲がいいことは、いいことなのだ。
この日、エレノアは月に一度、実家へ送る手紙を書いた。
それは今までの最長の12ページに及んだ。夢の話を信じてくれる友人ができたこと、その友人の助けでいくつかの不幸を防げたこと、そして、これからも手助けをしてくれると約束してくれたこと。今までエレノアの心に凝り固まっていた黒い思いが解けつつあることを報告したかった。




