3話
翌日の昼、食堂で合流したハルは一人の男子生徒を連れていた。
「同室のニコ。男爵家の3男だ」
「ニコラス・ベインだよ。エリーとフランソワでいいかな」
ニコラスは、もっとちゃんと紹介しろよ、と言いながらハルの赤茶色のフワフワの髪をぐしゃぐしゃに撫で、エレノアの前の席に座った。
ニコラスがハルの頭を撫でているのを見て、周囲から女子学生の小さい悲鳴が上がった。
「男爵さま?」
「男爵家だけど、3男で、爵位は継がないだろうし、ニコって呼んで。」
「ニコの兄さんの友人が、クロエ・モルガンの婚約者だった」
「近いのか遠いのかわかんないけど、伝手ができたってこと?」
喜ぶエレノアとフランソワーズに、ニコラスは少しいぶかしげな表情だ。
「ハルに聞いたけど、ほんとなのか? 夢で見たのが実際に起こるなんて」
にわかに信じられないというニコラスに、今までの夢と実際の出来事の一致を説明してみると、眉唾ものレベルから半信半疑レベルまでは信用度はあがったようで、早速今日の放課後に、お兄さん宛てに手紙を書いてもらえることになった。
ニコラスのお兄さんから、クロエ・モルガンの婚約者のイーライ・ウィザースプーンにモルガン家の馬車の車軸を調べてほしいという内容の。朝市は4日後だ。今日手紙を送って、明日にはお兄さんの手元に届くはずだが、そこからモルガン家にまで話がいくのはいつになるのか。クロエに直接話をするのが一番早いのはわかっている。ただ、少し遠回りになろうとも友人の少ないエレノア、フランソワーズ、ハルの3人にはこの方法しか考えられなかった。
「お前たちって、友達少ないのな」
「ひどい。泣きそう」
「改めて言われると傷つくわね」
「俺は友達だよな!」
「はいはい、友達友達」
ニコラスは、ハル同様、女子生徒に人気のある生徒だ。とりあえず女子に親切だが実はフランソワーズ以外にはみな平等、当たり障りない対応をするハルと違い、ニコラスはそれなりに女性生徒の相手をするので女子とも仲が良く、さらに嫌味のない性格のため、男子から恨まれることもない。同じ「もてる」人でも、こういう違いがあるんだなぁと、エレノアは二人を見比べた。どっちにしろ、今、二人はエレノアに協力を申し出てくれており、ニコラスにいたってはクロエに直接つながりそうな人物も探してくれるとも約束してくれた。ありがたいことだ。なので、周りの女子生徒たちの視線がさらにきつくなっている気はするが、この件が終わればハルはともかく、ニコラスとはそうそう話をすることはなくなると思うので、考えないことにした。
ここまですれば、あとは待つしかない。ニコラスのお兄さん経由でモルガン家に警告をしてもらうか、クロエ・モルガンにつながる人をさらに探し、直接話をするか。どちらにしてもニコラス頼りの状況だ。
そして、明日はいよいよ朝市という日、意外なところから連絡があった。
いつものように3人で食堂にいると、ニコラスが一人の女子生徒を連れて来た。
「紹介するよ、モルガン家のクロエ嬢だ」
「こんにちは、クロエ・モルガンです」
ニコラスからニコラスの兄に渡った手紙の内容は、すぐにクロエ・モルガンの婚約者イーライ・ウェザースプーンに知らされた。いたずらだったとしても、万が一を考えたイーライがモルガン家に連絡を入れたところ、果たして馬車の車軸に亀裂が見つかったのだ。
「明日の朝市、私と母が行く予定になっていたの」
「貴族の方も朝市に行かれるんですね」
「出入りしている商家が朝市に面白いものを出すって言っていたので、たまには行ってみましょうという話になっていて」
「あの、信じてくださってありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらのほうです。教えていただかなかったら、本当に事故が起こっていたところでした。ありがとう」
そう言ってクロエは軽く微笑んだ。貴族と思い、少し気負っていたのが拍子抜けするくらいの気さくな態度に、3人の肩は少し軽くなったのだった。
この日、クロエは休憩時間いっぱい、エレノアたちと話をしていった。
クロエの去り際、フランソワーズが
「これでクロエ様と友達と言っていいんじゃないかしら?」
と言った。
「フランソワ、ずうずうしいぞ」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いしたいわ」
クロエは笑ってそう答え、思いがけず友人ができたエレノアとフランソワーズだった。
もう事故のことで放課後に3人集まって悩むこともない。これで今回の事故は回避できた。この数日、この夢がずっと気になっていたことで感じていた気疲れに、ちょっとの達成感・安堵感が足され、エレノアはこの日夕食が終わると、いつもよりも早い時間にベッドの住人となった。
馬車の事故が起きるはずだった朝、町は静かだった。夢の中では、あんなに騒々しく、喧噪としていたのに。
時間は朝9時をまわったところ。すでに朝市は開いて、広場はにぎわっているだろう。
同室のフランソワーズはすでに着替えをすませ、エレノアが起きるのを待っていたようだ。
「で、『そんなことする方じゃありません』って! 誰がどんなことするのよ! あ。しないのか」
「あーーー…、おはよう」
「おはよう」
「ごめん、また見ちゃった感じ…?」
今日は学校が休みなので、二人は、ちょっと客足が落ち着いた10時頃、朝市に行く約束をしていた。
出かける準備をしながら、フランソワーズに聞かれるまま、エレノアは夢の話をし始めた。
夢の中でクロエ・モルガンが、赤毛の若い女性にひどい剣幕で怒鳴られている。そこに男性が現れ、その女性を宥めると、今度は泣き始めた。
女性が言うには、クロエがその女性の婚約者を誘惑したというのだ。女性を宥めていたのがその婚約者。クロエが誤解だと言っても、聞いてもらえず、嫉妬のあまり大騒ぎしているという状況のようだ。
クロエと女性は友人で、その男性とも知り合い。どうやら、その女性のために誕生日のプレゼントについて相談していたというものだった。ただ、彼女としては二人きりで会っていたということ自体が許せないらしい。しかも相手は自分の友人であるクロエだ。
家同士で決められた婚約者ではあるが、幼いころからお互いに結婚相手として育っており、今更婚約破棄などしたくない、けれども許せないという、どうにも複雑な女心で盛り上がっていた。
エレノアの夢の中での立ち位置は、夢によってさまざまで、高いところから見ているようなときもあれば、一緒に体験しているような場合もある。今回は一緒に体験しているパターンだった。
なぜかその現場に同席しており、クロエに怒鳴っている女性に対し「誘惑なんて、そんなことをする方じゃありません」と言っていたのだ。
「寝言言っちゃったってことは、またアレなのね」
「現実に起こっちゃう… しかも、すごく近いと思う」
「クロエ様にお話ししなきゃね」
「うん」
「クロエ様、友達だからね!」
朝市の日、結局馬車の事故は起こらず、二人は買い物を楽しんだ。
やっぱりうまく警告できれば、不幸は回避できるのだ、という安心感と満足感がエレノアの中にあふれていた。
休み明けの昼休憩の食堂で、いつもの3人。
「フランソワ、ハル。いつもありがとう!」
「え、なになに?」
「馬車の事故、防げたのは二人のおかげだよ」
心からそう思い、礼を言ったエレノアに二人は否定した。
「いや、エリーのおかげでしょ?」
「そうだよ」
でも、二人がいなければ、きっとうまく馬車の持ち主までたどり着けず、あの事故は防げなかったはず、そう重ねると
「じゃ、エリーが夢を見て、フランソワは寝言を聞いて、俺がニコに話したからうまくいったんだよ。3人の手柄だよ」
フランソワーズは、自分の働きが「寝言を聞いただけ」という部分に不満をもらしながらも、3人で防いだ、ということに関しては同意した。
3人、「やり切った」という充実感を覚えながら食事をし、そういえば、と朝市の日の朝に見た夢の話をし始めた。
するとハルは、スッと背を伸ばし、周囲を見回す。ちょいちょいと手招きをすると、ニコが近づいてきた。
「や!お二人さん」
「こんにちは」
「クロエ様に話があって、呼び出したいんだ」
「自分たちで声かけりゃいいじゃないか。友達なんだろ?」
「いや、ほら、ね!」
「よし、放課後、クレールに集合だ。おごれよ?クロエに声かけといてやるから」
放課後、クレールに着くと、すでにニコラスとクロエ・モルガンが来ていた。
クレールは学生たちに人気がある少し高級なカフェだ。貴族も利用することがあるため、個室もあり、今日はその個室が用意されていた。
「クロエ様、お呼びしてすみません」
「いいえ、馬車のことはもう大丈夫なのよね?」
「はい、今日はちょっと別件で…」
そう言って、エレノアは夢の話をし始めた。
夢でみた女性とその婚約者の容姿、誕生日の話などをすると、クロエの顔がこわばっていった。やはりすでに心当たりの出来事が起こっているようだった。
夢で見た女性の容姿を伝えると、その人はおそらく子爵家のソフィア嬢だと言った。クロエとは初級学校からの友人らしい。そしてその婚約者は伯爵家の令息でアンドリュー・ホークスだという。
クロエは、ソフィアと幼いころから親しかったことから、アンドリューともよく知る仲で、彼からソフィアの成人を迎える誕生日の記念としてプレゼントに気合をいれたいと、クロエに相談があったのだという。昔からの友人だし、好みがわかるだろうからと。
クロエも、彼女が喜んでくれるならと二つ返事で引き受け、今度の休みに出かけるところだったらしい。
夢の中では、その出かけた先でバッタリとソフィアに遭遇してしまい、誤解を受けたということだ。
「夢で…見た?」
「はい、あの、信じられないと思いますが…」
うつむいたままエレノアは答えた。
そうだ、普通信じてもらえないよね、と。おかあさんの言う通り、黙っていればよかったのかな、変な子だと思われるの、悲しいな、と。
「クロエ様、私はエリーの夢、信じてるんです。嫌なことをお伝えしたかもしれませんが、エリーは今までもいろいろな悪いことを出来る限り小さくしたり、避けたりしてきたんです。信じてもらえなくて、できなかったこともありますけど…」
フランソワーズが擁護してくれたことが嬉しい。今までこうして信じてくれた友達はいなかった。というか、友達自体いなかったのだが。
「信じられないもなにも、馬車の事故を教えてくれた恩人を信じないわけないじゃない。ただ、実際に今度のお休みにアンドリュー様と出かけることは決まっていたし、状況もあっていたから驚いてしまって」
顔をあげるとクロエが笑っていた。
「じゃ、信じてくれるんですか」
「もちろん。教えてくれてありがとう。またあなたに助けられたわ」
見ると、フランソワーズも、ハルも、ニコラスも笑っていた。
「ホッとしたら、おなかすいたわ。何か食べましょう!」
フランソワーズの一言で、それぞれ注文をし、食べながら今後の対策を考えた。
この週末、クロエは一旦自宅に帰り、アンドリューが迎えに来る手はずとなっているとのこと。断ってしまえばいいのだが、おそらく理由を話さなければならないだろう。納得してもらえればいいが、そう簡単にいくだろうか。「友人が、私たちの仲を誤解するソフィアを夢で見たから協力できません」なんて、あまりに子供じみている。
「じゃ、クロエの婚約者殿も一緒に行ってはどうかな?」
とニコラスがつぶやいた。
「うん、そうだな。俺が行ってもいいけど、クロエも婚約者がいるんだし、どこに目があるかわからないからな」
1人で「うんうん」と頷きながら、納得している。
ニコラスを除く全員が、目と口を大きく丸く開けてニコラスを見た。
「なるほど!」
「二人きりだから誤解されるんだものね」
「すぐにイーライ様に連絡します。アンドリュー様とはご友人だから、イーライ様が一緒でもきっと何も言われないと思うわ」
「でも、もしイーライ様のご都合が悪かったら?」
「アンドリュー様とクロエ様の二人きりはダメ、ニコとクロエ様が一緒に行けばイーライ様もい い顔をしないと思う」
「その時は、あなた方に来てもらえると助かるのだけど…」
クロエは、フランソワーズとハルと見ながら「だからお願いできないかしら」と言った。
「なんで、私たち?ですか?」
「お付き合いされてるのでは?」
逆になぜそう聞くのか、という表情でクロエが言った。真っ赤になって顔の前で手を振り否定するフランソワーズ。
「いやいや、ただの幼馴染ですよ。 ね!ハル」
「…うん」
クロエは「そうなのね」と言い、ちらりとハルを見た。フランソワーズは「ないない」と追加でこぼしながらエレノアを見ていて、クロエに苦笑いを返したハルを見ていなかった。
エレノアは、十五歳でフランソワーズと会うまで友人らしい友人がいなかったが、人の気持ちを読むことに疎かったわけではない。それに、読書が好きだったため、今までに読んだたくさんの恋愛小説にあこがれもあり、このフランソワーズとハルの反応を見て、「これは!」と思った。
思わずクロエを見ると、クロエも「ね!」という表情。
フランソワーズとハル、エレノアとクロエを、ニコラスはニヤニヤと見ながら、コーヒーを飲んでいた。
「面白いなー」と小さくつぶやきながら。
「いやー、これでめでたく今後の方針も決まったね。よかったよかったー」
「イーライ様、来ていただけるといいですねー」
「ええ、そうねー」
ニコラス、エレノア、クロエは残りのコーヒーを飲みながら、棒読みの会話をしている。3人の視線の端には、まだ赤い顔のフランソワーズと、少し挙動不審のハルをとらえたまま。
寮に帰る前に、クロエは早速イーライに手紙を書いた。
フランソワーズは、部屋に戻ってからもまだ複雑な表情が抜けきらない。恥ずかしいような、うれしいような、ちょっと怒ったような、いろいろな感情が混ざった表情だ。
今日のハルのあの表情からすると、彼はフランソワーズが好きなんだろう。そしてフランソワーズも。エレノアは恋愛小説を読んだときのように、少し気恥ずかしいような、「ひゃー」を声が出そうな気分になっている。ちょっと揶揄いたい気持ちはあるが、ここはグッと我慢するのが正解だ。たぶん。
おしゃべり好きなフランソワーズが珍しく何も言わないのも手伝って、エレノアは友人として静かに見守ることにした。
そして、クロエに夢の話をして、イーライに手紙を出した翌々日の放課後のクレール。
「返事があったの。『もちろんご一緒します』って」
「よかったですね」
「ええ。でも、フランソワーズとハルともご一緒したかったかも」
「ひえっ、なんで」
「ふふ、なんとなく?」
どうやら、クロエはフランソワーズとハルの二人のことを面白がっているようだ。
そして、もう一人、この二人で楽しむことに決めた人物がいた。
「じゃ、俺たちもみんなで見守ろうぜ」
「ニコ?」
「俺たちって?」
「俺とハルとフランソワとエリー。4人で当日、クロエたちを見守る」
「なんだかそちらの方が楽しそうね!」
「クロエ様まで!」
結局、次の休みは、押しの強いニコラスの立てた計画の通り、クロエたちの買い物をエレノアたち4人が影から見守る?ということになった。
当日の筋書きはこうだ。
「アンドリューがイーライを買い物に誘ったら、イーライがクロエを連れて来た」というもの。
この説明で納得してもらえなかった場合は、ソフィアへの誕生日プレゼントを内緒で用意しようと思ったアンドリューがイーライに相談。女性のことなら女性に聞くのが一番と、イーライがクロエを連れてきた。というものだ。本来なら内緒にしたかった!という部分を強調して、納得してもらえればいいのだが。
さらに、こっそりついていく予定の4人が出て、「実は他にも友人が一緒に来てました!」というつもりだ。4人の中には、王都でも有数の大商会であるクイン商会の娘・フランソワーズがいるので、ぬかりはない。
かくして、当日を迎えた。
ガっと、できてるところまで一気にアップしようか、どうしようか迷い中。
読んでいただきありがとうございます。




