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寝言姫  作者: まえのめり
2/7

2話

 エレノアが十歳になり中級学校に入学するころには、自分の身の回りだけでなく新聞などからの情報で、実際に夢の通りに事故や事件(以外の何でも)の被害状況がわかるようになった。

 毎朝の日課に、新聞を読んで実際の出来事についても「夢の日記」に書くということが追加された。

 予知の夢と、ときどき見る予知以外のおかしな内容の夢と、毎日のいろいろな夢が記録されていった。目覚めて、まったく夢を覚えていないときもあったが、その際は「覚えていない」と書くのはバカ正直なエレノアの性格だった。


 エレノアは中級学校でも親の言いつけ通り、夢の話はしなかった。

 しかし、せめて自分の手の届く範囲の不幸を小さくしたい、減らしたいと思い、せっせと不幸を回避するために学校内で周囲の人に警告をしていた。

 夢の話はしていないが、いきなり現れて「12日後は家で大人しくしてた方がいいです。外に出ると怪我をします」「かぼちゃのスープには気を付けて」などと警告をする。警告された当人は、なんのことだかわからない。友達でもない、知らない子から、何かおかしな言いがかりをつけられている気分だろう。

 人のためになれば、と一生懸命警告すればするほど、エレノアは孤立していった。変わった子、おかしな子。周囲からはそう評価されていた。教師たちも、成績は優秀ではあるが、「いつもおかしなことを言っている子」、と子供たちの中で孤立しているエレノアを持て余していた。なまじ成績がいいので、もったいない、と思っていた。

 なんとか子供たちと和解させようと、「いきなりおかしなことを言われると、みんな困ってしまうでしょ?」と諭すが、エレノアは警告することをやめなかった。「おかしなことじゃない!」と。

 中級学校の5年間は、警告で不幸を小さくしたり、減らしたりということができたという実感が得られないまま、ただ過ぎて行っただけだった。

本を読んだり勉強することは好きだったので、成績はよかったが、ほかの子供たちのように友人同士で遊びに行ったり、恋をしたりということのないまま卒業の時期を迎えた。

 両親はこの5年間、エレノアが周囲にこっそり警告をしていたことを知っていた。そのせいで孤立していたことも。

 両親も、夢の話をもとに周囲の人に警告をしていたので、そうしたい気持ちもわかっていた。ただ、エレノアはまだ子供だから、うまい警告の仕方がわからないのだ。かといって、大人の目線から警告の仕方についてエレノアに教えることは難しかった。

 エレノアは他の子より、少し寂しい5年間を過ごした。実は本人としては、特に寂しいと思ってはいなかった。変わらず両親は優しいし、弟も懐いていてかわいい。ただ、もう少しうまく周囲に警告できていればな、と思っただけだ。

 両親はそんなエレノアの優しい気持ちをどのようにしてやればいいのか、それだけを思う5年間だった。


 十五歳になり、王都の中心にある街の上級学校に入ることになった。エレノアの生まれた町には上級学校はなく、本来なら中級学校を卒業したら働きに出るところ、少しばかり成績がよかったので先生からの薦めで進学できることになったのだ。先生からの後押しと奨学金があったとはいえ、快く送り出してくれた両親には感謝しきれない。

 上級学校には寮があり、少し遠い街からも学生が集まっている。学校には身分に関係なく、一定の成績のレベルをクリアできれば入学できる。貴族も平民も同じ校舎に通い、同じ内容の授業を受ける。両親としては、ここで、エレノアが中級学校時代に得られなかった友人が得られればという気持ちもあった。

 入学式に先駆け、両親と弟が一緒に来てくれていたが、校舎や3年間住むことになる寮を見学したあと、しばらく寂しくなると言って帰っていった。次に会えるのは長期休暇。しばらくのお別れだ。


 初めて親元を離れることになるが、寮生活は少し楽しみにしていた。残念ながら、中級学校時代に親しい友人はできなかったが、険悪な関係になった相手もいなかった。

 新生活を迎えるにあたり、両親からは「初めのうちは、警告はしちゃだめよ!夢の警告は仲良くなってから!」とアドバイスを受けていた。「初めのうち」ってどれくらいの期間のころだろう、と思いつつ、同室の学生との顔合わせをした。

 寮は二人部屋で、同室になったのはこの街で大きな店を営む商家の娘のフランソワーズ・クイン。金色の髪に薄茶色の目。スラっと背が高く、華やかな見た目だ。そして明るい性格で、おしゃべりと面白いことが好き。エレノア、十五歳になって初めて出来た友人だった。

 フランソワーズとは学校内でも、それ以外でも、親しく遊びに行くようになっていった。

初めての友人と、初めて一緒に街で遊ぶ。充実した学生生活を送るようになり、両親への手紙にも楽しそうな様子があふれ、二人を安心させた。

 そして、入学してから約10カ月。フランソワーズには本当にお世話になっている。主に、夜のアレの件で。


 「あー、『馬車の車輪の軸が』、って途中でやめられると気になるんだけど!」

 朝、「おはよう」の挨拶もなく、いきなりこれだ。

 「おはよう?フランソワ」

 「おはよう!で、馬車の車輪の軸がなんなのよ」

 昨日の夢を思い出しつつ、解説する。

 「んー、広場で馬車の事故があったのよ。で、事故の原因が、馬車の車軸が折れたことだったってわけ」


 夢の話だけど、これは少し先の未来に起こる事故だと「わかる」。

 数年前から続けている夢の記録と、寮に入ってからのフランソワーズの証言から、寝言を言うときの夢は高確率で現実に起こるということがわかった。今回見た夢は、経験からすると十日以内に起こりそうな事故だ。

 「ねぇ、場所となんとなくの日時、それから馬車の形を覚えてるんだけど…」

 「わかってるわよ、事故を防ぎたいんでしょ?」

 「一緒に行ってくれるの?」

 「もちろんよ。(こんな面白そうなこと)放っておけないもの」

 フランソワーズのニヤニヤした顔には少し呆れるが、こうして寝言を信じてつきあってくれる友人には本当に感謝している。それこそ、「寝言は寝て言え」と言われても仕方ないことなのに。


 午前の授業を終え、食堂でハル・シアーズと合流する。

 ハルはフランソワーズの幼馴染で、一学年上の男子生徒。見た目も人当たりもよく、女子生徒に人気があるので、こうして食堂で一緒にいるとどうしても注目を集めてしまう。

 肝心のハルは、そんな女の子たちの視線は気にならないようで、いつもの調子でフランソワーズに話しかける。

 「昨夜も何か言ってたの?」

 「そうなの、馬車の事故が起こりそう。」

 「もちろん、防ぐんだよね?」

 「もちろん!」

 もはやエレノアが口を挟む余地はなく、話がどんどん進んでいく。

 「今日の放課後、校門で待ち合わせね。」

 「了解!」

 休憩時間いっぱい使い、夢で見た事故の状況を説明し、事故を防ぐための手立てを打合せ、解散する。周りにいたハルを狙う女子学生たちも、今日も話しかけるタイミングを得られないまま、散っていった。


 放課後、校門で待つハルを数名の女子が取り囲んでいた。大変話しかけにくい状況である。

 「なんか、ちょっと話しかけにくい…?」

 「ねぇ、このまま二人で行かない?」

 「でも、一緒に行こうって声かけちゃったし…」

 「んーー、にらまれそうで嫌なんだよね」

と、二人で校門まで行くと、ハルから声を掛けてきた。

 「あ、フランソワ、エリー! 待ってたよ! じゃ、僕は用があるから」

 あっさりと女子の囲みを抜けてエレノアたちの元にくると、「さぁ行こう」と言って、広場に向かって歩き出した。

 取り巻きたちの熱い嫉妬の視線にジリジリと焼かれそうになりつつ、フランソワーズと二人、ハルを追いかけた。


 「いつ頃起こりそう?」

 「とりあえず十日以内くらい。屋台がたくさん出てたからら、たぶん今度の朝市の日だと思う」

 「ってことは5日後? 馬車の持ち主に心当たりは?」

 「立派な箱馬車で。たぶん貴族じゃないかなぁ?扉に盾と馬の紋章があったの」

 「へー、そこまで詳しく覚えてるんだ」

 夢で見た事故の現場を探しつつ、二人に説明をしていく。

 車軸が折れたことにより馬車が倒れ、にぎわう朝市で多くの人が事故に巻き込まれていた。事故に驚いて暴れた馬は、金具が外れて暴走し、さらに被害が拡大したのだ。

 広場に着くと、まず事故現場を確認した。

 広場には中央に噴水があり、朝市の日には、そこにたくさんの屋台が出て買い物客であふれかえる。事故はそこで起こるのだ。

 朝市の日には、広場の手前に馬車停めが設けられ、中に馬車は入れないようになる。

馬車停めには長時間停めておくことはできず、乗り降りが済んだら速やかに移動するのが基本。貴族も庶民も同じルールに従っている。

 夢の中では、暴走した馬車はこの馬車停めを通過して広場に入ってきていた。

 広場に面した馬車停めは、南北に2か所。どちらの馬車停めを通過したのかまではわからない。


 「ってことは、馬車の持ち主のうちから馬車停めまでの間に止めなきゃならないってことよね」

 「貴族の馬車を停めるのか…」

 「しかも、どちらからくるのかもわからないんでしょ?」

 「馬車が広場に入ってくるところからしか見てないの」

 「馬車についてた紋章で、その家の馬車かわからないかな」

 「学校に貴族名鑑があったはず!」

 「その貴族さまのとこに行って、馬車の点検をしてもらったらどうかな?」

 「子供の言うことをまともに聞いてくれると思う?」

 「「思わない」」

 「あ…、学校にその家の子女が通ってたら…」

 「「なるほど!!!ハル、頭いい」」


 3人は広場を後に、学校に戻ることにした。

 さっそく図書室に行き、貴族名鑑を探し出した。紋章に使用されている絵柄を頼りに名鑑を捲る。エレノアに絵心があれば、一番早いのだが、3人ともその案を口にしない。

 「盾と馬が付いてた」

 「んー、盾のある家は13件、馬のある家は21件。両方ある家はなんと5件」

 「あと、花がついてた。 わ、盾と馬と花のついた紋章って3つもあるのね」

 「この中にある?」


 難航するかと思われた紋章探しは、花の形が決め手となり、あっけなく終わった。

くだんの紋章は、モルガン子爵家のものだった。

 「ほんとに細かいところまでよく覚えてるわね」

 「おかげさまで」


 さらに、学生名簿からモルガン子爵家の娘がエレノアたちの1つ上の学年にいることがわかった。モルガン子爵家の長女クロエ・モルガンはハルの同級生だった。

 「ハルはモルガン家の令嬢と知り合いだったりしない?」

 「まさか」

 「取り巻きちゃんたちに、令嬢と友達がいないか聞いてみたら?」

 「いやだ」

 「うーん、ここまでわかったのに…」


 たしかに、取り巻きの女子たちに聞けば、モルガン家の令嬢の交遊関係がわかり、伝手が作れるかもしれない。しかし、フランソワーズに気のあるハルとしては、ここで安易に取り巻きの女子生徒たちに話しかけ、借りを作るのは避けたいところだった。


 「せっかく、ハルのモテモテが役に立つところだったのにね」

 嫌味のかけらもなくあっさりと言われた言葉に、男として見られていないということがわかり、ハルは軽く落ち込んだ。

 「誰か知り合いに伝手はない?」

 「ちょっと周りのやつに聞いてみるよ。今日はここまでにして、明日の昼にまた食堂で会おう」


 ハルの提案で解散し、それぞれ寮に戻っていった。

 エレノアとフランソワーズは、部屋に戻ってからも夢の話をしている。いきなり夢の話をしても信じてもらえないだろうから、どう話せば信じてもらえるか。まずは、クロエ・モルガンとの伝手をつくるところからだ。しかし、入学してから10カ月経つが、二人には友人が少ない。

 原因は、いくつかある。

 もともと中級学校時代から友人のいないエレノアだ。上級学校に入ったからといって、いきなり交友関係が広がるわけもなく、いまだに親しい友人と言えるのは同室のフランソワーズのみ。フランソワーズは明るい性格でそこそこ知人は多いようだが、友人と呼べるほどの深いつきあいの関係は、つきあっていて面白いエレノアだけだった。そしてハル。ハルはフランソワーズの幼馴染で、二人は仲がいい。そしてハルは女子生徒に人気があるので、フランソワーズは妬みや嫉妬の対象となっている。ついでにエレノアも。なので、二人とも、なんとなく友人と呼べるほど仲のいい女子生徒はいないのだ。

 お互いに「誰かクロエ・モルガンにつながりそうな友達いないの?」と聞くが、いつも一緒に行動している二人は、交流関係も被っている。つまり、クロエにつながりそうな友達はいない。貴族に繋がりそうな友人の友人もいないので、八方ふさがりだ。二人は同時にため息をつき、ハルの「周りのやつ」に期待して、この日は寝ることにした。

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