第1話 託された未来
天井に当たる雨粒の音。
振動と共に車体に伝わるエンジン音。
これだけ聞いていると、いつもの通学バスの様で眠くなる。
しかし今日は修学旅行。
本日の予定を終え、観光地で有名な山の上にある旅館へと向かっていた。
皆は疲れていないのか、しりとりだったり、アニメの話だったり、恋バナだったりをしている。
通学バスとは違い…とても賑やかだ。
しかし私は疲れたので、ボーっと窓の外を見つめていた。
隣に親友が座っているにも関わらず、会話もせずに、窓の外に広がる崖下の森を見つめ続けている。
こうなるんだったら、窓側の席にしとけばよかったな。
私はグッタリと座席に腰掛け、黄昏ていた。
「お~い、聞こえてる~?」
「あ、ごめん!」
気が付くと隣の親友がちょっとふてくされた顔で私を見つめていた。
いつものようにほっぺたをプク~と膨らませている。
「悠紀…ハムスターみたい!」
「誰がおデブじゃー!」
彼女の名前は千早悠紀、18歳の高校3年生。
出会ったのは高校に入ってからだけど、孤立していた私に手を差し伸べてくれて…
私を闇の世界から、光の世界へと引っ張ってくれた大切な親友。
彼女がいなかったら…私の命も、今の笑顔もなかったかもしれない。
そのぐらい私は彼女に感謝しているし、とても愛情を持っている。
「もう、そういう意味で言ったんじゃないよ~」
「紗夜がいつまでたってもボ~っとしてるから頬っぺた膨らんじゃったよ!」
「相変わらずかわいい子だな~悠紀は~!」
この見るからにモチモチしてそうなほっぺがたまらなく好きだ!
ついプニプニしたくなっちゃう、この雪のような白い肌に、薄いピンク色に染まったかわいいほっぺ。
よし、今日も遠慮なく…。
プニッ
「あ~幸せ~。」
このプニっとしたときのモチモチ感がたまらなく女神級に絶品だ。
プニミシュラン星五つは確定である。
「やめてええええ~って!お・は・な・し・が・あるぬぉ~~~」
「ん?」
ほっぺから手を離すと、悠紀は視線を下に逸らしつつ、
モジモジしながらバックの中を漁って何かを取り出した。
「紗夜さ…あ、明日誕生日じゃん…?」
「あ、そっか…誕生日なんてすっかり忘れてたよ。覚えててくれたんだね!」
「あ、あたりまえじゃん?はい…これ…!」
既に薄いピンクに染まっているほっぺたをさらに赤く染め、
視線を逸らしつつもこっちをチラチラ見ながら、
片手で小さな箱を渡してきた。
なんですか…この最強かわいいコンボは!
「ありがとう!開けてもいいかな?」
「あんまり…期待しないでね。」
悠紀の可愛いしぐさに、少しクスっと笑いながら、
大きな期待が詰まった、小さな箱をそっと開ける。
そこには不思議な光を放つ、虹色の石がついたネックレスが入っていた。
「綺麗…」
見ていると吸い込まれるのではないかというほど透き通っている、
とっさに口にした言葉が綺麗であったが、見れば見るほど『美しい』という言葉が相応しいと思う、
そんな石であった。
「よかった…ほんとはさ~10月の誕生石のオパールって石で作りたかったんだけどね~」
「ううん…なんでもいいの…もらえただけでも嬉しい!ありがとう!」
こんなにうれしい気持ちはいつ以来だろう。
普段家にいても…学校にいても…私の居場所は狭すぎて、
こんな気持ちになることなんかない。
今日まで生きていて良かった。
「って…これ手作りなの!?」
「そうだよ!私こういうの作るの得意なんだ~…まあドジっちゃってオパールを家に忘れたのですが…」
「そういうところも悠紀らしくてかわいいな~」
「かわいいかわいいうるさいっ!私は紗夜の愛玩動物かっ!」
怒ってる悠紀も、照れている悠紀も、笑っている悠紀も…本当にかわいい。
私とは違って、感情豊かで…いっしょにいるととても楽しい。
悠紀と一緒にいることで、私も私のすべてを引き出せる気がするし、
悠紀につられて、感情も豊かになっている気がする。
ずっとこんな日が続いて欲しいな。
「ところで、この綺麗な石はなんていうやつなの?」
「う~んそれがわかんないんだよね~ハハハ」
「わかんないって…何ですかそれは…。」
「今日寄ったお土産屋さんに売ってたの!超綺麗だし!
この辺りでたまにとれる希少な石だって言ってたから!」
「この辺って…こんな綺麗な石が取れるんだ~すごいね。」
「うんうん!しかもブラックオパールっていうオパールに、色だけそっくりなの!色だけ!」
「随分とオパールに詳しいね(笑)」
「だ、だって…たくさんオパールについて調べたし…」
また照れているのか、顔を真っ赤にして、少しうつむいた。
「オパールの石言葉はね、『幸運と希望』…。
いつまでも紗夜には幸運でいてほしいし、希望溢れる未来を歩んで欲しい!
だからオパールで作りたかったんだけど、ごめんね…!」
「ううん…そんな風に思ってくれるだけで嬉しい!ありがとう…悠紀…」
少し嬉し泣きしそうになったが、ぐっとこらえ、
微笑みながらうつむいている悠紀の頭をポンポンと撫でると、
プシュー!という謎の音と共にガクガクッ!とロボットのように首を動かし、窓の外を向いた。
とりあえず悠紀はそっとしておいて…さっそく首にかけてみる。
悠紀からもらった大切なプレゼントだし、肌身離さず持っておかなきゃね。
嬉しさが心の中だけでは抑えきれず、ひとりでウフフっと微笑む。
「紗夜!みてみて!すっごい大きな鳥居があるよ!」
鳥居…?窓の外、崖下は森が広がっているはず…。
こんな人気のないところに神社なんてあるのかな?
少し不思議に思いつつ、窓に顔を近づけ外を見渡す。
「ほんとだ…」
森のど真ん中に、ポツンと大きな鳥居の上の部分が見えていた。
「すごーい神々しいね~!このパンフレットには載ってないみたいだけど観光地なのかな?」
悠紀の言う通り、この地域周辺の観光案内パンフレットには森の中の神社なんて載っていない。
悠紀は神々しいと言っているが、私にはなぜか不気味に感じてしまった。
「行ってみたいな~絶対いろんなパワー貰える極秘パワースポットだよ~!あそこ!」
「え~そうかな~…こんな誰もいなさそうな森の中に神社とか不気味じゃない…?」
そういうと悠紀がニヤついた顔でこっちを見つめ、
「紗夜~さては心霊とか苦手だな~!」
と言った。
私が感じているのは…なんかそうじゃない…もっと何か不気味で…嫌な感じがしていた。
あそこに行ってはいけない…あそこに行きたくない。
私の心、体全身があのほんの少し見える鳥居を完全に拒絶していた。
まるで巨大な穴を覗き込むような…底知れぬ恐怖が、私を包んでいた。
「うわ~相当苦手なんだね…放心状態だよアハハ」
「あっ!ごめんボーっとしてた!」
「コラコラ~今日はボーっとしてることが多いぞ~!そーれっ!」
悠紀渾身のコチョコチョが私の脇腹を襲う。
紗夜にはこうかばつぐんだ!
笑いと涙でわけがわからなくなりつつ頭を振っていたら、ふとバスのフロントガラスに視線が行く。
なにか…いる…!?
フロントガラスの向こう側に何かがいる。
涙で視界がぼやけてよく見えないが…あれは人…?
よく見ると長い黒髪の女の人が、走行中のバスの目の前に飛び込んできていた。
危ない…このままでは!いや…もう間に合わない。
距離はわずか数メートル。
私は瞬時に目を見開き、女を凝視した。
髪がなびいて、顔はよく見えないが、口元が動いてるのが見えた。
何かを伝えようとしているの…?
私はその言葉がわからないまま、その女性から突如放たれた謎の光で
目がくらみ、目の前が真っ白になった。
辺りが何も見えず、音だけが耳を通り、鼓膜を振動させ、ハッキリと聞こえてくる。
窓に当たる雨粒の音。
急ブレーキの音と共にバスが大きく右へと揺れる。
いつもの通学じゃ絶対に聞かない音。
修学旅行でも絶対に聞かない音。
皆の大きな叫び声が聞こえてくる。
鉄と鉄がぶつかるような大きな音と同時に、バスが大きく揺れ、体が宙に浮いた。
死ぬのかな…私。
微かに聞こえていた、私を呼ぶ声も…もう聞こえない。
『恐怖』
それしか感じなかった。
私はそっと目を閉じ、真っ白だった視界は、暗い闇へと切り替わる———