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 「ねえ、ちょっと気になる人がいるんだけど」僕が昼飯の冷え切った弁当を広げていると彼女が言った。彼女はあれからもたまに僕のところに遊びに来る。別のクラスからわざわざパッとしない男子に会いにくるのだから大変なことだ。だいたい他人の目とか気にしないのだろうか、この娘は。彼女は友達のこととか昨日見たテレビのこととか先生の悪口とか一通りしゃべくったあと退散する。僕は基本的に相槌を打つだけで何も言わない。それで彼女が楽しいと思っているのかどうか僕は知らない。ただ、彼女はもう死のうとは思っていないのだろう。だから僕はそれでいいと思っている。

「もう昼飯は食ったの?」彼女は僕の前の席に座る。四時限目の授業が終わったばかりだ。昼飯を食う時間はなかっただろう。にもかかわらず、彼女は手ぶらなのである。

「ん、四時限目の間に食ったのさ」彼女はこともなげに言う。全く、なんだってそんな無駄なリスクをとることができるのか僕にはさっぱりわからない。「やってみたかったんだよ」と彼女は言った。

「で、君にもようやく春が訪れたって?」僕は昨日の晩飯の残り物に舌を冷やしながら矛先を向けた。

「そうそう、とってもかっこいい男の子でね、シンユーのアキちゃんなんて昨日告ってフラれちゃったんだ」彼女が楽しそうに話し始める。楽しく話すようなことだろうか。

「なんか影のある人って言うか、ロンリーウルフって言うか、すっごい、危なっかしい魅力があるんだあ。もう、クラスの女の子なんか、みーんな彼のことが好きなんだよ。入学から、かれこれ九人の女の子が彼に告白、全部玉砕、ミキちゃん調べ。アキちゃんがフラレた時の台詞『ごめん、恋愛とか興味ないんだ』うーん、ひっどい男。でもしびれちゃうー」彼女の目がハートになっていくようだ。

「そんな男なら脈ないじゃん」

「あーあ、これだから恋愛したことない人間はダメだなあ。君、失格。恋愛偏差値ゼロ。いーい、恋愛って言うのは、理屈とかなし。心がキューっとしちゃって、グーって締め付けられちゃって、もうどうしようもなくなっちゃうもんなの。成功するとかしないとかじゃないんだな。あ、目があっちゃった、とか、あら、話かけられちゃったわ、とか、もう毎日が胸キュンで仕方なくなっちゃうんだな。ダメだな、君。失格。バイバイ」

 そーですか僕はダメですか。いきなり別離を告げられちゃったよ。なんだよ確かに恋愛なんてしたことないよちくしょう。

「さっさと告れよ」

「はい、やっぱり恋愛経験ゼロのダメダメ君は帰ってください。恋する乙女心ってのは複雑なんだよ君。フラれちゃったらどうしよう。もうもとの関係には戻れないよね。ああ、だったら今のままでいいわあ。なんて思っちゃったりしちゃったりするもんなのよ。

 あーでもそうだな。告っちゃうか。告れとか言われちゃったら告るしかないやーね。よし、やっちゃおう。後先のことは考えない、当たって砕けろ人生、それがミキちゃん流です。よーし行こう」

 彼女は一人合点して言ってしまった。僕は食べかけの弁当をそそくさとしまった。他人の恋愛ほど面白いものはない。ニヤニヤとあざけりのような笑いがこみ上げてくる。なんだ俺、根性悪いな。

 彼女のクラスの前まで行くと、窓越しに彼女の姿を認めることができた。彼女はキョロキョロと周りを窺うと振り向いて教室の出入り口まで歩いていった。途中で僕と目があった。彼女はニヤ―っと笑った。

「いなかったよ。不在です」僕のところまで来ると彼女は言った。

 なんだ、お楽しみはお預けか。


 シンザキという男子の訪問を受けたのはそれから三日目のことだった。本来自分の所属していないクラスの教室というのは入りづらい。彼女のような人間は特異な存在なのだ。シンザキも僕を訪ねたときは僕を教室の外まで呼んだ。ただ、僕にシンザキという知り合いはいなかったので、なんの用だかいぶかりながら行った。

「ミヤカワさんについて聞きたいことがあるのだけど」僕が目の前に行くと彼はそう言った。そのときは昼休みだったけど彼女は来ていなかった。というより、まだ、来ていなかったというべきかもしれない。四限が終わってからまだ数分しか経っていない。

「どっか別の場所に行こう」僕は提案した。彼女の話がしたいというこの人を、彼女に会わせていいのかどうかよくわからない。

「図書館に行こう」彼が言った。僕は従った。

 シンザキリョウスケは彼女が言っていた、『気になる人』その人だった。あれから彼女は勇気が出ないとか何とか言って告っていないと言っていた。当たって砕けろ人生じゃなかったのかよ。

 彼は背が高く、容姿端麗、特にやわらかく伸びた黒髪が太陽光に反射しているのが実に似合っていた。しなやかな体格。けれども華奢ということはない。今にも走り出していきそうなパワーを秘めているように感じた。パワーは前面に押し出さないほうが底がしれなくていい。正対しているとなんとなく圧倒されるような人物だ。

 図書館には二,三人の生徒が退屈な様子で座っているだけで、寂れた様子だった。我が高校の生徒は昼休みに読書という文化的行為にふけるのはお気に召さないらしい。最も図書館という場所は僕のような集団から外れてしまった人間が避難場所として使う所だ。彼女が訪ねてくるようになるまでは、僕も昼休み時々図書館を利用していた。

「君は図書館は好きか」図書館に入ってしばらくあたりを見回していると、彼が聞いてきた。彼はまっすぐに射すように僕を見てくる。こういう人種は苦手だ。

「嫌いじゃないな。避難場所としては最高の場所だ」僕は彼のほうを見ずに言った。

「避難場所?」

「一人でいるにはもってこいの場所だってことだよ」

「君はいじめられでもしているのか?」

「いいや」

「じゃ避難なんて必要ないだろう」

「他人を憎まず、集団に与せずってのは意外と難しいって話さ。ここは一人でいるのがスタンダードだ。最高の場所さ」

「よくわからないことをいう奴だ」彼は個人全集が納めてある棚の方に歩いていく。そっちこそ言い難いことを平気でいう奴だ。僕は彼の後をついていった。

「僕も図書館は好きだ」彼は全集本をこの上もなくいとおしいといった表情をしていた。

「でも本は駄目だな。読む気がしない。本を読むより、自らが動いていろんな経験をするほうが一〇〇倍いい。図書館がいいのは、こうやってたくさんの本が並べられているからだ。なんだって人間はこんなにすさまじい量の文章を書くことができるんだろう。そんなことを思わせてくれるからだ」

「そっちこそ、よくわからないことをいう奴だ」

「君は本を読まないのか?」

「さあね。人生で一冊も読んでないなんてことはない。他人より読んでいるかどうかは知らない。どのくらい読んでいたら本を読んでいるって胸をはれるのかを知らない。だから、さあね、としかいえない。ま、本を読むことは嫌いじゃないよ。一人でいることの理由になる」

「君はよほど群れるのが嫌いらしいな」彼は苦笑した。

「この場所に来てこうして眺めていると、人生とは何だという気がしてくる。俺は一体何をしているんだ。高校なんか辞めちまったほうがいいんじゃないかって。君はこういう気持ちは理解できるか?」

「しらんね。人生なんて流れ流れるもんだ。流れ流れていつか死ぬ。考えるだけ無駄じゃないか?」

「そう考えるのもいいな」彼はやはり苦笑した。

「本題に入ろう」僕は提案した。こうして人生論議することは懐かしい気分になって面白いが、昼休みは限られた時間しかないのだ。

「ミヤカワミキの話だったな」

「君はミヤカワさんの最も親しい友人だと聞いた。彼女のこと、どれくらい知っている?」

「なにも知らんね。一度話し始めたら他人のことはお構いなしに話し続けるということと、笑顔を見せれば多少のことならどうでもいいかと思わせられるということと、最近春が来たということぐらいしか、なにも知らんね」

「そうつっけんどんにしないでくれ。彼女に春が来た相手は誰か、知っているのか?」

「S氏だ。残念ながらI氏じゃない」

「I…イ、か。君は彼女のことが好きなのか」

「冗談じゃない。ラブコメなんてごめんだよ。今のは冗談で言ってみたんだ。君のほうこそなんだって彼女のことを知りたがるんだ?彼女のことが好きなんなら、どうぞ、そのまま突っ走ることをお勧めするね」

「彼女のことは確かに好きだね」彼は照れもせずにいった。こいつほんとうは三〇代のおっさんなんじゃないだろうか。

「いつも明るくて楽しい気分にさせてくれる。実にすばらしい女の子だ。もう少し別の形で出会っていたなら、きっと俺は自分のほうから告白していただろう。けれども、残念ながら今の俺には彼女の想いに答えることはできない」いろいろ質問したくなる言い方だ。けれども僕はなにも質問せずに先を促した。

「そこで君に頼みがある。彼女を傷つけたくないんだ。できるだけ、穏やかに、彼女に俺のことをあきらめさせてはくれないか」

「いくらなんでもそれは無茶だな。無茶というより、気に食わないな。好きになられたら、それだけのリスクは背負わなくちゃならない。断りたきゃ勝手に断ればいい。そんなことを他人に任せるのは無責任にも程がある」

「できるだけ彼女を傷つけたくないんだよ」

「恋をするってことはそれだけのリスクを背負うってことだろう。彼女は恋をした以上、傷つくことは避けてはならない。彼女を傷つけたくないってのは、お前自身が断るっていう罪悪感から目をそらしたいってだけだろう」

「なんとでもいってくれ。俺は彼女に告白されるわけにはいかない。俺は彼女が好きだからね。もしその場面になってしまえば、あるいは俺はOKしてしまうかも知れない。それも困る。それにやっぱり傷つけたくないってのもある。なんとか、頼むよ」

「僕の力を過信してもらっちゃ困るな。そんなことはできない。僕は確かに彼女の友人だが、彼女を思いのままに操れるわけじゃない」

「君はできるだけのことをしてくれればいい。それでも無理なら、それは仕方がないが・・・。頼む。彼女は断られれば、どう思うか。彼女がどれだけのダメージを感じるのか。君は分かるんじゃないのか。それは避けなければならないとは思わないか?」

 彼のその言葉は若干ではあるが僕の気に障った。

「つまり君は、彼女がどういう状態であるのか、知っていたというんだな。知っていて、それでも見てみぬ振りをしていたというんだな」僕は努めて冷静になろうとしながら、それでも彼への敵意を剥き出しにしながら言った。こんなに腹が立ったのははじめてのことかも知れない。

「俺には彼女以上に大事なものがある。それだけなんだ」

 僕は彼を見ることができた。彼は僕のほうを見ていなかった。彼はおそらく罪悪感で一杯なのだろう。自分を責め続けているのだろう。オーケイ。そういうことにしておこう。そういうことにでもしておかなければ、僕は彼を八つ裂きにしてしまうかもしれないのだ。

「一つだけ、聞いておきたいことがある」

「なんでも聞いてくれ」彼は弱々しい目を僕に向けてきた。

「外資の流入を受け続けた日本経済のこれからはどうなると思う?」

 彼はしばらく絶句していた。しかしやがて真顔で答えた。

「日本は三等国になってしまうだろう。けれども、それでも世界的に見たなら恵まれすぎているくらいの国なんだよ」


 焼きそばパンというのはいい。高校の購買と言えば定番だ。どうやったって焼きそばパン。二位に来るのはジャムパンだろうか。二位が揚げパンだろうがカレーパンだろうが知ったことじゃない。どうやったって高校の購買の王者は焼きそばパンなのだ。

 僕の高校には購買というものはなくて、昼休みになると校門を少し入ったところまでパン屋が車で売りに来る。北門を少し入ると西棟が見えてくる。その向かいが東棟だ。西棟と東棟の北端には庇のついた廊下がある。パン屋の車はその廊下に横付けする。廊下に机を並べて、その上にパンを載せたトレイが乗っている。生徒はトレイから好きなパンを取っていき、東棟の近くにいるパン屋のおばちゃんに会計を払ってさようなら、というわけだ。構造上万引きは多発するだろうけど仕方がないのだろう。

 僕の教室からそのパン屋が来る廊下までおよそ五分。行き返り一〇分でもゆったりと昼食を楽しめる計算だ。僕は基本的に弁当を持ってくるけど、時々無性にパンが食べたくなるときがある。誓っていうが弁当が嫌いなんじゃない。弁当に焼きそばパンを入れることができないからだ。

 シンザキにあった次の日もそんな日だった。焼きそばパンが食べたい。副食にはフレンチトーストがいいだろう。ラスクをつければ完璧だ。

 そんなわけで、僕は弁当を持ってきていなかった。けれども往復一〇分は長い。僕にはそんな暇はない。この日に限ってはそんな余裕はないのだ。一日くらい昼食を抜くのもいいだろう。どうせそんなにエネルギーを使わない人間だ。

 そんなことを考えていたのが四時限目。一二時五〇分のチャイムとともに僕は教室から飛び出した。速さが命だ。あせるのは馬鹿らしいことだが、人間理屈どおりには行かないものだ。

 授業終了直後の廊下というものは生徒がいなくてがらんとしているものだ。普段の喧騒を見慣れている者にとっては少し戸惑ってしまうものだろう。しかしそのときの僕は一切なにも感じなかった。生徒が廊下に出てき始めても、なにも目にはいらなかった。理屈から考えたって、そんなにあせる必要なんかない。全く持って馬鹿らしいことだ。

 彼女のクラスの前に行ってちょっと戸惑った。こんなところには入ったことはない。けれどもすぐに考え直して入った。あせっているとためらいなどなくなるものだ。時にはあせるのもいいかもしれない。

 入って彼女の姿を探そうとあたりを見回すと、出入り口のほうに歩いてきている彼女と目が合った。彼女は特に驚きもせずに僕の方に近寄ってきた。「珍しいねえ君の方から訪ねてきてくれるなんて」

「どうしても君にあわなきゃならない用事ができたんでね」

「あいかわらず嬉しいことを言ってくれる」

 とりあえず僕たちはどこかに座るべきだったが、まだ昼休み中の移動を完了していないクラス内に落ち着ける場所はなかった。

「とりあえず場所を移動したい」というと彼女はうなずいた。クラスから出る瞬間にシンザキの姿が目に入った。彼はこちらを向いていた。その目がなにか言おうとしていたのか、僕にはわからなかった。

「ずいぶんと急いで来たのねえ」移動の途中で彼女が言った。

「僕でも時には急ぐ時があるんだよ」

「昼食はどうするの。君はどうせ食べてないんでしょ」

「僕でもめしを抜くときはあるんだよ」

「そこまでしてあたしに会いに来てくれたんだね」

「君と行き違いにならないためには仕方がなかったんだ」

 どこへ行くべきだろうかは考えていなかったが、自然と足が図書館の方に向いていた。選択としては間違っている気もするが、いいだろう。どこで話したって話す内容には違いはない。

「あれ、そっちに行くってことは図書館みたいだね。あーあ予想が外れちゃったなあ。校舎の裏、二人っきり、少しうつむき加減で話し始める君、みたいな展開を予想してたんだけどなあ。けど図書館なんて久しぶりだなあ。入学したてのときのガイダンス以降、一回も来てないよ。あ、君そんときなに借りた?あたしはねえ、戦争の本借りて読もうとしたら一行目であきらめちゃったんだなあ。あー、あれはほんときつかった。レベルが違ったね。ダイガクセーが読むもんだよあれは。いいやダイガクセーだって読まないね。ケンキューシャとか、偉いガクシャさんとかが読むもんだね。大丈夫だよ。あんなもん読まなくたって生きていけるもん。でもなんだってあの時本借りなきゃならないんだろうねえ。どうせみんな読まないんだしさあ。マンガとか置いててくれたらいいのに。ショーガッコーではあったよねえ。歴史偉人伝みたいなのとか、戦争のマンガとか。あたしは読まなかったけどね・・・」

 やっぱり彼女は偉いもんだ。僕はたいして相槌を打っていないというのに際限なく話し続けることができる。下手したらこのまま彼女が話し続けて昼休みが終わってしましそうだ。

 図書館の中は実に静かだった。昨日と同じく人はほとんどいない。昨日彼は全集コーナーに移動したんだったな、などと考えた。

「うっわ静かだねえ。どーすんの?なにか探すんなら座って待ってるけど」彼女は高声で話した。図書館に来たのはまずかったかもしれない。

「いや、座る」

 僕が席につくと彼女は僕の真横に座ってきた。正面にも席はあるのだが。

「横に座るんだね君は」

「ん?なにか変?」

「いいや人生いろいろ、人間もいろいろさ。なにが正しくてなにが間違っているなんて誰にだって決めることはできないよ」

「あたしはフツーは正面に座るものだと思うけど」思ってんならそうしろよ。

「で、用件はなにかな?」

 しばしなにを言うべきか僕は悩んだ。

「世の中には二種類の人間がいる。人間には根っこの根っこっからの悪い人間はいないって信じられるやつと、信じられないやつ。君はどっちだ」

「性善説と性悪説?」

「少し違うな。僕が聞いているのは生まれながらの悪人がいないと、信じられるのか信じられないのか。中国でできた高等な人間論なんて、僕には理解できないよ」

「君はなんでもそうやってあきらめているね」

「あきらめてはいけないという法律はないからね」

「あたしが言うことじゃないんだろうけど、君はもう少し欲を持ったほうがいいと思うよ。なんか、人間らしくないよ君。もっと、ほらガツガツって感じでさ」

「アドバイスはありがたく受け取るけど、とりあえず質問に答えてくれるかな」

「後者だね。根っからの悪人って、いるよ。たぶん」

「君だって悟っているじゃないか」

「君ほどじゃないんだよ。で、それがなに?心理テスト?」

「いや、単純に僕が聞いてみたかっただけ。世の中には不条理なことはあるってこと。人間が悪いことをするのに理由のないこともある」

「なんだよ。そんなこというためにここに連れて来たのかよ」

「単刀直入に言えば、シンザキ氏に告白するのを止めてもらいたい」

「ふーん。それはなんでって聞いてもいいの?」

「聞かないで済ませてもらえるのであればそれが最良だけど」

「ま、そういうわけにはいかないやーね」彼女はニコニコと言った。

「僕が君のことが好きだからっていうのはどうですか」

「ほんとうならトキメクけども、残念ながらそれはないね」

「どうして?」

「あたしが君に好きって言っても、君は信じないでしょう。それとおんなじ理由じゃないかな」

「信じますよ」

「うそだね」

「まあね」

「そういうこと。なんとなく分かるんだよね。そりゃ、君はあたしのこと嫌いじゃないだろうけど、好きにはならない。絶対に君は踏み込んでこない。なんか、線を引いちゃって、そっからは絶対に越えないぞって、そんな感じ」

「僕はそうでも君はそんな人じゃないだろう」

「あたしが君を好きになっちゃったら、君は逃げて行っちゃうだろうからね。そういうことさ」

 彼女は見た目以上にクレバーだ。だからこそ僕なんかの近くにいてくれるのだろう。

「でも理由は聞かないで貰いたいんだよ。言ったって君は納得しないだろうからね。もちろん僕に君に対する強制権はない。だから、頼む。友人からの頼みだと思って、黙って聞いてもらいたい」

 彼女はため息を一つついた。「あたしが君の頼みをはいはいと聞くと思う?」

「思いません」

「だろうね」彼女はもう一つため息をついた。「一つ条件があるんだけどさ」

「なんでも聞くよ。できることなら」

 彼女は笑った。

「一〇年経ったら結婚しよう」


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