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僕の子どもの頃からの親友は一五の誕生日に遺書を書いて死んだ。遺書の内容はこうだ。
走れ走れ、人生は戦いだ
葬式が終わった後ご両親にその文言が書いてある紙を見せてもらった時、僕は意味が分からなかった。ご両親にも分からなかったらしく、どういう意味だろうと僕に尋ねた。僕は分かりませんと答えた。本当に、そのときには意味が分からなかった。なんだってあいつは自殺なんかしたんだろう。なんだってそんな馬鹿げたことをしたんだろう。そういった言葉ばかりが頭の中を支配していて、その他のことを考えることができなかった。悲しいと感じることさえ出来なかった。あいつが死ぬ前日に僕らは学校から一緒に帰り、じゃまた明日な、といって別れていた。死ぬそぶりなんて全く見せていなかった。死ぬ原因になるような何かも僕には全く思い当たらなかった。
あいつがいないことは今になってもまだ悲しい。
あいつが自殺してから二週間ばかりしてから僕は学校に通い始めた。それまではなんだか行く気がしなくって、わがままを言って休ませて貰っていた。親も先生も、仲のよかった親友が突然いなくなってしまったのだからショックが大きいのだろうと、温かい目で容認してくれた。時間が経って傷が癒えてから学校に行き始めればいいと言ってくれた。おかげで僕にはゆっくりと考える時間があった。もっとも本当は一週間もしたら考えることにも飽きてしまい、後ろの一週間はゲームばっかりして過ごしていたのだけれど。
学校に復帰した時には、あいつがいないこと以外特に変わったことはなかった。あいつが自殺した直後の時期は、休校になったり全校集会がひらかれたり、生徒の悩み調査が行われたりしたらしいが、僕が復帰した頃にはある生徒が自殺したことによる混乱はもう静まっていた。僕とあいつは同じクラスでもあったが、クラスメイトたちにはあいつがなぜ自殺したのか先生による聞き取りが行われたらしい。もちろんその理由を知るものは誰もいなかった。わがクラスではいじめなどは行われておらず、あいつは友達の多い活発な奴だったからだ。とはいえあいつと一番仲がよかったのはやはり僕であり、クラスメイトが死んだショックで一,二日は休んだ奴はいても、僕のように二週間も休んだ奴はいない。そんなわけで、クラスメイトも先生もなぜあいつが死んだのか僕の意見を聞きたがっていた。復帰した一,二日はまた僕がショックをぶり返さないようにとみんな気を使ってくれていたものの、三日目には僕の親しい奴が口火を切って聞いてきた。
「なあ、イマサキはなんか、理由、考え付くんじゃねえの?」
「悪いけど、何にも思いつかないよ。あいつは、僕にもなんにも言わないで行っちゃったんだ」
「でも、なんかあるだろ。悩んでたとか、なんか、そんなそぶりとかなかったのかよ」
「僕は二週間も考えたんだ。でもなんにも見つからないんだよ」
「だけどさあ…」
こうして一人目が禁を破って聞いてくると、二人目、三人目と次々と僕にあいつの死んだ理由を聞いてくるのだった。そしてそのつど僕はわからないを繰り返した。特に僕とあいつの親しみ振りを知っていた奴らはしつこく聞いてきたが、僕がわからないとしか返答しないことを悟ると、やがてはがっかりした様子であきらめるのだった。三日もすれば僕に聞いてくる者はいなくなった。ブームが去るのは意外に早いものなのだ。教師方面は、復帰後一週間くらいした時、一度だけ担任に聞かれた。やはりわからないと答えると、だよなあ、と言って質問を打ち切ってくれた。僕を刺激しないようにと気遣ってくれたのだ。全く以って、僕らの周りに悪い奴はいなかった。自殺するなんてほんとに馬鹿げたことをしたもんだ。
実を言えば僕はみんなに嘘をついていた。あいつが自殺した理由を、僕はなんとなく考えついていたのだ。ただしそれはあまりにも漠然としすぎていて、語れるようなもんじゃなかったし、あいつのことをあまり語りたくはなかったのだ。だから僕はみんなには何も言わなかった。
走れ走れ、人生は戦いだ
こう書き残してあいつは死んだ。そして僕はこの文句に聞き覚えがあった。いつだったか、僕はあいつからこの言葉を聞いていたのだ。夕焼けと、ブランコと、ブランコにのっている僕とあいつが思い出される。ブランコに乗った僕の隣であいつはこういったのだ。
「つまりさ、人生は疾走なんだよ。常に走り続けなくちゃならない。走って走って走って死ぬ。それが人生なんだ。走ることをやめてしまえば、それは生きていないってことなんだ。なあ、人生は短いんだ。走り続けなくちゃならないんだよ。走り続けることと生きるってことはイコールで結びつくんだ。だから、俺は走って走って死ぬつもりなんだ」
僕は肯定することが出来なかった。あいつが人生だとかいう哲学的なことをいうことにも驚いていた。それ以上に、僕には人生を斜に構えているところがあり、あいつのいうことを肯定するわけには行かなかったのだ。
「でもさ、実際に走り続けていない人間もいるんだぜ。例えば僕のようにさ。お前はそんな人間は生きていないって否定するのか?それとも弱い人間だって切り捨てるのか。走り続けるのは実際大変なんだぜ。なるほど走り続けることは偉いことだろう。充実していることだろう。でもさ、お前の言い分じゃちょっと休む事だってできやしない。それに、走ってない人生だって認めてやらなくちゃダメなんじゃないかな」
あいつは僕の弁には一顧も呉れないように続けた。
「人生は疾走だ。別の言い方をすれば挑戦だ。人生は先へ先へと進み続けなければならないんだよ。生きているってことを証明し続けないといけないんだよ。それが生きたってことだ。人生ってもんだ。だから俺は走って走って走り続けなくちゃならないんだよ。俺は生きたってことを死んだ瞬間に証明して死にたいんだよ」
実際あいつは走り続けているような奴だった。実際にその言葉どおりに陸上部に入って走っていたし、それ以外にも勉強だとか遊びだとか、常に全力を傾け続ける奴だった。あいつが安穏としているところを、僕はあまり見たことがない。あまり、というのはあいつが寝ているところを見たことがあるからだ。寝ている時くらいはあいつでも安らかそうにしている。それも寝ていることに全力を尽くしているのだ、とか何とか言うことができるのだろうが、とにかくあいつは起きている時はいつも走り続けているような奴だった。
そんなやりとりを思い出して、少なくとも僕はあいつが遺書に残した文句だけはおぼろげながら理解することが出来た。あいつは自分のモットーをその遺書に書き残したのだ。
けれどもなぜあいつが自殺したのかは、わかったようなわからないようなという他ない。走り続けることに疲れたのだろうか、という仮説が一つ成り立つだろう。実際走り続けることは疲れる。走り続けなければならないという焦燥感に駆られて自殺に陥ったということは、状況から考えて成り立つ仮説の一つだった。しかし僕は気に食わない。あいつが走り続けることに疲れて自殺しただなんて納得は、僕には虫唾が走るほど気に食わないことだった。あいつはバカじゃない。どうしても疲れてしまったのなら、どうしても走り続けることが出来なくなってしまったのなら、少なくとも誰かに助けを求めることくらいは出来たはずだ。あいつの隣には僕がいた。僕のほかにも友人はたくさんいた。先生もいたし両親もいた。あいつは助けを求めようと思うならいくらでも求められたし、助けを求めることを固辞するような奴ではなかった。
ならば一体なぜあいつは死んだのだろう。それは正直に言って僕にはわからない。もう一度会うことができるのなら聞いてみたいものだけど、残念ながらそれは出来ない。仕方がないので、僕は基本的に考えないことにした。そもそもあいつは僕なんかが考慮することのできる相手じゃないのだ。あいつの死だって理解できるわけがない。あいつは死んだ。ただそれだけだ。
けれどもあいつのために一言だけいうことが許されるのなら、あいつは走り続けて死んだということだけは間違いない。あいつは有言実行のごとく、走って走って走り続けて死んだのだ。




