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婚約破棄を破棄させたい〜婚約破棄の余波を食らう男爵長男〜

作者: 焼芋屋与平

※爬虫類の卵を口にする描写があります。苦手な方はお気をつけ下さい。

 学園の誰でも入れるラウンジでの出来事であった。

 申し訳ない顔をする王子の前には怒りを隠しきれない公爵令嬢が立っていた。


 「すまない…。俺はやっと自分の本当の気持ちに気づいたんだ。だから君との婚約は破棄させて欲しいっ!」


 いやぁー。婚約破棄って本当あるんだな。

 実際目にすると面白い、というか見れてラッキーみたいな感じだ、他人の不幸はなんとやらだ。


 僕らの住む王国は昔に比べ貴族のしきたりやら身分による差別やらは緩くなった。

 とはいえ王国はいまだ貴族社会、繋がりを強めるための婚約を本人の意思だけでそんな簡単に破棄してしまえるとは思えない。


 まして今回は王族が絡んでる。

 これはしばらく荒れるな、などと他人事のように僕は横目に見ていた。

 それが昨日の話。



 「…なので貴方との婚約は解消されることとなりました。」


 「なんでぇえええ!?」


 僕、ことバーデウスは困惑していた。

 うちはしがない田舎の男爵家である。

 このまま貴族学校を卒業すれば実家の家督を継ぎ豊かでも貧しくもない農地経営を行うことになるだろう。

 昔は家出して冒険者にでもなってしまおうなどと考えていたがそんな考えは綺麗さっぱりとなくなってしまっていた。

 それは目の前の彼女の存在(ゆえ)にだった。


 彼女はうちの領地と繋がりのある子爵の家の娘である。

 彼女と僕が初めて会ったのは子供のときの貴族の集まりであった。

 大人もいる場所で堂々とピアノを弾くその姿に僕は一目惚れであった、運命であった、女神であった。


 白く透き通るようなその髪は父方譲りらしく北の民族の血が混ざっていることを示している。

 眠たそうにも見えるその眼は綺麗な深い青色をしていて吸い込まれてしまいそうだ。

 彼女は感情を出すのが苦手なようであまり人と話さないがピアノを弾く時だけは目を閉じて少し笑ったような表情をする。


 知れば知るほどベタ惚れだった。

 彼女がいればどんな人生でもいい、そう思えてしまった。


 だから彼女がとなりの子爵領の娘であることに驚いたし、うちの領地と繋がりがあることに大いに喜んだ。

 なりふり構わずに両親の協力を得て彼女との婚約に結びつけた。

 そしてガツガツしてるように見えないように彼女の前では平静を装い、理想の男性を彼女の側近から聞き出しては演じてきた。


 それが…婚約破棄…。


 彼女の話によると、


 王子が同じ学園に通う平民の娘に恋をしてしまい公爵令嬢との婚約を破棄した。

 →焦った貴族の大人たちは婚約破棄した公爵令嬢を伯爵長男とくっつけることにした。

 →伯爵長男が公爵家に婿入りすることで伯爵次男が家督を継ぐことになる。

 →伯爵次男は妾の子供らしく伯爵家としての血は薄いため、親戚の子爵の娘とくっつけよう。


 つまりは王子の婚約破棄のとばっちりだった。


 「こんな大人に決められたことで君はいいのかい?」


 「すみません。ですが家が決めたことなので私はそれに従います。」


 無表情な彼女からはやはり感情が読み取れない。


 僕は膝をつき絶望をする、いや、まだなにかあるはずだ。

 こうなったら伯爵次男を闇に葬……… それは最終手段としよう。


 そもそもの話として王子の婚約破棄が悪いのだ、彼を説得するしかない。

 そう思い僕は立ち上がった。

 愛のためならば。


 〈伯爵長男の場合〉


 「いやぁ、大変なことになったな。」


 「それはお互い様だろう。」


 王子をどうにか説得する、と言ったわけだが僕は王子と知り合いな訳では無い。

 同じ貴族学校に通う生徒とはいえ相手は王族、男爵家の僕では簡単には会うことすら出来ない。


 それを可能にしてくれるのがこの男、伯爵長男である。

 こいつは裏表のない優等生であり同年代や大人からの評価は高い。

 そんな彼の実家でもある伯爵家は王国の四分の一を領地としてもつ名家であり、うちの男爵家や子爵家の寄親でもあった。

 同学年として小さいころから度々顔を合わせてた僕らは当然のように友達になった。


 こいつなら王子とも連絡が取れるだろう。

 そして何よりこいつこそが王子の婚約破棄により公爵令嬢とくっつけられそうになっている伯爵長男本人であった、つまりは僕と同じでとばっちり仲間である。


 「とりあえずどうにかして王子に考え直させないと。」


 「そうだね、王様たちも頭を悩ませているし王子がまた婚約をしてくれれば丸く収まるんだけどね。だけど本人のあの様子じゃあ難しいだろうね。」


 「そんなに平民の娘に首ったけなのか?」


 「ああ、婚約破棄が許されないなら王族を辞めると公言しているらしい。」


 「それはまた迷惑な…。とりあえず僕を王子に会わせてくれ。」


 「いいけど、やはり説得は難しいと思うよ。」


 こいつにここまで言わせるとはやはり王子の意思は固いらしい。

 いつもならば貴族の風習は守るべきだ、とか言ってこいつが真っ先に王子に苦言を呈しそうなものなのだが。

 やはり王子は強敵らしい。


 〈伯爵長男side〉


 なんてことだ、大変なことになった。

 王子が婚約破棄をしたことで自分が公爵令嬢と婚約することになった。

 これは別に問題ないのだがそれにより回り回って親友である男爵長男が婚約破棄されてしまったらしい。


 子供の頃から近くで見ていたからわかるが彼の子爵令嬢への恋愛感情はとても深い、下手に邪魔でもしようものなら何をしでかすか分からない。

 さすがに王子を手にかけたりなどはしないと思うが、話したかんじ相当お怒りである。


 だからとてもじゃないけど言えない、原因の一端が自分にあるなんてことは…。


 それは二日前、王子が婚約破棄する前日のことであった。

 王子から相談があると聞き学園の食堂で二人で会っていた。

 こういったことはたまにあったし自分は王子の諌め役みたいなものを王様から頼まれていた。


 その日の王子の相談とは今までの悩みとは違い恋愛相談であった。


 曰く、学園に通う平民の彼女が気になる。

 曰く、彼女が友人達と談笑し笑顔になるのを見る度にこの胸が痛い。

 曰く、最近では夢にまで彼女が出てくる。


 どうやらうちの王子はその平民の娘に一目惚れしてしまったらしい。

 聞く限りその娘は元気溌剌で活発な娘らしくクラスの誰にでも分け隔てなく接するらしい。

 その表裏のない性格により平民だけでなく貴族の女子とも交友関係があるらしい。

 貴族にはいないタイプの人間だ、どうやら王子もそこに惹かれてしまったらしい。


 といつもはそこで、平民の娘に近寄れば娘の人生を狂わせてしまい不幸にする、などと王子を説得すればいいところであった。

 しかしその日の自分は違っていた。

 学園での日常に少し退屈さを感じていたのかもしれないし、優等生を演じることに窮屈さを感じていたのかもしれない。

 もしかしたら王族として厳しい教育を受けてきた王子に自分を重ねてしまったのかもしれない。


 王族である自分が婚約を無視して平民を愛するなど間違っているのかも知れない、などと弱気にも相談してきた王子を肯定した。それはもう全力で。


 愛の素晴らしさから婚約などという貴族の風習の古さ、いまこそ自分の殻を破る時だ、自分に嘘をついてはいけない、などとあることないことを口に出して王子を励ました。

 これにより王子の顔は次第に自信に満ちていき、最後には吹っ切れた笑顔で帰っていった。


 だから翌日王子が婚約破棄をしたことにはあまり驚かなかったが、それがまさか周り回って友人の婚約破棄に繋がってしまい焦った。

 こんなことはとてもじゃないけど友人には言えない。


 〈王子の場合〉

 どうやら王子は謹慎中らしく意外にもすんなりと会うことが出来た。

 話してみると悪いやつではなく真面目な性格をしていることがわかった。

 ただし脳内がお花畑であった。


 平民の娘の話を聞くとそれはもう嬉しそうに聞いてないことまで話す。

 婚約破棄の責任について聞くと、婚約は悪しき風習で自分が王になったら無くす、などと言う。

 挙句の果てには偉大な愛が国を救う、だの。いまこそ殻を破る時だー、だの。自分に嘘は付けないー、などと言ってくる始末である。


 完全に頭が沸いている。

 悪徳宗教に洗脳された者を相手にしている気分であった。

 これは相手にするだけ無駄だ、他をあたろう。



 〈平民の娘の場合〉


 翌日の昼僕は例の平民の娘に会いに来ていた。

 娘の友人らしき奴に食堂に呼び出してもらうと来たのは混じり気のない黒い髪を後ろに一つで束ねた活発そうな娘であった。


 「ええーと、私を呼んだのは君で合ってる?」


 娘は何故か目を合わせずに髪の先端をいじりソワソワしている。


 「そうだ、何か勘違いしているようだが俺が聞きたいのは王子の件だ。」


 すると娘も勘違いに気づいたようで頭をかいて笑った。


 「いやぁ、他のクラスの男子が呼んでるって言うからもしかしてこんな人の目があるところで告白されるのかと思ったよ、あはは。」


 「悪いが僕が告白する相手はもう決まっている。それもするのは王都の夜景を一望できるレストランでディナーを終えたあとだ。」


 指輪はもちろん1カラットのダイヤだ。


 「あはは、君は見かけによらずロマンチストなんだね。それで君が聞きたいことはなんだい?」


 「王子の告白についてだ。君は王子についてどう思っている。告白された場合どうするんだ?」


 まだ王子は彼女に告白したわけではないが婚約破棄や王子が彼女に惚れているというのは噂になっていて皆知っている。

 なにより王子本人が隠す気がない。


 すると直球で聞かれるとは思っていなかったのか彼女はまたソワソワしだした。

 意外にも恋愛耐性が少ないらしい。


 「まだされた訳ではないから確かなことは言えないんだけど、たぶん断ると思う。そういうのはお互いを知ってからだと思うんだ。だからまずは友達になってから、かな?こんなこと言って告白されなかったら恥ずかしいんだけどね。」


 などと茶化して笑う。

 こんな回答をされたならあの王子ならば喜んで彼女と友達になる道を選ぶだろう。

 彼女なりに真剣に考えた上での結論なのだろうだろうが…それでは僕が困る。


 「甘い!甘すぎる!」


 「えっ!?」


 彼女はまさか真面目に答えたのにそんなことを言われるなんて思っていなかったのか面を食らっている。


 「君は王族を、いや貴族という者が分かっていない。いいか、貴族というのは人ではない、人の皮を被った悪魔だ。」


 周りの生徒が何人か吹き出していた。


 「ましてや君が相手しようとしてるいるのは王子だ、王族だ。もし君が産んだ子供が男じゃなかったら悲惨だぞ。」


 彼女は「こ、こども!?」と赤面している。


 「昔の逸話でこんな話がある。」


 僕は声を少し潜めながら話す。

 彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。


 「あるとき王族に男爵家の娘が嫁に入った。当時はまだ階級制度も厳しくそれを押しのけての恋愛結婚だったらしく反対も多かったらしい。加えて彼女が続けて産んだ二人の子供が女の子だったのも大変だった。彼女は陰口や嫌がらせを受ける日々を過ごしたらしい。それは彼女の精神を容易にすり減らして行った。」


 平民の娘は真剣に話に聞き入っている。

 僕は作り話を続ける。


 「そんな彼女の心の支えになっていたのが夫の姉、つまりは義姉だった。義姉は王族にも関わらず彼女を差別せずに接してくれたらしい。彼女が苦しそうにしていると相談に乗ってくれ、疲れている時には飲み物を差し入れてくれた。彼女は義姉から貰ったその飲み物が好物になっていった。それは紅茶にミルクを入れた単純なものだったがその中には黒くもちもちしたものが沈んでいた。その黒い物体について義姉に尋ねると、王族に伝わる子宝に恵まれると言い伝えられたものだと笑って答えた。彼女はその心遣いに深く感謝した。」


 目の前の平民の娘は悲しそうな顔をしたり安堵したりと顔をコロコロ変える。

 こういった物語が好きなのかも知れない。


 「しかし彼女はあるとき王宮の中庭の池で侍女が何か作業をしていることに気づく。少し気になって聞いてみるとと侍女は王族に依頼されて池で何かを採取していたらしい。彼女はその籠いっぱいに入った黒い小玉に見覚えがあった。そうだった、義姉から貰った飲み物に入っていたものだった。…そう、それは池で取れたカエルの卵だった。」


 「カ、カエル……」


 僕が声のトーンを低くして言い放った言葉に彼女の顔が青ざめていく。


 「そう、彼女が喜んで食べ、もちもちした食感を楽しんでいたのは…カエルの卵だったんだ。」


 「たまご……もちもち…?」


 もはや彼女の顔は蒼白であった。


 「そう、そんな飲み物がこれだ。」


 そういい僕が取り出したのは最近王都で流行り出した黒玉入りジュースだ。

 透明な容器に入ったミルクティーの底には黒い玉が沈んでいるのがわかる。

 僕はその玉を一つ取り出しフリーズしている彼女の手に置いた。

 彼女はギギギと音がしそうな程ぎこちなく首を動かし、顔をその手のひらに乗った黒玉に向けると泡を吹いて倒れた。


 彼女が爬虫類、とくにカエルが嫌いというのは事前に調べていた情報であった。

 それを元に作った話だったが彼女の反応をみる限り効果てきめんだったのだろう。

 これがどこまで効くか分からないがこれで彼女が王子の告白を断ったりすれば万々歳である。

 平民の娘にはトラウマを植え付けてしまい申し訳ないが僕の愛のためだ、犠牲になってくれ。


 あー黒玉ジュース美味しい。

 流行りの飲み物を片手に僕は立ち去った。



 その後も婚約破棄されナイーブになってしまった公爵令嬢や獣人しか愛せないと公言する伯爵次男の相手をして僕はくたくたになっていた。


 一息つこうとラウンジの椅子に座ると同時に意識を失い、次に目を覚ますと窓の外は夕日が沈み掛けていた。

 どうやら僕は寝てしまっていたらしい。

 肩には上着が掛かっていた。


 どうやら僕の寝ている時に誰かが掛けてくれたらしい、感謝。

さぁ、明日も頑張るぞと立ち上がり帰路に着いた。


ラウンジの端では白髪の少女がその様子を暖かく見守っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはひどいとばっちりですね(´・ω・`) これだいたい伯爵長男のせいな気がしますw
2019/06/25 04:48 退会済み
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