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聖獣の国  作者: 回めぐる
2/9

Ⅰ その価値観は本物か

 

「殺せ」


 一言命じると、銃を構えた兵士たちが一斉に発砲した。

 森に鳴り響く銃声。狩猟用の銃は音が派手だ。驚いた鳥が数羽、木の中から躍り出て、バサバサと飛び去って行った。

 そして湿った土に倒れる、黒い獣。その背中には大きな翼。翼狼と呼ばれる種族だ。右の翼に大きな傷があるので、依頼された個体で間違いないだろう。


「間違いありません、村を荒らしていたものと特徴が一致しています」


 右腕のルークが下した見解も同じのようだ。ルークは僕の私兵たちに指示を出して、獣の死体を運ばせる。後のことは任せて良さそうだ。


「アイデルト様、どちらに?」

「散歩だ」

「……あまり遠くに行くと危険ですからね」


 と言っても、貴方の実力なら心配もいりませんね。眼鏡を押し上げながらルークが呟く。その通り、獣如きに遅れを取りはしない。

 辺りの兵士たちに労いの言葉を掛けつつ、僕は当てもなく森の奥へ歩き出した。



 ***



 王位継承権第二位、正妃が産んだ二人目の王子、アイデルト。

 弱冠十六歳で既に洗練された私兵を連れ回し、日々首都を脅かす獣を討伐し続ける荒い気性。時には国境付近の村にまで遠征し、徹底的に獣を狩る。その行動は農民や市民からは支持されているが、貴族からはあまり理解されていない。

 誰かが言った。仮にあの王子が王位に就いたら、こう称されるだろう――殺生王、と。


 これらは全て、僕自身のことだ。


 周囲からは色々ととやかく言われているが、今のあり方を変えるつもりはさらさらない。実際、僕のやっていることは必要な行為だ。

 近頃、人里や下手をすれば人の多い都市にまで、殺気立った獣が現れる。被害も少ないくない。

 人々は囁く。きっと十年前に王族が聖獣を殺したから、災いが起きているのだと。


 まあ全部、僕にとってはどうでもいいことだ。僕は獣を殺せるならば、動機なんてどうでもいい。理由は忘れたが、昔からとにかく殺さなければならないとばかり考えていた。



 ――その時、背後で草が揺れる音を耳が拾った。


「誰だ」


 素早く振り返り腰の剣を引き抜く。そう問うてみたものの、恐らく相手は獣。言葉を掛けたところで伝わらないだろう。

 そう踏んでいたのだが、意外にも返事があった。


「物騒だなぁ、何もしないよ」


 両手をひらひらさせながら出てきたのは、人間だった。

 銀髪の男は、異国の衣装だろうか。肩を露出させた不思議な出で立ちをしていた。敵意はないらしく、にっこりと友好的に笑っている。


「お前は隣国の者か?」

「いいや、この国の民さ。と言っても、辺境のこの森でずっと暮らしてる森の民だけれどね」


 なるほど。それならば見慣れないその装束も頷ける。

 胡散臭さは拭えないが、すぐに襲いかかってくる気配はないので、一先ず剣を収めた。妙な動きをされても、この距離なら対応は間に合う。

 しかし、友好的な雰囲気は一変して、突然その男は声を低くした。


「それにしても、困るね」


 青い双眸が暗く、鋭くこちらを射抜く。


「君は今、翼狼を殺したね。困るなぁ、そんな好き勝手されちゃ」

「何だと?」


 僕も目を逸らさず睨み返す。文句をつけられる謂れはない。あの翼狼は、間違いなく害獣の個体だった。


「あの翼狼は近隣の田畑を荒らした。駆除して当然だろう」

「それはあの子の子供を村人が撃ち殺したからだよ。あの子は母親だったんだ」


 可哀想に。子供を奪われてあの子は毎晩悲しみに暮れていたよ。

 やがて目を伏せた男は、静かに語る。いかにあの翼狼が哀れであったか。

 しかし、何故この男はそんな事実を知り得るのか?


「お前は獣の意志を理解できると言うのか」


 そんな馬鹿なことがあるはずがない。獣に理性があるとも思えない。そのはずだったのだが、妙に納得する自分もいた。

 銀の男は青い目を細め、にやりと笑った。薄い唇の下に覗いた犬歯が光る。


「俺の名はスヴァローネ、獣の代弁者さ。君の殺戮に物申しに来たよ」



 僕に立ちはだかると宣言する割に、その声音は安らかに凪いでいた。

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