プロローグ4
晩餐会が終わって数日後。
ミルディンの暮らすアルヴァニス家に手紙が届いた。
差出人は『アストリッド・クラフト』と書かれていた。
前置きも短く、お元気ですか、ぐらいの挨拶もそこそこに手紙の内容はすぐさま魔術理論や魔術刻印の話に入った。どうにかしてバルサモック魔術刻印の刻み方を知りたいのだがわからない、という内容だった。
流石に工業系魔術の名家でもわからない事があるんだな、と思いながらミルディンは思ったがミルディンも分からない事だった。それこそバルサモック派の魔術師にでもならない限り教えてもらえないだろう。
午前中に手紙の返信を書いた後、
「なんだ、ミル。良い事でもあったのか?」
「なーんも! 行ってきます!」
父親への挨拶もそこそこにミルディンは日課を行う為に屋敷の外へ飛び出した。
そんな息子の背中を見送ってから、リチャードは自分宛ての手紙を使用人から受け取ると執務室へ入った。
その手紙は王都の学院においてリチャードが師と仰ぐ人物からの手紙だった。先日お会いしたご子息に関してのレポートが同封されている。血液や髪の毛から得た情報を元にミルディンの体質について調べた事がわかった。
曰く『半分人間で半分精霊である』とのこと。
リチャードの友アーウィン・リルバーンは『精霊と人体の違いについて』などの精霊と人間の体構造の違いについての論文を発表した人物として有名である。そして、彼が長年研究していた物は国家から依頼された『精霊魔法を人間が使えるようになるにはどうしたらいいか?』という物だという事をリチャードは知り得る立場にあった。
「ミルディンは純粋な人間ではない、か」
眉間に寄った皺を揉んだリチャードだったが、この事を本人や妻に話すべきか悩んだ。
手紙の最後には『国家として過去戦争において行われた精霊合成実験の被験者となった者を保護する組織が存在しており、そこに預けてはどうか?』と書かれていた。その人物について聞き覚えがあった。
「たしか、サイラス大佐だったか」
軍将校であるサイラスは貴族である。
貴族ではあるが、平民から出世した人物で人当たりも良い好青年である。
実際、先日の晩餐会で会って話をしている。その時、
「ご子息は変わりないですか?」
「元気過ぎて困っていますよ」
という会話を交わしたのをリチャードは覚えていた。
――――たしか、そう、サイラスはリルバーン家が取り潰された後にその領地を治めたのだったか。鉱山で有名な鉱山都市『アイアンブレス』。
「――――偶然か?」
リルバーン家が精霊と人体の研究を行っており、その息子であるミルディンが半精霊とも言える存在であり、リルバーン家が取り潰された後にサイラスという男がその土地を治める事になった。
ふむ、とリチャードは息を洩らして執務室の椅子に腰かけるとその手紙をテーブルの引き出しにしまい、鍵を閉める。
「偶然にしろ故意にしろ証拠が無ければ、な。元々そういった半精霊の保護の仕事をしていたから興味があった、と言われればそれまでだしな」
貴族社会において権謀術中は珍しくない。
サイラスは果たして味方か敵か。
まだそれを判断する時期ではない。
「ま、ミルディンに害意が無いならそれでいい」
親友の息子である。
確かに今回の手紙で『半精霊』という存在である事に驚きはしたがそれがどうしたと言うのだ。親友の息子である事は変わりないし、あの親友が意味も無く自分の息子を実験に使うような奴ではない。
まだミルディンの中では実父に対する感情が凝り固まってしまい、嫌悪感を持ってるようだが時が経って落ち着いたらどういう男だったか話してやるほうが良いだろう。
「――――それに」
リチャードは窓の外を見る。
すでにミルディンの姿は見えないが、彼が何をするために屋敷の外に出たのかをリチャードは知っている。
「ノブレス・オブリージュを全うしようとしているのだ。悪い子では無いさ」
そういって笑ったリチャードの笑みは、自分の息子を自慢する父親の顔そのものだった。