プロローグ2
僕が覚えている父の姿は研究に没頭する父の姿だ
何物を顧みず、魔術の深淵に至ろうとするかのような姿。
そして、それは貴族としてあるまじき姿だった。
貴族は領民の為にある。
国民の為にある。
決して貴族の為にあるわけでは無い。
だから、父は処刑されたのだ。
領民に使うべき資金を自分の魔術研究の為に使ったのだから。
ミルディンは実父の事が嫌いだ。
だからそうならないのだと幼い心に誓った。
ノブレス・オブリージュ。
貴族が全うすべき義務。
高貴なる存在だからこそ、守らなければならない義務がある。
そういう人間になろう、とミルディンは父の処刑を大々的に報じる新聞を見て心に誓ったのだった。
「いやぁ、流石は魔術貴族として名高いアルヴァニス様!」
「まあ、あれぐらい冒険者でもできるさ」
「――――あの水の量は流石に真似できないかと」
「はははははは」
まさか自分で出した火のせいで森に火を点けてしまったので消す為に辺り一面を水浸しにしました、とは口が裂けても言えなかった。
「あ、えと、そのミルディン――――君?」
王都の帰り道で出会った平民の家族の内一番末っ子の女の子がおずおずといった様子でミルディンに声を掛けた。君呼ばわりしたことに両親の顔色がさっと青くなったが、そのぐらいの事を気にするミルディンでもリチャードでも無かった。
「ん?」
「えと、このお礼に――――」
「ありがとう」
此処で「当然の事だから」と言っては押し問答になることをミルディンは知っていたので素直に少女からお礼の品を受け取った。まあ、そのお礼の品もただのクッキーだったので固辞する必要も無い。その場でぽりぽりと食べ始めた。
「おいしい?」
「うん」
「それ、私が焼いたの」
「うそ! これ君が作ったの!?」
うん、とはにかむように笑った少女は青い瞳を嬉しそうに弓にした。
そんな姿を見たリチャードは満足げに「うんうん」と頷いていた。
「息子はほら、立場的にあれだろう? 同年代の友達が少ないんだ。良かったら友達になってくれるかい?」
「は?」
「よ、よろこんで!」
僕にだって友達ぐらいいるよ? という顔をしたミルディンだったがリチャードはそんなのお構いなしに少女にそう言った。
「わ、私リリエル」
「僕はミルディン。気軽にミルって呼んでね」
握手、となんだか照れくささを感じながらミルディンはリリエルと握手する。まあ、お互い年の頃は10にも満たない程度なので気恥ずかしさのほうが先立つのだが。その後にリリエルの兄2人とも握手したが、兄達は既に年の頃は10代半ばと後半と見えた。どうやらリリエルとはずいぶんと年の差があるようだった。10にも満たないミルディンからすれば『十分大人』の年齢であり、遠い存在のように感じた。
「それじゃ、何かあったら相談してくれたまえ。リチャード・アルヴァニスは領民の味方だよ!」
「――――選挙?」
首を傾げるミルディンと意気揚々と馬車に乗り込んだリチャードはリリエルの家族をアルヴァニス領地方都市ミニスへと送り届けた。
送り届けた、というよりリチャードの屋敷もミニスにあるので目的地が同じだったわけだが。
「――――随分遅くなったね」
「――――仕方ないさ。やましい事は1つも無い!」
「森を燃やしたこと以外はね」
「はうっ!」
苦し気に胸を抑える養父を横目にミルディンはミニスの街並みを馬車の中から眺めた。
石畳と煉瓦調の建造物が多い町。そのほとんどの建物は2階から3階建てである。
石畳の道路は馬車の数も多いが、最近復旧した自動車もちらほらと見ることもあった。
「自動車の数、増えたね」
「馬の世話の必要が無いからな。お金が結果的に掛からないのさ。ま、今では貴族や一部の大商会の「私は馬の世話にお金も掛けられますよ」という宣伝の為に使ってる節もあるが」
「――――そういうアルヴァニス家も馬車なんだけどね」
「そこはどうしたってな。領地内の移動なら車でいいんだが、どうしても貴族達の目がある場所では馬車でないとな」
そうしなければアルヴァニス家は財政が苦しいのでは? というあらぬ心配をされる。
アルヴァニス家は王都にほど近い場所に領地を持つ古い家である。
その影響力は王室にまで及ぶとされているが、本当のところはどうなのだろう。
まだ子供の自分が知るには早すぎる事かもしれない。
屋敷に着くと玄関の前でメイド達とリチャードの妻ケイリーン・アルヴァニスが待っていた。
「お帰りなさい、リチャード。ミルディン」
「ただいま」
「ただいま義母さん」
馬車から2人が降りるとメイド達が一礼する。
「随分遅かったですね?」
「奥様、実は――――」
と、御者の男が道中合ったことを説明するとケイリーンは「あらまあ」と頬に手をやった。
「貴方、あまり危ない事をしないでください。ミルディンに何かあったらサキに申し訳が立ちません」
「そりゃ――――まあ、私としてもアーウィンに対して顔向けできないが」
気まずそうに頬を掻くリチャード。
このリチャードとケイリーンの2人はミルディンの両親であるアーウィン・リルバーンとサキ・リルバーンの友人なのだ。
サキが出産する際、自分の命の危険があるかもしれない、と医師に告げられた時にサキは2人に夫にもしもの事があったら子供を頼みたいと言い残したそうだった。
それと同じ話をリチャードはアーウィンからも頼まれており、アルヴァニス夫妻は子供ができなかった事もあり快諾したのだった。
だが、ミルがこの家に引き取られて3年。
ついにケイリーンのお腹に新しい命が宿った。
ミルは純粋に2人の間に子供ができた事を喜んだ。
同時に心の中では自分は邪魔なんだろうな、という思いもあったが表に出すことは無かった。
成人したらこの家を出て冒険者にでもなろう、とも考えていた。
「明後日には晩餐会がありますよ」
「そうだったな。まあ、2日もあれば十分休めるさ」
「義父さん、明日また稽古をつけてもらってもいい?」
「ああ。ミルの魔術は構成が甘いからなー。ここは1つ父親の威厳という物を見せてやらんとな!」
腕まくりしてにかりと白い歯を剥き出しにして笑ったリチャードだったが、同時に腹が「ぐぅ」と鳴ったことで威厳もへったくれも無くなった。
「――――その前に食事だな」
「ええ、直ぐに準備させましょう」
笑ったケイリーンは「ミル、手を洗って来なさい」とミルの背中を押したのだった。
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