竣&美華 デート7
街へ出ると、色んな人との出逢いがありますね。
『もう絵を見る気力を完全に失ったから早めに切り上げて、この個展会場から離れよう』と僕は考えながら荒木涼介の絵を早足で駆け抜けるように眺めていた。
最初に、いっちゃもんを吹っ掛けてきたのは向こうの方だ。愛想よくヘラヘラ笑ってその場をやり過ごす真似は出来なかった。自分の信念に反する。先入観だけで勝手な意見を云われる筋合いはないのだから。
荒木涼介の絵は全体的に見るべきものがない貧弱な絵だった。僕の好みの絵ではなかった。
美華ちゃんは気まずそうにしていた。僕は気にすることなく美華ちゃんに笑いかけた。美絵ちゃんも少し顔が強張ったけれども笑顔を見せてくれた。
「美華ちゃんは何も悪くないんだよ。大丈夫だからね」
「う、うん」
「行こうか」と僕は美華ちゃんを促した。
「うん。行こう」と美華ちゃんは言って照れながら僕の腕を強く組んできた。
エレベーターは、まだ動いてはいなかった。僕と美華ちゃんは無言で階段を降りていった。
外に出ると、僕は踵を上げて大きく体を伸ばし深いため息を1つ吐き出した。
「あいつ、なんだよ! いきなり! 今回の件は、あいつが歳上だからって、こっちが遠慮していたらダメだったね」と僕は自分より7歳も歳上の荒木を思い浮かべて言った。
「竣くん、一歩も引かなかったね。大人と言い渡り合えるなんて中々出来る事じゃないけど、竣くんは何でも色々と考えているんだねぇ」と美華ちゃんは僕と荒木涼介の言い合いを思い出しながら言った。
「あいつは人を貶すタイプだよ。あいつの言いたい事は分かったが、実力が伴っていないくせに、偉そうに講釈を垂れるなら、こっちだって言ってやるさ」と僕は衛藤ビルの3階の窓を見上げて言った。
「竣くん、私はアイツよりも、竣くんの絵の方が好きだし、才能だってあると思っているよ。彼の意見を変に抱えたり、落ち込んだりしないでよねぇ」美華ちゃんは僕の背中を擦りながら慰めてくれた。
「気にしちゃいないよ。ぶつかり合えて面白かったから。さて、行こうか」僕は美華ちゃんの手を優しく握って『ルーシー』まで、のんびりと歩いていった。
僕は、一瞬、遠目に見えているピンクの建物『夢見心地』に目を向けた。
『あの着物のおじさんの名前、聞きそびれたなぁ』とぼんやりと考えていた。
衛藤ビルから『ルーシー』まで、およそ8分くらいは歩いていく。
カフェ『ルーシー』の名前の由来は、見ての通り、ザ・ビートルズの『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ』から取っていた。
名前の由来について詳しくは店長の小野洋司さんが説明してくれるだろう。
オノ・ヨージ。ねっ! 笑えるほど名前がカスっているでしょう? 僕の周りはビートルズ・ファンだらけなんだよね。
僕も和雄爺ちゃんに負けないほどにビートルズの重症的なファンでね、すでに頭がやられているかもしれない仲間の一味なのさ。
「うん?」僕は立ち止まって後ろを振り返った。
「どうしたの?」と美華ちゃんも釣られて振り向いた。
「いや、今さ、青いシャツを着た誰かに着けられていたような気がしてさ…」と僕は後方10メートル先にある電柱の隙間をしばらく身動きしないで見つめていた。見間違いかな。
「気のせいでしょう」と美華ちゃんは言って、前を向くと急に驚いた顔をした。
「あれ!? 竣くん、あれってさ、あれじゃない?」
「えっ!? どうしたの?」と僕は前を向くと、雑貨屋さんの入り口の台に置いてある原産地の分からない木彫りの土産やアクセサリーなどを手にして楽しそうに笑っている、ある人物の姿に気付いた。
「あれって瀬都子じゃないの?」と僕は佐登瀬都子が木彫りの仮面を自分の顔に被せて踊っている姿を見つけた。
「瀬都子、何をしているのかしら?」と美華ちゃんは笑いながら少し遠目だが瀬都子の姿をスマホで写真を撮っていた。
「以前から、何でも1人で楽しそうに出来るタイプの娘ではあった」と僕はスマホで瀬都子にラインを送ってみた。
『瀬都子、久しぶり! 元気かい? 今、何しているのかなぁー? と思ってラインを送ってみましたよ』
『竣くん、久方ぶり! 元気でしたでしょうか? わたくしは、只今、街に出ておりまして、最近、馬に乗った謎の人物の目撃情報を聞きましたので、この近辺、付近でよく見ると聞き、探しにやって来た訳なんですよ。その前に気になる物を見付けましたので、楽しんでいる所なんです』
『木彫りの仮面?』
『そうです、そうです。木彫りの仮面なんです。何で知っているんですか?』
『瀬都子の、横、6メートル弱に、我あり』
『了解しました!』
瀬都子は顔を上げて左右を見回したあとに僕たちを見つけて手を大きく振るとまた木彫りの仮面を被って奇妙なダンスを踊った。
瀬都子は木彫りの仮面を取って台の上に戻すと、笑いながら僕たちに近付こうとした。
瀬都子は急に立ち止まり左側の商店街のアーケードに目をやると、一目散に全力で走っていった。
「なんだ? 瀬都子、どうしたんだろう?」と僕たちもアーケードまで走っていった。
商店街の先の横断歩道の所に、信号待ちをしている馬に乗ったカウボーイの後ろ姿が見えた。
瀬都子はカウボーイに向かって途切れ途切れながらダッシュをして走っていた。
「信号待ちをする馬に乗ったカウボーイなんて初めて見たわ」と美華ちゃんは目を丸くして驚いていた。
「あれは、ディーン・マックィーンだよ」と僕は以前の騒ぎについて何も知らない美華ちゃんに教えた。
信号が青に変わるとディーン・マックィーンは電光石火の如く走り去っていった。瀬都子は手を振りながら何かをディーン・マックィーンに叫んでいたが、とてもじゃないけど瀬都子の脚力、人間の脚力では追い付くことは不可能だった。
瀬都子は悔しそうに地面を蹴ると、僕たちの元へと再びダッシュを途切れ途切れにしながら戻ってきた。
瀬都子の走りは、ゼンマイ仕掛けのロボットのような固くぎこちない走りだった。
僕は瀬都子がこちらに向かってくる間、強い視線を感じたので素早く後ろを振り向いた。
電柱の幅に合わせて体を横にして隠れている人影が動いているのが見えていた。
つづく
ありがとうございます♪




