竣&美華 デート6
今回は激しい議論の応酬です。知性のぶつかり合い、信念の対話です。
荒木涼介は黒いTシャツとブルージーンズというラフな姿で会場に来ているお客さんと談笑していた。
客は僕たちを含めて12人程いた。僕たちは入り口の側にある記帳に名前と住所を書いてから記帳台に置いてあるプロフィールとポストカードを手に取った。
ポストカードは美絵ちゃんが僕に見せてくれたのと同じだった。
プロフィールを読むと、荒木涼介は現在28歳で、絵を描き始めてから15年目になるそうだ。絵は、ほぼ独学だが、大学の4年間、美術を専攻していたようだ。
荒木涼介は僕たちに気付くとこちらに来た。
「やあ、どうも。ようこそいらっしゃいました。誰かの紹介か何かですか?」と荒木涼介は丁寧に頭を下げると満面の笑みを僕らに浮かべた。
「たまたま彼女がポストカードを頂いたので、それで来てみました」と僕は言うと、美華ちゃんを一瞥してから荒木涼介を見た。
「それは、それは、どうもありがとうございます。綺麗な彼女ですね。それに君も美男子です」と荒木は言って僕の顔をまじまじと見つめていた。
「彼女さんはモデルさんか何かですか?」と荒木は言ってから美華ちゃんを真っ直ぐ無表情な顔で見つめていた。
最初は画家、いや、イラストレーターとしての眼差しだったのだが、次第に美華ちゃんに対して、好奇心と興味が沸いたような目をして見ていた。
「高校生です」と美華ちゃんはハニかみながら言った。
「荒木さん、申し遅れました。僕は、瀬川竣と言います。同じく高校生です。僕も絵を描いています」と僕は握手を求めた。荒木は僕と握手をすると「ほう。どんな絵を描かれているんですか?」と荒木は握手した手を離さず頷きながら言った。
「肖像画、人物画、裸婦画を描いています」と僕は言うと、スマホを取り出して荒木にデッサン画と油絵を見せた。
荒木涼介は真剣に僕の絵を見ていたが、顔色1つ変えずに無表情で見ていた。
時折、目を細めたり、スマホを遠ざけて絵の全体をイメージしてみたりを繰り返していた。医者が問診を終えた患者を詳しく調べたりする時のような厳かな雰囲気が漂っていた。
「これはかなり上手いですね」と荒木涼介は穏やかな声で言った。
「でも…、上手すぎるというのは説明的すぎるとも言える」と荒木涼介は絵を分析をしながら言った。
「古典の技法やルールばかりにゴマをすったり、権威におべっかを使ったような絵は所詮、軟弱ですよ。瀬川さんの、この絵は教科書通りのつまらない絵だと云われかねませんね」荒木涼介は一つ一つの言葉を慎重に置きにいくように言った。
「僕はまだ過去の教えをしつこいくらいに勉強しなければならない立場なんです。深い学びの只中にいます。何者でもない段階は苛立ちを募らせやすい。表面をなぞるような誤魔化した絵ほど偽善的な物はないです。僕の絵の本質を理解していないということは荒木さんは絵の基本を全く理解していないという事と一緒です。貴方のチープな絵はまさにそれだ。何1つ表現されていない。足りない」と僕は言い返した。
周りにいた客が一斉に僕らを見ていた。
「確かにそうかもしれないが、僕は早くに気付いたんです。古典は時間の浪費だとね。古典を学びすぎて自分で創造しなければならないはずの芸術に、いつまで経っても辿り着けないとね。古典にすがってばかりいては、みっともないとも云えるはずですよ」と荒木は僕の前に立ちはだかって言った。
「荒木さんの絵は奇抜です。奇抜がオリジナルというのは嘘です。偽善です。一種の堕落と怠慢ですね。学ぶことから逃げているのだから。楽して結果を求めた先には苦悩が待っているはずです。学ぶ努力をしないというのは自分と向き合うことから逃げているとも言える。基礎があってこそ、自分の創造に辿り着く事が出来るんです。その場しのぎで描く絵は偽善で好かんですね」と僕も荒木さんに対峙しながら言った。
周りは張り詰めた空気に満ちていた。美華ちゃんは一歩後ろに下がって腕を組ながら僕と荒木さんの討論に耳を傾けていた。
「私は視覚的なイメージを優先した絵を描いているんだよ。モネのようにね。論理的思考の絵は理屈っぽくて説明書がそのままキャンバスに張り付けた感じの絵に見えてくる。『俺の絵はどうだ? 上手いだろう! 凄いだろう!』という自己満足の絵なんか記憶に残りずらい。自分の絵ではなくて、技術や技法をただ伝達するだけの安心しきった絵みたいだからね。アカデミックな絵は呪縛に近い」と荒木さんは身ぶりを大きくして話していた。
「アカデミックを呪縛として捉えるのはコンプレックスを持つ連中の言い分ですよ。ある意味、僻みに聞こえる。モネは決して視覚的な感覚的な画家ではないんですよ。論理的な思考を考え積めていった果てに、視覚的な感覚をイマジネーションさせる高度なセンスを使った画家なんです。
簡単で簡潔に描いたように見えるモネの絵は単純に視覚ばかりに頼った絵描きではないんですよ。そんな生易しいものなんかじゃない。モネの初期の絵を見れば分かる。
モネが『印象・日の出』に辿り着くまでには、気が遠くなるほど深い部分まで古典の歴史を学び、膨大な時間と経験で獲得した古典の知識や技術の結晶が昇華して、ようやく自分の画風を会得し、やっとのことで『印象・日の出』となって表れたんです」
僕らは激しくにらみ合って、お互いの口元に刺々しい笑みが零れていた。
「瀬川さん、折角ですから僕の作品をご覧なってください」と荒木は僕に一礼をすると「トイレに行く」と行って個展会場から出ていった。
僕は美華ちゃんの手を握り締めながら会場に展示している30枚程の絵を眺めた。
つづく
ありがとうございました♪




