カツヨーゼッデン
家族との関わりは大切に大事にしようね。何処の家族も、世界でたった1つしかない家族です。
僕は買い物を終えて荷物を玄関に置くと夏奈子と鉢合わせをした。
「ちょっと、ちょっと、お兄ちゃん。お母さんの調子が悪そうだわ。どうしたらいいの?」と夏奈子は冷たい水が入った白い桶を持ったまま茶の間に来て僕に言った。
白い桶の底には【カツヨーゼッデン】と企業名が青い文字で書いてあった。
【カツヨーゼッデン】は老舗の健康食品を扱う会社で、和雄爺ちゃんが若い頃に作った会社の1つだ。
和雄爺ちゃんは理事長で会長。(和雄爺ちゃんは健康食品会社とは別に他にもう1つ会社を営んでいる) 現在は和雄爺ちゃんの弟が社長の座にいる。
そんな和雄爺ちゃんは6人兄弟の次男。
昔の方は兄弟が多くて楽しそうだよね。
和雄爺ちゃんによると、『俺にとっちゃ健康食品会社は副業だ』という事で、肩の力が入っていなくて、リラックスした感じで仕事に取り組んできた割には、評判が上々で人気があり、テレビのローカル番組にも度々紹介されていた。
そんな時は決まって、和雄爺ちゃんに頼まれたスズ婆ちゃんが、嫌々、会社を案内していた。
和雄爺ちゃんが自分の全ての力を注ぐ本来の会社の方は、健康食品会社と比べると、あまり世間には知れ渡っていない会社だった。
『10代から50代までの客層が多くを占めているのはありがたいが、もっと年輩の方々を取り込んでいき、喜んで貰えるような事業展開をしたい』とよく言っていた。
どんな会社なのか? 機会があれば話すよ。ロックテイストな自由な会社と言うことで、今回はこの辺で。
家の中には【カツヨーゼッデン】の健康食品がたくさん置いてあった。子供の頃はおやつとして頻繁に夏奈子と一緒によく食べていた。
ちなみに『1に健康、2に健康、3、4が「いらっしゃいましえ〜い」で5に健康』が【カツヨーゼッデン】のスローガンらしい。
僕は夏奈子が持つ白い桶の中の水が横に揺れるのを黙って見ていた。
今にも青い文字が飛び出そうとするかのように動き回って見えてきた。
段々、元気一杯の文字にも見えてくる。
「お兄ちゃん、どうする? 病院に連れていった方が良いよね?」
「そうだね。今から急いで連れていこう!」と僕は言った。
僕は救急車を呼ぶ電話をする前に、母、幸子の様子を見に行った。
「お母さん、どんな案配だい? やっぱりまだお腹が痛いの?」と僕は言った。
母、幸子は「うん」と一言だけ言うと布団の中で苦しそうに寝返りをした。
「お母さん、今から救急車を呼ぶからね。わかったかい?」と僕は優しく言って聞かせた。
「乗りたくない!」と分からず屋の、母、幸子はここまできても駄々をこねていた。
「僕だって本来なら呼びたくないですよ。そんな事を言ってる場合じゃないですから呼びますよ」と僕は優しく諭した。
「では、よろしくです」と言った哀愁漂う母、幸子が愛しいね。
プルルルン
ガッチャッ!
「はい、救急です! どうされましたか?」と緊迫感ある声に僕はたじろぐ。初めて救急電話を掛けたので緊張する。
「こんにちわあ!!」と一先ず僕は言ってしまった。
「はい! こんにちは! イタズラならすぐ切るよ」と緊迫感のある返事がきた。
「いえ、救急車を1台お願いします」と僕は慌てて言った。
「どうされました?」と更に緊迫感のある声で返事がした。
「お母さんが腹痛を起こしていまして、動けない状態なんです」
「今はどんな様子か教えてください」と緊迫感を持続させながら返事がきた。
「脂汗、冷や汗、お腹を押さえたまま布団の中で苦しんでいます」と状態を説明した。
「分かりました! 今から救急車を向かわせます。支度をして、しばらくお待ちください。住所は何処ですか? 3分後には着きます」とここで電話口の方は冷静な声に変わった。
「分かりました! 住所は○○○○○です。では宜しくお願い致します」と僕は言って電話を切った。
「なんだって?」と夏奈子は心配そうに聞いた。
「3分後に救急車が来るってさ。道路の混み具合が心配だけども、大丈夫。すぐに来てくれるよ」と僕は夏奈子に優しく言った。
「ただいむあ〜っ♪」と玄関から和雄爺ちゃんの声がした。夏奈子は走って玄関に向かい和雄爺ちゃんに事情を話した。
「あんだって!! あんだってよ!! おい大丈夫かよ!!」と和雄爺ちゃんは土足で、母、幸子の傍に来た。
「今から救急車が来てくれるよ」と僕は和雄爺ちゃんに言った。
「救急車が来るのかい!? 幸子よー! 家の家系では初の乗車だな! 第1号だわ」と和雄爺ちゃんは調子外れな事を言った。
「まったく! 何をバカな事を言っているんだい!」とスズ婆ちゃんが後から来て和雄爺ちゃんの頭を強めに叩いた。
「痛あー!」と和雄爺ちゃんは頭を擦りながら部屋の中を歩き回った。
「どうしたのよ、幸子、大丈夫なのかい? どんな感じなのよ」とスズ婆ちゃんは言い、お母さんのおでこに【カツヨーゼッデン】の桶から白い【カツヨーゼッデンタオル】を出して水を絞ってから、お母さんのおでこに乗せた。
お母さんはスズ婆ちゃんが傍にいて安堵したのか、気持ちよさそうな顔を浮かべた。
ピンパーン
「救急車だ! 来たぞ!!」と和雄爺ちゃんは玄関に土足で飛んでいった。
「すみませぇーん! あなたは蟹を信じますか? 蟹味噌が……」と怪しげで、変なおばはんの勧誘の声が聞こえてきた。
「おばはん! あなたは蟹味噌の生まれ変わりです!! おめでとうございます! 合格です! 実におめでたい!! あと4ヶ月でクリスマスです! では良いお年を♪」と和雄爺ちゃんは怪しいおばはんに、怒鳴り声を使って軽くあしらい、大きな音を立ててドアを閉めた。
「誰だったの?」と僕は聞いた。
「打ち上げられた蟹」と和雄爺ちゃんは皮肉に言った。
ピンパーン
ピンパーン
「チッ!! また蟹かよ!!」と和雄爺ちゃんは土足で玄関に飛んでいった。
「患者はどちらにいますか?」と救急隊員が3人担架を持って玄関の前にいた。
「ああ、これは忝ない。どうぞ、どうぞこちらです」と和雄爺ちゃんは土足で玄関から母、幸子の元に走った。
救急隊員は和雄爺ちゃんの土足姿を見て戸惑い、靴を脱ぐかどうか迷っていた。
「遠慮なさらずに、靴のままでどうぞ」と和雄爺ちゃんは救急隊員に手招きをしながら言った。
「分かりました。このままで失礼します」と救急隊員は言って小走りに駆け寄ってきた。
救急隊員は手際よい作業をして、お母さんを無事に救急車に乗せた。
スズ婆ちゃんと僕が付き添いで一緒に救急車に乗り込んだ。
和雄爺ちゃんと夏奈子とジョンとミッシェルはお留守番だ。
「このタオルは【カツヨーゼッデン】のタオルですよね。吸収力があって使い心地が良いタオルなので病院でも使用しています」と若い救急隊員は、お母さんのおでこに乗せたタオルを見て言った。
「ありがとうございます」とスズ婆ちゃんが答えた。
「う〜ん…このスピーディーな揺れはマズイわね。吐くかもしれない。今、吐くかもしれないわね」とお母さんは冷や汗を流しながら小さく言った。
「気分は大丈夫ですか? あと少しだけ我慢をしてくださいね。あと2分で病院に着きますからね」と救急隊員は優しく言った。
「う〜ん、実にお恥ずかしいかぎりです」とお母さんは唸りながら言った。
「大丈夫ですよ」と救急隊員は優しく笑って言った。
つづく
ありがとうございました♪




