再会
「おはようございま~す!」と言って僕は教室に入った。開け放たれた教室の窓から夏の匂いとセミの鳴き声が溢れていた。
「あっ、竣、おはよ〜!」とクラスメートの皆も答えてくれた。
「竣、おいっス」と眠そうな声を出しながら憲二が近づいてきた。憲二の目の下には立派なクマが出来ている。
「憲二、グットモーニング。はい、これ。モネの画集どうもありがとうございましたです。うん? どうした?」と僕は言った。
「デッサンしていて徹夜だよ。深夜の2時くらいに止めようと思ったけどさ。そのまま描き続けたんだ。すげぇー眠いわ」と憲二は大きなアクビをした。
「どんな感じの絵なの?」と僕は言った。
「これ」と憲二はジーンズのポケットからスマホを取り出して見せた。(うちの学校は私服で通う。一応、進学校気高校だ。僕らは絵に夢中で成績が着陸態勢の急降下中。まぁ、辛くなるほど落ち込んだりする必要は全然ない。僕はなんとかテストの点数は平均点以上を確保しているからね。朗らかにいけば人生はなんとかなる)
憲二が見せた絵はきめ細かく対象に深く迫る細密デッサン画だった。女性の裸婦像で、瑞々しいくもあるが、ノーブルな印象を受ける絵だった。
「凄い描き込みだな。いつから描いていたの?」と僕は目を細めて対象を見つめながら言った。
「5日前かな? まだ頬の感じが硬くてね。悩み中」と憲二は苦笑いをしながら言った。
「そうかな? 結構、良い感じになっているよ。あまり余計にいじらない方が良いかもしれない」と僕は素直に言った。
「サンキュー。もう少しだけ絵に執着してみるよ」と憲二は僕の肩を軽く叩いて言った。
「憲二、僕も昨日の夜に絵を描いたんだよ。見てくれるかい?」と僕は言ってスマホをポケットから取り出した。
「ああ、良いよ。デッサンなのかい?」と憲二は僕のスマホを覗き込みながら言った。
「2枚あるんだけどね、1枚は鉛筆デッサンで、もう1枚はクロッキーなんだよ。こんな感じさ」と僕は言ってスマホを見せた。
昨日の夜に描いた絵。海で出逢った美しい女の子。美しい綺麗な顔立ちと純粋な瞳を宿し、素敵な残り香をその場に残して僕の前から笑顔のままで優雅な身のこなしで去っていた女の子の面影。
憧れを抱かせた女の子。ときめきをくれた女の子。君は今頃、どこにいて何をしているのだろう? 会いたい気持ちが膨らんでいく。
スマホのデッサン画の彼女を見ているだけでも僕は胸が痛くなっていた。彼女の心の中をイメージして描いたデッサン画だ。彼女への想いが募るばかりだ。
憲二は焦っていた。息を飲み込んで僕の絵を慎重に見つめていた。
憲二は一言も言葉を発することなく黙っていた。憲二は先ほどの笑顔から一転していた。顔が強ばり緊張しているように見える。
憲二は下唇を噛み締めていて、比較的、深刻な面持ちと神妙さが、ない交ぜになったような情けない表情を浮かべていた。
「これは…、すごい! とても良い絵だと思う。モデルは誰なんだ?」と憲二は急き立てるように聞いた。
僕は親友といえども、迷いはあったが、彼女についてはあまり何も教えたくなかった。
「いるようでいないような感じなのかもしれない。『こんな女の子が見たい! いて欲しい!』と思えば頭に浮かぶ夢の女かな?」と僕は、はぐらかしながら答えた。
「この子は良い女の子だよ」と憲二は照れて頭を掻きながら言った。憲二は真っ直ぐな瞳で僕の顔を見つめた後にこう言った。
「竣、この絵、俺にくれないか?」と言った。
「いやぁ、まだデッサンの段階だし、完成が先の話になるだろうし。まだ全体をイメージしていないからね。ゴメンよ」と僕は焦りつつも、やんわりと断りの意思を出した。
「そうか…。わかった。竣、本当に良い絵だよ。ぜひ油絵でも見たい絵だね」と憲二は言って、いつものように屈託のない優しい笑顔に戻った。
僕は心の中で『憲二、実はさ、昨日の夜、海で出逢った女の子のが、この絵のモデルなんだよ』と本心を言わなかった事について、憲二に何ひとつ本当の事を言わなかったことが、親友に対して犯した微かな裏切り、小さな嘘をついてしまったという罪悪感に苛まれた。自ら自分の心を傷つけるような後悔、後味の悪さがだけが胸に残っていた。
「やった! セーフ! 間に合ったぁ〜! おはよ〜ぉ!」と亜美と梨香が肩を組ながら満面の笑顔で教室に入ってきた。
3人のクラスメートの女の子たちがクスクス笑いながら「今日も素敵な朝だねぇー! 皆、無事でなによりだぁ〜っ♪」と亜美と梨香のもとに集まってきた。
5人はキャッキャッと騒いで、はじゃぎながらノートでお互いを扇いだり、クルクルとスケート選手のごとく回転をして風を巻き起こすとスカートを翻した。
その様子を僕と憲二は眺めていた。
「朝から元気だね」と僕は言った。
「すごく元気だよねぇ」と憲二は言った。
「皆さ〜ん! 転校生は女の子という噂が流れているよ〜ぉ。仲良くね〜」と梨香が言った。男子全員が「うぉーう、やったぜぇ〜っ! ウ〜ッ!」と雄叫びを挙げた。
「うるさぁーいっ!」とクラス1のガリ勉で委員長の佐登瀬都子が怒鳴った。
まだ男子たちが騒いでいると佐登瀬登子は更に机を一撃叩くと席を立ちあがり「静かにしてっ!」と怒鳴りをリピートした。
「委員長、良いじゃないですか!新しい仲間が増えてめでたいんですよっ!」と敬礼しながら憲二が言うと皆一斉にドッと笑った。
「憲二くん、朝から雄叫びは頭に響くよ!」と冷たい視線を浴びせながら佐登瀬都子は言った。
「佐登瀬都子。朝から冷たい視線は背筋が凍るし怖いよ。笑顔でいこうよ!」と僕は言った。
「えっ!? ふ…ふん!」と佐登瀬登子は悔しそうに顔を赤らめて席に座った。
「怒らないでね。皆、静かにさせるからさ」と僕は宥めるように佐登瀬都子に言った。
佐登瀬登子は頷いて教科書に再び目を落とした。
〈さとせとこ〉って本当に何回言っても聞いても暗号みたいな名前だなぁ、と僕は思った。
「席に着きなさーい!」と担任の佐藤先生は教室に入ってきて言った。
皆ワサワサしながら席に戻っていく。
「いやぁ〜、暑いねぇ。夏だねぇ。はい、皆さん、おはようさん!」と佐藤先生は言ってハンカチで顔を何度も拭いた。
「おはようございまーす」
「今日は皆に、新しいクラスメートを紹介します」と先生は言い扉に向かって咳払いをひとつすると
「はい! どうぞ。入っておいで」と大声で言った。 僕は急に思いっきりくしゃみが出てしまった。鼻がむず痒い。鞄からティッシュを取り出そうと頭を屈めた。教室の扉が開く音がした。クラス中がどよめき、ざわめいている。
僕はティッシュを見つけて屈んだままの姿勢で鼻をかんだ。
「おい、竣!」と憲二は言った。僕は憲二を見た。 憲二は転校生を見つめていた。
僕も前の方に視線を移してみた。 亜美が「わぁ、ヤバイ綺麗な人だぁ!」と言って手のひらを口に当てた。先生の机の横に立っていたのは、昨夜、海で出逢ったあの美しい女の子だった。
教室全体に良い香りが溢れている。僕は驚きのあまり激しく動揺して椅子から転げ落ちていた。
つづく
登場人物の紹介1
瀬川竣
高校2年生。16歳。美術部。絵が上手い。ボクシングをしていたので腕には自信あり。喧嘩が強いが余程な事がないと怒らない。凄くハンサムで美男子。モデルや俳優にならないかとスカウトをされた経験が何度もある。アーティストで情熱的な性格。
柏木美華
転校生。一際綺麗で美しい美少女。竣と運命的な出会いをする。控え目だが芯があって情熱的な性格。謎めいた所もある。
瀬川夏奈子
竣の妹。音楽の才能がずば抜けいる。明るくて、お転婆で兄思いな性格。感性、センスの良い女の子。
瀬川幸子
竣の母親。マイペース。 のんびりした性格。おおらかであまり細かい事には気づかないタイプ。ドンと構えていて気が強い性格は、スズ婆ちゃんゆずり。
川本和雄
竣の祖父。ロックン・ロールを愛していて、ビートルズを何よりも愛している。ファンキーな所もある。ビートルズ来日した武道館ライブを2回も見に行った。まだまだ知らない秘密がありそうだ。
川本スズ(かわもとすず)
竣の祖母。エネルギーがあり、やはり頼もしい。瀬川家のボス。あらゆる面でセンスがいい。何やら過去に凄い経験をしたとのことだ。スピリチュアルな感性も奏でている。
瀬川吉右衛門
竣と夏奈子の父親。海外、国内の出張が多い。不明だが一家の大黒柱。いずれ登場する。
高瀬憲二
竣の親友。好きな画家はピカソ。前衛アーティストが好き。
相沢亜美
竣の幼なじみ。お転婆で落ち着きがない。優しい性格。
井上梨香
亜美の親友。穏やかで暖かい性格。映画が大好きな女の子。
佐登瀬都子
エキセントリックな女の子で行動が読めない所があるが、優しい女の子。
西村ウメ(にしむらうめ)
スズの友達。
坂本トメ(さかもととめ)
スズの友達。
読んでくれて、ありがとう!次回も楽しみに待っていてね!暑いのでお体を大切にしてください。