Feeling
詩音を助けるために6人は南弐梦山にやって来た。夏の空は青かった。
木材で建てられた古めかしく、もの悲しい小さな無人の駅には、のら猫がトイレ付近の日陰の場所で丸くなっていた。
のら猫は、暑さのためか、駅に降り立った6人の事すら気にも止めていなかった。
尻尾がセンサーのように感知して、ゆっくりと左右に何度か小さく揺らしただけで目を開けることなく眠り続けていた。
駅は寂れていて人影はなかった。青いプラスチック製のベンチの殆んどは、背もたれが割れて欠けていた。
僕は壊れたベンチを眺めていると、昔、近所に住んでいた、気の触れた老婆の笑顔を思い出した。老婆の歯の殆んどは抜けていた。
地面には風で飛ばされたチラシが何枚も落ちていた。
茶色の小さな本棚にある古い漫画や雑誌は、無造作に押し込まれて詰まっていた。
壁には今から5年前に爆発的に大人気だったアイドルが、笑顔で飲酒運転撲滅を訴える色褪せたポスターが貼られていた。
アイドルの顔が日焼けで変色していて味気なく乾いていた。額には第3の目がイタズラ書きされていて、口元に大きな吹き出しが赤の油性ペンで丸く書かれ、「私は飲んで運転してまぁーす。それが原因で引退でぇーす!」と力強い文字で殴り書きされていた。
事実だった。実際に、このアイドルが消えたのは、飲酒運転による人身事故が原因だった。スクーターに乗った仕事帰りの女性をはね飛ばし、女性は首の骨折が原因で歩行が困難になってしまっていた。
僕は電車を降りて外に出てから、渇ききった夏の空気に喉の違和感を感じていた。
(何か飲みたい)と無性に強く思っていると、その気持ちを察したのか「暑いねぇ。とりあえず、何か飲もうよ。私、喉がカラカラだよ」と美華ちゃんは言ってくれて駅の外に設置されている自動販売機に行き、皆の分のグレープジュースを奢ってくれた。
よく冷やされていて、飲む前に頬に当てたり、首もとか肩に当てる者もいた。
真っ直ぐに降り注ぐ陽射しが痛い。まるで僕達が現れたのを拒絶しているかのように照りつけていた。
フランスのアルルで日本を幻視したゴッホは、ミストラルに苦しんだと聞く。
それに加えて強烈な夏の暑さにも、少なからず発狂の影響があったはずだと推測をされていた。夏は命の季節。危うさを伴う季節でもあるのだ。
僕は駅を出て立ち尽くすと、暑さはどこも同じだが、緑豊かな周りを見渡して違和感に気づいた。
地域に拠っては違う夏が存在していたのだ。空や空気や匂いや風が、まるで別世界の夏と思うほど違うのだ。あえて言うと、異質な時間が流れているように思えてならなかった。
紛れ込んできた胸のざわめきを早く消してしまいたい衝動があった。
僕らは、
よそ者、
拒否、
拒絶、
見知らぬ世界へようこそ。
普段、訪れることのない山の麓に目をやると、問題の、いわくありの厳しい姿をした南弐梦山が僕らを見下すように立ちはだかっていた。
確かに不気味な山だった。亜美は詩音から場所を聞いていたので、迷いなく歩を進めていく。
ガードレールの下を覗くために道を渡った。僕らは交わす言葉もなく亜美の後を黙って歩いていく。
それぞれの胸に去来する思いとは、一体なんだろう? 僕はそれについて色々と考えてみた。考え事の1つが頭に浮かんできた。
他人に嫌味や、とやかく蔑むような事を言われたり、理不尽な決断を迫ってきたり、問われたならば、『人の言うことは気にするな。やりたいこともやらずに死んでいく者が多いのだから。無責任に文句やご託を並べる連中を相手にする必要はないんだ』と言うことだと僕は悟った。
目的や目標があるなら信念を貫き通せ! 諦めずに自分を信じろ! という事を僕は考えながら、深い洞窟へ続く道を降っていった。
僕は突然、生きている実感が閃きのような素早さで胸に感動が広がっていった。我に返って眩しい青空を見上げていた。
『愛』という言葉が繰り返し、胸に、心に鳴り響いてくる。
愛の喜び、愛の輝き、愛の姿。生きるとは、愛を持って世界と分かち合うことだと分かった。
僕は人間は愛しか持っていないと気づいてしまった。誤解されても構わない。だって、これは僕が受けた慧眼や契機だから、しかたがないのさ。と僕は心の中で自分と対話を続けながら黙々と歩き続けていた。
つづく
ありがとうございました!会話らしい、会話がないというレアな回になりました。
絵画的に言うと、一番気に入った部分をメインに持ってくる事で構図が決まる、といった感じと、若干、コラージュ的な文章を含んでみました。
読んでくれてありがとうございました!




