君に続く扉
山には山の主がいて下界を見守っているとか、いないとか。
「電話が切れた」と亜美は呆然としながら言った。
「詩音は、何と言っていたの?」と僕は亜美にソファーに腰を下ろすように促した。
「2、3人の男か、何か得たいの知れない者に狙われているだとか言っていたような感じ。明かりだか、光だか、見えるから双眼鏡で、なんたらかんたら」と亜美はいてもたってもいられない状態になっていた。
「場所は南の島?」
「違うよ。電車で南へ40分ほど行った場所にある山があるでしょう? 南弐梦山っていう山だよ」と亜美はスマホで調べながら言った。
「ああ、あるね。あの山は危険だから地元の人でもなかなか行かないらしいよ」と僕は言って、腕を組みながら部屋を歩き回った。
「私も知ってるよ。南弐梦山の近くに森や湖があるじゃない? その森の辺りにね、緩やかな崖があってさ、崖を少し降りた場所に洞窟があったみたいなのよ。『生い茂った樹木に隠された場所に洞窟があったんだ』って詩音が言っていたよ」と亜美は不安が募り小声で力なく言った。
「もう一度、詩音に電話を掛けてごらんよ」と僕は少しばかり亜美に急かすように言った。
亜美は頷いて電話をかけてみたが「ダメだわ。繋がらなくなっている」と僕に心配そうに言った。
「南弐梦山は、なんとなく怖い雰囲気の山だよね。詩音の事だから大丈夫だと言いたい所だけども。う~ん。ちょっと心配だな」と僕は目を閉じて、考えをまとめながら話した。
「竣、どうしたらいいの? 遭難届けみたいなことをしたらいいのかな?」と亜美は残り半分の食べ掛けのチャーハンを見ながら言った。
「いや、入山の許可なく行った気がするから。詩音は1人で探険に行ったの?」
「いつもは年上の助手が1人いるみたいだけど、今回は参加していないみたい。詩音1人で行ったよ」
「今から、僕と亜美で南弐梦山に行こう」と僕は武者震いをしながら言った。
「私たち2人だけで大丈夫かな? 他に連れていく人がいた方がいいんじゃないの? 竣、チャーハン御馳走様でした。ありがとう。美味しかったよ」と亜美はチャーハンの残りを食べながら言った。
「うん、そうだね。仲間全員に呼び掛けよう!」僕はスマホで先ずはメールを一斉に送った。
『皆、今から南弐梦山に詩音を探しに行くんだけど、参加できる方は僕に連絡をください。詩音が困っているみたいなんだよ』
『行くぜ!』最初に憲二から返事が届いた。
『私の本領発揮ですね。行きます!』と瀬都子からも着た。
『竣くん、了解です。私も行くよ!』と美絵ちゃんからも着た。
『南弐梦山は、いつか倒してやろうと思っていたの。私も参加します!』と梨香も参加できるみたいだ。
『よし、すぐに僕の家に集合してください。今日も凄く暑いけど、なるべく軽装な服はやめてください。夏の時間だから午後8時くらいまでは明るい。詩音を速攻で救助する』と僕は続いてラインを送った。皆から了解のラインが届いた。
「亜美は大丈夫だよね?」
「もちろん、探しに行くよ」
「もう一度、詩音に電話を掛けてみようか?」と僕はチャーハンの皿を台所に持っていきながら言った。
「あっ、詩音? 竣、繋がった、繋がったわ。通話になっているわ」と亜美は慌てふためきながら言った。僕は亜美の側に駆け寄った。
「詩音、大丈夫なの?」
『シーッ!! 亜美! 声が大きいって!! もっと小さく喋れよ!! 亜美、今、追われていて岩の陰に隠れて身を潜めているんだ。奴等から30メートルくらいは離れているはずだ。途中で足を挫いたよ…。走りには自信があるけども、これじゃヤバイな』と詩音は切迫する状況の中で電話で話していた。
「奴等って、誰の事なのさ? 今から、皆で助けに行くからさ、身を隠せる場所で、少しの間、耐えれる?」と亜美はティッシュで顔の汗を拭きながら心配そうに言った。
『亜美! 声がデカイんだって!! 頼むから、小さく、小さく喋ってくれよ。たぶん、何とかなると思う。俺は洞窟の付近に、一旦、戻るからそこで待っているよ。洞窟の側にお尻みたいに2つに割れた岩があるんた。目印だから』と詩音は小声で言った。
「詩音、そこで待っててよ。がんばって! ねぇねぇ、詩音。奴等って何なの? 誰の事なのよ? ねぇ、誰なの? 不審者なの? ねぇ誰よ?」と亜美は大声を出し早口で捲し立てながら言った。
亜美は何度も顔や額の汗を拭いたが、汗は止まる事なく吹き出ていた。
『シーッ!! 亜美っ! 何度も言うけどもね、声がバカデカイって!! もう少し頼むから小さな声で話してよ。亜美、奴等はね…、実に奇妙な姿をしているよ。奴等と和解や理解は今の段階では無理だ。とにかく、一生に一度あるかないかの面白い話になってきているよ。亜美、奴等はね…、な…』とここで再び詩音の電話が切れてしまった。
亜美は、またスマホを掛けたが、この会話以降、連絡が取れなくなった。
午後15時。皆は僕の家に来てくれた。
僕と亜美は皆に一通り詳しい説明をした後、家を出て駅までの道を無言で歩いた。駅は少し混んでいた。
電車はすぐに来た。
僕らは詩音を探すための、ささやかな冒険の旅へと出発した。
「奴等って一体なんだろう?」憲二は切符の角を親指で弾きながら言った。
「地底人の可能性や宇宙人や霊的なものかもしれないとなれば面白いですね」と瀬都子は目を見開いて言った。瀬都子の顔が、わざとオーバーなゼスチャーをしてカメラに写る、サルバトーレ・ダリの表情に似ていた。
「竣、南弐梦山はどんな山なの?」と美絵ちゃんは好奇心を押さえられない顔をして言った。
「修行の1つとして、仏教徒が昔この山の頂きに登り、念仏を唱えたら山の側に湖が出来たとか、魔女の棲みかで、怪しげな女たちが集団で暮らしていたとか、武道家が山籠りの鍛練をしに行ったまま、戻ってこなかったとか。人を寄せ付けないみたいな印象がある山なんだよ」と僕は和雄爺ちゃんから聞いた話をそのまま言った。
「私は別な言い伝えを聞いたことがあるよ」と梨香は前屈みになって言った。
「昔、3人組の小学生の男の子が南弐梦山に行って遊んでいたら、『おい。君たち』と手招きをする老人が突然現れて、疑うことを知らない男の子たちは老人の側に行くと、『一緒に暮らそう』と言われたそうなのよ。男の子たちは怖くなって逃げようとしたら、なぜか、老人が先回りをしていて、『一緒に来てくれれば分かる』と言われて、男の子たちは怯えながらも、老人の綺麗な瞳に導かれるようにして、ついていってしまったの。
男の子たちは2日後に無事に発見されたけれど、口々に言う言葉は、どれも『凄かった。素敵な場所だった』という事だけしか言わなかった。
ひょっとしたら、老人は山の精霊で、男の子たちに何かを授けたかったのかもしれないと思う、と私の父は言っていたわ。
残念なことに、3人の男の子たちは無事に戻ったのにね、しばらくして、また南弐梦山に行ってしまい、現在も行方不明になっているという話よ。私が小学5年生の頃に聞いた話」と梨香は身震いさせて話をした。
「気味の悪い話だね」と美絵ちゃんは落ち着きなくそわそわして言った。
「詩音は一体何から逃げているんだろうね? 場合によっては、『キンノタマ』に繋がる新たな展開が期待出来るかもしれないですよ」と瀬都子は怪しい微笑みを浮かべて言った。
「それは分からないけど、地元の人に許可なく無断で入ったのだから、地元の人に見つかって怒られているんじゃないの? 詩音の事だ。無事だよ」と憲二は簡単に言った。
僕らは風景が移り変わっていくのを窓から眺めていた。
詩音を助けに行くにしては、僕らはあまりにも無防備な纏いだった。万が一のためにも必要な、武器らしい武器は誰も持って来てはいないし、蜂に襲われる事も考えられるのに、僕を含めて、Tシャツにジーンズというラフな姿だった。
あと5分で駅に到着する。
亜美は不安気な顔をしてスマホを見ていた。
僕は「もう一度、掛けてごらん」と亜美に言った。
亜美は頷くとすぐに詩音に電話を入れてみた。亜美は首を横に振ってからうなだれてしまった。
スマホからは機械の声による不在の説明が静かに流れていた。
つづく
ありがとうございました!




