君にバラの香りとバラードを
あと3回で50話になりますよ〜っ!待ち遠しい!!ここまでこれたのは、皆様のお陰です。いつもありがとうございます!
良い匂いだ。扉越しに漏れているシャンプーの香りが心地良い。
ストロベリーとオレンジとグレープフルーツを成分にした100パーセント無添加の高級シャンプーで、僕の専用のシャンプーだ。
僕がいつも通っている美容室で買ったものだ。お小遣いを貯めて買った。保湿成分がたっぷりと入っている髪の健康を優先したシャンプーだ。「絶対に使わないでくれよ」と家族全員に釘を指していたのに、そのシャンプーの香りが扉越しに、今、匂っている。
「夏奈子!! 兄ちゃんのシャンプーを使ったな!!」と扉越しに怒って言った。
「えっ!? 使ってないよぉ」と夏奈子は小さな声でモジモジしながら答えた。
「分かりやすい嘘をつくなよ!! 明らかに兄ちゃんのシャンプーの香りだろがよ!!」と声を大きくして言った。
「このシャンプーさ、凄い良い匂いだよね」
「良いだろう♪ 兄ちゃんも気に入っているんだよね、じゃなくてさ!!」
「お兄ちゃん」夏奈子が甘えた声を出してきた。
「なに?」と僕はつっけんどんになって言った。夏奈子に、どんな事を言われたとしても、対応出来るだけの準備をしないと迂闊な事は言えないのだ。
「約束しようよ」と夏奈子は言った。
「なにが?」
「怒らないという約束」
「話を聞かないと分かりません」と僕はキッパリと断った。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんのシャンプーのさ、香りを嗅ぎたくてね、さっき、ふたを開けて嗅いでいたらさ、手が滑ってね、落としちゃってさ、それで、あの、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけどね、一瞬だけ、シャンプーを溢しちゃったぁ、えへへへへ」夏奈子は普段の声とは違う、ボーカリストとしての強み、聞き所満載みたいに声を増幅させて一段と反響のある綺麗な声を披露して軽く話した。
「なん、なんだとおぉ!!」と僕は扉を開けてシャンプーの確認をしようとした。
湯気が一気に流れ込んできた。ほんわかした蒸気が顔に当たっていく。
夏奈子は慌ててタオルで前を隠すと、急いで風呂に入ってシャワーを僕に向けた。
「スケベ!! 急に開けるなよー!」と夏奈子は怒って僕に熱いシャワーを浴びせ掛けた。
「あつ! あつ! あち! 熱っちいぃぃー! 誰が裸なんか見るかよ! シャンプーが心配なんだよ!」と僕は上半身ずぶ濡れで言い返した。
第一湯気で見えていないし見たくもない。
「夏奈子、シャンプーの減り具合が心配なんだよ! シャンプーを渡してくれよ。もお~ぅ。本当に腹立つなぁ」と僕は扉を閉めて顔を拭いてから扉越しに言った。
「はい」と少し開いた扉から夏奈子は濡れた左腕だけを出してシャンプーを僕に手渡した。
なんたることだ! まさに悲劇的な喜劇とはこの事だ! すでにシャンプーは半分以下にも減っていた。ほとんどない、いや、厳密に言うと、ない! ないのだ! 泣きたい気分を押し退けて夏奈子に言うしかないという、この我慢のしどころ限界間際で涙のララバイなロンリー・ハート。
「夏奈子!! ほとんどないじゃんかよ!!」と僕はシャンプーの匂いを嗅ぎながら言った。
「兄ちゃん、心配すんな! どうせ、減るんだからさ。大丈夫。次は絶対に大丈夫だって!」と夏奈子は慰めてきやがった。
自分の悪さを転嫁しようとする悪いクセは子供の頃から治っていない。
「夏奈子、いい加減にしろよ! いい加減にしてくれよ」と僕は怒鳴ってから茶の間に戻った。
僕は冷蔵庫に行き、夏奈子が風呂上がりに楽しみにしている『メロン味のアイスクリームを食べてやろう』という厳粛な決断をした。
「竣、夏奈子が楽しみにしているから、勝手に食べたら怒るよ」とスズ婆ちゃんは、子犬の世話をしながら僕に諭した。
「止めないでおくれ」と僕はスプーンを取りながらスズ婆ちゃんに言った。
「婆ちゃん、夏奈子は腹立つよ! シャンプーを勝手に使って、溢してさ、『次は心配するな!』とかワケわからん事を言ってくるし。ムカつくよ」と僕はメロン味のアイスクリームを食べながら愚痴を言った。
「フフフフ。しょうがないね。フフフフ。夏奈子は、なんでも竣の真似をしたがるからね。我慢できずにシャンプーを使ったんだよ」とスズ婆ちゃんは笑いながら言った。
「お母さん、遅いね」と僕は言った。時計を見ると午後8時を少し回ったところだった。
僕は子犬をかまいたくて、抱っこしながらソファーに座った。
「眠い子ちゃん♪ 眠い? 眠いのでちゅか?」と言うと、子犬は「ヒャン!」と可愛く鳴いた。
ああん、可愛ゆい。
「婆ちゃん、名前はなにが良いと思う? なんか良い名前があるかい?」と僕は子犬をあやしながら言った。
「女の子だと、う〜ん。そうだ! ミッシェルはどうだい?」とスズ婆ちゃんが左手でギターをかき鳴らす仕草をしながら言った。
「良いね! 最高だ。夏奈子や爺ちゃんやお母さんにもそれぞれの意見を聞いてみよう」と僕は言って子犬にキスをした。
子犬を段ボールに入れるのはかわいそうなので、使っていないマットレスを子犬の寝床にしようと考えた。
白のマットレスに水色の敷布団カバーを掛ければ、一先ず準備完了だ。
明日、午前中にペットショップに行って子犬用のケージを見てこようかな。室内用のハウスが欲しい。
「婆ちゃん、茶の間に室内用のケージかハウスが欲しいよ」と僕が言ってみたら、
「明日、婆ちゃんが午前中に見てくるから心配せんで良いよ。今晩、子犬は竣の部屋で休ませるといい」とスズ婆ちゃんは頼りになることを言ってくれた。
「分かったよ。どうもありがとう。それにしてもさぁ、夏奈子は本当に長風呂だよねぇ。毎回、1時間近くも入浴するよね。婆ちゃん、夏奈子は入って何分くらいなの?」と僕は首を揉みながら言った。
「竣の帰宅した頃だよ」
「じゃあ、まだ20分くらいか」と僕はあくびをしながら詩集を取り出した。
『ジャン・アレックス・水詩の詩集。今晩、ゆっくり見よう。楽しみだ』と僕は思いながら、ジャンの直筆のサインを見てニヤけた。
「婆ちゃん、『ニタシ』(24時間営業のスーパー)に行ってくる」と僕は行って玄関に向かった。
「気を付けなさいよ」と婆ちゃんは大きな声で言った。
玄関を出ると僕は体を伸ばしながら夜空を見上げた。
星が煌めく夜空を眺めていると自分も宇宙の一部なんだなと強く感じた。夜風がひんやりとして気持ちがいい。
『ニタシ』は仕事帰りの人たちで溢れていた。
僕はメロン味のアイスクリームと牛乳とオレンジジュースを買った。店を出て歩いているとスマホが鳴った。母、幸子からだ。
『竣、あと15分くらいで帰宅する。婆ちゃんが晩飯を作ってくれているみたいで助かったよ。竣、後で驚くなよ』と言って電話はすぐ切れた。
「なんのことやら」と独り言を言いながら帰宅した。
「ただいまです」と僕は言って茶の間に入るとスズ婆ちゃんが子犬と戯れていた。
「可愛いねぇ。可愛いわぁ」とスズ婆ちゃんもメロメロな状態になっていた。
「婆ちゃん、お母さんから電話が来たよ」僕は冷蔵庫に買ってきた物を入れながら話した。
「なんて言ってた?」
「『驚くなよ』とか何とか言っていたよ」
「そうかい? 何だろうね」
「キャャャーーーー!!」
風呂場から夏奈子の叫び声が聞こえてきた。何事だと慌てふためくスズ婆ちゃんは台所から包丁を持ってきた。
「婆ちゃん、俺が見てくる! そんな物騒な物は置いといて、すぐに警察に連絡にしておいてくれよ!」と僕は言って急いで風呂場に駆け出した。
扉を開けると夏奈子は湯船の中で怯えていた。
「夏奈子、どうした?」
「お兄ちゃん、窓、窓から男の人が覗いていたの」と夏奈子は言って恐る恐る窓に向けて指を指した。
「わかった!! 庭に潜んでいるかもしれないから見てくる! 早く風呂から上がって着替えろ。スズ婆ちゃんのところに行け! 兄ちゃんが外に出たら鍵を閉めろ! 警察に連絡をしてくれ!」と僕は叫ぶと、急いで玄関の横にある庭の照明のスイッチを入れてから、すぐに庭に向かった。
男が屈むように隠れて木の側に潜んでいた。
「おい! こっちへ来い!」と僕は怒鳴った。男は出てこない。
「警察には連絡をしたぞ!」と僕は重ねて怒鳴った。
突然、男は僕の方に向かって走り出してきた。
痩せた中年の男だった。男は形振り構わず、僕に殴り掛かってきた。
僕は素早く右に交わすと男は体勢を変えて更に殴り掛かってきた。
僕は男の鼻を目掛けて思いっきり殴った。グシャッと男の鼻が折れた音がした。
男は怯まずに右手で殴ろうとしてきた。僕は素早く後ろに下がってから前にステップを踏んで腰を深く落とし、男の左目を目掛けて、さっきよりも強く右手で殴った。
男は悲鳴を上げてうずくまったところを僕は男の顔を蹴りあげた。
男は仰向けに倒れた。僕は男の腹を1発と顎をかなり強めに殴ると、男は絞り出すような呻き声を上げておとなしくなった。
「おい変態野郎! ちょっとでも動いたら、今度は本気を出すぞ! もっと酷い姿になるからな!」と僕は男の髪の毛を掴んで怒鳴った。
亜美が騒ぎを聞き付けてバットを持って庭にやってきた。
「亜美? どうした?」
「竣、大丈夫?」と亜美は心配そうに言った。
「ああ。この変態野郎が夏奈子が入浴中によ、風呂を覗いていたんだ」と僕はシャドゥー・ボクシングで体を落ち着かせながら言った。
亜美は何を思ったのか、倒れている男の側に行き、持っていたバットで男の脛を思いっきり叩いた。
「ギャアー!」と男は叫んでのたうち回った。
「亜美?」
「女の敵は許さん!!」と亜美は怒鳴りつけた。
「サイレンが聞こえてきたよ。亜美、ありがとう。もう大丈夫だ」
スズ婆ちゃんと警察官10人が庭に雪崩れ込んで入ってきた。
庭にあるスズ婆ちゃんの薔薇が風で揺れると、薔薇の香りが広がるように優しく辺りを包んだ。
服に着替えた夏奈子とスズ婆ちゃんが警察官に詳しい状況と説明をしていた。
男は顔が血まみれだったが警察官7人に囲まれて手錠を掛けられ連行されて行った。
「お兄ちゃん、うぇん、グスン、グスン、ありがとう」と夏奈子は泣きながら僕に抱きついてきた。
僕は夏奈子を抱きしめて何度も頭を優しく撫でた。
「夏奈子、兄ちゃんのシャンプーの匂いはさ、やっばり最高だろう?」と僕は優しく慰めるように言った。
つづく
どうもありがとうございました!また、読んでね!




