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独りぼっちの挨拶

 僕は夏奈子にTシャツをプレゼントするためにロックミュージシャンを取り扱う専門店の服屋『バディこそがロック』に行く事にした。

 『バディこそがロック』は40年の老舗。扱っているジャンルは、ハードロック、ロックンロール、ポップス、ブルース、レゲエと豊富な品揃えだった。

 

 僕はジョン・レノンの『ダブル・ファンタジー』のTシャツを買ったのが、このお店だった。

 限定品でしっかりとした良いTシャツだった、だったのに…。

 

 店長の藤本修平さん(53)とは顔馴染みであった。 藤本さんは若い頃、ミュージシャンを目指して、挫折して、放浪の旅に出て、今に至るとのこと。

 

 僕は店の扉を開けると驚いて立ち竦んだ。藤本さんが泣いていたのだ。

 

 「どうしたんですか?」と僕は藤本さんに駆け寄って聞いた。

 

 「おう、竣…、いらっしゃいまし〜ぃ」と、どんよりとしていつもよりダメージがあって元気が全然ない。

 

 「コンタクトレンズを落としてさ、かれこれ探して2時間になっちゃってさ。諦めきれなくて、悔しくて。3日前に新しく作ったばかりの右目のコンタクトレンズだからさ、徹底的に探しているけど見つからないのさ」と藤本さんは右目を瞑って僕に話している。『眼鏡を掛けて探せば良いのに…』と僕は思った。


 「手伝いますよ。どの辺で落とされたんですか?」と僕は屈んで聞いた。

 

 「レジの横に置いてあるTシャツの入った箱の辺りか、左の本棚の間の辺りかもしれないな」と藤本さんは指で示して言った。

 

 「分かりました」と僕は言って、持っていた荷物を店にあるソファーに置いた。

 僕と藤本さんは、無言で店内を屈んで探索していた。ひたすら忍び足で屈んで歩く。見つからない。ありそうな場所を目を凝らして見つめる。見当たらない。

 

 だいたい照明を落としているために、薄暗い店内を屈んで探すのには無理があるのだ。


 「藤本さん、照明を明るくして貰っても良いですか?」と僕は思いきって言ってみた。

 

 「ああ、良いよ」と藤本さんはニコッと笑って右目を瞑りながら親指を立てて言った。

 店内が一気に明るくなって凄く眩しい。僕は目を細めて店内を屈んで歩いた。

 

 僕は眩しい中を探した。床に置かれた何足かのスニーカーを押し退けて探したり、レコードが入った箱を避けて探したりもしていた。売り物のTシャツが掛かったハンガーを避けて、向こう側の本棚に行こうとしたら、肩を叩かれたので振り向くと、藤本さんが「竣、これを使えよ。楽になるぜぇ〜」と言って色の濃いサングラスを差し出してきた。

 

 『元の木阿弥とはこの事だよっ! チャン、チャン!』と僕は心の中で叫んだ。

 『実は、藤本さん、シャープな外見だけども『7(ナナ)』の店員と同じく、天然タイプなんだよなぁ』と僕は思い出していた。


 「あは。あ、ありがとうございます」と一先ず御礼を言ってから、僕はサングラスを掛けてみた。


 『これじゃ、全く見えんよ。さっきより暗くなっているんだよ。どうしようかな?』と思いつつ僕は屈んで歩く。


 『ダメだ! こんな不利な条件の元で探しても見つかるわけがない。サングラスを外したい! でも藤本さんに悪いしなぁ〜。外したい! でもなぁ…』と僕は自分の中で煮えたぎる、猛烈な葛藤とも戦い始めていた。

 

 時間だけが過ぎていく。僕は『この時間は一体なんだろう? なんでサングラスをかけてしまったんだろう?』と思いながら30分間も探し歩いていた。


 「おい、竣ーっ!! あった、あった! あったよー!! あった、あった! やったぁー! よかった! Thank You! ありがトゥー !ありがトゥー!」と藤本さんが叫んでいた。

 

 僕はサングラスを外してから、藤本さんに「良かったですね!! 何処にあったんですか?」と聞いた。

 

 「レジの中に入っていたわ。五円玉の中にあった。さっき、お客様が来ていてさ、お釣りを払う時に落としたのさ。なんとかお釣りは返したけど。それでレジだわ」と藤本さんは右目を瞑りながら話した。店内ではビートルズの「ノーウェア・マン」が流れていた。


 「良かったですね!」と僕はサングラスを藤本さんに返して言った。

 

 「悪かったね。せっかく来てくれたのにさ。汗かいただろう?」と藤本さんは言って、店内に置かれている飲料水の自動販売機に行くとボタンを連打し出した。大きな音を立ててメロンソーダが出てきた。お金は入れていない気がしたが、後日聞いたら、自動販売機の持ち主は藤本さんとのことだった。


 「竣、飲みなよ。奢りだよ。本当なら、このジュースは1本1億円はしまぁーす! あははは」と藤本さんは新品のコンタクトレンズが無事に見つかった喜びで嬉しそうに言った。


 この自動販売機には、メロンソーダ、味噌汁、オレンジジュース、ココア、おしるこ、ただの炭酸水、牛乳、果汁100パーセントの野菜ジュース、とロックの店なのに、ファンキーなまでに健康的な飲料水が売っていた。


 「ありがとうございます!」と僕は言ってメロンソーダを飲んだ。


 「こちらこそ。探してくれて、ありがトゥー!!」

と藤本さんはずっと右目を瞑ったままで笑って言った。


 「ところで、竣。久しぶりに今日はどうしたの?」

 

 「夏奈子にTシャツをプレゼントをしようかなぁ、と思って」と僕は言った。


 「おお、優しいお兄ちゃんだねぇ。夏奈子ちゃんは音楽、ライヴも頑張っているの?」

 

 「ボチボチですけど、なんとか、やっていますよ。近いうちにライヴもするみたいで」


 「へぇー、スゴいじゃんかよう! 俺も見に行こうかな?」


 「ぜひぜひ。見に来てくださいよ!」

 

 「竣、最近、俺もロック・バンドを組んだんだよ! 中年の理由なき反抗かな。あははは。今度、ライヴをするよ」


 「良かったですね! ライヴは何処でやるんですか?」

 

 「『蒼い風』というライヴハウスでやるよ。11月にやるんだよ。さらに、12月にもライヴをするんだ。『パープルパンツ』というライヴハウスだよ」

 

 「見に行っても良い?」


 「もちよ」


 「ロックは良いですよね」


 「俺は若い頃に挫折してしまったからね。今も、正直、くすぶり続けたままの情熱が胸にあるからさ。まあ、これからは楽しんでやることにするよ」


 「それが一番素敵です」


 「そうかい? あははは。そうだ! 竣。お薦めのTシャツが入荷したよ。見てみるかい?」


 「ええ、喜んで!」


 藤本さんは「ちょっと失礼。まずコンタクトレンズを入れてくるわ」と言ってトイレに行った。

 

 藤本さんは段ボールの箱を抱えて戻ってきた。

 

 「ビートルズ、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジミヘン、ボブ・ディランが入荷したよ。見てごらん」と何枚かのTシャツをテーブルに並べた。

 

 僕はビートルズの黒のTシャツ、アルバム「ラバーソウル」を選んだ。


 「良い選択だ。2500円です。でも、まけてあげるよ。2000円で、どうだーっ!」と右目を真っ赤にした藤本さんは言った。

 

「ありがとう。お願いします」と僕は笑って言った。 

 僕はポイントカードにスタンプを押してもらった。あと2回押してもらえれば、8000円分の割引券が貰えるのだ。破格な割り引きはまさにロックだった。僕はTシャツの入った袋を受け取った。

 

僕は藤本さんに頭を下げて店を出ると、藤本さんは店の外にまで出てきてくれて、僕にいつまでも手を振っていた。





つづく

ありがとうございました!

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