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デッサン

竣は恋することの素晴らしさを知ってしまって、もう前の自分には戻れないと理解した。あの女の子に再び会うためにはどうしたら良いだろう?と悩み始めていた。

 僕は晩御飯のカレーライスを食べ終えて部屋に戻ると、明るさに驚き窓に近寄った。月明かりが部屋の中を照らしていた。


 カーテンを大きく開け放ち、窓を開けて夜風を入れて空を見上げた。

 

 晴れた夜空には雲が1つもなかった。

 

 僕はこの月夜は温泉に浸かって眺めたいなぁと思った。

 

 あの綺麗な女の子が来る前に見ていた海の月も素敵だったが、何処と無く、せつなく輝いて見えていた。 

 

 今は海辺の月明かりとは違って心踊る綺麗な月夜になっていた。

  

 僕は窓を閉めて後ろを振り返り、本棚まで伸びている自分の影に、意思のあるもう1人の自分に思えた。

 

 「やあ、僕の影くん」と影に向かって手を振った。 

 

 僕はシャドウボクシングのパンチを真似て、左、左、右!とパンチを繰り出した。


 空気を裂く音が欲しいので、口で「シュッ、シュッ、ズバァッン!」とパンチと音声を重ね合わせた。

 

 僕には妹がいる。妹の名前は夏奈子(かなこ)。明るくて元気だけが取り柄の女の子だ。お陰様で男勝りなところもある。

  

 僕はシャドウボクシングをしているうちに、突然、遠くから聞こえてきた懐かしい妹の声を思い出した。

 

 幼い頃、夏奈子は「お兄ちゃん、ボクシングかカンフーごっこをしようよ!」とよく言ってきた記憶が今も鮮明に残っている。

 

 遊んでいると必ず途中でムキになってきて、お互いに本気の叩き合いになったものだった。

 

 「うぇ〜ん! お兄ちゃんのバカぁ〜っ! 痛いだろうがよ〜っ! ばかぁ〜! うぇ〜ん! うぇ〜ん!」と勝手に夏奈子泣いて、よく青っ鼻を出して文句を垂れまくっていたものだった。

 

 必ず負けると分かっているのに止せばいいものを、夏奈子はカンフーごっこで何度も何度も、無謀にも戦いを挑み続けてきた。

 

 『じゃじゃ馬だけども可愛い妹よ、今は懐かしき思い出の1つだよ』と僕は懐かしんでいた。

 

 その当の妹、夏奈子は、まだ帰宅をしていないみたいだ。

 

 1つ年下、15歳の夏奈子は音楽の才能があって、現在、音楽学校に通っている。夢を持つことは素晴らしいと思う。

 

 夏奈子は授かった才能を出し惜しみするのではなく、生かしていくということを選択したのだから、暖かく見守ってあげたいというのが兄としての率直な気持ちだ。

 

 目標があることで生きる力が沸いてくると思うし、希望が見えてくるものなのだと僕は思っている。

 

 夏奈子は自分を信じて精一杯に努力を重ねて、ひた向きなまでに夜も遅くまで勉強を毎日している。

 

 僕は『本当に大した奴だよ。凄いなぁ』と心から関心している。


 『やっぱ、カレーライスが胃から喉に上がってきたよ。食後にすぐ体を動かすのは良くないよな』僕はベットに横たわり、月明かりの中で海で出逢ったあの女の子の姿を、面影を瞼に思い浮かべることにしようとした。

 

 『そうだ! まだ新鮮な記憶があるうちに、今すぐにあの女の子の姿をデッサンしてみよう』と僕は思ったので急いで胸焼け気味の体を起こして部屋の明かりを点けて、カーテンを閉めて、机に置いてあるF4のデッサンブックとケースに入れてある数本の鉛筆4B、3B,HB、コバルトブルーの色鉛筆とネリゴムを取り出した。


 イーゼルに置いて描くのではなく、床にデッサンブックを開いてダイレクトに描いていくことにする。


 『しまった! コンテが切れていた』コンテの代わりに6Bの鉛筆を使うことにした。最高級品の鉛筆だ。


 『時間や細かいデッサン技術は無視しよう。今回は心の赴くままに自由に感じて描いてみよう』と決めて素早くデッサンに取り掛かっていく。


 「絵を描いている時の竣は尋常ではないよねぇ〜」と、よく亜美が美術室に遊びに来ては絵を描く僕の傍で言っていた。


 確かに絵を描いている時の僕は周りが見えなくなるほど凄く集中力があった。

 

 「夢中になって情熱を注ぎ込め!」が僕の大好きな言葉だ。その言葉通りに今日は迷うことなく描けそうだった。

 

 『思いきって描くしかないんだ! やってみるしかないんだ! やるしかないぜ』


 『線だ! 線によるデッサンだ! 立体感もイメージして少し柔らかく描いてみようかと思う。あの女の子の記憶が逃げてしまわないうちに早く! 早く! 素早く描いていく。

 

  輪郭線の強弱を意識しながら、目鼻立ちを薄く描いていくのをポイントに、メリハリをつけて描いていくんだ』髪を濃く描いた後は親指を使ってサッと擦っていく。

 

 あの女の子は瞳が綺麗だった。記憶を全部稼働させてあの女の子の眼差しを捉えようと真剣に描いた。

  

 僕は繰り返し頭の中でビートルズの「イット・ウォント・ビー・ロング」が流れていた。

  

 疾走感と4つの流星が落ちることなく消え去らずに夜空を飛び交うようなグルーヴ感満載の激しいロックン・ロールだ。

 

 ジョン・レノンの稲妻みたいなヴォーカルと、ポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンの急き立てるようなワイルドなコール&レスポンスがイカしているリアルな純度の高いロックンロールがヒップだ。

 

 この曲は1963年7月30日に録音をされた曲だ。まさに今の時期にピッタリだ。全然古びていないのがビートルズのロックンロール。

 

 ビートルズは古びることから、いつも笑いながら、冷やかしと、からかい半分で走り去って逃れていくんだぜ。捕まえることなど決して出来やしないんだ。

 

 いつまでも新鮮なのがビートルズの音楽の魅力だ。

 

 「イット・ウォント・ビー・ロング」はジョン・レノンが作った曲だ。ビートルズは生きる希望であり、未来であり、新しい領域の世界を作り上げてきた。僕らを素晴らしい世界に導いていく愛と自由の使者、偉大な4人。それがザ・ビートルズなんだ。

 

 彼らを越えるロックンロール・バンドは、今後、絶対に生まれないし、2度と現れないんだ。

 

 なぜなら『最強で最高で無敵な存在』という称号がビートルズには相応しいと僕は思っているからだ。


 申し訳無いけども、今あるすべてのバンドはビートルズの前では霞むよ。本物だけが真実なんだ。


 「『ウィズ・ザ・ビートルズ』かぁ。本当にそうだよなぁ」と僕は心から呟いていた。これが僕が感じているビートルズの姿だ。


 『あの女の子は美しい心をしているから瞳が綺麗なんだ』と何度も自分に言い聞かせながら1枚目のデッサンを描き終えた。


 時間にして約10分。まだこれからだ。パッションがある今だからこそ2枚目のデッサンにすぐ取り掛かれるのだ。

 

 時間は午後8時半を過ぎていた。今日の僕の夜は輝いていた。 

 

 僕は午後9時半過ぎまでの1時間で、クロッキーを含めた5枚のデッサンをした。


 2枚が線と立体感を意識した絵で、残りの3枚はクロッキーによる線だけの絵だ。


 1枚ずつデッサン画にフィキサチフをかけてから、5分ほど窓を全部開けて換気をした。


 今からお風呂に入ろう。描いた絵の事はすべて忘れてしまおうと僕は思った。

 

 理由は正しい客観性を持って絵を見直す必要があるからだ。

 

 5枚描いたとしても、使えるデッサンはせいぜい1枚か2枚程度が良いところなのだ。

 

 僕は絵が乾くようにスペースを開けて床に並べた。 

 

 ストレッチで体の緊張をほぐしてから冷蔵庫にある牛乳を飲んで風呂場に向かった。

 

 肩まで湯舟に浸かってあの女の子のことを考えた。


 「もう一度会いたいな。本当にいたのかな? あの娘は夢だったかもしれないなぁ」と一人言を言った。


 僕は湯舟から上がって、シャンプーをした。

 頭を洗っていると手を止めてシャンプーの匂いを嗅いだ。

 

 「違う。あの女の子はもっとエレガントなシャンプーの香りだったと思うね」と独り言を言った時に突然扉が開いた。


 驚いた僕は少しだけシャンプーが目に入っていたのだが、顔をしかめて右目だけを開けて確認をすると、


 「お兄ちゃん! 隙あり! 油断はいけないよ〜っ!」と夏奈子が言って左手に持っていたコップいっぱいの冷水を僕の背中に掛けてきたのだ。


 「冷たぁぁぁぁぁっ!」と僕が叫んだ。


 「あはははは。お兄ちゃん、お兄ちゃんが楽しみにしている冷蔵庫のアイスクリームを食ーべようと。っていうか、すでに半分以上食べてるんだけどさぁ。あはははは」と笑いながら言ったのだ。


 「夏奈子ぉ! アイスだけはやめてけれ! それだけはやめてけれ! 俺のアイスだぞ!」と目に冷水とシャンプーが入って開かない状態だ。僕は夏奈子が走り去っていった後、閉じた扉に向かって叫んでいた。いや、シャウトした。


 何事もなかったように風呂場は静まり返っている。 

 

 『悲しく水滴が落ちるっていうのを、皆、知っているかい? 今の水滴がね、まさにそんな感じなんだよ。マジで目が痛い』

 

 僕はシャワーで顔や目を洗い流しながら今後の対策のためにも、シャンプーハットが何処で売っているのかについて真剣に検討して考えてみた。




つづく

いつも読んで頂き本当にありがとうございます!次回も頑張って書きますので、楽しみにしていてくださいね!よろしくお願いいたします!

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