井上梨香の話
夏は怪談で体を冷やしましょう!皆さんは不思議な経験をしたことがありますか?僕ですか!?あるような、ないような。フフフッ…。今宵は、井上梨香の話をじっくりと読むことをお薦めします。
梨香は周りをジロリと見渡してから灯りを豆電気1つにして、座り込み、咳払いをしてから話し出した。
「私は霊感とかは全然ないんだけど、私のお母さんが霊感が強いタイプなの。お母さんから聞いた話なんだけどさ、お母さんが中学2年生頃にあった話なんだけどね。
お母さんが友達のMちゃんと学校から帰る時に、いつも必ず通る道があって、道の突き当たりに行くと茶色い屋根の立派な一軒家があったんだって。
その家には大きな犬小屋があって『注意! セントバーナードがいます!』とシールが貼ってあったの。
異様なのは、一軒家の隣にある大きなグレー色の小屋の中に、セントバーナードの犬小屋があるということなのよ。
確かにセントバーナードの吠え声が時々聞こえてくるから『いるんだなぁ』というのは分かるんだけど、犬の姿を全然見かけた事がない分、吠え声だけだと凄く怖くて、犬好きの母もMちゃんも犬小屋には近寄れなかったそうなのよ。
ある日、同じように、いつもの通り道を歩いていたらね、例の一軒家と犬小屋の前を通り過ぎようとした時に、丁度、飼い主らしい男の人が緑色の容器を手にして小屋の中へ入る所だったの。
母とMちゃんは、ここぞとばかりに、開いていた小屋の扉から中の様子を確認しようと覗いてみたら、男の人が犬小屋の前で容器を持ったまま佇んでいた。
母もMちゃんも顔を見合わせた後に、首をかしげて「どうしたんだろう?」と言って男の人の足元へ視線を移すと、『いるはず』のセントバーナードが何故かいなかったの。
「あれ!? ちょっと、おかしいな?」と思いながらも母が近寄ろうとしたら急に扉が《バタン!》と大きな音を立てて閉まった。
「あの男の人、一体どうしたんだろうね?」とMちゃんが言うと、いなかったのはずのセントバーナードの吠える声が響いて、それが激しい鳴き声へと変わっていったのよ。
母が「待って! これはさ、様子がおかしいよね?」と言って、Mちゃんが引き止めるのを拒んで、思いきって扉を開けて中を見てみたら…、そこには誰もいなかったのよ。男の人も、セントバーナードも。
犬小屋は獣の匂いがしていたし、床に首輪が落ちていた。母が「これはヤバイかもしれない!」と叫んでからMちゃんの手を引っ張って、一目散に慌てて走って逃げたの。
Mちゃんは怖くて泣いていたし、母もパニックになっていた。
しばらく走ると、見知らぬ公園にたどり着いた。
「はっ、はっ、はっ。何だか凄くヤバイ感じだったよね?」と母が言うとMちゃんは「確かに男の人が小屋に入っていったよね!? 犬小屋もあったよね?」と言って、2人は気が動転していた。
20分ほどベンチで呼吸を整えて休んでいると、消防車のサイレン音が鳴り響いてきた。
「これは近くで火事だ」と母が言ったら公園の側の道路を3台もの消防車が横切っていくのが見えた。方角から犬小屋方面へと走り去っていったそうなのよ。
母はMちゃんに「引き返してみよう」と言って再び一軒家に恐る恐る戻ってみた。
野次馬だらけの混雑した道を掻き分けてみると、一軒家と犬小屋がバチバチと言いながら激しく真っ赤に燃えていた。
辺りは騒然とし、野次馬や見物人の怒号や叫び声が聞こえていた。
火の勢いと熱風が2人の顔にも届いていた。
母もMちゃんも体を震わせて放心状態でいた。
ただただ燃え盛る火の海を二人は黙って見つめ続けていた。
皆、息をゴクリと飲み干した。
憲二が「う〜ん」と唸っていた。
瀬都子は眼鏡を指で拭いていた。
亜美は青ざめて背中を掻いていた。
美華ちゃんは体育座りをして縮こまっていた。
僕は寒気を感じて腕を擦っていた。
「で、ど、ど、どうなったの?」と亜美は言った。
「消火後、消防隊員が家の中を調べたところ、一軒家の台所付近で3人の遺体が発見され、セントバーナードが二階の押入れから黒焦げで発見された……。
夜のニュースで住人の顔写真が出たんだけど、男の顔写真が、容器を持っていた、あの男の人だったそうよ…」
「ギョエーーーーー!」と突如、亜美が叫んだ。皆はビビって亜美を見る。
瀬都子は持っていた眼鏡を胸ポケットに仕舞って手で顔を覆った。
憲二は耳を押さえてから「亜美! うるさいっ!」と怒鳴った。
恐怖の語り部の梨香はアハハハと笑っている。
美華ちゃんは体を強張らせ緊張した顔をしていた。
僕は「これはダメだわ」と言いながら耳を押さえていた。
梨香は「しーーっ!」と口に指を当てた。
「まだ話に続きがあるのよ……。翌日、母のクラスメート全員、学校中が火事のこと、セントバーナードの話題で持ちきりだった。
放課後の帰り道、母もMちゃんも遠回りをして帰宅をした。今後は二度とあの道は通らないと二人は決心した後に、しばらく、2人はうつ向いて無言で歩いていた。
ドン!!!!
突然、母の後ろから通行人が体を覆い被さるようにぶつかってきた。
母が驚き「すみません!!」と言って顔をあげたら…、そこには、昨日、亡くなったはずの男の人が青白い顔で寂しげに立っていた。
「あぁ……」とMちゃんが怯えて後ろに下がり、母は恐怖で立ち尽くした。
「ああーーっ! お願いだから死のうよ」と男の人が叫びながら母の腕を強く握って連れ去ろうとした。
母が「イヤだ!! イヤだ!! 助けて!」と腕を振り払おうとしたんだけど、男の人が「一緒にあの世にいこうよ…、一緒に死んでくれ」と男の人が気が狂ったように母に言うと、母はその場で気を失ってしまった。
目が覚めると男の人の姿は既になく、母はMちゃんの膝枕の上で介抱されていた。
「Mちゃん、私は一体どうなったの?」と母が聞いてもMちゃんは首を横に振るばかりで何も答えてはくれなかった。
その後、Mちゃんは2週間も経たずに何処か遠くに転校してしまったのよ。という話で御座いました。皆さん、いかがでしたか? 話は終わります」
皆、目を閉ざしていた。誰も声を出さないでいた。
瀬都子は汗ばんだ鼻先を何度も指で拭いていた。
憲二がそわそわして、あぐらを座り直しては、「う〜ん、う〜ん」と何度も唸っている。
美華ちゃんは僕の腕を力強く握っていた。
亜美は「エヘッ、エヘヘヘ」とか細く笑いながら青ざめていた。
語り部の梨香はニヤニヤしながら満足そうな顔をしていた。
僕はもう本当にイヤで家に帰りたかった。
つづく
読んでくれてどうもありがとうございました!




