月に照らされた女の子
難産の最新作でしたが手応えありの最新作になりました。宜しくお願いします。
一通り話終えた後、僕は緊張で強ばった体を解きほぐすために「ちょっと外の空気を吸ってくるね」と言って南さんの家を出た。
星いっぱいの夜空にまん丸お月様だ。お日様島は良いなぁ。豊かな時間が流れていてさ。何ものにも囚われていない自由な世界がここにはある。夜に聞く波の音がたまらないね。癒されていくよ。綺麗な砂浜はゴミ禁止区域に指定されてるから汚れなしだしさ。夜の平均気温は16℃から20℃くらいの間でパンツ一丁で過ごせるしさ。
それにしてもだ、生中継だった桜ノ風花音ちゃんは大丈夫だったのかなぁ? まっ、僕は全然悪くないからね、どうでもいいか。あははは。もう気にしても仕方ないよな。あはははは。どうにかなるさ。あはははは。
僕は何気なく海を見た。
1人で砂浜に座っている女の子がいた。女の子は白いワンピースを着ていて月灯りに照らされていた。寂しそうに髪を掻きあげてから仰向けになって寝転んだ。女の子は砂を掴むと左側に投げ捨てた。
僕は特に気に止める事はしないで、女の子の場所から向かい側にある南さんの家に戻っていった。
「竣くん、お帰り。リラックスできたかい?」と南さんは言ってイチゴのショートケーキを食べていた。
「はい。お日様島で暮らしたいなぁ」と僕は胸の内を素直に伝えた。
「いいじゃ~ん、いいじゃ~ん、お日様島で暮らしなさいよ~ん。イカした考えね、なかなかやるじゃ~ん。全てを変えるためにはね、全てをあっさり捨ててさ、1からやり直す事が大事なわけなのよ。ところで、竣くんはいくつ? 何歳? 年齢は?」と冴子さんはイチゴのショートケーキを両手に持ち交互に食べながら言った。口の周りがクリームだらけだった。
「16歳です。あと少しで17歳」
「ワオッ! ワオッ! 超若~い。ワオッ! 竣くん、若いうちに行動して、決断して、幸せになって、暮らして、生きる事が、これからは大事になってくるわけ。自分で考えて行動する人生が本当の意味で勝ちなわけ。やりたいようにしなさいよ。貴方の人生でしょ? やりたいようにやりなさいよ! やらないで後悔するのはね、もう古いわよ。ワオッ!」と冴子さんはイチゴのショートケーキを天に掲げて熱弁した。
「しばらくの間は、お日様島で暮らすことにするよ。夏休みは、あと5日間しかないけどもね」と僕は言って本棚の横にあるカレンダーを見た。
「私の場合はね、前の生活に追いつめられてね、都会から逃げるようにしてさ、お日様島にたどり着いたわけなのよ。今はここが私の居場所。終の棲家にするつもりぃ~。うふふふふっ。んっ~ん」と冴子さんは力こぶを見せて言った。上腕二頭筋が半端じゃなかった。ヘラクレスか雷神並のマッスルだった。さすが、マッスル冴子さんだわ。何でこんなに筋肉ウーマンなのかは聞かないでいた。
「私はね、大学時代にお日様島に旅行に行ってから夢中なんだよ。卒業したら『ここに住みたい』と思ったんだ。お日様島は美しい島だよ。この島の景観を守りたいね」と南さんは言った。
「自分の人生は自分でコントロールしないとね。周りの意見に左右されると自分を見失ったまま時間が無駄に過ぎるだけなんだよ。やりたいようにやれば良いんだよ。竣くんの人生なんだからさ」と冴子さんは優しい声で僕に勇気づけてくれた。
「うん、わかった」と僕は頷いた。僕は窓際に行き海を眺めようとした。
「あらららっ!? まだいるよ」僕は海辺に佇む女の子の姿を見て軽く驚愕した。辺りは月の光に照らされていて海と女の子の姿が鮮明に浮かび上がって見えた。
「どうしたの?」と南さんは僕の隣に来て窓の外を見た。
「あそこにいる女の子が気になってね」と僕は女の子に聞こえるはずないのに小声で言った。
「あら、本当だね。どうしたのかな?」と南さんは至って普通のトーンで言った。
「どうしたのよん?」と冴子さんはショートケーキを食べながら言った。
「冴子さん、あそこにいる女の子に見覚えありますか?」と僕は冴子さんを手招きした。
「最近ね、膝が痛くて、よっこらせのせのせのせのせえーい! ワオッ! ウフン」と冴子さんは言って立ち上がった。
「知らないわね。初めて見る感じだわね」と冴子さんも声を潜めて言った。
「迷子かな?」と南さんは言って窓を大きく開けた。
「女の子は落ち着いているので迷子はないでしょうね」と僕は言った。
「まさか、危ない事を仕出かすつもりはないわよね?」と冴子さんは手で口元を隠して目を細めて言った。
「危ない事って?」と僕は言った。
「竣くんよ、よくミステリー・ドラマであるじゃないの。女性が涙を流しながら夜更けの入水とかさ。で、周りの人が止めようとしたら『あたしに近づくなよう。こんちくしょう! 頭を洗いたいだけなんだよ!』とか言うじゃない」冴子さんは低い声で言った。
「ちょっとセリフが違う気がするけども。まあ、それだとマジでヤバイですよね」
「ただ単に海を眺めているだけかもよ。月夜の海ってロマンティックだから」南さんは不安を打ち消すように言った。
「ちょっと、南ちゃん、このタイミングでなんだけども、トイレ貸してぇ。ウンコしてくる。既に肛門からウンコが出てきてるぅ」と冴子さんは言ってお尻を押さえながら爪先立ちでトイレに行った。
「女の子に声を掛けに行ってみようかな?」と僕は言って玄関に行こうとした。
「ちょい待って竣くん! 待って待って! 女の子が何か書いている!」と南さんは僕の服を引っ張って窓まで連れ戻した。
女の子は膝をついて木の枝で砂に何かを書いていた。波の音と女の子の動作が上手く作用していてドラマチックに見えた。
あの女の子が砂に書いたラブレターの張本人だと、ほぼ断定しても良いだろう。僕は部屋の時計を見た。時刻は午後9時20分になろうとしていた。僕は南さんに「部屋の明かり消してください」と言うと南さんは直ぐに明かりを消してくれた。部屋から覗き見している事がバレたらややこしくなる恐れがある。冴子さんは「部屋が暗くてこわあ~い」と言いながら戻って来た。僕は冴子さんに明かりを消した事情を話して、「あの女の子が砂に書いたラブレターの続きを執筆中です」と言った。冴子さんも身を屈めて女の子の姿を目で追った。
女の子は木の枝を砂に突き刺すと左手首に止めていたヘアゴムで髪を1つに束ねた。女の子はゆっくりと立ち上がって首を回すと軽く背伸びをした。振り返って波を見つめた後、そのまま左側の方向に向かって歩いていった。
女の子は自分の足元を見ながらゆっくりと歩いていた。
女の子は急に立ち止まった。
女の子は顔を上げて前方を見ると驚いて立ちすくんだ。
僕は左側を見た。
車のエンジン音が聞こえてきた。
車は砂浜を爆走していた。車が砂浜を走る行為は固く禁止されているのにだ。女の子は砂に書いたラブレターの場所まで戻ると周りを見回した。女の子は南さんの家の方角を見たので僕たち3人は慌てて頭を下げて隠れた。僕は南さんの顔を見た。南さんは見たことがないほど緊張していた。冴子さんは目を閉じて息を殺していた。僕は二人に「静かに。僕だけで様子を見ます。二人はソファーの後ろまで行って隠れてください」と言うと南さんと冴子さんは四つん這いでソファーの後ろに移動した。
僕は窓の左側にカーテンが引いてあるので素早く移動した。カーテンの隙間から外の様子を見た。女の子は南さんの家に向かって歩いてきた。これは非常に嫌な展開だ。女の子は、何故、引き返したのかが分からないが、僕は祈るような気持ちで女の子を見ていた。僕は何に対して祈るのか分からない事に気付いて首を捻ると、女の子を南さんの家に迎え入れるかどうかの判断を決めなければと思った。
背後に気配を感じて見てみると冴子さんがお尻を押さえてトイレに行った。どうやらピーピーのようだな。南さんはソファーから顔を出して僕の様子を見ていた。僕は窓の外を見た。
女の子は立ち止まって砂浜を走る車を見た見ていた。
車はスピードダウンしてヘッドライトを消すとクラクションを小刻みに鳴らした。女の子に向かって鳴らしているようだ。女の子は南さんの家の裏側に向かって小走りをした。
「南さん、女の子は裏側に周りました」と言った。「車に追われているようだ。女の子を家の中に入れてもいい?」と付け加えた。
「良いよ」と南さんは心配そうに言った。
「絶対に家から出ないでください」と僕は言って裏側のベランダまで移動した。
女の子は物置小屋の横にある小さな椅子に座っていた。僕は少しだけベランダを開けて「こっちにおいで。家の中に避難してください」と手招きしながら言った。女の子は頷くと立ち上がってベランダまで来ようとした。
車はクラクションを鳴らしながら南さんの家の前に停まった。
僕は庭に飛び出て女の子の元に行き素早く抱き抱えると走ってベランダに戻った。南さんの家は明かりを消しているため女の子の顔は分からないままだ。
「声を出さないように」と僕は女の子に言った。女の子は頷いて体の力を抜いた。僕は女の子を抱き抱えて茶の間に戻るとソファーに座らせた。南さんは女の子ではなく窓から動き回って射し込む懐中電灯の光を見ていた。懐中電灯は上下左右に揺れていた。
扉をノックする音がした。
僕は急いでカーテンを閉めると扉に行き覗き穴から外を見た。二人組の人影が落ち着きなくノックを続けた。一瞬、人影が懐中電灯で自分の顔を照らした。豆スピンだった。もう片方の男は刺酢股源五郎だった。至近距離に死神と疫病神がいた。
冴子さんが忍び足で戻って来て僕の横に来ると覗き穴を見て顔をひきつらせて口元を押さえた。冴子さんはスマホを出してメールを書くと僕に見せた。
『刺酢股源五郎だよね!? こわあい。超こわあい。隣のチンチクリンはあの男ね。私の自転車を盗もうとした奴よ。また盗みに来たのかしら?』と書いてあった。
僕は冴子さんからスマホを借りるとメールを打った。
『ソファーに砂浜にいた女の子がいます。匿いました。刺酢股源五郎と豆スピンに追われていました』と書いて冴子さんに見せた。
激しく扉をノックする音が続いていた。
冴子さんが頷くと僕の手からスマホを取った。
『どうするのよう!? 私が二人組をボコボコにしちゃおうかしら?』
僕は横に首を振った。冴子さんは僕にスマホを渡した。
『冴子さん、危険すぎます。刺酢股源五郎は世間から死神と名付けられているくらいの人物ですから、それなりの災いが振り掛かる恐れがあります。迷信は時として当たる場合もある』と僕は書いて冴子さんにスマホを渡した。
『わかったわ』と冴子さんはメールを打つとソファーにいる女の子の元に行った。
僕はベランダに行き鍵を閉めると茶の間に戻った。
ノックが止んだので覗き穴を見ると刺酢股源五郎と豆スピンは車に乗り込む所だった。二人が車に乗ると手動で窓を開けて南さんの家を見ていた。車は動く気配すらなかった。
「あっ!」と南さんは声をあげた。
女の子はベランダに向かって駆け出すと鍵を開けて外に出ていってしまった。
僕は血相を変えて女の子の後を追った。
女の子は走った。女の子は庭を走り抜けて、少しばかり小高い丘を駆け上がり闇に溶け込むように消え去ってしまった。鳥目の僕は女の子の姿を完全に見失ってしまった。
僕は南さんの家に戻ると南さんと冴子さんに「女の子を見失った」と伝えた。
まだ刺酢股源五郎と豆スピンの車は表に停まっているので、女の子は車から逆方向に走り去ったから無事に逃げきれたとは思うけど。
刺酢股源五郎の車がヘッドライトを点灯せずに、ゆっくりと動き出した。
「車は行きました。とりあえず大丈夫です」と僕は南さんと冴子さんに言って豆電気を点けた。
「南さん、女の子と話しましたか?」
「いいや、何も話せなかったわ。体を震わせてうつ向いていたわ」
「冴子さんも同じですか?」
「うん、同じよ。全く話せなかったわよん。話し掛けたけど何も答えてくれず仕舞いでしたっ」
「誰一人怪我もせず居られた事が幸いです。とりあえず、砂浜に書かれた文章を読みに行きましょう。南さん、懐中電灯をお願いします」
僕たち3人は懐中電灯を照らしながら、午後22時頃に、女の子が砂に書いた場所に行った。
「あった」と僕は砂浜を照らして言った。
『私が貴方の携帯電話を持っています。拾いました。返したいので会ってください。私は海の中に住んでいます。そこで保管しています。私と一緒なら大丈夫です。海の中に来てください。私の名前は』と名前は消えていたが書かれてあった。
読んでくれてありがたき幸せです!
最終回まであと少しです✨




