僕の愛しい恋人
恋は素晴らしい、愛することは、もっと素晴らしい。僕らは愛を信じるしか生きる道はないんだよ。愛する人がいると自由になれるんだよ。
僕は右手の拳を見ていた。久しぶりに血が騒ぎ、忘れかけていた闘争本能が目覚めた事に興奮をしていた。
僕はしばらく部屋の中をゆっくりと歩き回った。ボクシングをやりたいと思った切っ掛けは、憧れのボクサーがいたからだった。
テレビでよく見る有名なボクサーには1度も憧れた事はなかった。僕が憧れたのは、マクマードーと戦ったシャーロック・ホームズだった。
子供の頃「四人の署名」を読んだ時、その本の中に書かれていた、僅か12行からなる文章を読んで大いに興奮をしたものだった。
「シャーロック・ホームズのようなボクサーになりたい!」と言った時、両親は反対したが和雄爺ちゃんとスズ婆ちゃんが賛成してくれたので、近所にある小さなボクシングジムに通わせてくれたのだ。
敏捷性のあるボクサーを目指していたが、同時期にもう1つの夢である画家への希望が大きく胸に膨らんでもいた。
今は画家になる夢を追い掛けている。
今は、ようやく目指すべき道に踏み出していた。
僕は眠れずにいた。原因は2つあった。1つは頬の痛みはいくらか引いてきたが、アッパーカットをした時に右足に力を入れて踏ん張ったので、扉にぶつけた右足の小指の痛みがぶり返していたのだ。
もう1つは近くに美絵ちゃんがいることだった。
僕の彼女になってくれた素敵な女性。
初めて人を好きになって愛してしまった女性。
こんなにも幸せな気持ちになるなんて夢にも思っていなかった。
彼女のためなら自分の命さえも惜しくはなかった。
僕は美絵ちゃんのご両親に心から感謝をしたくなっていた。
ずっと美絵ちゃんの笑顔を見ていたいし、あの笑顔があれば幸せだ。美絵ちゃんの笑顔は本当に素晴らしい。
夏奈子と真美ちゃんと美絵ちゃんが楽しそうに抑えた笑い声を挙げていた。
時刻は午前1時になろうとしていた。今宵は夏休みだ。
『今を大切にしよう。幸せを求めて生きるべきだ』と僕は考えながら美絵ちゃんの事を想っていた。
僕は今、月明かりに照らされている。
人を好きになる、愛する人がいるということが、これほどまでに自分自身を強くするとは夢にも思わなかった。
「愛の力。愛するとは本当に凄いことなんだ」と感嘆の声を洩らした。
僕は考え続けていたら疲れがどっと一気に出てきてしまった。
敢えて言うと、今日は1日で20日分を過ごしたような激しい夜だった。
頭が回らなくなって眠気が急激に襲ってきた。
美絵ちゃん、夏奈子、真美ちゃんの幸せに満ちた笑い声が遠のいていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
静まり返った深い夜更けに人の気配を感じていた。
僕の部屋に誰かがいる。
人影が足音を忍ばせて僕のに傍に近付いてきた。
僕は目を開けて確認をしようかと思ったが眠りたい気持ちの方が勝っていたので、そのまま目を閉じて様子を見ていた。
美絵ちゃんの匂いがしていた。愛らしい匂い、可愛らしい匂い、愛しくて甘い香りがしていた。
美絵ちゃんは僕の布団の中に静かに入ってきた。
僕はゆっくりと目を開けてみた。
美絵ちゃんは僕の手を握ってきた。僕は黙って月明かりに照らされた美絵ちゃんの顔を見つめていた。
美絵ちゃんは涙を流していた。僕は指でそっと涙を拭った。
美絵ちゃんは儚げで美しかった。妖艶な生き物に思えたし、聖なる人にも見えたし、美人画から出てきた女性にも見えた。
僕は美絵ちゃんの美しさが欲しかった。
最初は絵のモデルとしての好奇心が大きかったが、改めて美絵ちゃんを見つめていると僕は美絵ちゃんに包まれていたいという想いが日に日に強くなっていった。
『美絵ちゃんの一部になりたい。美絵ちゃんに取り込まれてしまいたい』という願望さえも自覚していた。
女性は美しい。女性は美そのものだ。
画家が求めているのは女性の美しさだけだと言っても過言ではない。
ミュージシャンでも俳優でも小説家でも映画監督でも、女性の美しさを表現したい、形にしたいというのが本音だ。
女性とは芸術的な表現に相応しい、まさに美の最高峰の存在なんだ。
この世に女性に優る美しさはないと正直に僕は思う。
悩ましい存在でもあり、翻弄もされてしまう存在でもある。いつになっても気になる存在、それが女性だということだ。
女性を大切にすることが何よりも大事なんだと僕は思う。女性にどれだけの恩恵を受けているのかを認識して、女性に敬意を持って尊重すべきなんだ。
僕は美絵ちゃんが欲しい。いつも傍にいて欲しいと思う。
何処に行くにしても美絵ちゃんが一緒だと嬉しい。
僕は美絵小さながいなければ何も出来ないと感じ始めていた。
美絵ちゃんの愛に出会ってから心が大きく開かれていき、新鮮な気持ちで世界を見つめる事が出来ていて、素直なまでの僕がここにいる。
僕は美絵ちゃんを見つめていた。
「美絵ちゃん、大変な夜だったけど美絵ちゃんが怪我もせずに無事だったから良かったよ。怖い思いをさせてごめんね。折角、来てくれたのにさ。呼び出した僕が悪かった」と僕は美絵ちゃんに謝った。
「ううん、大丈夫よ。竣君が無事で本当に良かったよ」と美絵ちゃんは涙ぐみながら言った。
僕は美絵ちゃんの手を握り締めていた。美絵ちゃんは僕の胸の中にいて目を閉じていた。
僕と美絵ちゃんは、お互いの背中に腕を回して強く抱きしめ合っていた。
僕は心から安らぎを感じていた。安堵していて満ち足りていた。
僕は美絵ちゃんは、もう1人の自分なんだと強く思っていた。
僕と美絵ちゃんは疲れのせいか、強烈な眠気が襲ってきて微睡み始めて、抱き締め合ったまま、久しぶりに深い眠りに落ちてしまった。
美絵ちゃん、
僕は美絵ちゃんが好きだよ。
美絵ちゃんへの気持ちが強すぎて困ってしまうこともあると思うけど許して欲しい。
美絵ちゃんだけに、
僕の愛を捧げるよ。
美絵ちゃんのために僕は生きるよ。僕は美絵ちゃんに出逢うために生まれてきたんだよ。
美絵ちゃん、僕の愛しい彼女、美絵ちゃん。
愛する美絵ちゃん。
僕の生きる唯一の希望。
僕の女神。
僕の愛しい恋人。
つづく
読んでくれてどうもありがとうございました!




