運命の出逢い
竣は美しい女の子に話しかけられた。見知らぬ女の子に戸惑ったが共通の趣味から話が発展していく。運命の出逢いだった。
「写真を撮っていたんですか?」と彼女は可愛らしい声で話し掛けてきた。
彼女はとても良い匂いがした。柔軟剤なのか香水なのかは分からないけれど、僕は胸がときめくような甘酸っぱい気持ちになってしまった。
「そうです。僕は絵を描いていまして。海の絵を描くのに良いかなと思ったので」と言い、彼女の傍に近付いて撮ったばかりのスマホの写真を見せた。
「わぁ〜! 上手に撮れていますね」と彼女は優しい眼差しで写真を見つめていた。
彼女が少し屈むと本当に髪の毛が長いことがわかった。
「風景画を描かれているのですか?」と彼女は掻き上げた髪を左耳に乗せながら言った。
シャンプーの匂いも素敵な香りだった。僕は完璧に甘酸っぱい気持ちに支配されている。
僕は一気に胸が高鳴り、熱くなってきたので『ヤバイ。気づかれる』と思い必死に堪えていた。
「風景画はあまり描いたことがないんです。僕は人物画が得意なので、ほとんど肖像画、7分身像が多いんです。人物画が好きなんです」と素直に話した。
「へぇ〜凄いんですね。人物画の写真があれば、ぜひ見せてもらえますか?」と彼女は感心しなから言った。
「はい。どうぞ」と僕が描いた何枚かのデッサン画と油絵の写真を見せた。
彼女は言葉を一言も発せずに真剣な眼差しで絵を見つめていた。
彼女は僕が2ヶ月前に完成させた7分身像の15号の油絵に見入っていた。
彼女になんと言われるのか分からなくて不安になってきたので鼓動が更に2段ほど早くなってきた。
「綺麗なモデルさんですね。彼女さんなんですか?」
「いや、いや、全然。幼なじみなんです。モデルになってくれて感謝をしていますが、全然、落ち着きがない子でして、完成までかなりの時間が掛かって大変でした」と僕は幼なじみの亜美を思い出しながら言った。
「アハハハハ」と彼女は口を開けて可愛い声で笑った。気取っていない子だなぁ、と僕は思った。
「私も絵が大好きなんです。描くのは苦手だけど見るのは得意ですよ。好きな画家はいますか? 私はシャガール、ルノアール、モネが好きです。他にも、まだ一杯たくさんいますけど」
「僕はレンブラント、モディリアーニが好きなんです。最近まで、ちょっと彼等から抜け出せない所までハマって大変でしたよ。もちろん、他にもたくさん、好きな画家はいます。フェルメールはどうですか?」
「モディリアーニは良いですよね! フェルメールは、フェルメールブルーですよね? フェルメールは素敵だなぁ。私もフェルメールは好きです」と彼女は嬉しそうに一瞬跳び跳ねた。
「フェルメールは良いですよねぇ。あの青は素晴らしいです」僕は彼女と好きな画家に共通点があったので嬉しくなってしまった。
「素敵な青ですよねぇ。一説には、あの青を出すのは凄く難しいと言う話もありますよね?」と彼女は声を落として秘密を打ち明けるような深刻な話し方をした。自分のトーンが可笑しかったのか彼女は照れて笑っていた。もちろん、僕も笑った。
夕闇が迫っていた。そろそろ彼女の顔も見えずらくなってきた。
「どうもありがとうございました! すみません。せっかく撮影していたのに、お邪魔してしまって。この辺で戻ります。帰りますね」と彼女は優しく頭を下げて一礼した。
「いえいえ、とんでもないです。とても楽しかったです。こちらこそ、どうもありがとうございました。絵を見てくれて、ありがとうね。気を付けて帰ってください」と僕は深々と頭を下げて彼女に言った。
「こちらこそら絵を見せてくれて、本当にどうもありがとうございます。私の家はすぐそこなので大丈夫ですよ」と彼女は笑顔で腕を挙げて東の方角を指差したのだが、釣られて方角を見ても、辺りの家並みが暗く染まっていたので何処に彼女の家があるのかは、全く判断が出来なくて難しかった。
「では失礼します」と言い彼女は言い残してその場を去っていった。
左足首の包帯が気になったが、足取りはしっかりしていたので心配の必要はないようだった。
僕も自転車にまたがり家路を急いだ。
◇◇◇◇◇
家に着くと、玄関からカレーの美味しそうな匂いが漂ってきた。
「ただいま〜!」
「お帰り。竣、もうすぐ、カレーライスだよ」と台所から母の声がした。
「わかったよ。出来たら呼んでね」と僕は言って直ぐに自分の部屋に行った。
僕はベッドに腰を掛けて枕元にスマホを置いた。
ため息をこぼすと、頭に色々な事が浮かんできた。
言葉では順序だてて説明する事ができない熱い想いに溢れていた。
『素敵な女の子だったなぁ。近所では見ない顔だけども年上かもしれないな。
あの娘は良い匂いがしていたなぁ。
う〜ん。名前を聞いておくべきだった。
写真を撮らせてもらえばよかったし。
カレーはまだかな? 彼女もカレーが好きかな?
あの娘は綺麗な人だな。本物の美人だった。
何歳なんだろうね?
僕は失礼のないように、ちゃんと敬語を使って、相手の目を見て話せていたかなぁ?
不審な動きや失礼な態度は取っていないよな?
それにしても、カレーはまだかなぁ〜?
あの娘は、一体、誰なんだろう? また会えるのかなぁ?』と思っていた。
ごちゃ混ぜになった感情を僕はどうしたら良いのか分からなかった。
こんなに心細くて寂しい気持ちになったのは生まれて初めてのことだった。
ノックもせずに和雄爺ちゃんが扉を開けると「竣よ、飯だぜ」と言ってあっさりと直ぐに扉を閉めた。
全くカレーライスの味が分からなかった。
僕はどうしてしまったんだろう? 水を飲んで喉を潤してみた。
スズ婆ちゃんは僕を見て頷いた。
『竣よ、頼むぜ。温泉の話、和雄爺ちゃんには秘密だよーっ、秘密だよーっ』と僕にテレパシーを送っているようだ。
僕は何度も瞬きを繰り返して了解の合図を示した。
和雄爺ちゃんはテレビの野球中継に夢中になっていた。
「爺ちゃん、テレビばかり見てないでカレーライスを食べなさいよ! いい加減にしなさい!!」とスズ婆ちゃんは怒鳴った。
「この監督は全然ダメだな、話にならんね。なんでここで代打なんだよ! バカタレが。俺の方がこのチームの監督に向いている」と和雄爺ちゃんはテレビに向かって威張っていた。
スズ婆ちゃんは麦茶を取りに行った。
母、幸子は「お父さん、遅いわねぇ~」と言って時計を見上げた。
僕は味が全然わからないカレーライスを食べては彼女の笑顔を思い浮かべていた。
『やっぱり写真を撮らせてもらうべきだった。名前も聞くべきだった』と僕は強く後悔をしていた。
「何なんだよ! へたくそがっ!! 結局、代打は三振かよっ! だから俺がさっき言ったろうがよ! 代打はダメだって! 俺の話を聞かないからこうなるんだよ!! ったく…」と和雄爺ちゃんはテレビに向かって文句を言って威張っていた。
つづく
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