Here Comes The Sunが聞こえた
会わせたかったんだ。
「ちょっちぃ(ちょっと)、そこのヤング・ボーイ、ヤング・ガール」僕は美華ちゃんと亜美と一緒に射的屋に行こうとしたら、見知らぬおじさんに声を掛けられた。
年齢は50代半ば、白髪でデニムの長袖に黒の革パンツを履いていた。
「ハンサムなヤング・ボーイよ、ヤング・ボーイに聞く。昨日さ、赤いバンダナをさ、デパートの1階にある売り場で見つけて買ったのよ。700円だった。おじさんはね、子供の頃からね、赤いバンダナに憧れてたのよ。ブルース・スプリングスティーンになりたくてね。赤いバンダナに憧れてたの。でさ、この赤いバンダナをさ、楠見オールナイト祭りでさ、下ろし立ての革パンツと一緒におでこに巻こうと決意したんだわ。でさ、今からさ、おでこに巻いてみるから、見てて欲しいんだわ」とバンダナおじさんは鞄から青いメガネケースを出して掛けていたサングラスをケースに入れた。
「はあ、どうぞ」と僕はつまらなさそうに言った。美華ちゃんは首を傾げて怪しんで疑いの眼差しで見ているし、亜美は笑いを堪えて見ていた。
「いくよ、赤いバンダナをお披露目します。本邦初公開だからさ、堪らないくらいにドキドキしちゃう」とバンダナおじさんは、はしゃぐように言った。
「はあ、それはそれは、めでたい」と僕は無関心のまま促した。
「ちょっちい、待って! 緊張してきたからさ、1回、深呼吸をしてもいい?」とバンダナおじさんはキラキラと瞳を輝かせて言った。
「遠慮なくどうぞ」と僕はくだらなさそうに言った。
「じゃあさぁ、この場合はさ、胸より腹式呼吸だよね? たぶん そうだよね?」とバンダナおじさんは唇を噛み締めながら悩んで言った。
「そうかもしれないです」と僕はテキトーに答えた。
「竣、瀬都子と憲二のところに戻るね。美華ちゃんも一緒に行こうよ」と亜美は美華ちゃんの手を引っ張りながら言った。
「竣くん、いい?」と美華ちゃんはすまなさそうに言った。
「いいよ。後でね」と僕は優しく言った。美華ちゃん、可愛いわ。
「ハンサム・ボーイ、赤いバンダナを出すけどさ、取ったり盗んだりするなよ。買ったばかりなんだからな」
「はい、了解」僕はイライラしてきた。
「ジャーン。これが赤いバンダナだ!」
どこにでも売っている在り来りの安物のバンダナだった。
「巻きます!」バンダナおじさんはポケットから赤いバンダナを出して2、3回深呼吸をすると、おでこに巻こうと必死になって格闘していた。
「あららっ!? 何故だか赤いバンダナが巻けない。気持ちは負けないのに 」とバンダナおじさんはアゴを引いて、アゴをしゃくらせて、肩を上げて、両腕に力こぶを出して赤いバンダナを引っ張りながら結ぼうとしていた。
「ウーン、ウーン」とバンダナおじさんは唸りながら巻くチャレンジをしていた。
僕は、早く巻けよ、と喉元まで言葉が出掛かっていたがこらえた。
「認めたくないけどもさ、巻けないのは頭蓋骨に異変があるからかもしれない。昔、お兄ちゃんとね、プロレスごっこをしていたらさ、お兄ちゃんのバックドロップをまともに食らってさ、扉に直撃した事があるわけ。たぶん、後頭部が横に平べったくなったと思うのよ。バックドロップが原因だと思う。ちょっちい、後頭部に異変がないか見てもらえる? 触っても良いからさ確認してみてよ」とバンダナおじさんは後ろ向きになったので僕は少しだけ触って確認した。
確かに横に平べったくなっているような気がしないでもない。
「大丈夫だと思いますよ」と僕は特に心配する気もなく言った。
「そう言って貰えるとメチャクチャ安堵」とバンダナおじさんはヒュルルリンと口笛を吹いた。
「早く巻けよ」と僕は思わず小さな声で言ってしまった。
「はっ!? 今、なんか言っただろう?」とバンダナおじさんはしかめっ面をして低い声を出して言った。
「急いでいるんで早く巻いてくださいよ。巻くのを見ていますから」と僕は言って右足で貧乏ゆすりをした。
「そんな態度でくるならば、大人の立場としては黙っていられない。侮辱罪で君を訴えることも出来るんだよ。大人は何でも出来るんだよ。そこでだ、今、いくら持っているんだ?」とバンダナおじさんは一気に豹変した。
「じゃあな、おっさん」と僕は言って立ち去ろうとした。
「ちょっちい、待てよ。和解金だよ、和解金」とバンダナおじさんは僕の前に立ちはだかって言った。
「完璧に新たな詐欺だな」僕はため息を吐いて呟いた。
「詐欺とは人聞きが悪い。あくまでも示談による示談金、または和解金を提示する意思を示したまでだよ」とバンダナおじさんは恐喝気味に言った。
「バイバイ」と僕は言って足早に立ち去ろうとしたらバンダナおじさんに肩を捕まれた。
「おい、ガキ。祭りに来るガキは金を持っているエビデンスがあるわけ。出せよ、持っている範囲で許してやるからさ。財布をちょっちい出してさ、中身を見せてよ」とバンダナおじさんは明らかにカツアゲをしてきた。
「くだらない大人だね。呆れるよ」と僕は言って、バンダナおじさんの、みぞおちにパンチを出した。
「ぐえっ、あはぁー、うっ、うっ、おえっ」とバンダナおじさんは涙目になってヨダレを溢しながら呻いていた。
「おい、バンダナおじさん、ごめんなさいは?」と僕は首を鳴らしながら言って、バンダナおじさんに反省を促した。
「おえっ、ぐお~っ、ぐえ~っ。苦しい。ようやく3日前に胃潰瘍が治ったばかりなのにさ、ぐえ~っ」とバンダナおじさんは要らん告白をした。
「そんなこと知るかよ」と僕は言って踵を翻した。
「待てよ!」と横から1人の中年が現れて向こうに着いてこいというゼスチャーをした。向こうは人気のない草原になっていた。
実に面倒くさい。僕はこれ以上関わりたくないので、ここは立ち去るに限る。
「向こうに行けば許してやるから、着いてこいよ」とサラリーマン風の中年が言った。
突然、後ろから肩を掴まれたので僕は緊張して振り返った。
そこにいた男に見覚えがあった。
いつだったか、僕は駅前で似顔絵を描いていた。将来、画家になるために技術を磨くための腕試しをして稼いでいた時期があったんだ。
ある日、2、3人の不良に絡まれたので、イーゼルの横にお客様がいたが、僕は素早く不良を倒した後、もう1人遠くから近づいてきた人影があるのに気付いた。
妙に迫力のある同じ年頃のハンサムな男が、ゆったりとして佇んでいた。僕は一目見て「これはヤバいかもな。今までの奴らとはまるで違うよ。明らかにコイツはただ者ではないな」と一瞬で察知したので、ここは一先ず、引き下がる形で椅子に座ってやり過ごそうとしたんだ。
男とは、確か、簡単な言葉を少し交わしたと思う。会話の内容はあまり覚えていないけど。あの時の男が、今、目の前にいた。
「おやっ、前に会ったことがあるよね?」と男は驚いた顔を見せて言った。
「ああ、覚えているよ。駅前だよね?」と僕は嬉しくなって言った。
「そうそう。駅前だったね。君は、えーっと、そうだ。瀬川竣くんだよね?」明るい兆しが現れたような言い方だった。
「ヒア・カムズ・ザ・サン」と僕は呟いていた。
「えっ?」と男はキョトンとした顔をして言った。
「いやいや、なんでもない、なんでもないよ」と僕は恥ずかしながら独り言を言っていたみたい。
「君の名前は?」と僕は言った。
「俺は川崎悠平だよ。ヨロピク!」と男は名乗った。
なんだか新しい友達の予感がする。
つづく
ありがとうございました!また読みに来てくれたら凄く嬉しいです!次回もお楽しみに!




