昨日のメロンソーダ
竣、美華、憲二、亜美、梨香、瀬都子。友達は掛け替えのない大切な宝物。煌めく時間と風景の中で、若いエネルギーが喜びに溢れている。今、この時を、ずっといつまでも忘れたくはない。友情、恋愛は本当に素晴らしい。
眠りが浅いのは足の痛みのせいではなかった。
隣の部屋でスズ婆ちゃんが荷造りしていて騒がしかったのだ。
時刻は土曜日深夜の午前2時40分。
夏奈子になら「うるさい! 早く寝ろよ!!」と一喝で済むとこだが、さすがにスズ婆ちゃんにはマズイ。
昨日は本当に幸せな時間で楽しかった。
足の怪我をしてしまったけどれも、美華ちゃんと話せて嬉しかった。
僕は亜美の家に遊びに行った帰りを思い出した。
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「竣、ありがとうね。足を早く治して良くなってちょうだいね。美華ちゃんもいつでも良いからまた遊びに来てね」
「うん。亜美ちゃん、ありがとう。また来るよ」美華ちゃんは亜美と抱き合って別れを惜しんだ。
「竣、そこまで美華ちゃんを送ってあげてね」
「わかったよ。亜美、足のことは気にしないでくれよ。僕の不注意だから」
「うん、わかった」
3人は亜美の玄関先で手を振って別れた。
僕と美華ちゃんは、少しだけ、本当に少しだけ歩いた。
「美華ちゃん、ほら、ここが僕の家なんだよ」と僕はすぐ隣の家を指差して美絵ちゃんに教えた。
「フフフフ。本当にすぐなんだね」と美華ちゃんは家を見上げて言った。
「だいたい歩いて20秒くらいかな」
「ウフフ、近すぎるね」
「そうだ! 美華ちゃんを描いた絵があるんだよ。良かったら、今、持ってくるからさ、少しだけ時間、良いかな? 絵を見てくれる? ちょっとだけ待っててよ」
「うん、良いよ」と美華ちゃんは後ろに手を組んで大きく頷いた。
僕は自分の部屋に行き、美華ちゃんをイメージして描いた3枚のデッサン画を手に持った。
「お兄ちゃん」夏奈子が僕の部屋に顔を出してきた。
「なに?」と僕は素っ気なく言った。
「私のお菓子とメロンソーダを知らない? どこにもないんだよね」と夏奈子は頬を膨らませて苛立ち気味に自分の腕を組んで言った。
「知らないよ」と僕はまた素っ気なく言った。
「また爺ちゃんかなぁ」と夏奈子は言ってスタスタと足早に和雄爺ちゃんの部屋に行った。
僕はデッサン画を持って急いで外に出た。
美華ちゃんはスズ婆ちゃんの紫陽花を眺めていた。
「美華ちゃん、これなんだけど、どうだい? 感想を聞かせてくれるかい?」とデッサン画を美華ちゃんに差し出した。
美華ちゃんは絵を真剣な眼差しで見つめていた。
一言も言葉を発しないで見ていた。
美華ちゃんは綺麗だった。絵を見ているだけでも素晴らしく美しかった。
『美華ちゃんの絵を描いてみたい』という気持ちが更に膨らんでいった。
美華ちゃんは一枚ずつ丁寧に見ていた。一枚見終える度に僕にデッサン画を手渡していた。
「竣君とても素晴らしい絵だわ! この絵のモデルは私じゃないみたいに見えるわよ。本当にありがとう。こんなに綺麗に描いてくれて。嬉しいよ。凄く幸せな気持ちになったわ」と美華ちゃんは嬉しい言葉を言ってくれた。
「この絵のモデルは間違いなく美華ちゃんだよ。頭の中から取り出した記憶を元に描いているからさ、細部には行き届かない所が多少あるけどもね、そこは許してね」と僕は照れながら言った。
「ううん、そんなことないわよ。このままでも作品の1つとして成り立っているよ」と美華は暖かく励ましてくれた。
「本当かい? そう言ってくれると嬉しいです。ありがとうございます。わかった。このままの感じで進めて描いてみます」と僕は頭を下げて御礼を言った。
「竣、誰だい?」とスズ婆ちゃんが帰宅して言った。
「スズ婆ちゃん、こちらは転校してきた柏木美華さんだよ。美華ちゃん、スズ婆ちゃんだよ」と僕は紹介した。
「どうも今晩は。はじめまして。柏木美華です」
と美華ちゃんは畏まってスズ婆ちゃんに頭を丁寧に下げた。
「今晩は。竣の祖母のスズと申します。竣、凄く綺麗な娘だねぇ」とスズ婆ちゃんは言って美華ちゃんをじっと見つめた。
前にも言ったけど美華ちゃんとスズ婆ちゃんは似たところがあった。
スズ婆ちゃんはまだ美華ちゃんを見つめていた。
美華ちゃんは少し困惑をして僕に視線を預けた。
僕は縦に頷くと『大丈夫だよ』と口を動かした。
美華ちゃんも小さく頷いた。スズ婆ちゃんが人を見抜く能力は侮れなかった。
「うん。この娘は大丈夫だね」とスズ婆ちゃんは何度も頷いた。
「美華ちゃん、これからも竣と永くいつまでも付き合ってくださいね。竣、大事にするんだよ」とスズ婆ちゃんは穏やかな声で言って家に戻っていった。
「竣君、スズ婆ちゃんは凄くカッコいいねぇ!」と美華ちゃんは嬉しそうに言った。
「そうだね」と僕は身内が誉められたので嬉しくて笑った。
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あの時、何故スズ婆ちゃんは『あんな言葉を言ったのだろうか?』と僕はしばらく考えて布団の中で隣で荷造りをしているスズ婆ちゃんの姿を思い描いた。
次第に瞼が重くなり、うつら、うつらとしてきた。
僕は自然に微睡みがきて深い眠りに落ちていった。
「竣、おはよう! 朝よ。終業式ですよ。もう起きなさーい!」と母、幸子は買ったばかりのピンク色のエプロン姿て起こしに来た。
「おはよう。スズ婆ちゃんは行ったかい?」
「朝の5時にタクシーに乗って、ウメさんとトメさんと行ったよ。竣、今日から3日間、B計画の作戦だからね」と母は陰謀めいた口調で言った。
「了解」B計画の作戦。これは後に分かる。
僕は朝食を食べ終えて余裕を持って学校に行った。
今日も太陽が輝いているよ。夏の朝は本当に素晴らしすぎるよ。
教室に入ると、ほぼ皆が椅子に座っていた。
「竣君、おはようございます。ちょっと、足はどうしたんですか?」と佐登瀬都子はしゃがんで言った。
「おはよう瀬都子さん。暑いねぇ。足は大丈夫、大丈夫。ぶつけただけだよ」
「そうですか……。お大事にしてくださいね。竣君、はじめて私を瀬都子と名前で呼びましたね。ありがとうございますね」と佐登瀬都子は顔を赤らめて言った。
「いつまでも委員長だと失礼だもんね。これからは瀬都子で呼ぶよ。よろしくね!」
「わたくしも、竣君、または竣と呼ばせて貰いますね。よろしくです!」と佐登瀬都子は嬉しそうに頷きながら言った。
「竣、おはよう。絵はどんな感じになっているの?おい!? 足をどうしたんだよ? 大丈夫かい?」と憲二が袖を捲りながら言った。
「大丈夫、大丈夫。ぶつけたんだ。ほっときゃそのうち治るさ。
絵は木炭紙サイズの紙にでデッサンをしてから油絵に取りかかるつもりだよ」と僕は筆を動かす真似をして言った。
「そうか。そいつは楽しみだなぁ。夏休みになったらさ、ちょくちょく会おうぜ。一緒にデッサンをしよう。たまには公園で風景画も良いね」と憲二は言った。
「楽しみだねぇ」と僕は憲二の肩に手を置いた。
「おはよ〜う! 竣、足はどんな状態なの? 大丈夫なの?」と亜美が梨香と一緒に登校してきた。
「竣君、聞いたけど足は痛そうだね?」と梨香は屈んで足を覗き込むようにして言った。
「もう大丈夫。ほら!!」と右足で立ったが本当は痛いので5秒だけで立って止めた。痛い。
足首に痛みが移っているのが気にかかる。
『後で保健室の先生に聞いてみようかなぁ?』と僕は考えていた。
「皆、おはよう!」と美華ちゃんが登校して来た。
男子が全員振り向いて「美華ちゃ~ん、おはようございまーす!」と一斉に言った。
美華ちゃんは僕に気づき歩み寄ると「竣くん、昨日は大変だったね。足は大丈夫?」と美華ちゃんは初めて僕を呼び捨てで言った。
憲二が驚いた顔をして僕を見ていた。
「美華ちゃん、大丈夫だよ。もうすっかり良くなりつつあるよ」と僕は本当の嘘を言った。
「そう良かったぁ。早く治ると良いねぇ」と美華ちゃんは安堵した表情を浮かべた。
「瀬都子ちゃん、はい、どうぞ」と美華ちゃんは映画『男と女』のDVDを手渡した。
「ありがとう! 楽しみです! 見終えたら、すぐに返却を致しますので美絵さんの連絡先と住所を教えて頂けますか?」と佐登瀬都子は珍しく上機嫌で言った。
「良いよ。じゃあ瀬都子ちゃんの席に行こう」と美華ちゃんは言って後ろの席へと移動した。
「おい、竣。いつから名前で呼び合う仲になったんだよ?」と憲二は目を丸くして言った。かなり驚いているみたいだ。
僕は目を閉じて、声でギターの音色を真似てからイントロを口ずさんだ。
ギターを弾いているフリをして首を左右に振ってリズムを取ると腹から吐き出すようにしてポールが作った名曲、「♪ イエスタディ〜♪ だよ~」と歌った。
「♪ マジでイエスタディ~、なんだよ~♪」と歌いながら答えた。
終業式は無事に終わったけど、体育館での教頭先生の話が長くてうんざりした後の、校長先生の話が更に長くて、長くて、夏の昼下がりで暑苦しい中だと相当辛かった。
教室に戻って、一通り済ませると先生が終業の挨拶を言って僕らは帰宅に向かった。
美華ちゃんと亜美と梨香と瀬都子は約束があるようだ。
「夏休みも皆で頻繁に会おうねっ!」とピースをしながら亜美が言って、横断歩道の手前で僕たちと別れた。
僕と憲二は近くのコンビニへ涼みに行った。
「アイスを食べようぜ」と僕は言った。
コンビニは同じような学生で混雑していた。
憲二はアイスの売り場に行き冷凍庫を空けた。
「涼しい! いやぁ、美味そうだなぁ。俺はバニラ味のソフトクリームにするよ」と憲二は言った。
「僕はストロベリー味にしよう」と言ってレジへ向かう。
僕らは店の前に置いてあるベンチに座ってアイスを食べた。くつろぎの一時を味わうとはこの事だ。
夏の空は高くて頼もしかった。毅然とした青空には鳥たちが無風の中でも旋回を繰り返していた。
優雅な鳥の飛行を見ていると『鳥は凄いな、自由だな』と僕は心から思った。
アイスを食べ終えると、僕は思い出して再びコンビニに入って行った。
「竣、どうしたんだ?」と憲二は仰天していた。
僕はお菓子とメロンソーダ2本を買った。
「竣、食い過ぎだって。晩飯が食えなくなるぞ」と憲二が半分だけ怒って言ったが仕方ないという表情を見せて笑った。
「いや、これはさ、違うんだよ。夏奈子の分だよ。憲二、じゃあ、また明日な」と僕は片手を上げて言った。
憲二とコンビニで別れた後、僕は、そのまま真っ直ぐ家に帰宅をしたが、皆、誰もいなくて留守だった。
僕は台所に行って冷蔵庫を開けると、夏奈子のお菓子とメロンソーダを入れた。
時計を見ると時間は午後2時50分だった。
僕は『部屋に行って少し昼寝でもしようかな?』と考えた。
「ただいま〜!」タイミング良く母と夏奈子が一緒になって帰宅をした。
夏奈子は夕方からバンドの練習に行く予定だった。
夏奈子がドタバタと廊下を走って行き、茶の間の扉を開け閉めすると、僕の部屋に来て扉を強めに叩いた。
「お兄ちゃ〜ん。ちょっと、今、良いかい? 起きているぅ? 冷蔵庫にあるお菓子とメロンソーダはどうしたの? お兄ちゃんが買ったの?」と夏奈子は嬉しそうに言った。
僕は薄目を開けてから、「知らないよ」と答えた。
つづく
ありがとうございました!次回は土曜日に投稿をする予定です。よろしくね!




