回想
美華は竣を見つめていた。抑えられない気持ちをお互いに秘めていた。恋に落ちるのに、早かろうが遅かろうが時間などは関係がなかった。2人の世界が少しずつ構築されいく。2人は愛し合う運命だった。お互いの気持ちをまだ知らずにいる2人のこれからの物語。恋をすると確実に世界は変わってしまいます。それは、それは、本当に凄くて素晴らしいこと。
私は竣が屈託なく笑うのを見ていて抱きしめたい衝動に駆られていた。
腫れ上がった右足の痛みに耐えながら、優しく亜美ちゃんや私に振る舞う竣の笑顔や気遣う姿を見て、心から愛しい気持ちになっていた。
私は竣の笑顔を見ていると幸せな気持ちになった。
私は引っ越しをした日と海で出逢った時の竣を思い出していた。
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引っ越しを終えたあの日の夕方、私は手伝いを終えて『さて、夕食の時間までどうしようかな?』と考えていた。
私は早く慣れるためにもと思って、町並みや人の雰囲気が知りたくて近所を散策しようと考えていた。
1週間前、初めて新しい家を見に行くために家族4人で父の運転する車で引っ越し先を訪れた。
私は助手席の窓から見える晴れ渡る青空、穏やかな海に見とれていた。
私は海を眺めているうちに溢れてくる、胸の高鳴りと興奮と喜びが爆発しそうになっていた。
『期待に胸を膨らませているとは、この事なんだなぁ』と思っていた。
私は車の窓を開けると潮の香りが鼻の奥を一気に突き抜けていくのを感じた。
心地良い潮風。
暖かい風が車内を満たしていく。
私は海を見ていると遥か昔から備わったきた人間の本能の記憶の蓄積と断片が蘇る感覚に陥っていた。
『人は海に還っていく』というスイッチがこの瞬間に入ったようにも感じていた。
家の傍に海があるのは凄く嬉しい、暖かい潮風が嬉しい、綺麗な砂浜が嬉しいと私は心の中で喜んでいた。
憧れていた解放感が堪らない。海は自由を感じる最高の場所の1つだ。
『私にどんな出逢いが待っているんだろう? 素敵な出逢いが訪れますように』と流れていく風景を見ながら心の中で何度も願っていた。
車のラジオからはアナウンサーが、ある俳優が一般女性と駆け落ちをしたというニュースを話していた。
私はCMの後に流れてきたバート・バカラックの『雨にぬれても』を聞き入っていた。
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散歩は私の自宅から歩いて10分以内の所にある海を見に行こうかと考えた。
夕陽が綺麗な海や砂浜を歩いてみたかった。
海へ向かう間、私は砂浜を歩いて波打ち際まで行き、足をさざ波に浸しながら歩きたいと思っていた。
海は波の音以外はなにも聞こえなかった。
人気がほとんどなかったが少し離れた所で写真を撮っている男の子がいた。
私は夢中で真剣な彼の姿を静かに眺めていた。
たぶん、私と同じ年頃の学生だろうなと思いながら、気楽な気持ちで私の方から声をかけに彼の元へ近づいていった。
呼び掛けてみた。
私は振り返った男の子の顔を一目見て思わず息を飲んでしまった。動揺から声が上ずるはず。明らかに慌ててしまった。
私は一瞬で男の子に惹かれてしまったのだ。
彼はナイーヴな表情をしていて繊細な感性の持ち主だというのがわかった。
前髪が瞳に掛かっていた。
瞳は二重瞼で大きく、野性味がある鋭い輝きを放っていた。ルックスは何処と無く、昔見た古い作品の映画スターに似ていた。
私は『抗いがたいほどに、凄くハンサムな男の子だなぁ』というのが彼の第一印象だった。
スマホを持つ彼の指先が驚くほど綺麗だった。長くしなやかな指には砂が付いていた。彼の綺麗な手を見ていると、指先から醸し出される色気が妙に気になって仕方がなかった。
彼の佇まいや雰囲気は何処か寂し気に見えた。私には踏み込めない心の場所があり、抱えている痛みや傷を隠しているようにも思えた。
時おり見せる彼の潤んだ強い視線が魅惑的だった。彼の笑顔は長いこと何かを待ちわびていて、途方に暮れた感じがして儚げに見えた。
『人と違う何かがこの男にはある』と私は感じ取っていた。ぶれることのない私の直感だ。
彼は私に似ているように思えた。
彼の明るい笑顔は、闇に飲み込まれそうな孤独な魂を守るために、必死な抵抗や命を掛けて抗うための必要な手段に思えた。彼も戦っているんだと思う。
私の買い被りだろうか? 私が思う確かなことは『彼は魅力的な男性で、他の男とは全然まったく違う』ということだった。
悲しげだけど物凄く素敵だということ。
恐ろしくハンサムだけどと独りぼっちだということ。
私は初対面なのに、彼に対して好意を抱く心の揺れや感情に戸惑っていた。
私の心が彼に見透かされてしまい、好意を持っている事に気付かれたような気がして、少し怖かった。
『こんな気持ちは生まれて初めてだわ。これが一目惚れなんだ。恋なんだ』と私は心で呟いていた。
私は彼に恋をして、真っ直ぐな気持ちを持って好きになってしまった。
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亜美ちゃんが面白い話を披露して笑っている。私も笑う。
『亜美ちゃんは良い娘だなぁ。優しいし、思いやりがあって、とても素敵な娘だなぁ。竣君と幼馴染みだなんて、ちょっぴり妬いてしまうよ』と私は思っていた。
私はさりげなく竣君を見つめた。
竣君は優しい顔でいつまでも笑っていた。
『竣君の傍にいたいな。ずっと見つめていたい』と私は思っていた。
私は竣を愛し始めていた。
つづく
読んでくれてありがとう!




