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宿屋ルラル

宿屋ルラルのオーナーであるラビオムーン。3年前に奥さんに逃げられてから愛想が悪くなり、頑固者になったんだとか。竣、憲二、ソフィア。上手く会うことができるのかな?

 思っていたより宿屋ルラルは立派な作りになっていた。僕の町にある2階建ての旅館くらいの大きさはあった。

 

 訪れる数は少なくても、以前に不思議な出来事に遭遇した人間がいて、観光や何かで来ている様子が十分に伺えられた。

 

 妖精ソフィア、空を飛ぶ練習をする子育て中の妖精の母親と息子たちは、僕らに会って話をしても全く驚いた様子がなかった。人間との接触に慣れているからだろう。

 

 カフェのようなモダンな佇まい、派手な作りじゃなく質素で品のある宿屋ルラルは、深みのあるチョコレート色の外観が目に優しい。

 

 目の前にある白い看板には『老舗中の老舗、宿屋ルラルへようこそ! オープン500年記念キャンペーン実施中! 宿泊料金は前金でお願い致します』とピンクのペンキ? で書かれたような文字があった。

 

 僕は視線をルラルの隣にある薬屋の『アッチュマ』を眺めた。こちらは赤と白を混ぜた配色、ストロベリーのショートケーキみたいなメルヘンチックなお菓子の家みたい。

 

 「待てソフィア……、いや漆島蘭(うるしまらん)」僕はルラルに走って入ろうとするソフィアの腕を引っ張った。

 

 「いたたたたっ! 肩を痛めたら魔法の粉が投げれなくなる。支障が出るんだってばよ! なによ! ちょっとダメだからね~、私が一番乗りだよ~ん。1番とっぴ! 渡さなぁ~い」ソフィアは口を尖らせて入り口に行こうとした。

 

 「ソフィア、はしゃぎすぎるな。頼むから上手く人間のフリをしてくれよ」僕は間違いを犯さないために念を入れて言った。

 

 「大丈夫だっつ~の。私に任せておけば良いから」ソフィアは明らかにはしゃぎ過ぎだ。

 

 「ソフィア、出過ぎた真似だけはするなよ」僕はソフィアの腕を離した。

 

 「ねぇ、竣君。かなり心配性なんだねぇ。ソフィアを……、いや、漆島蘭をナメたらダメだよ~っ。ワァハハハハ」ソフィアはスキップしながら先陣をきってルラルの扉をあけた。

 

 僕らは貨物列車のように並んで入って銀色のゲートを潜り抜けた。

 

 「ブビビビィーーーン! ブビビビィーーーン!」2回もオナラ臭いダサい音が鳴り響いた。

 

 立派な銀色のゲートは金属探知機か薬物探知機、異臭探知機その物だけど、音が不味くてニヤけてしまった。

 

 僕らは「臭っ、あはははは」と言って笑い出した。

 

 「まだオナラの音で笑えるなんて思春期ってピュアだよな」と僕は憲二に同意を求めた。

 

 「そうだな。竣、俺はまだウンコという言葉の響きで爆笑出来る自信があるよ」と憲二は言って吹き出した。

 

 「フッ、小学生かよぉ」僕は小馬鹿にするように憲二には言ったが、ウンコくんは、まだ僕自身も笑える範疇の言葉の一種だった。

 

 僕は鳴り響いた警告音に驚いたが、怪しい物を携帯していないので完全に安心しきっていた。

 

 窓際にいた警備員の1人が早足でこちらに歩いてきた。

 

 「すみませんが、確認のために、もう一度、銀色のゲートを潜って下さい」ロールプレイングゲームで見たような剣と盾を持った厳つい武装の警備員は冷めた目で僕を見た。


 「宿屋なのに、ずいぶんと厳重な警備なんですね」僕は微笑んで話し掛けた。顔色を変えない警備員の笑顔を見たかったからだ。

 

 「最近、色々ありましてね、金を払わない不良の魔法使いがいたり。タチの悪い連中がいましてね、魔法使い入店御断りの飲食店が増えています」警備員は憎たらしげな顔をした。

 

 「もう1つは、先日、深夜に妖精を食べる『ガダリイ』というのが村に現れたんですよ」警備員はアゴを突き出して話した。

 

 「ガダリイ?」僕は初めて聞く名前に首を傾けた。

 

 「ええ。ザンビガスの洞窟に居ると言われている鬼婆のことです。ガダリイはこちらの言葉で鬼婆の意味になります」

 

 鬼婆は子供の頃に和雄爺ちゃんから聞いたことがあった。

 

 和雄爺ちゃんの話だと、『竣、夕方7時の門限を守らずにいて、夜遊びばかりしているとな、洞窟から出てきてよ、さ迷って、人間を食らう悪霊に取り憑かれた頭がイカれている憐れな鬼婆が現れてよ、食べられちゃうぞぉ~っ。怖いだろう? どうだビビったか? 晩御飯は家族揃って食べなきゃならんよ。竣、7時までに戻れよ』と和雄爺ちゃんは幼い僕にトラウマを植え付けたのだ。

 

 小学1年生の頃、遊んでいて気付いたら午後6時50分になっていて、慌てて走って帰宅したことがあった。

 焦っていた道すがらに、たまたまスレ違った普通の老婆と目が合って、恐怖から半泣きで全力疾走で帰った記憶もある。

 

 言い伝えによれば、鬼婆は深夜に大きな包丁を岩で研いでから、夜に紛れて民家に行き、寝静まった人間を襲い洞窟に連れ込むのだ。

 

 今ならサイコパスのイカれたババアの事を鬼婆というのが一般的かもしれない。

 

 実は鬼婆以外に魔女に対してもナーバスになってもいた。幼い頃に妖怪大百科で見たイラストが悪かったせいもあり、鬼婆と魔女との見分けがつかずにいて、混乱と誤解していた時期があった(魔女はもっとステータスが高いし博学で知性がある)。今は魔女には好感を持っている。

 

 実際に小学生の頃に遠足で洞窟を見た時にはさ、鬼婆が飛び出てくるかもと思ってさ、マジでチビったこともあったんだよ。僕にとって鬼婆はトラウマなんだ。

 

 「なるほどね、ガダリイは鬼婆の事なんですか……。気味が悪いですねぇ。ザンビガスの洞窟は近いんですか?」僕は湧き出たトラウマを抗っていた。

 

 「ええ。結構近い位置にはありますが、大丈夫ですよ」初めて警備員は笑顔を見せた。優しい目をしていたので安心した。

 

 「念のためにもう一度ゲートを潜って下さい」警備員は笑顔を消して無表情で言った。

 

 「はい。わかりました」

 

 「ブビビビィーン! ブビビビィーン!」またオナラの音がする警告音が響き渡った。警備員は厳しい表情を浮かべて僕らを見た。

 

 「今、表示データを見ましたが、魔法に関わる物を所持していませんか? または妖精に関連する物等も含めますが」警備員は僕が持っている500円のチラシを見つめた。

 

 「それは何ですか?」警備員は差し出すように要求した。

 

 『これはヤバイな。偶然、ナイト・オコットルさんが出てきたらトンでもないことになる』

 

 「これはチラシと言ってですね、ただの紙で出来ています。旅の思い出を執筆しようかなぁ? と思いましてね」僕は苦しい言い訳をした。

 

 「何も書かれていませんが」警備員は500円のチラシをライトに透かした。

 

 「まだ来たばかりで何も書けていないんです」僕は冷静になっていた。

 

 「書くものは? 筆記具は何処に?」

 

 「落としてしまって。隣の薬屋に鉛筆かペンは売っていませんかね?」僕は左手を隣の壁に向けた。

 

 「売っていますよ」警備員はホッとしたような目を見せた。

 

 「このチラシには異常は見当たりません。何故、警告音が鳴ったんだろう?」警備員は悩んでいた。

 

 「故障かもね」ソフィアが明るい声で言った。

 

 「この前、整備したばかりなので、ありえません」

 

 「整備した妖精が故障していたのかもね」ソフィアはイタズラっ子のような軽い話し方をした。

 

 「私の立場を理解してください。鬼婆のガダリイの一件でヴェカサティスの村は、妖精は非常に警戒しています」警備員は職務を全うしていた。

 

 「これこれ、パンブライよ、お客様に申し訳ないだろうが。もうその辺で勘弁してやれ」奥の部屋から目が鋭い体格の良い太めの男が静かに現れた。

 

 「ラビオムーンさん……」パンブライと呼ばれた警備員は動揺の顔を浮かべた。

 

 「人間が来るなんて滅多にないことなんだ。せっかく来て頂いているのに、お客様を不安がらせるな」

 

 「わかりました。お客様、失礼しました」警備員のパンブライは元の位置に戻った。

 

 「いらっしゃいませ。人間のお客様は珍しいです」

 

 「こんにちは。部屋は空いていますか?」

 

 「空いていますよ」

 

 「3日ほど泊まりたいのですが」

 

 「かしこまりました。3名様でよろしいですね?」

 

 「はい」

 

 

 

 

つづく


ありがとうございました!

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