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第30回楠見オールナイト祭り3

夏奈子、おぬし、なかなかやるなぁ!(笑)

竣は妹に甘いところがありましてね。まあ、可愛い妹を持つ兄はどこも同じ考えだとは思いますが(笑)

 僕は玄関の扉を押さえてスリッポンに履き直してから晴れやかな気持ちで外に飛び出した。今日も青空いっぱい快晴なり。


 背中を強く押す感触に驚いて振り向いた。


 「お兄ちゃんっ!」夏奈子が顔を拭きながら裸足のままで玄関先のタイルの上に立っていた。

 夏奈子はタオルを肩に乗せると膨れっ面をした。


 「夏奈子、頼むからさ、兄ちゃんの大事にしている物を着たり、使ったりしないでくれる? 何回も言っているけどさ、直す気がないわけ?」 

 

 「別に良いじゃん」

 

 「まただ。またこれだもん。始まったよ」

 

 「Tシャツくらい貸してよね」

 

 「それがダメなんだってよ。兄ちゃんが1回も着ていない新品のシャツを、最初に夏奈子が着て、汚したり、伸ばしたりされるのはもうダメだって」

 

 「そんなのさぁ、別に良いじゃん。お兄ちゃんだってさぁ、夏奈子のアイスクリームとか、お菓子を食べたりするじゃん。私の部屋から勝手に小説やマンガを持ち出して自分の本棚に入れてるのは何なのよ?」

 

 「していないでしょう」 

 「してるじゃん」

 

 「夏奈子のアイスやお菓子は、だいたい、7割方、和雄爺ちゃんの方が食べたりしているよ」

 

 「爺ちゃんのせいにするなよ」

 

 「本当に爺ちゃんの方が多いんだって」

 

 「私のギターを弾いて1弦だけ切れて、そのまま戻したりする形跡をなんと言ったら良いの? お兄ちゃんでしょう?」夏奈子はギターを弾く真似をしながら一気に捲し立てた。

 

 「ギターについては謝るよ。ごめんよ」確かに夏奈子が居ない時に弾いたりしていた。

 

 「そんなことよりも、私の顔にイタズラ書きすんなよな」 

 

 「別に良いじゃん」僕は夏奈子の言葉使いを真似して得意気に言った。 


 「うわっ、そこを真似するのかい?」

 

 「とにかく、兄ちゃんの服は、『着るなよ』、『使うなよ』、だけは頭に入れておいてくれよ。部屋にも入るなよ。じゃあ、時間がないから行く」

 

 「お兄ちゃんもイタズラ書きや、勝手にお菓子類は食べるなよ」

 

 「兄ちゃんがイタズラ書きをしたという証拠はあるのかよ」 

 

 「あるね」

 

 「爺ちゃんかもしれないじゃん」

 

 「お兄ちゃんさぁ、またすぐにね、爺ちゃんを出すなって」

 

 「証拠は?」

 

 「筆跡だよ。『うんこでーす』の『こ』に注目されたし。『こ』の上と下が連なるように繋がって書かれているんだよ。明らかにお兄ちゃんの字ですな」

 

 「ぐっ…」

 

 「まだ足りないかい?」 

 「ああん!?」僕は夏奈子の視線を逸らして、ふてぶてしく、しらばっくれた。 

 「『味か足りない』についてだけどね。『り』に癖あり。カタカナの『リ』になっているのは何故だろうね? そう。ズバリ言うとね…」夏奈子は自分の腰に手を当てて僕に向けて右手の指を指した。

 

 「お兄ちゃんは、必ず、平仮名じゃなくて、カタカナの『リ』の方を好んで書いてしまうという決定的な癖があるからなのだった」夏奈子は自信満々に言い切った。 

 

 無念。さすが僕の可愛い妹よ。

 

 僕はバイオリンの物悲しクライマックスのメロディーを、窓辺で佇みながらエレガントに弾くシャーロック・ホームズの横顔が頭に浮かんでいた。ああ、頭の中に霧が立ち込めてきたみたいだよ。ワックスフラター教授。

 

 「夏奈子、水性ペンだったから早く消せたろう?」僕は夏奈子の肩に手を置いた。

 

 「ところでさぁ、お兄ちゃん。『味が足りない』って何のことなの?」

 

 「夏奈子が一瞬目が覚めてね、『味が足りない』って寝ぼけて言ったんだよ。貴重なアドバイスを頂いたと思ってね、万が一のためにと書いてみた。なんか、食いもんの夢でもみていたんだろ?」

 

 「そうだったわ。チャーハンを食べている夢を見ていて、店主に文句を言ったような感じがするわ。店主がお兄ちゃんに似ていたような気がしたのは、きっとそれが原因ね。潜在意識の成せる技かもね」

 

 「目が合ったのは覚えていないの?」

 

 「まったく、記憶にございません」

 

 「あはははは。じゃあ、夏奈子、本当に行くわ」

 

 「あれーっ!? すごい早いじゃん。おはよう。昨日大丈夫だった? あれからさぁー、ちゃんと寝れたのぉー?」夏奈子は急に大声を出して、しかめっ面から聖女のような、あどけない笑顔を見せていた。

 

 「うわ、うるさい。急になんだよ。声がでかいだろうが。なにを訳のわからない事を言っているんだよ」僕は慌てて耳を押さえるとほんの少しだけ怒って言った。

 

 「お兄ちゃんには関係ないでしょ。いいから、もうそこを退いてよ」夏奈子は僕を押し退けると手招きをして誰かを呼び寄せた。

 

 「おはよーう」と可愛い声が聞こえてきた。清涼飲料水みたいに体に染み渡り潤むようなボイスだ。 

 

 「あ、真美ちゃんだったのかい。久しぶりだね。浴衣が似合うね」浴衣姿の真美ちゃんがいた。紫陽花をモチーフした浴衣だった。僕は丁寧に挨拶をした。

 

 「おはようございます。久しぶりにしています。お兄さん、ありがとうございます。トントン。それと握手です」真美ちゃんは何故か笑いながら肩を叩いて握手を求めてきた。

 

 「えっ!? あぁ、はいはい。どうもどうも」僕は照れながら握手を返した。

 

 「夏奈子、おはよう」真美ちゃんの隣にもう1人、浴衣を着た女の子がいた。 「おはよーう、あずきちゃん」花山あずきちゃんだった。あずきちゃんも夏奈子のバンドメンバーで、ギターを担当していた。

 

 「お兄さん、おはようございまーす。初めましてですよね。はい。トントン。握手しましょ〜うね、お兄さん。フフフ」とあずきちゃんも笑顔で握手をしてきた。僕は首を傾げながら握手を返した。

 あずきちゃんはタレ目で可愛らしいパンダみたいな顔をしていた。

 

 あずきちゃんは朝顔をモチーフした薄い赤色の浴衣だった。

 

 「じゃあ夏奈子、行ってくるからな。お兄ちゃんの部屋に入るなよ」僕はペットボトルの麦茶を片手に持って楠見町まで目指す。





つづく


ありがとうございました!♪(o・ω・)ノ))

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