教訓
人付き合いの難しさは誰にでもあります。分かり合えないことや、傷つけられたりしたことも、もちろん、僕にもあります。いつの時代においても人付き合いの難しさは存在しています。人付き合いの中で、絶対に関わってはならない人間がいます。それは世界中の、どこの国にも共通して言えるタイプの人間です。それは一体どういう人間なのか?その答えは……、『君が恋しくて-ブレッス・ユーを聞きながら君の姿を描きたい-』第12話に書かれています。夏の教訓の1つとして、ぜひ参考にして頂けたらと思っています。人を見る目を養いましょう。真剣に見極めるように努力をしましょう。自分自身のためにも。相手のためにもね!楽しんで読んでくれたら嬉しいです!よろしくお願いいたします。
「ねぇ、お兄ちゃん、ちょっといい? 話があるんだけど。何見てるのぉ?」
「本」
「じゃなくてさ、なんの本を読んでるのぉ?」
「シャーロック・ホームズのバスカヴィル家の犬」
「感動する本?」
「いやいや、感激する方の本だね。もう何回も読んでいるよ」
「ふ〜ん。そういうのってさぁ、飽きなくない?」
「全然。飽きないよ。見返す度に新しい発見をしたり物語を深く理解する事ができるよ。あまり、あれこれ手にするよりも気に入った小説家の作品を何度も読む方が良いね。僕には合っている読み方さ」
「ふ〜ん、なるほどね! よく分かるぅ! 私もさ、好きな映画は繰り返し見る方だからね」
「夏奈子のお薦めは?」
「ネバーエンディング・ストーリー」
「ああ、名作だね。知っている」
「原作者が激怒したという曰く付きの映画でもあるけどね。観客には好かれて受け入れられたけどね」
「ふ〜ん」
「エンディングが気に食わないとのことで、もめに揉めたのよ」と夏奈子は言った。
「ふ〜ん。それでどうなったの?」
「原作者の名前をクレジットから外すことで、公開に漕ぎ着けようとしたけどね、裁判で負けてしまったのよ。結局、名前はクレジットされているよ。『ネバーエンディング・ストーリー第2章』の方が原作者のエンデさんも気に入ったみたいで喜んだそうよ」
「夏奈子、原作と映画は極端すぎるほど内容が違っていたりするのはなぜなんだろう?」
「分からないわ。私には分からない」
「観客としては同じがベストなのにね」
「本当よねぇ〜。原作に忠実な方が良いよねぇ」
「ねぇ、お兄ちゃん、友達の悠紀のお姉さんの話なんだけどね、少し長くなるけど聞いてね。悠紀のお姉さん、聡美って言うんだ。その聡美さんがドレスを買ったんだ」
「聡美さん、か。お姉さんがいるというのは前に聞いた気がするよ。聡美さんの彼氏が変わっているとかという話もね」
「そうだったけ? でね、この前、聡美さんが半額セールをオープンの5時間前から並んだんだって。この暑い中でさ」
「それは大変だね」と僕は本の挿絵を指でなぞりながら言った。
「聡美さん、真っ赤なドレスを買ったのよ。エレガントで60年代っぽいお洒落なドレスなのよ。 実はね、私もその真っ赤なドレスの服を前から目をつけて狙っていたのよ。バンドのライヴとかで着たらインパクトがあるでしょう? 良いなぁ〜、と思ってた。
でもさ、私ったら、半額セールの日をすっかり忘れていたのよ。それで聡美さんの物になってしまったの。
先日、悠紀の家に遊びに行った時に少しだけ聡美さんに会って話したけど、聡美さん、真っ赤なドレスに着替えてから直ぐに出掛けていったのよ。
聡美さんに「そのドレスは綺麗ですねぇー!」とは言ったんだけどね、素直な気持ちでは言えてなかったのよ。お兄ちゃん、どう思う? これは嫉妬なの?」
「ふ〜ん」
「話を聞いていた?」
「聞いていたよ。嫉妬ではなくて、焼きもちに近い感覚なんじゃないの? 嫉妬だと恨めしいからさ」
「そうかもね。焼きもちっぽかったわ」
「でも、また半額セールは近いうちあるさ」
「でも、真っ赤なドレスはもう無いわ」
「服なんて、どれも似たり寄ったりだよ」
「まぁ、そうかもね」
「お母さん、買い出しに行ってから、どれくらいだろうか? 昼飯はまだ後になるね。今は何時だ? 午後1時半か」
「まだ我慢出来るわ」
「夏奈子、夏はセールが多くなるからね、またチャンスはあるさ」
「それでね、久しぶりに悠紀に会って聞いた話なんだけどもさ。
最近ね、聡美さんに色々な事があったみたいなのよ。聡美さん、真っ赤なドレスを買ったばかりなのににさ、今度は60パーセトオフで、またまたドレスを買ったんだって!」
「聡美さんはドレスが好きなんだね」
「お兄ちゃん、ドレスと言ってもね、ウェンディングドレスの方なのよ」
「前に話で聞いた彼氏と結婚するのかい?」
「聡美さんの前の彼氏の聡志? いや、あのボンクラな彼とは別れたという話だったのよ。現在、聡美さんは24歳。今は新しい彼の涼太と凄く仲が良くてね、順調なんだってさ。まだ涼太さんとは結婚しないみたいよ」
「じゃあ、なんでウェンディング・ドレスなんか買ったの?」
「聡美さんが『彼が大学を卒業したら結婚するの。私の両親も公認済みよ』と私に言っていたわ。
でね、前の彼氏だった聡志の話なんだけどもね、かなりの浮気者で酷かったからね。
確か、私にだって、しつこくモーションかけていたわよ。
聡志は妹の悠紀にも随分とチョッカイも出していたみたい。
見るからに聡志は正真正銘のバカだと思ったわ。
なんで、聡美さんはこんな男と付き合っているのか分からなかった。まぁ、恋愛は不思議だからねぇ。
悠紀が聡美さんに『あんな男と付き合うのはやめなさい!』と何度も言っていたんだけどね…。まぁ、今となっては別れて正解よ。
お兄ちゃん、ここからが本題なんだけね。
だいぶ前、浮気者のバカ男、聡志は、聡美さんに突然「ハリウッドスターになる!」と言い出したのよ。
聡美さんはまた冗談か戯言が始まったと聞き流していたら「いや本気だぜ」と聡志が言って聞かないのよ。
「宛もないしムリよ。よく鏡を見てみなさいよ」と言ったら「整形してから行く」と聡志が理解の範囲を越えた事を言ったわけなのよ。
「どうしてまた急にハリウッドスターなのよ?」と聡美さんが聞いたら「セレブになりたい!」と本当にバカな答えを言っているのよ。
俳優になるために演技の勉強をするとかならさ、まだ分からない話じゃないけどさ、セレブになりたい、だって。
「少しだけ頭を冷やした方が良いよ」とため息を溢しながら聡美さんが言ったらね、
「聡美、俺と別れてくれよ」と聡志が突然言ってきたんだってさ。
「どうしたのよ? 付き合って、まだ3ヶ月なのよ」と聡美さんが言ったらね、
「聡美は未来のハリウッドスターである俺の彼女には相応しくないんだ。それに、俺は他に好きな女が出来たんだよ。だから聡美とは今すぐ別れる。もう聡美には飽きたしね。聡美はクソ女でバカ女だよ」と勝手な事や酷いことを言ったのよ。
聡美さんがショックを受けて落ち込んでいたらね、
「別れたい。バカ女」と聡志が強めに言ったのよ。
言った後、ペットボトルで聡美さんの頭を何度も強く叩いたそうよ。
聡美さんがブチキレて「この3ヶ月は時間の無駄だったわ! わかった。別れましょう!」と言ったら聡志は跳び跳ねながらね、
「やったぁー! マジで嬉しいぜぇ〜!」と言って、聡美さんが唖然とする横でいきなりスマホを取り出し誰かに電話をし出したのよ。
「うん。ああ、そうだよ。今、無事に別れたよ。うん、うん、うん。じゃあ後でね。はい分かりました」と言って電話を切ったの。
「バイバイ、バカ女」と聡志は言って、笑顔で聡美さんに手を振り、スキップしながら帰ったんだってさ。
聡美さんは既に冷静になっていたから聡志の後をつけたのよ。
そしたらね、少し先の交差点で見知らぬ若い女と落ち合ってから、街の片隅にある怪しげな雑居ビルに入って行ったんだって。
聡美さんは2人がエレベーターに乗ったのを見届けると、降りる階を確認するためにエレベーターに駆け寄って、停まる階の表示灯を見ていたの。聡志と若い女は6階で降りた。
聡美さんはそれから3時間張り込んだけど出て来なかったと言っていたわ。
看板を見たらね、『湖内クリニック』と出ていたんだってさ。全然、クリニックから出て来ない聡志に相応しい名前のクリニックがあるなんてギャグよねぇ?
聡美さんは冷静なままで『聡志は一体なぜこんな所に? なぜ急に心変わりしたのかしら? さっき見た若い女が原因か?』と理由を考えてみたけども、結局、本当の原因が全然わからないと言っていたわ。
その時ある歌が街角から流れてきたんだって。聡美さんはその歌を聞いて膝から崩れるように悔しくて泣いたそうなのよ。歌は何だったけ? 私、ちょっと忘れたわ」
「夏奈子、で、どうしたのよ?」と僕は久しぶりに自分の声を聞いて驚いた。
「それでね、2ヶ月後のある日の夕方、聡美さんが横断歩道で信号を待っていて、青になったから渡ろうとしたら、横で信号待ちをして停まっていたタクシーがクラクションを鳴らしたのよ。
聡美さんが驚いて見てみたら、運転手が手招きしているんだって。怖いながらも近寄ってみるとね、
「いやぁ〜、お姉さん、どうもすみません。乗客が呼べと言ったもんで」と運転手が恐縮して言うわけなのよ。
聡美さんが後ろの席を見ると、顔をぐるぐるの包帯巻きにした男が「聡美、聡美」と言うわけよ。
「誰ですか?」と聡美さんが聞いたら「聡志だよ」と言ったんだって。
「どうしたのよ?」と包帯を指差したら「整形したけど失敗したから、今から入院してまた整形してくるんだよ」と言ったんだって。
タクシーの運転手は苦虫を噛むような顔をしているし、聡美さんも何の感情もなく「そうなんですか?」と淡々と答えたみたいの。
でね、そのまま、タクシーは車を北の方角に向けて走らせたそうよ。
聡美さんは気持ちが悪くなり、胸が締め付けられる感覚になってしまった。
聡美さん、少し予定を変えて、近くにあるカフェで休むことにしたの。『やっと忘れかけていたのに』と悔しそうにメロンソーダを飲んで、色々と考えていたんだってさ」
「で、夏奈子、どうしたのさ?」僕は再び自分が発した声に驚いた。
「その晩は、聡美さんは前から約束していた女友達の家に泊まりに行く日だったんだってさ。
夕食をご馳走になって友達と談笑しながらのんびりとテレビのニュースを見ていたらね、
『では続いてのニュースです。今日の夕方、午後6時頃、交差点でタクシーと乗用車が衝突をしました。
タクシーは乗用車に衝突した後、勢いでそのまま街路樹に激突をしました。
幸いにもタクシーの運転手と乗用車の運転手は無傷で無事でしたが、タクシーに乗っていた乗客がシートベルトをしていなかったために、フロントガラスを突き破って外に投げ出されて大怪我をした模様です。
今、乗客のインタヴューが出るようです』とアナウンサーが言って画面が切り替わったのよ」
「で、夏奈子、どうしたの?」
「お兄ちゃん、なんと、乗客は聡志だったのよ!! 右腕と左腕と右足と左足に包帯が固く巻かれていてね、車イスに乗せられて運ばれていたんですって。腕も足も前にピンと出していて車椅子に乗っているからホラー映画のキョンシーみたいだったんだってさ。
おまけに整形に行く途中だから、もっと厚く顔に包帯が巻かれているわけ。全身が透明人間かミイラ男並みの巻かれ具合ってなわけなのよ。でね、リポーターが「顔は大丈夫なんですか?」と聞いたら「失敗したので、また手術をします。結果、前よりは丈夫になりますよね? 悪しからず遠からず」と頭を打ったせいか、聡志がテレビで変な答え方をしたというのよ。
聡美さんが、もっとも驚いたのは、聡志の顔の包帯が血だらけだったんですって!
「痛みはありますか?」とまたリポーターが聡志に聞いたらね、「ここ数ヵ月間は痛みだらけですが、頭は大丈夫です。夢も見れていますし、食後のテレビも以外に楽しめていますからね、結果、私は尋ね人であります。オッパイだけです。オッパイは人を裏切りません。今は乳首を絶やすな、乳首を攻めろ! 夢中になって大切にするから! 君よりも絶対に大切にするから! 甲斐甲斐しいから許せないなら許すなよな!」とまた聡志が変な答え方をした後、車イスを押していた看護師が「患者は頭を打っているので、この辺で勘弁してください」と言いながら急いで病院の救急患者の入り口に運び込まれていったんだってさ。
聡志は腕を突き出して車椅子に乗っているからね、低空飛行で飛び去る弱ったスーパーマンのように見えたんだってさ。
『バチが当たる、って本当なんだなぁ』と感心しながら聡美さんはニュースを見ていたそうよ」
「夏奈子、聡志はどうなったの? その後は?」と僕はため息を吐いてから言った。
「よく分からないわ。聡美さんや悠紀にも聞いたけどもね。噂によると、顔はいまだに血まみれ状態で包帯が巻かれているという話よ。
オモチャのスコップで近所の公園の土を必死になって掘っていたとか、泣きながら、のら犬に土下座していたとか、ゴミ袋に向かって「ナウマン象に会いたい。今すぐ婚姻届を渡したい。水の温度検知機能了解しました」と絶叫していたという目撃情報があるだけなのよ。因果応報の聡志は、あの事故の後、行方不明でね、聡美さんの知人や私の友達の誰もが聡志を見かけていないのよ」
「夏奈子、お疲れさん! いっぱい頑張って喋ったねぇ。喉乾いたでしょう? ほら、麦茶飲みな」僕は麦茶をコップに注いで夏奈子に手渡した。
夏奈子は一気に飲み干した。
「いやぁ、美味しいね」
「夏奈子、それは最近の話なの?」
「そう」
「ふ〜ん」
「変な話でしょ?」
「奇抜な話だね」
「本当よねぇ。人はしっかり見極めないといけないものよね」
「同感だよ。まさにその通りだよ。あっ、そうだ」僕は本棚から本を取り出して夏奈子に聞かせた。
「ゲーテは『あらゆる泥棒の中でバカがいちばん悪質だ。彼らは時間と気分の両方を盗む』と言っているよ。夏奈子、バカには関わるなよ」
「わかったわ」
「おい! まだこんな言葉があるぞい!」僕らはギョと驚いて、声のしたドアの方を見てみると、和雄爺ちゃんがいた。
「ちょっと! 爺ちゃん! いつから聞いていたのよ〜っ?」と夏奈子は和雄爺ちゃんに指を差して言った。
「ハリウッドスター辺りからかな?」
「言葉ってなにさ?」と僕はゆっくり立ち上がって言った。
「ビートルズの4人が、あるインタヴューで『この世で一番嫌いなものは何ですか?』の質問に対して、4人とも同じ答えを言ったんだよ」
「何て言ったのさ?」と僕は鼻先を掻きながら聞いた。
「『バカな奴』とね。フフフフフッ。竣、夏奈子、バカとは付き合うなよ」
「はーい、わかったよ」と僕らは同時にハモって答えた。
「お母さん、遅いねぇ」夏奈子もゆっくりと立ち上がって背伸びをした。
「ただいま〜!!」とタイミングよく母、幸子は帰宅した。
「お帰り〜! お母さん、お腹減ったよお〜う!」と僕と夏奈子と和雄爺ちゃんは言いながら、お母さんの元へと走り出した。
つづく
いつも読んでくれる読者の皆様に心から感謝をしています。楽しんで読んでくれたら嬉しいです!次回も頑張りますので、よろしくお願いいたします。




