幸運の女神
幸運の女神。人に運気や幸せを運ぶ強運の持ち主がいるんですよ。
僕は憲二に美華ちゃんと海で出逢った経緯を話した。
「そうだったのか。偶然とは凄いよな。竣のデッサンを見た時、魂があったし、新鮮な波動というか、無垢な印象もあった。モデルに会ってみたいと思わせるような見事な絵だったよ。まさか、モデルの柏木美華ちゃんが転校生だったとはね。本人を見たときは愕然としたよ。『一体これはなんだ!? どういうことなんだ!? なんで絵から出てきたんだよ!?』と焦ったね。あまりにも似すぎていたからね」と憲二は率直に自分の気持ちを言った。
「確かに絵のモデルがすぐ目の前に現れたら誰でも驚くだろうなぁ〜」と僕は苦笑いをして言った。
「明日の終業式、柏木さんに色々と話をしてみたいと思うよ」と僕は言って、柏木美華ちゃんを思い浮かべたら、体が一気に熱くなってきたので、掌を擦り気持ちを落ち着かせようとした。
「そうだな。そうした方が良い。それが良いよ」
と憲二は僕の肩を軽く叩いて言った。
僕らはこの先の分かれ道で手を振り、お互いの家路に向かった。
◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇
「ただいまー」
「おかえり〜」と母、幸子は台所から大きな声を出した。
「暑い。麦茶はある?」
「作ったばかりだからまだ薄いよ」
「じゃあ、オレンジジュースを飲むわ」僕は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して飲んだ。
「竣、転校生はどうだったの?」
「女の子で美人さんだったよ。柏木美華さん」
「美人なのかい? じゃあ、私と似たタイプの女の子なんだねぇ」と母、幸子は昭和っぽいモデルのポーズをして気取った。全体的に見て非常にダサかったけど目が生き生きしているのは凄く良かった。
僕は、急に、子供の頃に魚屋さんの壁に貼られていた魚を担いだ女性のモノクロ写真の5人組のモデルの表情が怖かったのを思い出した。
機械的に見えたんだ。モデル達は笑顔なんだけども、目が心から笑っていないので、人間的な感情がないのが怖かったのを覚えている。
「圧倒的に柏木さんは美人だったよ。あっ! なんとなくだけどね、スズ婆ちゃんに似ているよ」と僕はスズ婆ちゃんを思い浮かべた。
その考えに納得をした僕は何度も頷いて、オレンジジュースのお代わりをコップに注いだ。
確かに『スズ婆ちゃんと美華直接は似ている』と海で出逢った時も感じてはいた。
「竣、友達になって家に連れておいでよ」と母、幸子は言って軽快にキャベツを千切りした。
「たっだいま〜」可愛い妹の夏奈子が帰宅した。
「おかえりなさい〜っ」と母、幸子は手を休めて言った。
「お母さん、お腹減りまくりだわー」と夏奈子はお腹を擦りながら鞄をソファーに投げた。
「お母さん、麦茶はあるの?」と夏奈子は床に座って扇風機に顔を近付けた。
「まだ作りたてで薄いよ」母、幸子はアジの開きの様子を見ながら言った。
「ふ~ん、あっ、そう。しかしあちぃねぇ〜。お兄ちゃん、オレンジジュースを頂戴ね。扇ちゃん、私の風を受けてみよーっ!」と夏奈子は扇風機に向かって団扇を扇いだ。
「はい、一杯3億円のオレンジジュースです」と僕は言って夏奈子に並々と注いだオレンジジュースを渡した。
「ありがとう。マジでうめぇー。マジでマジでオレンジ最高~。美味い、美味い」と、がさつな夏奈子は一息で飲み干した。
「明日の午前5時半に、スズ婆ちゃん達は温泉旅行で出かけるからね。2人とも『アレ』をまた1つよろしく頼むよ」とお母さんは頭を小さく下げて言った。
何故、スズ婆ちゃん達は、和雄爺ちゃん、他の旦那達に内緒にして行くのか?
実は3日前に商店街でくじ引きがあった。
たまたま、買い物に出掛けたスズ婆ちゃんが、軟膏剤、お茶、佃煮、洗濯用の洗剤、トイレットペーパー、髪染め液、夏奈子のコンタクトレンズの洗浄液を商店街で買ったんだ。
合わせて2千円以上の品物を買ったので、支払いの時にキャンペーンで、くじ引き券3枚をレジの店員からレシートと一緒に貰ったのだった。
それとは別に、先週、和雄爺ちゃんは知人から貰ったという、くじ引き券3枚をスズ婆ちゃんに「俺の代わりにくじを引いてきてよ。頼むね」と託して任せたのだった。
スズ婆ちゃんは左のポケットに自分の券、右に爺ちゃんの券を入れてくじ引き会場に足を運んだ。
会場には偶然にもウメとトメがいた。
「狙うは、1位の『夏の湯布院温泉旅行!(一枚につき4名様までご利用が可能です)2泊3日の旅を御招待しまぁーす!』だよ!」とスズ婆ちゃんはウメとトメに気合いを入れて叫んだ。
ウメとトメがくじを引いたが、連続で外れて、肩を落としているのを横に、最後の砦としてスズ婆ちゃんにくじの命運は託された。
「はいはい〜! 今回の1位は3本しか用意していない、限定品の温泉旅行だよ〜っ! いらっしゃいまし~ぃ。外れのくじはありません」と会場のくじ引きの担当者、簾ハゲの男が声を張り上げて言った。
スズ婆ちゃんは最初に自分のくじを3枚使った。気合いを入れて箱の中にあるくじを引く。引いた紙に書かれていた言葉は……
ティシュ、
ティシュ、
ティシュ。
「あ~ん、お客様ー! 連続でやったね! お見事! おめでとうございやーすっ! はい、素敵な残念賞です! なんとですね、何処でも鼻をかむ事ができる優れ物なんですよ。
メイド・イン・ジャペーンのティッシュです。また来てくださ〜いっ♪」と響き渡る担当者の人を小バカにしたような失礼な言葉にスズ婆ちゃんはカチンときていた。
「まだ券はあるよ!」とスズ婆ちゃんは怒鳴るように言って、和雄爺ちゃんから任されたくじ券3枚をく担当者に差し出した。
「了解しました。3回分です。はい、どうぞ。丁寧に箱の中を探してくださぁ〜い」と担当者はハッスルして言った。
スズ婆ちゃんは鼻唄を歌いながら破れかぶれでくじ箱に手を入れて紙を続け様に取り出した。
奇跡が起こった。
1等、
1等、
1等!!
「ぐわ〜〜〜〜〜っ!」と叫び声を挙げた担当者が頭を抱え体を左側に大きく傾けた。
スズ婆ちゃんは見事に温泉旅行券を3本を一辺に取ったのだった。
「ヒャーッホーオウー! ダハハハハ!」とスズとウメとトメが3人は肩を組んで回り続けていた。見物人は拍手をしている。
「いや~ん、ぐわ〜っ。これは凄くヤバイ事態だ!! ちきしょう! なぜだい!? くじ引きが始まって、まだ1時間なのに…。くじ引きはあと1週間もあるのに…。
ああ〜っ! 怒られる。そうさ、きっと絶対に僕は上司に怒鳴られる。
あ〜ん、不正すれば良かった。色々と癒着しとけば良かった」と担当者が頭を抱えてぐるぐると歩き回っていた。
「ぐわん! なぜだ!? 何故なの?」と担当者は叫び、今度は大きく体を右側に傾けた。
スズ婆ちゃん達は拍手が鳴る中を悠然と歩いた。『スズが選挙で当選したみたいに見えたよ』と後にトメさんが語っていた。
スズ婆ちゃんは、歩いている途中、3才くらいの幼い女の子の右手を握ったまま、産まれたばかりの赤ちゃんを左手で胸元に抱えてベンチに座る若い母親の姿に目が止まった。
若い母親は疲れ果てているようだった。母親は一点を見つめていて、じっと動かずにいた。
若い母親は体全体に力がなく、覇気もなく、だらりと頭を下げていた。
心配そうに母親の顔を見上げている3才位の女の子は泣きそうな声を出して「ねぇ? ママ、ママ」と何度も声を掛けていた。
若い母親は虚ろな眼差しで女の子に小さく頷いていた。
「はい、これをどうぞ」とスズ婆ちゃんはくじで当てた温泉旅行券を若い母親に差し出した。
「えっ? 良いんですか!?」と驚いた若い母親は目を大きくしてスズ婆ちゃんを見ていた。
喜ぶ若い母親の顔は血の気が戻ったように血色ばんだ。
「いいよ。家族皆で行きなさいよ。幼い子供のためにも、旦那さんと色々とよく話し合ってから行ってきなさいな。母親が確りすれば家の事は全て上手くいくよ。旦那には優しくしなさいね。家族のために、外で戦っているのだからね」とスズ婆ちゃんは微笑みながら若い母親に言った。
「どうもありがとうございます」と若い母親は涙を浮かべると、スズ婆ちゃんに深々と頭を下げてお礼を言った。
「良かったわねぇ! 楽しんじゃいなさいよ」とウメが言って若い母親の頭を優しく撫でていた。
「まだまだ大丈夫よ! 体に気を付けなさいよ」とトメは若い母親の背中を擦りながら笑っていた。
母親と幼い女の子はいつまでも手を振ってスズ婆ちゃん達を見送っていた。
残り2枚のうち、1枚は買い物に来ていた近所に住んでいる、佐々木あかりさんに手渡した。
あかりさんは車イスに乗っていた。旦那さんが車イスを押して仲良く買い物に来ていたのだった。
「有効期間は12月末まであるからね」とスズ婆ちゃんはあかりさんの手を握って言った。
「これは、これは、どうもすみません。ありがとうございます」と旦那さんは一礼をした。
あかりさんも嬉しそうに頭を下げてお礼を言った。
和雄爺ちゃんのくじ引き券で当てた3枚の温泉旅行券。
スズ婆ちゃんは葛藤しながらも日常からの解放感を味わいたくて和雄爺ちゃんに内緒にすることにした。
「たまには乙女3人で旅行に行ってもバチは当たらんだろう。最近、和雄爺ちゃんも無駄遣いしたばかりだしな。ビートルズの6枚組のリマスター盤のサージェント・ペパー〜のアルバムを私に許可なく無断で買ったからね」ということであった。
強運の持ち主であるスズ婆ちゃんは、一家の影のボスであった。
つづく
スズ婆ちゃんは周りの人を幸せにするタイプの女性ですね!思いやりのある素敵な女性です。




