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滑り台

 シタビズミ温泉は綺麗だった。3階建てで、海外の有名なホテルや豪華な施設を思わせた。


 1階のフロアにあるレストランやカフェでは、多くのお客さんがいて、とても賑わっていた。建物の新しい匂いがする。

 

 入浴料が今時には考えられない驚きの金額で300円だった。オーナーの方は太っ腹な性格なんだろうなと思った。


 スプリンクラーや、AEDが至る所に設置されてあるし、非常口なども目に届く場所にあった。


 『保健室』と書かれた医者が待機している部屋もあり、数人の従業員が確りと警護に当たっていたし、天井に付けてある特注品のシャンデリアがヨーロッパにある城のような雰囲気を醸し出して『正装をした方が良いのかも』と一瞬だけ思った。


 2階と3階に入浴場があった。エレベーターに乗って2階に着くと最初に目に入ったのは、数ある自動販売機だった。


 自動販売機には、お味噌汁、ジュース、ワイン、化粧水と乳液や化粧品があったり、マンガ本、アイスクリーム、ケーキ、小説までもがあった。


 一番驚いた自動販売機はジーンズだった。

 

 ジーンズのブランドは、『レイ・トーマス』。イギリスの若手トップデザイナー、レイ・トーマスが作ったブランドだった。何故ここにあるのか分からない。誰か買うのか見てみたい。 

 

 「じゃあここでお別れ。また後でね」と母親、幸子は手をあげて言うと女湯に向かおうとした。


 「1時間後くらいに、そこのマッサージチェアで待ち合わせよう」と僕は女性陣に伝えて男湯に行った。


 「女は長風呂だから1時間じゃすまないかもね」と憲二は笑いながら言った。


 「確かにね。夏奈子の場合、2時間くらい入っているからね」と僕も同意して頷いた。


 「竣!!」


 「うん?」振り向くと、和雄爺ちゃん、スズ婆ちゃん、ウメさん、トメさんがいた。


 「よう、爺ちゃん」と僕は和雄爺ちゃんとハイタッチをした。


 「遅れてスマンな。楽しもうぜ!!」と和雄爺ちゃんは気合いを入れていた。


 「竣、幸子は?」とスズ婆ちゃんが桶を右手から左手に持ち代えると、ポケットからティッシュを取り出して鼻を強くかんだ。


 「先に浴場に行ったよ」


 「そうかい。じゃあ、行くとするかねぇ。竣、また後でね」とスズ婆ちゃんは手を振って女湯に行った。


 温泉は目が眩むほど大きくて広かった。ちょっとした遊園地みたいな大きさに見えた。遠くに噴水が霞んで見えていた。


 お客さんは70人近くはいると思う。長さ50メートルはあろうか、真っ直ぐな滑り台があって、階段の所に子供達が並んで待っていた。

 

 洞窟温泉では歌声が聞こえていた。マジで楽しくなりそうな予感。

 

 僕と憲二と和雄爺ちゃんは、桶を持って左側の席に着くと、のゴム製の時計のベルトが付いたロッカーの鍵を左手首にはめて、体を石鹸で洗ってから、数ある温泉の中から最初に泡風呂へ行った。

 

 泡風呂は映画に出てくるように浴槽が泡で溢れていた。泡は自動式で浴槽の横にある蛇口から止まることなく出てきた。


 「これマジで最高♪」と憲二はトロンした目をしながら言った。


 「気持ちいい!」と僕は泡を吹きながら言った。


 「泡風呂の中で寝たら最高だね!」と憲二は泡を鼻に付けていた。


 「憲二、前に聞いたけどもね、風呂の中で寝ってしまうというのは、気絶しているのと同じだそうだよ」と僕は思い出して憲二に伝えた。


 「嘘!? じゃあ、気を付けよう」と憲二は言ってから寝たフリをした。


 「それにしても、お客さんが多いねぇ」


 「竣、誘ってくれてありがとうな!!」


 「最高だよな!! あははは。300円は安いよな」と僕は鼻の下に泡を乗せて髭を作った。


 「安くて思うんだけどもよう、まさかオーナーが耄碌(もうろく)している訳じゃないよな?」と和雄爺ちゃんは握り拳の上に泡を乗せてソフトクリームを作っていた。


 突然、憲二は「うん? おい、竣。そこの泡だけ大きくないか?」と指を指して泡を見ていた。


 「うん!?」


 確かに僕たちの側から2メートル弱の場所に、奇妙で(いびつ)な形の泡が盛り上がっていた。 

 

 「なんだろう? 見てこようかな?」僕は平泳ぎを真似て大きな泡の方に向かった。


 コブのような泡が不規則に出たり沈んだりしたので僕は泡を殴り付けた。


 「ぶはぁ、痛ぇっ。誰だよ。このバカ野郎」と泡風呂の底に潜っていた男が、泡まみれで立ち上がると、自分の背中を擦り始めた。


 「うわっ。ビックリしたなぁ」と僕は声を急に大きくした。


 「あと10秒で3分間、潜れたのに!!」男は顔全体の泡を拭きながら僕に文句を言った。見覚えのある男の正体、ここにいるはずのない小川詩音だった。


 「えっ!? 詩音か!?」と僕と憲二は同時に叫んだ。


 「うん!? あれっ!? 竣と憲二じゃん」

 

 「詩音、久しぶりだけどもさ、なにしているの? こんな所でよ? 遺跡の発掘はどうなったの?」と僕も立ち上がって言った。


 僕と詩音はお互いに泡まみれで再会の握手をした。


 「一時、遺跡の調査と発掘は終了。また来週に行くんだよ」と詩音は真っ黒に日焼けしていて、輝くような笑顔を見せてくれた。


 「1人で来たの?」と憲二も立ち上がって詩音に握手をした。


 「いやアイツの家族と一緒に」と詩音は目に入った泡を拭き取ってから滑り台を指差した。


 「もぉ〜う、早く滑ってよ〜う!」と滑り台で並んでいた3人の子供たちに嫌味を言われている20歳くらいの男が、1人、滑り台の乗り場で歌いながら腕を組んで立っていた。 

 

 「バカどもよ、だまれ」と柄の悪い男は子供達の頭を小突きながら言った。


 「本当にねぇ、いい加減に早く滑ってよ…」とふて腐れた眉毛の濃い男の子が男のお尻を叩きながら文句を垂れた。


 「バカなガキは水風呂で沈んでいろ」と柄の悪い男は言うと、腰に巻いていたタオルを取って滑り台の下に投げた。


 「クソガキ見てろ!」と男は勢いよく頭から滑り台を滑っていった。


 「お〜っ! すげぇー!」と子供たちは驚きの声を出した。『無謀にも頭から滑るなんて危険だ』と僕は思って見ていた。滑り台の警告の看板には、こう書かれている。


 【警告! 滑り台を頭から滑るのは危険です。絶対に止めてください】


 男は「ぐおーっ!」と雄叫びを上げながら頭から滑り落ちてくる。滑り台から水しぶきが飛び上がって、男の体はイルカが潜水しているように見えた。


 「ぐはぁー! 新記録!」と男はゴールに着くと滑り台専用の電光掲示板のストップウォッチを見た。


 「8秒3、やったぜ!!」と男は子供たちに手を振った。50メートルなら良いタイムかもしれない。


 子供たちは記録に目を丸くしていた。


 「よーし、僕も頭から滑ってみよ〜う♪」と肩まである長髪の男の子が滑り台の上から大声で宣言したのだが、男は「クソガキ、看板に禁止と書いてあるのが読めんのか? バカ。怪我でもされたら偉い迷惑になる。バカの責任は取りたくない」と怒った。


 『なんとまあ、自分勝手な奴で、説得力のない理屈だろうか』と僕は首を捻って男を見ていた。


 「わかりましたよ!」と長髪の男の子は渋々言うことを聞くと、ちゃんと普通に座ってお尻から滑り降りていった。

 

 長髪の男の子は競うことに興味も関心もなく、のんびりと滑っていた。


 「クソガキ、12秒6かい、遅いぞぉ。バカなガキだ。ざまみろ!! バカなクソガキめ。俺がチャンピオンなんだよ!! ばーか。ばーか、ばーか」と柄の悪い男は子供相手に大人気なく勝ち誇っていた。

 

 長髪の男の子は涙を浮かべて歯を食い縛っていた。泣く一歩手前を踏み留まった。


 「あははは、ばーか、ばーか。バカは遅い。バカなガキだ」と男は長髪の男の子の周りを回りながら冷やかしていた。 

 

 長髪の男の子は泣きながら何処かへ消え去っていった。


 滑り台には、あと2人男の子がいた。滑るのを躊躇っているようだった。


 「どうした? 滑れよ。勝者には綿あめとイチゴのショートケーキをプレゼントするぞ」

 

 眉毛の濃い男の子は頷くと緊張した顔をして滑り台を滑った。恐怖で顔が笑顔になっていた。手で滑り台の縁を掴みながらノロノロと滑っていく。


 「14秒8。はい、クソガキ、残念。ははは。滑り台をナメんな。ばーか」と男はガッツ・ポーズをしながら喜んでいた。


 眉毛の濃い男の子は泣きべそを掻きながら、何処かへ消え去っていった。


 「最後のバカ。早く滑れよ、バカ! クズ」と意地悪な男は男の子にプレッシャーを掛けながら言った。 

 

 綺麗な顔の男の子は頷くと腕を前に交差させてボブスレーのスタイルをしてから滑った。綺麗な顔の男の子はキレの良いスタートダッシュをした。


 これは、

 速い、速い、速い。

 

 滑り台の水を切り裂く音が今までとは違っていた。男は、かなり焦った顔をして電光掲示板のストップウォッチを見つめていた。


 「ヤバイ!」と男が言うと滑り台の側に行って、ゴール地点で綺麗な顔の男の子の体を目一杯の力で押さえ付けた。


 「あーっ、ズルいよ!!」と利発で綺麗な顔立ちの男の子は大きな声で嘆いた。


 僕は『惜しいねぇ。今の速さなら、8秒近く出ていたかもしれないなぁ』と思っていた。綺麗な顔の男の子は泣きながら何処かへと消え去っていった。


 「バカには負けないぜ。バカなガキめ。死ね、バカなガキども」と不正を働いた意地悪な男は御満悦な様子で勝ち誇っていた。


 「マジで最高だ〜!」と男は言いながら、滑り台の階段を登っていった。


 3人の男の子達が、大人を2人連れて、滑り台を滑ろうとしていた意地悪な男の元に戻って来た。


 「おい!! 俺の可愛い弟によ、ふざけた真似をしてくれたそうだな! 滑り台を独り占めするな」とディーン・マックィーンは意地悪な茶髪の男を怒鳴り付けた。


 ディーン・マックィーンは筋肉質で凛々しい顔立ちをしていた。


 「なん、なんだよ?」意地悪な茶髪の男は声を落として自信なく言った。


 「俺の子供をいじめたのはお前だな? 暴言やパワハラみたいな事をしたそうだな? クソ野郎」と、190センチほどもある、もう1人の大人は、よく響く脅し声を出してから首をストレッチした。どうやらディーン・マックィーンの父親のようであった。

 

 何処かでサバイバルな生活をしていたような、精悍で鋭い眼付きと美しい黒豹のような姿に無駄のない引き締まった筋肉が百戦錬磨を物語っていた。


 「俺の弟に何度もバカと言ったそうだな?」ディーン・マックィーンは睨んでいた。


 「バカだからな、バカと言ったんだよ」


 「相手はまだ小学生の子供なんだぞ。大人が傷つけるような事を言って良いのか?」とディーン・マックィーンは顔を赤鬼みたいに赤くして言った。


 「知るかよ、バカはどこまでいってもバカなんだからよ」と男は鼻で笑いながら話した。


 「酷いな。お前は屈折していて最低な奴だな」


 「うるさい。余計なお世話だよ」


 「おい、失礼だと思わないのか? もし自分がバカと言われたら嫌だろう?」


 「知らねーな」

 

 「俺の弟を侮辱するのは絶対に許さんぞ」

 

 「バカと貶されているのが悔しいのか?」


 「子供が悪影響を受けたら大人になっても苦しむことがある。侮辱した言葉を撤回して弟に謝れ」


 「難しい事はよく分からないが、こんなクソガキなんかどうでもいいね」


 「悪いと思わないのか?」


 「全然思わんね」


 「子供の手本になるのが、大人の使命だろう?」


 「ガキは邪魔なんだよ」


 「そんな事は聞いていないんだ。あんたは悪いことを口にしたという自覚がないのか?」

 

 「ないね。滑り台は早い者勝ちなんだよ。チンタラチンタラ滑るのが気に食わないんだよ」


 「先に子供に譲るのが基本だろう?」


 「うるさいよ。バカなガキの相手はしたくねぇんだよ。面倒くせからな」


 「謝らないのか?」


 「誰がガキに頭なんか下げられるかよ」


 「謝れよ」


 「クソッタレ」


 「弟に謝れと言っているんだよ」


 「3人のバカなガキどもをボコボコに殴り飛ばしたい気分だ。思いっきり蹴り飛ばしたいね」


 「よし、わかった。今からお前をうんこと呼ぶ」とディーン・マックィーンは声を張り上げた。


 「な、なんだって!?」


 「うんこ野郎」


 「や、やめろよ」


 「うんこ野郎、いや、馬鹿たれうんこ野郎だ。お前の名前は馬鹿たれうんこ野郎だ」


「や、やめてくれよ、恥ずかしいだろうがよ」


 「じゃあ、短くするよ。うんこだ」


「マジで止めてくれ」


 「黙れ、馬鹿たれうんこ野郎め」 

 

 ディーン・マックィーンは滑り台の上に上ると腕を組んで見下ろした。腰に巻いていたタオルを取ると頭に鉢巻きをしてY字バランスを披露した。水で濡れた足元でするには危険な技だ。

 

 乗馬をするディーン・マックィーンはバランス感覚が優れていた。


 「うんこのタイムは?」


 「俺の記録は8秒3。抜けることが出来るかな?」


 「うんこ、よく見てろ」とディーン・マックィーンは頭から背面の姿勢で滑り出した。僕は危険が増す滑り方を息を飲んで見つめていた。

 

 ディーン・マックィーンの3人の弟たちは「兄ちゃーん、頼むぞ、行け行け」と声援を送り続けた。


 綺麗にゴールをしたディーン・マックィーンは、そのまま浴場に滑るように潜り込むと、しばらく潜水をして楽しんでいた。


 「タイムは?」と半魚人並みの飛び出し方をしたディーン・マックィーンは開かない目でストップウォッチを見た。 

 

 「目が痛い」と頭に巻いたタオルを取って顔を拭くとタイムを確認した。


 「おい、うんこ。どうだ、7秒7だぞ。ざまみろ、うんこ野郎! 馬鹿たれうんこ野郎!」とディーン・マックィーンは叫んだ。


 「うんこのば〜か、うんこのば〜か♪」と3人の弟たちも合唱をしていた。


 「どうだ、うんこ野郎よ。参ったか? うんこ?」と父親は、敗けを認めさせるために意地悪な男の言葉を待った。


 「クソッ。負けたよ!!」と意地悪な男はお湯を蹴ってその場を離れようとしていた。


 「うんこ野郎、2度と俺の前に現れるなよ。どうだい? おい、うんこ。分かったか? うんこ野郎?」ディーン・マックィーンは自信に溢れて胸を張っていた。周りにいたお客さんは、さっきからずっとうんこ野郎のあだ名を付けられた男を見て笑い転げていた。

 

 「うんこ、うんこってなぁ、俺はうんこ野郎っていう名前じゃねぇ!!」と男は激怒して怒鳴った。


 「お前は紛れもなく正真正銘のうんこ野郎だ。うんこ、文句あるなら素手の拳で来い。ぶちのめしてやるよ。カウボーイをナメるなよ、うんこ野郎」とディーン・マックィーンは腕を大きく回してからゆっくりとファイティング・ポーズを構えた。


 「おい、うんこ。こいつはな、マジですげぇ強いんだぞ。喧嘩のやり方は俺が仕込んだからな」とディーン・マックィーンの父親はタオルで自分の肩と背中を強く当てながら言った。


 「クソ、こ、こ、こんな所で喧嘩はごめんだよ」うんこというあだ名の男は、慌てて去っていった。


 「うんこ、2度と俺の前に現れるなよ。おい、うんこ野郎、分かったか? おい、馬鹿たれうんこ野郎? おーい、馬鹿たれうんこ野郎? 聞いているのか? 馬鹿たれうんこ野郎?」とディーン・マックィーンは人差し指を天井に向けてから、うんこ男の背中にゆっくりと狙いを定めると「俺の勝ちだな」と言った。


 「竣、今日はアイツと一緒に来たんだよ」と詩音はただただ笑っていた。





つづく

ありがとうございました♪

♪(o・ω・)ノ))

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