永遠の夏
瀬川竣は16歳。青春の真っ只中です!毎日が素晴らしい!
僕は自分の部屋で本を読んでいた。オレンジ色の夏の夕陽が窓から射し込む。
夏の夕暮れが胸に染み込んでいくのを感じた。
眩しさのあまり目を細めてから何気なく開け放たれた窓に視線を移した。
カーテンのレースが優しい風に煽られると、マシュマロのように大きく膨らんでいった。
まだ母は仕事から戻ってはいなかった。
20分ほど前に、母親、幸子からメールが届いた。
『竣、晩ごはんはカレーライスだよん! だよん! イェ〜イ!』とあった。母、幸子は献立に悩むとカレーライスを作るという癖があった。
時には3日間連続でカレーライスなんて場合もあるけど、家はカレーライスが好きなのでトッピングに気を配れば意外に楽しめる。
それよりも遡ること2時間前、家のスズ婆ちゃんが「竣、今からね、友達が来るからね」と言っていた。
只今、僕の隣の部屋で3人のお婆さん方が大声で喋っているのが嫌でも聞こえていた。
家の婆ちゃん、スズ婆ちゃんの女学生時代からの古い友人同士で、集まる度にスズ婆ちゃんが自分たちのことを『伝説の乙女ここにあり! 幻の美女3人娘』と自画自賛をしていた。
お婆さんたちは、お茶の話、血圧の話、自分達の旦那、お爺ちゃんに対する愚痴の話、漬け物の話、今週の土曜日に3人で二泊三日の温泉に行く計画と約束と計画の話などをしていた。
「温泉の件はね、爺さんたちには絶対に内緒だよ。ウメとトメが私の家に泊まりに来るという口実でいくからね」スズ婆ちゃんは低い声で言った。
「スズはどうするの?」トメが言うと「私は娘に口裏を合わせているから大丈夫だよ。トメとウメの爺さんたちは、ちょっと出歩くだけでも、かなりうるさいでしょう?」とスズ婆ちゃんが言うと「家のは、本当にうるさいから!」ウメが大声でヴィブラートを効かせて言った。
「ウメとトメの、あの爺さんたち2人は私にはビビるからさ、私の名前を出せば大丈夫だよ」スズは腕を振り上げて自信を持って言った。
「そうしよう、そうしよう。ムフフフフ」と3人は悪巧みのようなニュアンスでヒソヒソと楽しそうに話合っていた。
僕は楽しそうに話しているお婆ちゃん達が可愛くて、「ブフッ」と笑いながら隣部屋から漏れている話を聞いていた。
その後、お婆さんたちの話の内容が急激に変わっていった。
なんでも爺さんが婆さんを呼ぶ時には名前で呼ばないで、いつも『おーい!』と呼ぶのが気に食わない、という話をしていた。
『おーい!』と呼ばれる度に3人は首を傾げ、いつも納得がいかないと言っていた。
「50年前の新婚時代は常に名前で呼んでくれていたし、いつでも優しく触れてくれたのに」トメは悲しそうに嘆いた。
最近ウメが、「玄関で座って靴を履こうとする爺さんの肩に久しぶりに触れようとしたら、強く払い除けられたことに物凄いショックを受けた」という話をし出した。
それを聞いたスズ婆ちゃんが「急に心拍数を上げるのは体や心臓の負担になるから今後はよしなさいよ。爺さんだって、気配なく背後に忍び寄られたら驚くし体にキツいからさ」と諭されてウメは納得をして頷いた。
スズ婆ちゃんは僕の部屋に来て「竣、頼むよ。温泉の話は爺さんには絶対に秘密だよ。秘密」指を唇に当てながら言った。
「わかったよ。今度、温泉に連れていってよ」と僕が言うとスズ婆ちゃは「わかった、わかった。OK!」とハニカミながら照れて笑った。
僕は窓際に向かうと夏の夕陽を見上げた。黄昏の空が穏やかで心地いい。
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僕は夕日を眺めるために比較的近距離にある海まで行こうと考えて外にある自転車まで歩いた。自転車のサドルを調整してから股がるとベルを鳴らしてペダルを漕いだ。
鼻唄を歌いながら自転車のスピードを上げていく。僕の自宅から海までの距離は、大体15分位の目安で着く。
高校の夏休みまで、あと3日。高2。16歳。待ち遠しい夏休み。
今朝、学校での事だ。「明日、このクラスに転校生が来るぞ」と担任の先生が言っていた。
夏休み目前での転校生は珍しいとクラスの皆は騒いでいた。
女子は男子を、男子は女子が来て欲しいと声を挙げていた。
僕も『女子の方が良いに決まっているさ』と心の中で思いながら、皆のざわめきに耳を傾けていた。
「おい、竣、美人の女の子が良いよな」と後ろの席の高瀬憲二が言った。
「あぁ。ぜひ絵のモデルになってもらいたいね」と僕は空に向かって鉛筆を動かす真似をしながら言った。
僕と憲二は美術部だ。僕は将来、画家になるのが夢だ。僕はモディリアーニが好きで、憲二はピカソが好きだ。僕は178センチあるが憲二は2センチ大きい180センチ。僕らの夏休みは、展覧会に出展するための油絵を制作するために、ほとんど自宅にいる予定だ。
僕の隣の席の相沢亜美は幼なじみで「男子ならイケメンが良いなぁ〜。一昔のブラピみたいなイケメン」とノートで顔を扇ぎながら言った。
「私は『愛と青春の旅だち』に出ていた俳優が良いなぁ。名前を度忘れしたけどね。軍服が似合っていてサイコーだったわ」と憲二の隣の席の井上梨香も「マジで暑すぎじゃん。暑い、暑い」下敷きで顔を扇ぎながら言った。
「あっ、知ってる。その映画の俳優は、確かね、リチャード・ギアだよ。あの映画は良かったよなぁ」と憲二は上着のボタンを3つ外しながら言った。
「憲二~、話がわかるじゃんかよ~! 憲二も、あの映画が好きなの? ってゆうか、映画が好きなの?」梨香は憲二の肩を叩きまくって喜んでいる。
「あぁ、映画は最高だよ。ハリウッドの昔の映画は、どの作品も本当に素晴らしいよ」憲二は肩を擦りながら目を輝かせて言った。
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『転校生は、一体、どんな人なんだろう? 明日が楽しみだよ』と僕は思いながら口笛でオーティス・レディングの『ドック・オブ・ザ・ベイ』を吹きながら自転車を走らせた。
海はもう目の前だ。
僕は自転車を停めて辺りを見回した。
砂浜や海には人がいなかった。珍しくサーファーの姿も見当たらなかった。
空は深みのある群青色に染まりつつあった。
海は深いため息を吐くように、砂浜に若い波しぶきを打ち寄せていた。
見え始めてきた星が鮮やかな煌めきを放っていた。
僕は緩やかな潮風を頬に感じながら静かに海を眺めていた。
僕は絵を描くには良い構図だと思い、スマホで何度も辺り一体を写していた。
30枚ほど撮った後、僕はスマホの明るさを上げて写真の確認をしていたら、後ろの方で人の気配を感じたので振り返った。
「こんばんは」と女の子の綺麗な声が響き渡る。僕は『誰だろう?』と思いながらも女の子に向かって会釈をした。
女の子は右手に麦わら帽子を持っていた。
何よりも印象的だったのは腰近くまである長い髪が、一際目を引いた。
女の子は笑顔で僕の傍に弾むような足取りで近づいてきた。
青い長袖に白いスカートを履いて、足元には青いビーチサンダル、左の足首には包帯が巻かれていた。
滑らかで綺麗に輝く白い肌が透き通って見えた。
顔全体が整っていて、女優のような高貴な佇まい、大きくて純粋な光を宿す魅惑的な瞳、はっきりとした二重瞼、存在そのものが澄んでいて美しかった。
改めて全体を眺めてみると僕と同じくらいの年齢にに見えた。
稀に見るほどの美しい女の子だ。正真正銘の美女。僕は『夢にまで見た美女が目の前に現れたら動揺するよ。これは幻なのか? 貴重な時間に感謝だ。夢なら覚めないで欲しいな』と僕は思って美少女を見つめていた。
つづく
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