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エスカリナと愛の根源  作者: ユバリツコ
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城の頂を見上げる

ユバリツコ、初めての投稿です。続けられるよう練っていこうと思います。

キーワードにボーイズラブと入れましたが、一部そういった描写があるという意味で全体としてはごく普通の恋愛の話だと思って書いております。どうぞどなた様もご覧くださいませ。

 城門を出たエスカリナは、ひんやりとした秋の風を感じても雲の遠い空を見上げるでもなく立ち止まるでもなくカツカツとヒールを石畳に叩きつけながら一人長い坂を下って行った。幼さを残した真っ白い顔はどこか悩んでいる様子で、幾重にも折れ曲がった道の先に停まっている送迎の車に向かう途中、懐にあるナイフをずっとカチカチと爪でいじっていたが、ついにそれを掴んで取り出し、道に沿って続いている壁の上から黒い鳩の群れが彼女の気配を察知し一斉に飛び立ったのを皮切りに、長い髪を断ち切り道に捨て置いた。空気に撫でられ淡い金色とも茶色とも呼べぬ柔らかな糸がふわふわと宙に舞うのを、彼女は気に掛けることもなかった。

 

 エスカリナの家が雇っている運転手は彼女の変化にギョッとしうまく言葉が出てこず、後部座席のドアーを開け「どうぞ」と言いそびれてしまった。雇い主は容姿以外別段変わったところはなく座席に上品に乗り込み背筋を伸ばして座ったのはいいけれど、いつもと違い、察しのよくない運転手が気を遣うくらいに物静かだった。「行って」と言われたので運転手は発車した。

 流石に無口なのは悪いと思ったのか、エスカリナは本来そこで話すべきではないことを、「今日中に家中、近いうちに国中に広まるでしょうから」と前置きしてつぶやき始めた。

「先ほど、ベルドリッヒ王子と私の婚約は破棄されました。王子は王位継承権を弟君にお譲りになり、神官として生きていくおつもりです。長年に渡る婚約、そう、私が物心ついた時よりの決め事をなきものにするほどの、お志なのです。私にはそれは崇高なものに見受けられました。何より王子は心身共にお美しく、気高いお人です。私の立場というよりはあのお方への敬意からこのお話を承諾してきたのです」

 運転手に返す言葉がないことにハッとしたエスカリナはすかさず続けた。

「町に着いたら降ろして下さい。髪を、整えたいの。まだ鏡も見ていない。きっと不恰好に違いないのだわ」


 床屋を出てエスカリナはのびのびと城下町を散歩してみる。バッグも何も持っていなかったので手を後ろに組んで、顔の映るショーウィンドウがあればちらっと目をやりニカッとした。道行く人、商売をしている人、誰もエスカリナだと気付かない。彼女の長髪は多くの人の目に麗しく映っていたのだ。エスカリナはやっと本当の一人きりになれた。名家の娘としてではなく一人の人間としての判断でこれからの全てを決めることができる。朗らかな笑みには確かな野心が見えた。婚約破棄の件は既に床屋の電話を借り家に伝えてあったが、地下街へ用があることは伏せたまま歩み始めた。

 賑やかな人ごみから一人二人と住民が消えていく。王と王子たちが住む古城が遠く見えなくなる街の果てで、キッとその頂を睨みつけ建物の密林に解けて地下深くへの階段を下って行った。


 そこはエスカリナのような小奇麗にしている娘の来るところではないのは明白で、安いランプの光で照らされ、ボロを纏った人々があちこちにうずくまっているのが辛うじて分かる。繁栄を謳う王都が素知らぬ顔で目を瞑ってきた広大な荒地のスス臭さにエスカリナは鼻をさりげなくつまむ。しかしここでしか知ることのできない情報があるのは確かで、またそれ以外に道はないと言ってよかった。彼女が練り歩くのを凝視している酒場の厳つい男達がいつ何をしてきてもおかしくない雰囲気の中、最初に声を掛けてきたのは意外にも弱弱しい老人だった。言うまでもなく痩せぎすの、実年齢より老けた印象のある、そのような老爺がエスカリナを見かけるなりこう言ってきた。

「お嬢さん、もしやあの金髪の娘の知り合いかね」

「金髪の娘?おじいさん、落ち着いて、私は知らないけれどそのコがどうしたというの?」

「今、向こうにある酒屋で、その娘が捕まってしもうて、お前さんと似ていたものだから」

 エスカリナと似ていた、というのは地上から来た人間に見えたということだろう。

「とにかくそのコが危ないのね。連れて行って。無視などできないわ」

「しかしお前さんだけで、危ない、捕まってしまう」

「でも人を呼んでいる時間はない。貴方が私に言ってくれたということは他に当てがないのでしょう、さあ早く」

 老人はどもりながら頷き、エスカリナを案内した。


 数分も走らぬうちにその酒場は見えてきた。数字を叫び合ったり笑い合ったりする野太い声が響き渡っており、下衆による競りに間違いなかった。エスカリナは迷わずその店に飛び込んでいった。途端に十人以上の男たちの視線が彼女に注がれ声は止む。店の奥の椅子には確かに、長い金髪を垂らした幼女か少女なのか区別の付かない女性がくくりつけられている。男たちは突然の邪魔に戸惑いながらも、エスカリナが地上から下ってきた者だと分かると落ちぶれた人間特有の品のない笑みをたたえた。分かりやすく、太い腕にぎっしりとタトゥーを入れた主犯格らしき人物が口火となる。

「今日は売り物が二匹も手に入るとは、俺もツイてるなあ。それともお上が、神が見落とし過ぎなのかねえ」

「全くだわね」

 エスカリナは一言吐き捨て髪を切った時のナイフを取り出し、誰もが驚く間もなくその男を刺した。ナイフを抜くと男は崩れ落ち悶絶し始めたがエスカリナがその成れの果てを気にすることはなかった。もちろん店の中は混乱に陥る。

「そのコを離して」

 果敢にも襲い掛かってきた男二人を、エスカリナはナイフと左足の鋭い蹴りで沈めた。流石にみな後ずさっていったが、忍ばせていた拳銃を彼女が自身の耳元で念のため構えてみると、まだ生きていて動ける男たちは歩みを早め無言で一人また一人と店から逃げ出し、ついに娘とエスカリナを残して店が静けさに包まれた。エスカリナは目を大きくしている娘に向けてウィンクをする。

「拳銃を使わずに済んでよかったわ。これだけはとても苦手なの。お嬢ちゃんに当たったら大変だった」

 

 エスカリナは娘の身を自由にするとすぐさま地上へ連れて行こうとした。なんといっても自分が殺めた男の死体がある。そして牽制したとはいえ追手が来ないとは限らない。娘は立ち上がりエスカリナに手を引かれる前にジッとその目を見つめてきた。

「どうしたのお嬢ちゃん、早く上に行かなくちゃ」

「エスカリナ・ダーレム」

「え?」

 大人びた口調と共に、幼く見えたはずの娘がみるみるうちに目に見える年齢を狂わせる。

「驚いた、髪を切ったのか。ダーレム家の令嬢……いや、私の記憶が確かならばあの家は子宝に恵まれなかったはず。貴女は養女だったな」

「なぜそのことを?私が養女だというのは一部の人間しか知らない。貴女一体」

「カティという。すまないが素性は明かせない。だがエスカリナ殿がここへ来たように私もここへ赴いた。このざまだがな。危ないところを本当にありがとう」

「まあ、人にはそれぞれ事情というものがあるものね。ただここへ来たということは何かを知っているのでは?できることなら教えてほしいの。助けた礼とは言わないけれど」

「城の頂を目指しているのだろう」

「ええ」

「そしてエスカリナ殿はその取っ掛かりを無くしてしまった」

「そうね」

「ここへ来た判断は正しい。独自の情報網をお持ちで頭の方も切れるようだな。私は今まさにそこで死んでいる男から聞き出すことができた。王族になる以外にあの城の頂へ行くことができる道があるかどうか。体を差し出すのを条件となってしまったが。ああ、気にすることはない、売り物となれば手を出されはしないからな。それにそれを気にする年齢でもない。察しがついていると思うが」

「カティ、貴女が何者でも構わないわ。そこまで知っているのなら教えて頂戴。私はどうすればいい」

「他人に身を任せるほど不自由な人間ではないだろう。私は可能性を提示することしかできないが、是非国軍に行くといい。大佐を三名ずつ置いている十二隊のうち第三番隊の中枢が王室を守っている。正規のルートでそこへ辿り着くのは至難の業だろうが、『愛の根源』という言葉が貴女を導くだろう」

「『愛の根源』?それだけで軍に入れるというの?それも王室をお守りするところへ?」

「貴女があの城の頂にある『愛の根源』を目指すのならば、入隊することができるかもしれない。貴女の強さも分かったことだし、私は安心して元の場所へと帰ることができる」

「カティ、待って、貴女の気配が薄らいでいく」

「一つ覚えておくといい、この世には愛に寄り添うまじないがあるということを。不思議というものがあるということを。キミの知らないものがあるということを。私は役割を果たすべく立ち去るだけだ。ではエスカリナ、達者で」

 カティは消えた。


 エスカリナには格闘術の心得があった。それはいつか王室へ嫁ぐ際必要なものとして養父に叩き込まれたもので、国軍への切符となり得るのかは疑問が残った。確かに先程のように大勢の男達を前にしても揺るがない程には鍛えられていたが。

 王子を守れるくらいには強く、王子の相手が出来るくらいにはお淑やかに、そうあり続ければ彼女の人生は世の乙女達が夢見るおとぎ話のようなものになったに違いない。

 実際エスカリナはベルドリッヒ王子を恋い慕っていた。

「髪を切った意味がないわね」

 再び地上の町に出て狭い路地を通りながら考える。

「カティが消えたのは、まじない、というものなのかしら。『愛の根源』とは一体」

「その言葉を知ってしまったんだね」

 通せんぼをするかのように、その若い軍人はエスカリナの前に現れた。

 あまりに唐突に、あまりに静かにその男はずっとそこにいたのでエスカリナは動揺し固まった。

 見れば燕尾の赤い軍服を着ており、エスカリナよりも少し濃い金髪に映える顔立ちは優しげだが男らしい端正さを持っている。

「貴方は、『愛の根源』を知っているの?もしかしてカティのことも?」

「君は可愛いのに勇敢だね、臆することなく僕の存在を受け入れている。カティとは知り合いというかなんというか。それより君は『愛の根源』を見つけてどうするつもりなんだい?」

「それを探していたわけではないの。私はあの城の頂に眠る人を起こさなければならなくて」

「頂に眠る人?」

「言えないわ。貴方が知っているようではないもの」

「そうかい」

「でも私の情報網に引っ掛かった所へ行ったらカティに行き当たって。そう、なんだか、行き当たったという感じなの」

「奇遇だね、僕も仕事で町を回っていたら、ボソッとつぶやいている君に行き当たったんだ。その様子だと怪しく思っているようだね?僕はトトメス。見ての通り国軍の者さ。よかったら今からお茶でもどうだい?」

「貴方が第三番隊の大佐だったらご一緒してもよろしくてよ」

「じゃあ決まりだ。もちろん僕のおごりだよ」

 エスカリナは見るに愉快なほどあんぐりした。

ご覧いただきありがとうございました。続きはゆっくり書いて参ります。どうぞ次回もよろしくお願いいたします。

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