プロローグ
何かが割れる音がした。
弾けて砕け散るような音だった。何かが内側から膨らむような感覚。
生まれてはじめて感じるそれはとても大切なものをなくしたときに感じるものと似ていた。
いや、似ていたのではない。
実際的に同じだったのだ。
俺は無くしてしまった。
黒板の方では何やら数学のうんちくを垂れているようだが、そんなもの、私にとっては
飽きる以前の問題だ。
―――うんちくの前に数学の必要性を教えていただきたいものだ。
そんな学生にはあり触れた愚痴をこぼす正体は受験を控える男子高校生(2年生)。
今現在、学生なら誰しもするであろう眠たそうな顔をしている。
「先程愚痴をこぼしたのはこの人」と言われると一発で誰を指しているかわかるレベルのものだ。
少し潤いが足りない黒髪は長めに切られ、間違っても野球部には入部しなさそうな髪型だ。
目は少々つり上がり、鼻は小さめ。口も至って普通なもので異常なほどに異常が見当たらない。
身長は平均より少し高めだが、体重は平均と大差ないので典型的なやせ形になっていた。
「おい、東雲!」
窓側の一番後ろ。つまり教室の角という絶対的サボりスポットを堪能していた私は、
数学教師。もとい、うんちく野郎に指名されてしまった。
「貴様は授業をなんだと思ってるんだ!?」
出た。眠たそうな奴を集中攻撃する卑劣な作戦。まったく...ほかに当たればいいのに。
そう思いながらもきちんと立つ私は表彰するべきだと思う。
「おい、なんだその目は!」
が、そんなことは起きるはずもなく飛んできたのは拍手ではなく、怒号だった。
そしてその怒号は先程まで繕っていた私を壊すのに十分...十二分だった。
席をたっただけでこの怒りよう。カルシウムが足りてないね。うん...目付きが悪いのは...うん...
なんかこう、ジャブを全部避けたのにネコダマシだけ喰らうぐらいの屈辱ダヨー...
「何か言ったらどうだ!」
このおっさんはネコダマシを放った自覚がないようだ...傷付けた方は覚えていなくても、
傷付けられた方は覚えてるんだからね!(泣
とにもかくにも弁護のため、先生のところへ移動しなくてはならないのだが少しためらいが生まれる。
...一番後ろ側から先生のところに行くのは短い距離であっても長く感じるよね。
忘れ物をして先生に伝えるとき、クラス中の視線が集まる(実体験)。
「なんだ、どうしたんだ?」
先生(笑)の顔は普段の10倍は醜く歪んでいた。
元がいくらひどいからといって、気づかない私ではない。
めっさ不機嫌なご様子です。
※【不機嫌度の説明】マ○コ·デラックス~+1とすると...
·繁殖期のカラス~-9
·ネズミに遭遇したドラ○もん~+500
·現在の先生~-20
つまりはあんまり怖くない(笑
身長が同じくらいなせいもあってか全く威厳というものが感じられない。
「お前は最近たるんでいる!気力がない!覇気がない!」
お前は最近(お腹が)たるんでいる!だらしがない!髪がない!
...なんて言葉はもちろん喉で止めておく。これ以上怒らせたら面倒だしな。
「全く最近の若者は...生きる気力が感じられない。先生なんて昔――」
あ、うんちく始まった。これは席に座っていいパターンのやつかな?
それにしても先生は重大な勘違いをしているようだね。
『最近の若者』が生きる気力がないじゃなくて、
『最近の私』が生きる気力がないんだよ。
だって――
私、HELLセールス死神部の新人ですから(白目