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王子様は突然に。

「踊ってくださいますね?」

そう言った王子の言葉にどう答えたのか、気がつくと、フィーリアはクライスの手を取り踊っていた。

あまりに完璧な王子ぶりに見とれて、ステップがおろそかになり、何度彼の足を踏んだかわからない。その度にクライスは、嫌な顔ひとつせず上手くリードして、フィーリアの失敗をなかったことにしてくれるのだった。


曲が終わると、フィーリアは、そのまま王子に手を引かれ庭園に出た。

「...あの」

フィーリアが、初めて話しかけると、王子は嬉しそうに微笑み、先を促した。その微笑みにくらくらしつつも、フィーリアは、なんとか言葉を紡いだ。

「わたくしなどと、お庭に出られては...他の姫君たちが待っておられますのに」

王子が主役の舞踏会だ。主役が舞台を抜け出していいわけがない。フィーリアは、繋がれた手をなんとか放そうとするけれど、クライスに意外にしっかりと握られていて、ほどけない。

クライスは、真剣な様子のフィーリアに、少し首を傾げて、

「どうして?」

と聞いた。

「王子様は、花嫁を選ばれなくては。みなさま、待っておられますわ」

今日の舞踏会の意味を知らない訳がないのに、なぜ王子が自分に聞いてくるのか、フィーリアは戸惑った。

きらめく大広間の光を受けて、浮かび上がる夜の庭園。すぐそこで奏でられているのに、どこか遠いところから聴こえて来るような輪部曲(ロンド)。小さな真珠のネックレスのように、こぼれ落ちる噴水。ささやくような水音に、ゆらゆらと水面が轍をつくる。

「花嫁なら、もう決めている」

王子が、今度は両手でフィーリアの手を取って、まっすぐに見つめてくる。

「君だよ?」

どうしてわからないの? と、王子の蒼い瞳が困ったような色になる。

「無理です!」

このときばかりは、はっきりと、フィーリアは言った。なんとか、握られていた手も振りほどいた。相手は世継ぎの王子、無礼になるかもしれないが、このときのフィーリアには、それを気にする余裕はなかった。

「どうして?」

「どうしてでもなんでも、無理なものはムリです」

「それじゃあ、納得できないな」

フィーリアは、泣きたくなってきた。初めて出た舞踏会で、分不相応としか思えない無理難題を突きつけられている気がする。

「...困らせたいわけじゃないんだけどね」

大粒の涙を堪えているフィーリアに、王子は小さくため息をついた。

「君に拒否権があると思う?」

本当は言いたくない一言を、クライスは言ってしまった。

王子が望めば、ツェズ家が断れるはずもない。周りが大声で反対するほど、身分がかけ離れた家柄でもない。王は、文武に優れた王子に絶大な信頼を寄せていると聞く。その王子がこうと言えば、確かに、フィーリアが嫌だと言っても、どうにもならない。

「だけど、君に、できれば望んで、来てほしいんだけど」

クライスは、言った。フィーリアは、ぶんぶんと首を振る。

「僕が嫌い?」

さらにぶんぶんと首を振る。

「でも、無理、なんだ?」

今度は、フィーリアは頷いた。

「...どうして、わたくし、なんですか?」

他にもっと適当な方がいらっしゃるはずなのに。

「どうしてって、好きだから」

クライスが言うと、

「し、信じられません!」

フィーリアは言い切って、ドレスの裾をたくしあげ、夜の庭園を逃げ出した。

クライスは追わなかった。今、彼女を追っても仕方がないと心を止めた。

後に残された王子は、口をきゅっと引き結ぶと舞踏会場にゆっくりと戻っていったのだった。













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