物語の王子様
あたたかな昼下がり。
日だまりの窓辺で、いつのまにかうたた寝していたフィーリアは、侍女ティナの声に起こされた。
「まだ、お支度されていなかったんですか、フィーリア様」
同い年の侍女は、フィーリアの乳母の娘でもあり、ずっと一緒に育ったので、気安くしていた。のんびり屋のフィーリアを支える姉のような存在だ。
「お支度って、本当に、お城にあがるの?」
か細い声で、フィーリアが聞くので、ティナは、
「この期に及んで、まだそんな」
と飽きれ果てた。
有能な侍女は、問答無用とフィーリアを立たせて、用意してあった衣装を次々と体に当てていく。赤は駄目、青もいまいち、と声に出して言いながら。
「何を着ていっても、一緒よ。アリシア様がいらっしゃるんですもの」
フィーリアは言う。城には、奇蹟とまでいわれる美貌の王女がいるのだ。いくら着飾ったところで、自分など足下にも及ばない。
「いくらアリシア様がお美しくても、妹君と結婚はできません」
ティナは、当たり前のことを言う。
「多少貧乏でも、お血筋はいいんですから。フィーリア様だって、どこに出しても恥ずかしくない姫君ですわ」
そう言いながら、淡いピンクの砂糖菓子のようなドレスに決め、フィーリアに着せかける。フィーリアは仕方なくドレスを着て、鏡の前に座った。
金というには白っぽく、くすんだ髪はミルクに蜂蜜と黒蜜を混ぜたよう。色白ではあったが、薄いそばかすが目立つ顔。大きな目は、柔らかい翠色。見慣れた自分の顔を鏡で見て、フィーリアはため息をついた。
「さあさあ、花飾りをつけましょう。ため息なんて、似合いません。ほら、まるで春の妖精のようじゃありませんか?」
歌うようにティナは言って、優しく髪をとかし、仕上げてくれた。
今日は、ツェズ伯爵の娘フィーリアが、ゼクストン王宮の舞踏会に初めてお目見えする日。公爵には及ばないものの、伯爵家筆頭の家柄は古い。けれど、ゼクストン王家の王子王女がどちらも美しく賢く武芸にまで秀でていると出来すぎなので、どうしても気後れしてしまうのだった。
それでも、とにかくフィーリアは覚悟を決めて、宮廷に上がらなければならなかった。
今夜は、世継ぎの王子クライスの花嫁候補たちが集まることになっている。恐ろしいことに、なぜかフィーリアが最有力候補にもなっているらしい。最有力というのは、何かの間違いかもしれないが、古参伯爵のツェズ家の娘が欠席するわけにはいかないのだった。
王宮の舞踏会が始まった。
華やかな雰囲気に慣れないフィーリアは、父のツェズ伯爵のそばで小さくなっていた。
王女アリシアは、ひときわ輝く太陽のようだった。当初その美しさに圧倒されていた参加者たちも、一人が勇気を出して王女にダンスを申し込むと、あとは次から次と引きも切らない。
そして、王子クライスはと見れば、もうひとつの輪の中心で、さらさらと金の髪をなびかせ、姫君たちと踊っていた。端正な顔立ちに引き締まった体躯、すらりと背は高く上品な立ち居振舞い。物語の王子様が、そのまま抜け出してきたかのよう。
あまりにぼんやりと王子に見とれていたのか、父が軽く背中を押すまで、フィーリアは、その人が目の前にいるのに気づかなかった。
「娘のフィーリアでございます」
父が王子に紹介してくれたので、慌てて膝を折ってお辞儀をした。後になって、フィーリアは、ちゃんと挨拶できたかも覚えていなかった。
「フィーリア、初めまして。緊張せずに、楽しんでください」
クライスは優しく微笑んだ。それだけで、夢見る女の子が恋に落ちるには、十分過ぎるくらいの威力があったのだった。




