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GAME  作者: トレッドミル
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第一章

壱「迷い」


弐「感謝の還元」


参「色即是空」


肆「虚無」


伍「自己満足」


陸「日進月歩」


漆「勉強」


捌「創造」


玖「暇つぶし」


拾「挑戦」


拾壱「楽しむこと」


拾弐「有為転変」


――一四棟前――


「おい、弥生はどこいった?」睦月は、隣で真剣な眼差しをしている如月に訊いた。

「わかんねーよ。それよか、ほら、来るぞ!」

雷鳴のように轟く激しい音と目が眩む閃光と共に、直径五十センチメートルほどの鉄球が二人に向かって飛んできた。しかし、鉄球は上方に逸れ、後方の空へ消えていった。

「おいおい、音速並みの速さだったぞ、あれ。この距離で音と同時に玉が来たってことは、つまり……」

「お前、そんなこと言ってる前に打開策を考え……」

 再び激しい音と共に鉄球が二人を襲う。道を挟み、睦月は左へ、如月は右へとほぼ同時に跳びはねて避け、間一髪逃れた。鉄球は二人の間を抜けてそのまま直進し、グラウンドの金網を突き破り、消えた。

「まったく、物理科のやつらは限度ってもんがわかってないな。おい、睦月。大丈夫か」

「大丈夫じゃねーよ。なんだよ、あれ。あんなん食らったら一発で死ぬな」睦月は言っている内容に反して、半笑いであった。

 攻撃は止んだ。鉄球の補充であろうか。いずれにしろ、チーム春にはありがたいことであった。現段階では反撃する手立てがない。

「一旦一六棟に戻るぞ。弥生のことも心配だしな」

「そうだな」

 二人は一一棟に向いていた体を反転させ、一六棟へと戻っていった。


――一一棟前――


「やっぱり、連射性は低いな」

「仕方ないさ、こんだけ攻撃力が高いんだからさ。どっちを取るかって聞いたときに攻撃力って間髪入れず答えたのは、文ちゃんでしょ?」

「文月だ。馴れ馴れしく呼ぶな、気持ち悪い」

「ふふっコントみたい」葉月は二人のやりとりを見ながら口元に手を当てた。

「でしょ? 僕たち仲良しだもんね、文ちゃん」長月は、文月に飛びついた。

「いいから離れろ、気色悪い。それで葉月、やつらは?」文月は長月を自分の体から引き剥がし、横目で睨みながら言った。

「逃げたわよ。まあ、あの人達が白旗をあげるのは時間の問題よ」

葉月は満面の笑みで髪をかきあげた。黒光りした長い髪が『装置』から発せられた風の残りで靡いている。足首まであるフリルのついた長い純白のスカートは、この戦場には似合わない。

「物理科の俺らが負けるわけないな」文月がにやけた。

「物理科の俺らが負けるわけないな」長月が文月と同じ表情を作り、オウム返しした。

「てめぇ喧嘩売ってんのか?」

「てめぇ喧嘩売ってんのか?」

「いい度胸だ」文月は長月の胸ぐらをつかんだ。

「やめなさいよ」葉月は二人を制した。

「文ちゃんはからかいがいがあるなー」唇の右側を釣り上げて笑う。

「もういい。葉月、周りの様子はどうだ?」

「依然変化なし。あれがあるんだから、他のチームは私たちに近づくことすら儘ならないわよ」葉月はレールの上に乗った鉄球を指差した。

鉄球が乗っている部分のレールの奥側には大きな輪投げの輪のようなものがあり、その輪の中をレールが通るようにして置いてある。そのレールに高圧電流を生じさせると、強力な電磁波を生み、そのエネルギーにより鉄球が猛スピードで放たれる、という仕組みだ。

「でも、どっからそんな電源とってきてんだ? 今は強制停電期間だぞ。だから、この《ゲーム》をやってるわけだし」文月は首を傾げた。

「文ちゃん、強制停電期間だって電気が完全に遮断されてるわけないでしょ? 細胞飼ってる研究室の細胞が全滅したりだとかしたら大問題でしょうよ。停電なんて、教授陣の休みの口実に過ぎない。それに、《ゲーム》を『やってる』んじゃなくて、『やらされてる』んだよ」長月は、鼻で笑った。

「……まあ、そういうことな」文月の顔が曇った。

「そういうことよ」葉月が前髪を左手で押さえながら言った。

「どっちにしろ、今敵はいないわけだし。小休止だな」

 長月と葉月は同意し、三人は一一棟へと入っていった。


――二四棟二階二〇五号室――


「いやだ! 絶対いやだ!」

「そんなこと言わずに……ね? 協力しないとキツいよ。みんなだって本気で殺してくる。これはチーム戦なんだから……ね? 頼むよ」

「そんなこと言ってもいやなもんはいやなの! あたし、こういうタイプの女一番嫌いなの!」

皐月は、机の上にあった一〇〇ミリリットル三角フラスコを床に叩きつけた。フラスコは甲高い音を立てて割れ、破片は一面に散らばった。

「落ち着いて……ね? 皐月さん」

「こういう無反応無機質な人間嫌いなのよ」苛立ちをフラスコにぶつけたからか、少し落ち着いた表情を見せた。

「卯月さんももっと協力してみんなで戦おう……ね?」水無月は卯月の顔を窺った。

「別に」卯月は俯いた。

「だから、その態度をやめろって言ってんでしょ!」皐月は、もう一本置いてあった三角フラスコをつかんだ。

「協力して戦おうよ……」

「協力なんかしなくったって、私一人で十分よ」皐月はそう言うと、つかんでいた三角フラスコを机の上に力強く置いた。フラスコが短い悲鳴を上げる。そして、皐月は扉を荒々しく開け、廊下に飛び出した。

「はあ……」水無月は溜め息を漏らした。

「大丈夫。もう少ししたら帰ってくる」

「え?」水無月が聞き返す暇はなかった。

「きゃー」仰々しい声をあらげ、出ていったときの十倍くらいの音を立て、皐月が戻ってきた。

「ど、どうしたの?」水無月は息を整えながら、訊いた。

「どうしたの? じゃないわよ! なんなの、あれ。卑怯よ、あんなの使うなんて!」

皐月は目を泳がせながら、早口で答えた。

「あんなのって?」

「恐らく機械科の人たち」ぼそっと卯月が呟き、そっと立ち上がった。

「え?」皐月の口から言葉が漏れた。

「この二四棟に直線距離で一番近い敵は生命科学科グループの一六棟。でも、彼らよりも先にこちらに向かうとしたら三二棟の機械科グループ。なぜなら、三二棟からこの二四棟にくるのに他のグループの拠点からは見ることができない。誰だって挟み撃ちにされるようなことは望まない。だから、まず攻めてくるなら機械科の人たち。しかし、機械科の人たちなら、自分自身で攻め込むなんて暴挙にはでないはず。恐らく、何らか間接的な手段により攻撃をしかけてくるでしょう……」

 二人は唖然とした。卯月は立ち尽くしている二人を横目で見つつ、徐に皐月が入ってきた扉から廊下に出た。そして、振り返って言った。

「何をやってるの? 相手は機械よ。あんなのに殺されたなんて一生の恥。行くわよ」

「も、もちろんよ……さあ、ぶっ潰すわよ」皐月は我にかえり、腕捲りをして卯月のあとに続き廊下に出た。


 この《ゲーム》のフィールド、横井キャンパスは理工学部の学科のみが集まったキャンパスである。

そのため、というのかは分からないが、この棟の名称はいかにも理系的である。

まず、それぞれの棟は二桁の数字で表されている。二桁の数字というのは、校門を原点として十の位がY座標、一の位がX座標を示している。そして、一一棟の南西側に校門があり、東西の方向に一一棟から一六棟までが横一列に並んでいる。並んでいるというよりは、棟と棟が渡り廊下でつながれている、という状態である。そして、幅二十メートルくらいの道路を挟んだ北側に二一棟から二六棟が同様に東西方向に連なっている。さらに道路を挟み北側に三一棟から三六棟が連なっている。このように一一棟から三六棟が長方形状に建っている。大きさに多少ばらつきはあるものの、それぞれの棟にはたいした差異はない。

この横井キャンパスにおいて、現在ゲームが行なわれている。


――一六棟三〇一号室――


 如月が一六棟三階三〇一号室の扉を開けると、そこには黒と白のチェックのワンピースを纏った女性が足を組んで座っていた。女性は、肩より少し下に伸びウェーブがかった黒髪を右手の人差し指にくるくると巻きつけていた。

「弥生、ここにいたのかよ」如月は安堵の表情を浮かべると、膝から崩れ、床に座り込んだ。

「ここにいたのか」睦月が追って入ってきた。

「どうしたの、二人して」髪を巻きつけていた指を下にすっと抜き、二重瞼をぱっちりと開け、仄かに笑みを溢した。

「なにが『どうしたの』だよ。まったく、一人でふらふらすんなよな。これはチーム戦なんだぞ」如月は弥生の真似をして、細い目を全力で開けた。

「本当に心配してたんだぞ」睦月は弥生とは目を合わせず、下を向いている。

「ありがと。ごめん、ちょっと外を見てたの」弥生は、窓の外を指さした。その細長い指はキャンパスの外を指していた。

「外? 勘弁してくれよ。これは本物の殺し合いなんだからな。油断が文字通り命取りなんだからな」如月は、首を傾げて言い放った。

「そうだったね」弥生は頬を少し赤くして、笑う。

「それにしても、やつら、本気だったな。こっちも何か策を考えないと、すぐに殺される」

睦月が口を開いた。

「からいな……」如月は呟いた。

 束の間、沈黙が三人を包んだ。

 夏の日差しが窓の外から差し込んでいる。

 睦月は窓の外を見た。そして、弥生は一体何を見ていたのだろうと考えた。キャンパスに沿うように走っている道では、スーパーのビニール袋を提げた女性が、額の汗を拭いながら歩いていた。さらに、その向かい側からスーツ姿の男性が手に持ったハンカチで顔を拭いながら歩いてきていた。

さらに視点を動かそうとしたときに、如月が沈黙を破った。視点はすぐに如月の方へ切り替わる。

「さて、どうする」

「どうするも何も、こっちも本気で策を練って、勝つしかないだろ」

 睦月はそう言うと再び外を見た。

 ついさっき見た主婦らしき女性とセールスマンらしき男性は、もうどこにもいなかった。


~一ヶ月前~


試験期間中だというのに、キャンパス内に妙な張り紙が張られていることが校内で噂になり、不自然な賑わいを見せていた。


『生命科学科、化学科、物理科、機械科の各学科から最低三人ずつ計十二人に以下の《ゲーム》への参加を義務付ける。


参加条件……命と引き換えにでも欲しいものがある大学四年生


賞品……優勝者には賞品を与える。ただし、内容については非公開


集合場所……一四棟一階メディアルーム入口のソファー


集合日時……停電期間初日、八月三日、午前九時


以上』

ただそれだけが書いてあった。この張り紙の内容は、小石を湖に投げたときの波紋のように、学生の間で広がっていった。八割の学生はただのいたずらだと嘲笑し受け流した。残りの二割は、気味悪がってその話題に触れない者や、興味が全くない者であった。ごく一部の者だけが興味を抱き、参加を表明したのだった。


「おい」

如月は睦月の左肩をガシッと鷲掴みした。

「いってーな、なんだよ」

「悪い悪い。そんなことよりあの張り紙見たか」

「どんなことよりだよ。ああ、あれな……実物見てないから何とも言えないけど、噂だけは聞いたよ」

「出ようぜ」如月は気味が悪いほど気持ちの良い笑顔を見せた。

「馬鹿じゃねーの」睦月は鼻で笑い、研究室に入ろうとした。

「いやいや、本気本気」さらに笑みが増している。

「じゃあ、なに、お前は命に代えてでも欲しいものがあんのか」睦月は如月の目をしっかりと見据えて問いかけた。

「おう」如月は間髪入れずに答えた。

「なんだよ、それ」

「秘密だ」

「じゃあ勝手にやってろ。俺はまだ死にたくないからな。それに命に代えてでも欲しいものなんて、今はない。だいたい、命なくなったら元も子もないだろ」睦月は肩にかかった手を振り払い、研究室に入ろうとした。

しかし、ドアの前に如月が回りこみ、立ちはだかった。

「あのなあ、俺はそんな暇じゃ……」

「このまま大学出て、いい企業行って、いい奥さんと結婚して、子供つくって、老いて死んでいく。そうやって死んで、それで満足なのか。敷かれたレールの上をなぞる様にして生きて、それで本当に幸せか。死ぬことよりも、死んだように生き続ける方が怖いと思わないか」

 睦月は黙って、如月の目を見据えた。いつもよりも黒目が鈍く、そして強く輝いていた。

「それよりさ、絶対楽しいぜ、これ。命と引き換えにでも欲しいものがある人たちを集めて何するんだろうな。なんか危険なことでもすんのかな。俺はつまらない人生をだらだらと送るくらないなら、すげえ面白いことをして刹那に生きる方を選ぶぜ」

「分かった、分かったよ。でもな、先に言っとくけど、そんな危険なことを大学全体で招集するわけないだろ。参加するよ。どうせ、ちょっとしたアンケートとかとりたいだけだろ」

必死な如月をいなし、睦月は承諾した。

「よし、じゃあ、あいつ誘おうぜ、あいつ」

「はあ。何言ってんだ。あいつは関係ないだろ」

「いいじゃん、俺とはサークルが一緒、お前とは高校が一緒。こんな都合のいいやついないよ。じゃあ誘ってくる」如月は手を振りながら階段を下っていった。

――やられた。こういう展開を用意していたのか。恐らく彼女ならこういうゲームは確実に参加するだろう。完全に乗せられた。まあ、でもどうせたいしたゲームじゃないだろう。さて、研究に戻るか――

睦月は何度も開こうとした扉をようやく開くことができた。


――三二棟一階一〇一号室――


「見つけたよー。ぼくが。えへへ」霜月は椅子の上で膝を抱えて座りながら、笑った。彼女は、部屋の真中においたパソコンの前で神無月の命により、ロボットの操作を任されていた。

「へえ、そう」神無月は椅子を四つ横に並べ、それに横たわっている。

「お主、興味なさげじゃのう」

「まあな。俺らは、何もしなくても勝てるからな」神無月は横たわったまま、両手を頭の後ろで組んだ。

「あっは。お主だって。いつの時代の人だよ、師走くんは」霜月は師走を指さし、腹を抱えて、大声で笑った。金のショートカットが揺れる。

「拙者を愚弄するとは、霜月嬢はたちが悪いのう」

「ホントなんなんだよ、そのキャラは。それに落ち武者みたいな格好しやがって。まあ、いいや。お前自身にそんな興味ないし。そんなことより、どうした。始末したのか」

「いやいや、向こうのみんなもそんな弱くないんだねえ。でも大丈夫、ぼくが操作してさっさと片付けるよ」

「そう。ならいいけど」

 そう言うと、神無月はよっという掛け声とともに起き上った。そして、右ポケットから煙草とライターを取り出し、一服し始めた。

「あー、神無月くんまたタバコ吸ってるー。よくないよ。いい? 喫煙者は非喫煙者と比べて、肺がんになる確率は4.5倍だから大したことないと思われてるけど、咽頭がんになる確率は32.5倍にもなるんだよ。百害あって一利なし。喫煙だめゼッタイ」

霜月は、煙草を咥えた神無月の額に自分の人差し指を押し当てた。

「分かってるよ。でも、百害あって一利なしは嘘だぜ。最近の研究で喫煙がパーキンソン病の予防になることが証明されたらしいんだ。少なくとも一利はあるな。それに」ふうっと煙を吐き出し「何よりもストレス解消になってる。それだけで一利なんだよ」と悪戯に笑った。

 霜月はやれやれと呟きながら、神無月の横に座った。

「はい、次は師走くんの番だよー」霜月は、パソコンを指し師走に命じた。

「とうとう拙者の出番か。承知致した」

師走は長らく研いでいた日本刀を鞘にしまい、パソコンのモニターの前に構えた。

「出番って。ただ画面見るだけだろ、この侍バカ」

「バカとは失敬な。されど、神無月殿にはなにも不平は言えぬ。このロボットを作っていただいた張本人であるからのう」

「いいから、ちゃんと見てろ。三台同時に見るのは、お前みたいな単純なバカには重労働だろうからな」神無月は、煙草を空き缶の縁に擦りつけると、その中に落とした。

「御意」師走は画面に目を戻した。パソコンの画面には三つのスクリーンが表示されている。

「で、今戦ってるグループはどこなんだ」神無月は二本目の煙草に火をつけた。

「恐らく、夏軍である」モニターを凝視しながら答えた。

「音声を一号機のみに切り替えろ」

「御意」師走はエンターキーを叩いた。

 すると、女性の叫び声が入ってきた。

「うおおお」

ガキン。鈍い金属音が響き渡った。しかし、映像には女性の姿どころか、人ひとり映っていない。

「後ろだ」

 師走がすぐにキーボードで操作し後ろを向かせると、小柄な明るい茶髪の女性が一人、金属バットを両手で持ちながら、こちらを鬼のような形相で睨みつけている映像が映った。派手な黄色のノースリーブに赤と黒のチェックのスカートが、私を見てと言わんばかりの本人の感情を剥き出しにしているように見える。

続いて、霜月はその後ろにも人を確認した。

「あれー、あっあれは皐月さんだよ。あっその後ろは水無月くんと卯月さんだ」

 霜月の言った通り、廊下の後ろの方に小さな二つの影が見える。一つは、全身真っ黒の衣服で統一しているショートカットの女性だ。もうひとつは、緑のTシャツにジーパンの男の子だった。Tシャツには『男魂』と、大きく黒字で書かれていた。しかし、その男魂とは裏腹に、非常に中性的な顔立ちをしている男の子であった。

皐月は怯むことなく、思い切りバットを振り上げて画面に向かって襲いかかってきた。

「どうする」霜月はサッと振り返ると、神無月を見つめた。黒目が大きく、吸い込まれそうな瞳である。

「少し様子を見よう」神無月は画面を見つめなおした。

 皐月がバットを振り下ろすと、再び鈍い金属音が響いた。しかし、全く画面は揺らがない。

「強いのう。何で出来ておる、この化け物は」師走が感心して言った。

「ジュラルミン。飛行機とかで使われてる強度の高い金属だ。ちょっとやそっとじゃ壊れないね。ちょっと貸しな」神無月は師走と霜月をパソコンの前からどかし、自分がそこに座った。

「キーボード一つであんなロボット動かせるんだもんねー。すごいよ、神無月くん」

 神無月は小さく笑い、キーボードの操作の説明を始めた。

「始まる前に簡単に説明したと思うけど、主に右側のキーボードは右の手足を、左は左を動かすのに使う。あとは、格ゲーと同じ要領だ。ていっても、お前らが格ゲーやってるとは思えないからな。格闘ゲーム、やったことないよな。まあいい、見とけ。それで覚えな」

 神無月の操作により、まさに今皐月が振り上げた金属バットをロボットの右手がつかんだ。そして、そのままそれを引き抜いた。皐月はバランスを崩し、その場で尻もちをついた。右側のキーボードを中心に操作して、今度は引き抜いたバットを皐月へと振りおろした。ベコンと缶を潰したような音を立て、バットは大きく曲がった。しかし、そこに皐月の姿はなかった。神無月はすぐにロボットの体を反転させ、後ろを向くとそこには皐月を両手で抱えた水無月が片膝を立てていた。

「ちっ」神無月は露骨に舌打ちをした。

「すごいすごーい。ぼくもやる、ぼくもやる」霜月はだだをこねる小学生のように地団太を踏んだ。

「分かったよ。なら、やってみな」

「やったー。ほらほら、ぼくの思い通り」

霜月はがむしゃらにキーボードを叩いた。その操作を認識して、ロボットはでたらめな動きをする。一見適当に動いているように見える。しかし冷静に見ると、確実に二人を仕留めようというように動いていた。

「楽しい!」

 霜月は目を輝かせてキーボードを踊るように叩いた。


――二四棟二階廊下――


――危ないところだった――

皐月をお姫様だっこしながら、水無月はそう思った。

「何すんのよ。あたしは、あんたなんかに助けらんなくても、大丈夫だったのに」大丈夫だという言葉とは裏腹に言葉の端々が震えている。

「ごめん。でも、あのままじゃ、あっ」

 ロボットが二人に向けてバットを振り下ろした。水無月は、すぐにエビのように後方に飛び跳ねた。振り下ろされたバットは水無月の目の前で床にめり込んだ。

「くそっ。あの巨体でなんて動きするんだよ」

「いいから、おろしなさいよ。もう、大丈夫だって言ってんでしょ」皐月は手足をじたばたさせる。

「はいはい、分かったよ」水無月は仰せのとおりに皐月を降ろした。

 依然として攻撃はやまない。相変わらず、ロボットは折れた金属バットを無造作に振り回している。二人はロボットと向き合って後ずさりする。

「これじゃ埒が明かない」水無月は皐月に言った。

「そうね。分かった。なら、一気に後ろ向いて走る。いいわね? せーの」

皐月は水無月に合図を送ると、ロボットを背に一目散に走った。水無月もそのあとを追った。

「とりあえず、卯月さんと合流しよう」水無月は走りながら、横の皐月に呼び掛けた。

「そうね」すうっと息を吸い込み、「いい? 三階三〇一集合!」と叫んだ。

 二人は左に曲がり、階段を駆け上がった。水無月は一瞬首だけ捻り、振り返った。ロボットは階段に差し掛かったところで詰まっていた。

「よしっ、この隙に」

二人は階段を上ってすぐ右手にある三〇一号室に入った。入るとすぐに扉を閉めた。

「あっ卯月さん」

水無月は卯月のことを思い出し、扉を開けようした。

すると、後ろから「私が何?」とぼそっと声がした。

「うわあ」二人は両手を上げ同じリアクションをした。

「あれはジュラルミン合金ね。強度が非常に高い。それにあのパワー。バットをいとも簡単に折ってしまう。さらにあの速度。あなたたちが走ってようやく逃げ切れるくらい」

 卯月は二人の反応に何も触れず、自分の見解を述べた。

「あー、びっくりした。早いね」

「早いも何も。あんな大きい機体なんだから、階段を下るよりも上る方が苦労するに決まってるでしょ。だから、上に逃げてた。そしたら、その人の声が聞こえた。そして、指示通りに動いた。それだけ」相変わらず無表情である。

「……やっぱり、気に食わないわね。でも、まあいいわ。あたしの指示通りに動いたんだから」

「そんなことより、この先どうす……」

「そんなことお?」皐月は首を傾け、まるで一昔前のチンピラのように卯月に絡んだ。

「まあまあ二人とも。えっと、どうしようか。二人とも、何か気付いたこととかある」

「気付いたこと……とりあえず、自動操縦ではないということは分かった」卯月が蚊の飛ぶような声で答えた。

「自動操縦じゃない? 何でそんなことが分かるのよ」皐月が落ち着いた口調で訊いた。少し腹の虫が収まったのだろうか、ゆっくりとした口調だった。

「簡単なこと。人の意思を持って動いてるってだけ。特に最初の一撃とそれ以降の攻撃は明らかに操作してる人間が違う。前者は狙いを澄まして一撃で仕留めようとした。でも、後者はただ闇雲にバットを振り回してるだけだった」

「あんたは、あたしらがやられてる間にそんな冷静な分析をしてたのね」眉間に皺を寄せる。

「冷静なんかじゃない」

卯月が間髪入れずに答えたので、皐月は肩透かしをくらったようになった。

「そ、それが分かって、どうすんのよ?」

「手動操作だということは『目』があるはず。それさえなくなれば操作は出来ないはず」

「『目』か……要するにどこかにカメラのようなもんがあるってことか」

水無月が呟くと、こくりと卯月は頷いた。短い黒髪が目に少しかかった。

「じゃあ簡単じゃない。カメラ探してそれを潰すだけなんでしょ」

「簡単かどうかは別にして、策はそういうことになる」

卯月がそう言うと、静けさが場を支配した。各々策を考えようとしていたが、結局は同じ考えに行き着いていた。

「僕がやつの前に立ち、『目』を探す。やられそうになったら、後ろから二人が攻撃して気を逸らしてくれ」沈黙を打ち破ったのは水無月だった。

「あんた……」

「いや、その役は私がやる」

「ここは唯一の男に花を持たせるもんだよ、卯月さん」水無月は頬の筋肉が緊張しているのか、引きつった笑顔を見せた。

「そういう問題じゃない。観察眼。あなたにあるの?」

「ある」

再び静寂が場を支配した。自らの心臓の鼓動さえ聞こえるのではないかと思うほどに静かだった。

しかし、静寂は突如破れた。先ほどのような平穏な破れ方ではない。荒々しい足音と機械音が狂想曲を奏で、それが終わったかと思うとすぐに部屋の前側の扉を打楽器のように激しく叩く音がした。

「そういうことだから」そう言うと、水無月は後ろ側の扉を開け放ち、飛び出した。

「ちょっと」皐月は引き留めようと手を伸ばしたが、その手は空を切った。

扉を開けると、やはりそこには前側の扉を叩いている白いロボットがいた。

そして水無月が廊下に飛び出ると、その巨体はすぐに水無月の方向を向いた。一瞬、空間が凍ったように二人の動きは止まった。しかし、それもほんの一瞬であった。動き出したのは、ロボットの方だった。人間が走るのと同じくらいの速さで走り、水無月にバットを振り上げた格好で襲いかかってきた。しかし、水無月は冷静にじっと正面からそれを見据えていた。水無月とロボットの距離が一メートルくらいになったとき、前側の扉が開いた。そのときだった。

「見つけた! 首だ!」水無月は叫んだ。

「うおおお」叫び声と共に、皐月はロボットの首の後ろ側、人間でいうとちょうど延髄の部分を蛍光灯で思い切り殴った。ドゴッと予想外に鈍い音が鳴った。ロボットは振りかざした手をそのままにして少し停止した。

「どこからそんなものを」卯月が後ろから問いかけた。

「新しい蛍光灯がおいてあったのよ、そこに。替えの備品かもね」皐月は初めて卯月に対して笑顔を見せた。

卯月は一瞬面食らい、目をまん丸にしたが、すぐに表情を戻した。

「そう……首の部分は違う物質で出来ていそうね。音が違った。でも、それももう無理ね」指差した蛍光灯には、大きなひびが入っていた。

ロボットが停止していることに気付いた水無月はすかさずロボットに向かっていき、バットを取り上げた。

「よし。これで終わりだああああ」水無月はバットを首についている黒い小型ビデオカメラ目掛け振り上げた。

しかし、振り上げたバットを振り下ろすことは出来なかった。ロボットが左手の甲でそれを振り払ったのだ。バットは無情にも水無月の手から離れ、廊下の壁に当たり、落ちた。水無月は咄嗟に落ちたバットを拾おうとした。しかし、ロボットが右腕を若干引いたのを見て反射的に後ろに飛んだ。

その判断は正解だった。右腕は信じられないスピードで振り下ろされた。そしておぞましいほどに低い音と共に床がへこんだ。

「危なかったわね」皐月の声と共に箱に入った新品の蛍光灯が床を滑ってきた。

「とりあえず、それで『目』を」卯月は願いにも近い言葉を発した。

「しっかりしなさいよ! 男でしょ!」皐月は先ほどの蛍光灯をロボットの首目掛け、ジャンプして思い切り振った。金属が軋む音はしたものの、カメラは首の前側についているので、目を潰せたわけではない。ロボットは一瞬後ろを振り向いたが、すぐに水無月の方へ向きなおした。そのときだった。

「待ってたよ、このときを」水無月は剣道の突きのように蛍光灯で巨人の首にある『目』を潰した。レンズが砕ける音がし、カメラは床に落ちた。ロボットは完全に停止した。

「よっしゃ」水無月は小さくガッツポーズをし、ロボットの向こう側にいる卯月と皐月にピースを送った。しかし、二人の顔は笑い顔どころか異様に青ざめていた。

「どうしたんだよ、二人して」

 やはり、二人の表情は変わらない。もう一度、二人の目を見る。すると水無月は二人の目線が自分に向いているのではなく、自分の後ろに向いていることに気付いた。そこで、振り向こうとしたその瞬間だった。スパッという快音が聞こえた。それは武士が竹を居合切りするような、そんな音だった。

 ――なんだ、今の音――

「な……」

水無月の最期の言葉だった。水無月の頭部は廊下に鈍い音を立て、落ちた。首の断面からは噴水のごとく血が噴き出している。赤い噴水の向こう側には、もう一体の『それ』が日本刀を振り下ろした格好で返り血を浴びていた。

「ぎゃああああ。いやあああ。いやああああ」皐月は膝から崩れ落ちた。

「だめよ。逃げなきゃ」卯月は、叫び続ける皐月の腕を力強く引き上げ、走り出した。

「なんでなんでなんで。ねえ! なん……」そこで、卯月を見た。

 ――なんで、あんたはそんなに強いのよ――

 卯月の顔は既に涙でくしゃくしゃになっていた。涙は頬を伝い、顎からことごとく落ちていった。二人はロボットが追ってきていないことを知りながらも廊下を駆け抜けていった。


――一一棟一〇六号室――


「やっぱり交代であの機械の周りにいた方がいいんじゃねえか」

 窓際の机に腰掛けた文月が外の鉄球を眺めながら、二人に提案した。

「文ちゃん、怖いの?」長月は不敵な笑みを浮かべた。

「まあそれでもいいけど、そこまでする必要ないんじゃない」葉月も少し笑いながら答えた。

「そうだけど、なんとなくだ」

「文ちゃん、やっぱ怖いんだ?」

「てめえ」

 文月は長月に飛びかかろうとしたが、葉月に制止された。振り上げたこぶしをそのままゆっくりと降ろした。

「指紋認証があるんだから、わたくしたち三人しかあれを動かすことは出来ないんだし」

 左手の指を櫛のように使い、髪の毛をさっと流した。指は途中でつまるようなことはなく、摩擦力などこの世に存在しないかのように腰まで振り下ろされた。

「そうだけど、なんとなくだ」

「心配性なのね」葉月は口に手をあて、ふふっと笑った。まるで、どこか欧州の貴族のような気品のある笑い方だった。

「ただの似非完璧主義者だ」文月は俯きながら、呟いた。

すると、長月は「似非完璧主義者」を連呼しながら腹を抱えて笑った。

 文月の顔がみるみる紅潮していった。そして、沸点に達した。

「いちいちうるせえんだよ! てめえは」と立ち上がったそのときだった。

ぎゃああああ。

声にならない叫び声が聞こえた。声のトーンで女性だろうということは判断できたが、それ以上の解析は不可能なほど、それは声ではなかった。何度か叫び声が聞こえたあと、何事も起きていなかったかのような気持ち悪いほどの静けさが辺りを包んだ。

文月は立ち上がったまま停止し、長月は依然にやついたままであった。

「なによ、今の」

葉月が沈黙を破った。

「死んだね、これは」

「てめえ、なに笑ってんだ」

 文月は怒りなど忘れて、長月を蔑むような目で見降ろした。

「なによ、今の」

 葉月は今起こったことを想像しようと試みたが、今まで体験したことのない非日常的な状況から想像することは不可能だった。再度、どういうことが起こったのかを考えたが、やはり無理だった。当たり前なのだ。想像とは、経験の上で成り立ちうる行為なのだ。

「誰かが死んで、誰かが叫んだ。それだけ」

「だから、なんでてめえは笑ってんだよ」文月は怒りで問いかけているのではなく、純粋な疑問として訊いた。

「面白い」

「はあ?」

「面白いじゃん」

 ――壊れてやがる、こいつ――

「よし、俺らも殺しに行こう」突如、長月は立ちあがった。その勢いのまま部屋を飛び出した。

「なんだ、あいつ」

「あの人は」葉月は我ここにあらずという状態ながらも口を開いた。「あの人は、殺すことで生きることを感じているんだわ」

「どういうことだ」文月は首を傾げた。

「何かを感じるためには、過去にその対極のことを感じていなければならない。たとえば、幸福を感じるためにはそれ以前に不幸を感じていないとその感覚は得られないでしょ? 同じように快楽を感じるには不快を感じていなければならない。それらと一緒よ。『生』を感じるためには『死』を感じていないと得られない。人を殺し、死を感じることで、自分は生きているんだと感じる」

「勝手だ」文月は吐き捨てるように言った。

「そう、勝手ね」葉月は頷き「でもね、そうしないと本当の『生』を感じることは出来ないのよ、きっと。不幸の味を知っているから、幸福の味をかみしめることができるのと一緒」と続けた。

「勝手だ」

「そう、勝手ね」


――三二棟一階一〇一号室――


 三人はパソコンの画面を見ながら、ピクリとも動かないでいた。その画面には、首から上が綺麗になくなった男が映っていた。

「ほ、ほら。作戦通りだっただろ」神無月は言葉に詰まりながら言った。

「絶妙な判断であった。攻撃に使おうとしていたもう一体を挟み打ちの要因として使おうとお主が提案しなければ、うまくいかなかった」

「そ、そうだよ。神無月くん、すごいよ」霜月も表情は一切変わっていないが、声は少し震えている。

「よ、よし、このペースでじゃんじゃんいくぜ」

「でも、一体やられちゃったね。どうする、あれ」霜月が訊いた。

「うーん。とりあえず、生きてる方に担がせて、こっちに持ってこよう」神無月が答えた。

「そうじゃな。天下五剣が一つ『童子切』も人ひとり切ってしまっては使い物にならなくなってしまう。次はこの『虎徹』の出番じゃな」師走は机の上に置いてある『虎徹』を右手で持ちあげ、少し振り下ろした。銀が日を反射して、小さく輝いた。

「やっぱ、いくら名刀でもあんな時代劇みたいにがっしゃがっしゃ切れないもんなんだな」

 感心したように神無月は腕組した。

「じゃあ、ぼくが動かすー」霜月は右手を高く上げ、ジャンプした。

「はいはい。じゃあこの部屋の前まで二台とももってくるとこまではお前に任せる」

神無月はパソコンの前から離れ、背伸びをした。

「やつらは追わなくて良かったのか」師走が伸びをしている神無月に問いかけた。

「あー、いいんだよ。すぐに片付けられるさ。それに刃こぼれもしてるし、あの場で追いかけるのは得策じゃない。なに、そんな殺したかったか?」

 口元を緩め、煙草の箱を取り出した。

「いや……」師走は俯いた。

 神無月は煙草を一本咥えると、廊下に出た。

 気分が悪くなるほどの熱気が、顔を中心に全身を包む。神無月は廊下の窓を開けて、煙草に火をつけた。勢いよく吸うと、先端がじりじりと音を立てて灰に変わっていく。十分に吸うと、煙草を口から離し、煙を吐き出した。

 腕時計を見た。正午を少し過ぎていた。神無月はつい二時間ほど前のことを思い出した。


「開始まであと一時間とか言ってたな。あのカッパメガネ」

「そんなこと言ってたねー。何しようかー。ケーキでも食べる? 昨日の夜買ってきたんだ。ぼくの研究室この上だからすぐに取ってこれるよ」霜月が人差し指を上に向けた。

「能天気だな。勝たなきゃ死ぬんだぞ。いいのか」

「いいよ。勝つもん」快活な笑顔で霜月は応じた。

「おい、侍。お前はどうなんだ」

「拙者は負けぬ。この『虎徹』がある限り、死はない」師走は『虎徹』を握りしめ、笑った。

「虎徹って……あの近藤勇の愛刀かよ。本物か」神無月は目を丸くして訊いた。

「当然だ。贋作が多いと言われる虎徹だが、これは本物じゃ。拙者は近藤勇の血を引いておるからのう」

人は見かけによらないものだ、と神無月は思った。

「そうか。あ、そうだ。ちょうどいい、この前作ってたロボットのデビュー戦とでもいくか」

「えー、ロボットなんて作ってるの。神無月くんはすごいなあ」霜月は神無月の顔十センチ手前まで、顔を近づけた。

「お前ら全然機械科らしくないな。ロボット作ってるので驚くとか、一体何やってんだお前らは。ちょっと待ってろ。取ってくるから」そう言うと、扉を開け部屋から飛び出していった。

「行ってしまいおった」

 階段を上っていく足音がして、その反響音が次第に小さくなり、やがて消えた。

「そ、素朴な質問なんだが、無礼かもしれないが、と、問うてもいいかのう」

「え? 何? いいよ」

「霜月嬢は何故、この戦いに参加し……」

「あっ、ぼくもケーキ持ってくるから、ちょっと待ってて」師走の話を遮る形で霜月も廊下に飛び出していった。

「あ……」

「よっし」その声とともに、部屋の後ろ側の扉が開いた。その後ろには、高さ二メートルほどあるだろうか、体格の良い白いボディをした、『ロボット』が三体突っ立っていた。

「お、お主。こ、これが、先ほど述べていた」

「そうだ。あとは、発信機とカメラでもつけて、動かしながらモニタリングすれば、俺らは動かずして、勝ちだ」神無月は、右手の親指を立てた。

「あー、すっごーい。なにこれーあっは。おっと」霜月が前の扉からロボットの頭をバシバシ叩きながら入ってきて、ケーキを落としそうになった。

「本当にあったんだな、ケーキ」

「うん。えへっ」霜月は左手にケーキがのった皿を持ち、右手を自分の頭においた。

「じゃあ、こいつらロボットに発信機をつけたりしてから、パーティだな」

「わーいわーいパーティだ」

「そうじゃな。それにしても、三体とは、実に都合がいいのう」

「あ? どういうことだ」神無月は首を傾げた。

「どういうこととは。我らの戦うべき相手は三軍。三体それぞれに働いてもらえば勝ちじゃろ」

「違うな。一台は防護用だ。守りなくして攻めてばかりいるのは能無しがやることだ」

「なるほど。そうか。しかし、そのような巨大なブツを相手に戦える人間などおらぬ。一気に攻め抜いたほうが、効率がいいような感情を抱くが」師走は左手であごひげをいじった。

「相手が生身の人間ならな。やつらも策を練ってくるはずだ。一筋縄ではいかない。防御なしで全滅なんて情けないだろ」

「ま、まあそうじゃな」師走は半分納得した様子で頷いた。

「さて、やるぞ」

「おーう」

「御意」


――二一棟二〇一部屋――


 皐月は、自分の鼓動が止まるようには思えなかった。水無月は死んだ。これは恐らく事実だ。そう頭では分かっているはずなのに、皐月はそれを認めようとはしなかった。出来なかった。人は実際にある物事が起こってからしか、そのことについて感じることが出来ないのだ。起こるのではないかと頭の中で想定していたことでも、実際にそれが起こってからの受け止め方と想定していた受け止め方とは全く別物なのだ。

「私たちは殺し合いをしているの」卯月はそう言った。

 それは自分に向けられた言葉なのか、卯月が自分自身に言い聞かせたことなのか、皐月には判断できなかった。卯月の目には涙はもうなかった。異常なまでに冷静な表情だ。

「そうだけど。そうだけど」

皐月は、首の断面から血を噴き出していた水無月を思い出し、内側から沸々と湧きあがる感情を必死に堪えた。

「ここは二〇一よね。だとしたら、すぐ近くに一一棟を拠点としているひとたちがいるってことね」卯月は窓から外を眺めた。すると窓の外、一一棟の前には仰々しい実験装置のようなものが置いてあった。

「なに。あれ」

皐月は涙を右腕で拭い、目を見開いた。

「物理科の人たちね。あの丸い鉄球でも飛ばす機械なんじゃないかしら」

 卯月はレールに乗っている鉄球を指さした。

「あんなの飛ばすの? 反則でしょあれは」

「殺し合いにルールなんてない」

 皐月は頭をよぎった映像を振り払うかのように、頭を少し横に振った。

「とりあえず……」

 卯月は皐月を見て少し固まった後、何も見なかったかのように目線を窓の外に移した。

「移動しましょう」

「え?」

「二四棟二〇五に戻るの」

「え? どういうことよ?ちゃんと説明し……」

「いいから」

卯月は皐月の手を引いた。


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