1 バイト概要
「…ここは……?」
突然目の前に現れた白い光に目を瞑り、それが段々と覚めてきたところで段々と目を開けていった俺はテンプレ通りのベタな発言をした。
下は冷んやりと冷たい大理石。
部屋の豪華な装飾はちらほらと輝く金色が目立ち、より一層その高級感を高めている。
天井も煌びやかな大きいシャンデリアが部屋を照らしている。
まるでそれは……そう、城の王室のようで。
でもそんな場所に地面に座り込んでいる俺は一体どうしてしまったのだろうと。
「おおっ! ようやく受け入れてくれる者が現れたましたか!」
詳しい状況理解をしていない俺に、嬉しそうに近づいてくる爺さん。
いや、別に最初から気づかなかったわけではない。
寧ろ目を開けた段階で前方には何人かいたのだが、俺はどうしても認めたくなかった。
何故ならばこの爺さん以外、後ろに控えている人は皆ゴリゴリのマッチョさんだから。
そりゃあもう不審者なんてぶち殺しますよ、なんて目をして殺気だっているマッチョをみれば誰だって現実を認めたくないものだ。
ちょっとビビってる俺の手を握り、ブンブンと振ってくる爺さんだが、言っている意味が分からない。
俺がいつ、何を受け入れた…?
「あの…何のことでしょうか……?」
「それのことですよ」
指差す先は俺の下敷きになっている一枚の紙。
これ……さっきの貼り紙の…
ということは受け入れるって本当に勇者を倒すってことなのか……?
でも、俺は面接もしていなければまだ正式にやると決めたわけでもないというのに……。
ん……? 何か小さく書いてあるぞ……?
『この紙を取った場合は受諾したとし、こちらへと来ていただきます』
「どうですか? 思い出しましたでしょうか?」
「思い出したも何もこの下の文は読んでねぇよ‼ こんな小さい文字読めるか‼」
仮に読んで受け入れを決めたとしてもまさか一瞬で見知らぬ場所に移動するとは思わない。
大体、受諾どころか俺なんて仕事の内容すらまともに理解してないっていうのに。
正直勇者を倒してくださいなんてバイト、宇宙人見つけたんで見に来ませんか、ってレベルと一緒だぞ。
誰が勇者討伐なんていう仕事内容を信じて受けます、なんて言うんだよ。
「と、それは別にしてどうやって俺をここに? たった一瞬の出来事だったような気がするんだが…」
俺の記憶ではどこにでもいけるドアなんて開発されたなんてニュースは見てないし、聞いたこともない。
それなのに俺は今ここにいる。
もしもその不思議な夢のドアが発明されたのならバイトの内容を知るより先にそちらを見てみたいものだ。
なんていう微塵の可能性を全く信じていなかった俺だが、爺さんの返答はそんな俺の描いた可能性を遥かに越えたものだった。
「あぁ、あの紙を持った瞬間にこちらの世界に飛ぶようになっておりますので」
「こちらの……世界……?」
「はい。あなた様のいらっしゃる世界とは別のーー言い換えれば異世界というわけです」
おおぅ。
なんてこと抜かしてくれるんだよ爺さん。
何? 俺を異世界に飛ばしただと?
紙を触っただけで?
凄すぎて発明王のエジソンどころか未来の猫型ロボットも驚いてひっくり返るんじゃねぇのか?
全く。爺さんもユニークな冗談言ってくれるぜ。
でも俺にはそんな嘘は通用しない。
片腹痛いぜ。
そう言って思いっきり笑い飛ばそうとしたが、爺さんも悪い人ではないだろう。
『な〜んて冗談でしたっ☆』とテヘペロ的な感じでネタバラシしてくれるはずだ。
…………………あれ?
何でまだ真剣な顔なんだよ爺さん。
早くしろよテヘペロを。
なんなら『ドッキリ大成功‼』のプレートでもいいんだぞ?
そんなに、そんなに伸ばす必要はないのに。
ちょ、これって……マジなやつっすか……?
「嘘だろ!? ここ本当に異世界かよ!? つか異世界って何なんだよ‼」
「お、落ち着いてください!」
「これが落ち着いていられるかあぁぁぁーー!!」
ガタガタと爺さんの肩を揺らし、真実を問い詰めようと迫る。
今からでも遅くない。
もう充分テンパったんだから冗談なら早くプレートを出してくれ。
ドッキリ大成功って言ってくれ。
それか助けてくれよ、ドラ○もん。
「クライス。下がりなさい。確かにあのように見えにくい大きさで大事なことを書いた私達が悪いのだ。きちんと説明しよう」
「は、ははっ。畏まりました」
後ろのゴツイおっさんに頭を下げ、俺から逃げるようにおっさんの近くに戻ると崩れた襟元を正す爺さん。
そして何やらおっさんからコソコソと何かを聞くと、周りのマッチョと共に部屋から出て行ってしまった。
当然部屋に残ったのは俺とおっさんだけ。
広い部屋に沈黙が漂う中、おっさんがこの立派な髭に埋れた口から言葉を発した。
「質問はあるかね?」
「何であんな貼り紙を…?」
「異世界だということは理解したのかな?」
「信じるしかないだろ…。一応。現に俺は見知らぬ場所にいるわけだし…」
「理解は早いようだ。しかし内容は読まなかったのかね?」
「読んだ…。でも勇者を倒すってどういうことだよ…」
「そのままの意味だ。君には勇者を倒してほしい」
「でも、俺はそんなに強くない。大体、あんな皆の目に入るような場所に紙を貼ってるようじゃ、強いやつなんて早々こないぞ…」
「あの紙は勇者を倒すだけの力を持っている者以外は見えないような施しをしている。だから強くない者は来るはずがないし、君が弱いはずもない。さて、質問だ。勇者を倒してくれるかい? それとも、元の世界に帰りたいかい?」
「俺はーー」
その時、ガチャっと近くの扉が開いた。
ギギッとゆっくり開き、出来た隙間から出てきたのは一人の少女だった。
後ろでポニーテールに纏めた銀髪の長い髪。
小柄で150cmもないであろう体型に、それに見合った小さい小顔。
一つ一つのパーツが合わせ整って、それはもうこの世のものとは思えないほどの美しさーーいや、可愛さとなっている。
そんな見るだけで息が止まりそうな美少女がその翠色の瞳で俺を恐る恐る見つめ、尋ねた。
「……帰るの?」
「こらリア。あれほど出てこないよう言っておいたのに…。勝手に聞いていたのか…」
「……ごめんなさい」
「あの……あの子は…?」
「あぁ、私の娘のリア・エルンストだ」
「………とりあえずお話だけでも聞かせてください」
違うぞ。
俺は決して下心ありきで話を聞くんじゃない。
ただ、あんな目で見られたら断れなくなったというだけだ。